選択した文章の本文です。
No.659 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: bamboo タイトル:方言の使い方 |
方言について悩む人は多いと思います。そもそも自分が使っている言葉が標準語なのか方言なのか判断することも難しいとおもいます。私の出身地はほとんど標準語なので大学進学で新しい地にきて周りの人がみんな方言を話すので違和感がありました。目上の方にも普通に方言で話すのを見ていると、それはいいことなんだろうかと思います。もちろんある程度の関係値を築いているのであれば気にならないこともあると思いますが、自然と砕けた話し方になってしまいます。また私にようによそから来た人にとってはいまの言葉はどういう意味なんだろうと思うこともあるので、話す前に一度考えることも必要だと思いました。 |
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No.664 |
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出身: 日本 居住: 山口県 |
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ログイン名: やよい タイトル:方言の理解 |
私は、大学に進学するまで、ずっと地元で暮らしていたため、けーえぬえむさんのように高校生の頃から方言において、何の違和感も感じたことがありませんでした。大学で初めて地元を出て全く違う地方に来て、そこで友達ができ話していると、ん?と言われることが多々ありました。その時初めて、この言葉が方言なのかと、理解できました。そのため、こうして早くから方言という異文化を感じることは、とても羨ましく感じます。 |
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No.667 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: yuuki0903 タイトル:方言と標準語の違いの感想 |
私は、神奈川県生まれ東京都育ちと方言とはほとんど無縁の生活を送ってきました。東京ではいわゆる標準語といった日本の基準となるような言葉ではなされています。この文章を読んだ際に、私は正直日本の中で言葉に対して本というに困ることがあるのかと感じました。しかし私の経験から思い出して見てみると旅行などで東北や九州に行った際には、そこの地域の人同士の話にはまるでついていけませんでした。そのような点で確かに困ったなと思い、また興味深かったです。同じ日本という国の中なのに地域よってこんなに差があるのだなとその時は実感しました。このように昔からの言葉の違いや地域性があるのが方言のとてもおもしろいところだと感じました 言葉づかいで困る時というタイトルで方言というものが出たのに対して意外だったしこのような見方もあるのだなと感じました。そしてこの文章を読んでいろいろな地域の方言も少し気になりしらべてみたくなりました。 |
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No.672 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: けーえぬえむ タイトル:コメント |
私は、今方言で悩まされているのがアルバイトです。地元にいた時にも飲食のアルバイトはしていたのですが、地元のバイトなので普通に客対応をしても通じていたものがこっちに来てから全く通じず、「なんて言ったの?」と聞き返されることが何度もあり、この経験から自分が方言で対応していたことに気づきました。飲食店でのお客さんはほとんどの方がbambooさんも書かれているように、目上の方なのでしっかりと対応しているつもりがいつもの癖で方言が出てきてしまっているので、標準語を学んでいるのですがイントネーションや語尾などが全く違うので違和感しかなくなかなか慣れないです。なので、慣れるためにはこっちの地域に長年住んでいる友達を作り、コミュニケーションを取ることで言葉のイントネーションや言葉遣いを覚えていき、それを適切に使いこなせるようにしていきたいと思っています。 |
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No.673 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: けーえぬえむ タイトル:コメント |
私も、やよいさんが書いてあるように地元で暮らして来ていてどの言葉が方言か知りませんでしたが、地元を離れて新しい友達と話していると、「今の言葉どういう意味?」とよく聞かれるようになり自分がいつも話している言葉は方言なのだと気付かされました。方言があまりない地域の人たちからしたら方言というのはすごく珍しいものなので、大学の友達やバイト先の先輩から「方言教えてよ」とよく言われるのでコミュニケーションをとるきっかけになっているのでそういった部分では地方から出てきて良かったなと思いますし、無理して方言を治す必要ないなとも思うこともあります。この経験から、方言を使うのを恐れるのではなく効果的に使うことで友達ができるきっかけにもなると思いますし、デメリットよりもメリットの方が多いと思いました。 |
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No.674 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: けーえぬえむ タイトル:コメント |
yuuki0903さんが書かれているように、普段から標準語を使っている地域の人たちからしたら方言は、不思議で面白いものだと思いますし、旅行で他県に行った際に旅館の人やお店の人の使う方言などはまだ理解できる範囲だと思いますが、地元の人同士の会話や特に年齢が高い人同士で話しているのを聞くともっと何を言っているのかわからなくなりますよ。なぜなら、昔の方言と今の方言では時間の流れとともに少し変わっている部分があるからです。そのため、年齢層の高い人たちは昔ながらの方言を使うため同じ地域に住んでいてもわからない事があります。ですので、もし方言に興味を持っていただけたのであれば旅行に行く際に少しそこの地域の方言を調べて行ってみると話に少しはついていけて面白いと思いますので試していただきたいと思います。 |
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No.660 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: クレープ タイトル:人間関係と言葉遣い |
言葉遣いが正確に反映されるというのはまさにその通りだと思いました。その人がどういった言葉遣いをするかによってその人の大まかな人物像を把握することができ、今後関わっていくうえでの接し方の基準にもなると思います。またその人の言葉遣いが周りの人の目にどう映っているのかを考えるというのも重要な視点であると思います。なので私も親しい人と話すときであっても周りの人が聞いていて不快になるような言葉遣いはできるだけ使わないよう日々意識していこうと思いました。 |
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No.663 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: やかばん タイトル:共感 |
人は人間関係を形成する際にコミュニケーションを取る。そのコミュニケーションには言葉遣いが深く関係している。私は、この事から人間関係に最も適している言葉遣いについて注目して考えたという発想がとても素晴らしいと思います。1つ目の、言葉遣いが性格になるというのにはとても共感した。言葉遣いを口に出していると癖になって性格になると書いてあったので、自分も気を付けたいと思った。2つ目の、本人の合意があっても周りにどう見られるかが評価されるからというのにも納得した。相手の同意ああっても、第3者が不快になったりすることもあると思うので気を付けたいと思った。言葉遣いはとても大切なことだけれども、それと同時に言葉遣いを身に着けることはとても大変なことだと改めて思った。今後は汚い言葉は使わない、第3者の目を気にし過ぎるのもよくないが、多少は気にして言葉を発したいと思った。 |
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No.658 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: やかばん タイトル:今後に役立てたい |
私はまだアルバイトをしたことがありません。大学では最大でも3つしか歳が変わらないひととしか接しませんが、アルバイトでは何歳も歳が離れている人や多くの価値観を持っている人とコミュニケーションを取ることが多いと思います。そもそも敬語には様々な種類があり、尊敬語、丁寧語、謙譲語などがあります。それらを状況に応じて使い分けなければいけないと思います。社会に出てからそれらを使い分けることはとても重要だと思います。アルバイトができるのも大学生の間だけだと思うし、アルバイトをしながら言葉遣いを学び、お金も稼ぐことができるのなら一石二鳥以上の価値があると思います。私もそろそろアルバイトをしようとおもっています。最初は言葉遣いに困ることも多いと思いますが、社会に出て恥をかいても自分が困るし、社会に出る前の練習だと思って、私もこれからアルバイトを頑張っていきたいなと思います。 |
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No.665 |
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出身: 日本 居住: 山口県 |
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ログイン名: やよい タイトル:アルバイトの目的 |
この文章を読んで、私はアルバイトとは、単にお金を稼ぐためだけの場所ではないのだと改めて感じました。例えば、述べていたように、接客業であればお客様に対する言葉遣いや、目上の人に対する接し方など学校の授業だけでは学べないようなことを身に着けることができます。私は、アルバイトを初めて一年以上経ちますが、その目的がお金を稼ぐことだけになっていました。もちろん、アルバイトは社会経験の一環であり、自分で働いてお金を稼ぐことはとても重要であるが、他にも、社会で生きていく上で必要なスキルを多くまなぶことが出来るので、今後そのことも忘れないようにしたいです。 |
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No.657 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: bamboo タイトル:意見を伝えること |
部活中の言葉遣いは難しいですよね。とても分かります。私も先輩のなかでプレーしていたのでこの方がいいんじゃないかと思っても切り出すことは難しかったです。相手のことを尊重しながら、自分の意見を伝えることはとても難しいです。また年齢は関係ないと言っても、ため口や意見を不愉快に感じる先輩方もいます。そう思うと勇気を出せないのも仕方がないなと思います。でも自分の意見を持ち、それを誰かに伝えて初めて理解してもらえます。いつまでも何も言わなければ意味ないです。これから社会に出る私たちにとってとても大切なことだと思いました。 |
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No.675 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: やかばん タイトル:コメントありがとうございます。 |
コメントありがとうございます。本当に難しいですよね。指導者はピッチに立てば年齢は関係ないと言ってくるのですが一応静岡県で毎年最低でもベスト8に入るようなサッカー部に所属をしていたので先輩方もサッカーのうまい方が多く、なかなか意見を言えない後輩がとても多かったです。何も言ってこない先輩がほとんどでしたが、裏で文句を言う先輩方もいたので、その辺がとても難しかったです。それでもため口で先輩方と話している人は部活内でも成功していることが多かったですし、思い切って行動するというのはほんとに大事だなと改めて感じました。コメントにもあったように自分の意見を持ち、勇気を出してそれを誰かに伝えてこそ意味がありますよね。私も頑張ってみます。 |
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No.661 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: クレープ タイトル:人称代名詞:二人称(丁寧に) |
普段何気なく相手を呼ぶ際に使っている二人称をここまで詳しく具体例を挙げて説明していることに大変興味が湧きました。特に「「貴様」は漢字から、「様」があるので、相手を尊敬するそうだけど、アニメで主人公がよく敵に「貴様」を呼ぶせいで、私にとってその呼称に敵意が感じます。」という部分から作者の目の付け所が面白いと感じました。また作者と同様に私もどの場面でどの二人称を使えばよいかわからなくなってしまうことがよくあります。この場面ではこの二人称が正しいからという感覚は全くなくただ何となく自分の感覚で正しそうな二人称を使っているということに気づかされました。 |
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No.643 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: babygosling タイトル:ベトナム人にとっての日本語の悩み |
キュウチャンさんの作文を読ませていただきました。キュウチャンさんの作文作文を読んで確かにその通りだと思います。私もベトナム人ですから、キュウチャンさんの言葉遣いの悩みにすごく共感を持ってます。確かに、日本語は世界の中で一番難しい言語と言われているので、漢字を使わない国から来た人にとって日本語の勉強は時間がかかると思います。ですから、留学として日本に来る前に、学費と生活費をちゃんと準備して日本語が中級程度に達した方がいいかなと思います。そうすると、そのように困ることを直面しないでかまいません。
現在、キュウチャンさんは長い間に日本に住んでいて日本の生活にも慣れていて良かったです。これから頑張ってくださいね。ぜひキュウチャンさんにとって日本語が問題ないと思います。 |
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No.662 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: クレープ タイトル:ことばづかいに悩むとき |
作者のように私も言葉や文化が違う国へ行けば、きっと困惑しますし、不安が募るばかりだと思います。中学から今まで英語を勉強してきた私ですが、ネイティブのようなきれいな発音ができたり、高度な会話もできません。さらには英語といっても地域ごとに発音も違えば意味さえ違うことだってあります。だから母国語以外の言語を学ぶというのはとても大変なことであるし、きっと他の人も同じことを思っていると思います。作者同様、私も引き続き日本語はもちろんのこと英語の学習を頑張っていきたいと思いました。
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No.630 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: キュウチャン タイトル:言葉使いに悩む時 |
普段のコミュニケーションでも、言葉を使うときは気をつけているようです。 言語に精通していて、常に完全に言語を使用したい。 |
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No.631 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: キュウチャン タイトル:言葉使いに悩む時 |
普段のコミュニケーションでも、言葉を使うときは気をつけているようです。 言語に精通していて、常に完全に言語を使用したい。 |
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No.521 |
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出身: ドイツ 居住: 日本 |
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ログイン名: ミンミン タイトル:バイト先の言葉遣いについて |
ぎょうざさんの作文を読んで、色々な点にすごく共感できました。私も現在、飲食店でアルバイトをしていますが、バイト先で明らかに自分より年下の人に敬語を使うことを不思議に感じたりします。なぜなら、私の出身地であるドイツでは、バイト先では年齢関係なく、店長にまでタメ口で話すからです。また、日本語の敬語はぎょうざさんの書いた通り、複数の種類があり、とても複雑なので、私も正しく覚えるのに未だ苦戦しています。でも、最近正しい敬語を覚えてから、自分が客としてお店に入るときに、そこの店員さんの敬語が正しいかチェックするようになりました。ぎょうざさんもこのような経験はないでしょうか。そして、そのお店の敬語が正しければ、自然とお店の印象もよくなる気がします。つまり、自分が客として求めている接客を、自分のバイト先のお客さんにも提供するべきなのかな、と思いました。そして、ぎょうざさんが書いた通り、社会人になったら敬語の正しい使い方は必然だと思うので、学生の間バイト先で敬語の練習できるのはある意味贅沢なことなのかな、と思いました。 |
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No.668 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: yuuki0903 タイトル:感想 |
この文章をよんで 私もとても共感する場面が数多くありました。バイトをしている中で 敬語を使うか使わないか相手がどう思っているかなどです。数多くの年代がいるバイトというシチュエーションにおいてとても困ることが共感できました。そして自分の経験から 書き出してみるともちろんお客様対応などがバイトではあります。その中で お客さんにもちろん敬語で対応しますが、相手は敬語を使ってこられない場面もあります。これ対して私は 少し不思議な気持ちになることもあります。自分のほうが年上でもバイトのやっている長さが長い、いわゆるバイト先輩もまた少し不思議な気持ちにもなることもあります。敬語を使うべきなのか使わなくフランクで話してもいいのかそのような点において、バイト先で言葉遣いに困ることが私も多々あると感じました。他にも外国人の方や日本語を勉強中の方などそれに対しては日本語を話す上でお手本にならなくてはいけないのかなともこの文章を読んで私は感じました。 |
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No.509 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: ぎょうざ タイトル:作文を読んで |
私もアルバイトを始めてから言葉遣いに悩むようになりました。高校生までは、友達、先輩、後輩、先生などの大人くらいしか関わりがなかったため、敬語を何も考えずに使っていました。ですが、言葉は使い方により、相手に失礼だと思われてしまうことがあり得ると思います。基本的には丁寧語を使いますが、お客様に対しては謙譲語を使うように心がけるようになりました。社会に出ていくにつれて、上司や取引先の企業の人とのコミュニケーションが必要不可欠となります。多くのことが学べる学生であるこの時間に、敬語での言葉遣いを見直し、正しく使っていかなければならないと改めて感じさせられました。 |
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No.537 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: りんご タイトル:敬語の使い方 |
BUKEさんの作文をみて、アルバイトの存在の大きさと言葉を選びながら接する難しさを改めて知りました。やはり年齢層が広がるだけで話すだけでもためらうことがあるし、電話対応も相手に間違った敬語を使ってないかとても私も気になります。特に私はバイトでの電話対応をしたことがないですが、想像するだけでも難しいだろうなと感じます。私も目上の方とお話しする際、敬語の使い方に自信が持てず、高校時代バイトをしていた時はほんとに必要最低限しか話せていませんでした。なので、同年代の方に比べて全く喋れなかったことを覚えています。しかし、最後の文にあるように、敬語を使っていくことで自分が成長したと思えるようになるきっかけになるだろうし、将来絶対に役に立つことだと私も思います。これからは目上の方にも話せるように努力していきたいと思います。 |
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No.522 |
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出身: ドイツ 居住: 日本 |
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ログイン名: ミンミン タイトル:日本での敬語 |
私も今までドイツではあまり敬語を使う機会がなかったので、日本に住んでから敬語に苦戦することがよくあります。とくに、電話で話すときは、相手の表情が見えないので、緊張し、余計変な日本語で話してしまうことも多々あります。また、日本のサービスは非常に丁寧なので、ちょっと間違った言い方をすると、相手にとって失礼になることもよくありそうですね。ドイツだったら、相手の話がよく聞き取れなかったら「ごめん、私ネイティブじゃないから、ちょっとゆっくり話して」と気軽に言えますが、日本ではそれを言うのに少し勇気がいる気がします。ところで、ベトナムではことばづかいの違いなどありますか。私も日本の敬語には頭を抱えられますが、やはり敬語の使い方は教科書などで学ぶより、実際その国で色んな人と話したり、恥ずかしいミスなども犯しながら(ミスを犯していないことももちろん素敵ですが)、覚えるのも悪くないと思います。また、色んなことを経験していくうちに、正しい敬語が身につくのかもしれませんね。 |
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No.625 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: shu タイトル:話し方 |
babygoslingさんの作文を読んで、日本語にはいろいろな話し方があるので、時々どんな話し方を選ぶか迷うということにすごく共感しました。アルバイト先でいつもお客様に「少々お待ちください」を使って習慣化するようになったので、私はコンビニの店員さんに「少々お待ちください」を言ったことがあります。違ったと言えないが、「ちょっと待ってください」と言えば十分だったかなと思います。ところで、逆に、アルバイトをしていて、お客様の言葉づかいが気になったことはありますか。私は、お客様から普通語で話しかけられ、微妙な上から目線を感じて、少し嫌な気持ちになったことがあります。確かにお客様の方が上なんですが、サービスを提供する店員にある程度の尊敬を示すべきだと思います。もちろん自分の気持ちに関わらずすべてのお客様に丁寧なサービスを提供しますが、丁寧語または敬語を使ってくださるお客様はなおさら尊敬します。話し方の選択に悩むのは、スタッフだけではなくて、客もそうかもしれません。ルールがないので、できるだけ相手の気持ちを考えたうえで、適当な話し方を選ぶ方のがいいと思います。 |
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No.632 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: babygosling タイトル:言葉遣い |
shuさんコメントしていただきありがとうございます。確かに、外国人にとって日本語の敬語は難しいですね。日本人でも敬語に対する言葉遣いも結構あります。それで、外国人は日本語でお客様を対応する時にもっと大変になると思います。流暢に話しながらちゃんと丁寧な言葉を使わなければならないのはチャレンジですね。時々発音も一つの問題です。ある時はそのお客様は私の言葉遣いがちょっと違って発音もわかりづらいので、『日本人がいるか』っていました。その時に、とても恥ずかしいでした。ですが、少しずつ敬語を練習して経験を多く積んでいるので、敬語を使うのが徐々に上達できると思います。 |
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No.633 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: babygosling タイトル:日本語の敬語 |
ミンミンさん作文にコメントして下さってありがとうございます。ベトナム語には敬語もありますが日本語と比べてそなに複雑じゃないと思いますから、日本語の敬語を使うのは大変です。それで、ミンミンさんは書いて下さったことにすごく共感を持っています。特に、電話対応する時に、相手の顔を見られなくて相手の表情もわからないので相手がお客様じゃなくて同僚だと言ってもどんな言葉を使うのか迷ったことが多くあります。相手を尊敬する表現を使いながら、距離感を受けないというバランスを保つのは難しいですね。そのような悩みは外国人だけではなく、日本人もすごく持っています。確かに、人間関係はどこでも楽なことではないでしょう。 |
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No.651 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: A タイトル:疑問点 |
何故急にベトナムなの?
そこだけよくわからない |
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No.514 |
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出身: 濠太剌利 居住: 濠太剌利 |
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ログイン名: riley タイトル:関西弁 |
なぜ大学の友人と話す時にもっと社会的にやさしく思われている関西弁の言葉を使うのか分かります。関西出身は下品または喜劇的の既成概念があるそうで、そのような印象を与える言葉を使わなくてくるようになってしまいましたね。
オーストラリア人の私にとって、オーストラリア方言は関西弁のようなイメージがあると英語が国語であるほかの国に思われているそうです(下品のように)。オーストラリア人も暴言を相手を傷つけるつもりなくて友達と話したら使っていて、親交を示すことがあります(例えば、「oi c*nt」の「c*nt」はすごく反社会的な言葉ですが、友達と話したら使うと親交を築くかもしれない)。そのため、オーストラリア以外の人と会話したらこのような言葉を使わないことに気をつけるようになります。 それは残念ですね。自分の母言語を使わないと自分の考えを述べるのは難しくなります。社会的によく振る舞うために主要方言の特有に慣れることの代わりに、主要方言の話者の皆さんがそのようの方言について少し学び、方言の話し方をもっと分かるようになるべきだと思います。 |
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No.596 |
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出身: 中国 居住: 東京 |
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ログイン名: ジゼル タイトル:関西弁の方が好きです |
Beaさんの作文を拝見しました。「関西弁は男女の区別があまりないということで下品に聞こる」という意見を初めて聞きました。日本出身ではないですが、大阪や京都出身の友たちがけっこういるので関西弁をよく聞こたり、ちょっと話したりしています。私の観点では、逆に関西弁の方が標準語に比べて親切だと思います。男性用語と女性用語を区別をしない関西弁の方が話しやすいではないかと思っています。
ちょっときになったのは、関西地方の学校でも関西弁で話したり、授業をしたりしますか?標準語などの授業はありますか?中国にも地方弁と標準語の区別があります。私は蘇州出身なので、小学校のごろずっと蘇州弁で話したりしていましたが、学校の授業は標準語だけ行っていました。なので、今の10代や20代の蘇州人はみんなだいたい蘇州弁を喋れない状態になって、それは本当に惜しいではないかと思っています。 |
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No.491 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: minagk タイトル:作文を読んで |
まずこの作文を読ましてもらった理由として、私は韓国に行ったことも韓国人と話したこともありません、なので少しでもこの作文から韓国のことが知れると思ったからです。
まず韓国語と日本語の文構成に関しては、同じ漢字を使用しているのでそんなに変わることはないと思っていたので少しは予想がつきました。「全然」という言葉は日本人もすごくよく使う言葉で、肯定と否定どちらにも使える言葉だと勝手に思い込んでいました。韓国では否定のときのみ使うということで、そのことを知らないとその言葉一つで相手を困惑させてしまうんだなと感じました。日本語はとても難しく、私の友達同士の間でも言葉遣いに気を使うことがあるので、異文化間のコミュニケーションはさらに難しいものなのかもしれないと感じました。私は英語や韓国などを覚えいろんな人とコミュニケーションをとりたいと考えていたのですが、ただ勉強するだけでなく、言葉の意味と伝わり方までしっかりと勉強する必要があると思いました。 |
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No.641 |
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出身: 韓国 居住: 韓国 |
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ログイン名: sophia タイトル:韓国語と日本語 |
まず、コメントありがとうございます。複数の言語を学び、コミュニケーションしようとする姿勢は、非常に望ましいと考えています。私も英語と日本語を学び、同じ単語を別の方法で使用することに驚いた経験が何度あります。特にコメントに書いてくれたように、韓国と日本は同じ漢字圏であり、同じ単語があります。しかし、その言葉を使用する用法には違いがあります。私も日本語の勉強をして、これらの用法の違いを正確に知って使用したいと思います。 |
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No.474 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: House Wren タイトル:SNSの危険性 |
SNSでの発言は時にナイフのように尖っているものであり、人の命すらも奪えるものであり、しかし、時には盾のように自分自身を守ってくれるものであると言うのがSNSの難しい点であり、そんな中での言葉づかいはとても難しく、容易に使いこなせるものでは無いですよね。しかし、匿名性もあるので安易に発言でき、言葉づかいも荒くなるのがSNSの特徴だと思います。オンラインではいきなりタメ口で話す人もいたり、敬語のまま話し、硬い人だと思われることもあります。しかし、現代社会を生き抜くには、臨機応変に敬語とタメ口を使いこなし、生き抜いていくことが求められている社会になりつつあるんだなとここ最近再認識しました。 |
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No.495 |
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出身: 日本 居住: 東京都 |
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ログイン名: mee タイトル:SNSの難点と利点 |
作文を読ませていただき、私もSNS上でのことばづかいは悩むと思いました。
普段の面と向かって会話をする場合は、自分の発言で相手がどう受け取ったか表情などでわかると思います。しかしSNS上の場合、相手の気持ちを考えたうえで発言した内容でも、実際に相手の顔が見えていないのでどう受け取ったのかもわかりません。傷つけるつもりはなかったのに傷つけてしまったり、喜ばせるつもりが逆効果になってしまったり。これがSNSの難しいところだと思います。 今のインターネットが普及する世の中、思ったことを後先考えず書き込んでしまう人が増えてきていると思います。おっしゃる通り、利点として自分自身のことばについて確認することができます。自分の一言で誰かが傷つくかもしれないということを心にとめて投稿できる人が増えることを願います。 |
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No.502 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: キョウスケイザワ タイトル:SNS |
私もSNSで言葉を使うときに困ることがあります。SNSでしか通じない言葉やその人が本当に通じているのか不安なときがあります。確かにSNSは欠点だらけだと思います。SNSがきっかけのいじめなどが最近では多く取り上げられています。送った人は何も感じていないことを相手は傷ついてしまうことがある。そのような勘違いが生まれるのがSNSの一番の欠点だと思います。今でも言葉の使い方に悩む時があります。もっとSNSの使い方を考えた方がいいと考えさせられました。 |
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No.504 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: きゃべつ タイトル:SNS上の言葉遣いについて |
渡良さんがおっしゃった通り、SNSはコミュニケーションツールとしてとても便利だが、一歩間違えればトラブルになりかねない。例えばLINEでは遠くにいる人とでも気軽にコミュニケーションをとることが可能だが、返信の早い・遅いだったりと様々な理由でトラブルになることもある。そのため私は人にメッセージを送る際はどういう文を送るかなどを特に話して間もない人には考えながら送るように注意している。また、Twitterでは誹謗中傷のツイートが日々あがっているが、渡良さんの文章に書かれている「ことばは銃やナイフにもなり得る」ためそのせいで亡くなってしまったニュースも最近見た。顔が見えないことばだけのSNSは使い方によってものすごく恐ろしいものだと感じた。だが、自分で打った言葉を見返して発信することができる人もいれば思ったことをそのまま発信してしまう人もいる。一人一人が注意してSNSの使い方を見直すことができればいいなと思った。 |
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No.600 |
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出身: 韓国 居住: 韓国 |
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ログイン名: sophia タイトル:確かに |
確かに、SNSでは相手の反応を直接チェックすることができる感覚情報がないので、会話とは違って、相手の気持ちを配慮せずに言うことになりがちます。物理的な時間が与えられるが、さらに重要なことは、相手の気持ちを配慮する意志があることだと思います。
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No.622 |
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出身: フランス 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: ジョアン タイトル:現代的なテーマで面白かったです。 |
「SNSでのやり取り」を興味深く拝見しました。
もちろん、言葉遣いというテーマが広くて、尊敬語や性別的な言葉も述べられますが、渡良瀬さんの作文のテーマが少し特別なのが面白かったです。僕も、「言葉遣い」が相手に対して言う言葉の印象、または相手の気持ちに対して良い影響を与えるか否かという問題を含んでいるとは思いませんでした。そして、SNSも現代的なテーマで面白いです。 渡良瀬さんのおっしゃる通り、「ある発言をすることで相手がどのように感じるか、を一切気にしない発言がしやすいようになった」と僕も思っています。地元のSNSのコミュニティーグループでも、黒人、白人、同性愛者やトランスジェンダーへの誹謗中傷を目にすることが多いです。しかし、現実では、どこから来ていても、誰を愛していても、皆は受け入れているようで、こういう誹謗を耳にするのはとても珍しいです。それは、現実とSNSでの同じ人の行動が違うからだと思います。 |
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No.435 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Takuma タイトル:作文へのコメント |
Kinnさんの作文読ませていただきました。私も言葉遣いにはよく悩みます。でも私の悩んでいることとは違っていたので、どんなことで悩んでいるのかを読ませていただきました。
一つ目の尊敬語が上手く使えないということについては、私はあまり意識をしたことはないのですが、尊敬語で先生や先輩や上司に対しては日本に居続ければ自然に話せるようになると思います。二つ目の男女の言葉遣いについては、私は男ですが女性の言葉の口調になることはほぼないですけど、とっさに出た言葉なら女性の言葉になってしまったことはあります。徐々に直していけば良いと思います。三つ目の日本人の友達と話すときについては、日本人は助詞を使わないで話すことがあると書いていてそういえばそうだなと思いました。日本人は訳して話すことがあるのだと作文を見て思いました。しっかりと助詞を使って話すことが大事だと思いました。そうでないと伝わらないこともあるのだと思いました。 日本人では気づけないようなことがかかれていて興味深い作文でした。 |
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No.461 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: まる タイトル:作文読ませていただきました。 |
kinnさんの作文読ませていただきました。とても感慨深い内容だと思いました。1つ目の尊敬語を使う時、それは1番難しいことだと私も思います。kinnさんと同じく私も今まで尊敬語を上手く使えていなかったと思います。言葉遣いというのは正解がないのが難しいところですよね。
2つ目の男性語と女性語というものがあることをこの作文を通して知ることができました。私は女性が男性語で話していても個性があって良いと思います。たまに、女の人で一人称が「僕」と言う人もいます。ですが、住んでいる国によって様々な違いがあるので大変ですよね。 3つ目の日本人は助詞をあまり使わないという話にとても納得しました。日本人は良くも悪くも文章を短くしたり略したりして使います。それは若者が話し言葉でよく使いますね。 kinnさんの作文とても素敵な文章でした。国によって話し言葉などが異なるかと思いますが、これからも日本語の勉強をがんばって欲しいなと思います。 |
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No.618 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: シュン タイトル:作文を読ませていただきました。 |
Kinnさんの作文を読ませていただきました。同じ外国人としてとても共感できました。初めて日本語を勉強してから今まで、もうすでに二年が経ちました。尊敬語はやはりなかなか上手に使えないのです。日本語の丁寧さは文法的な方式で定着されていると思います。例えば、「使役表現+いただきます」が敬語表現として認められます。逆に、中国語の丁寧さは言葉遣いで表します。最初に初対面の人と話す時、なるべく丁寧な日本語で対話をしてきましたが、「そこまでする必要はない」と言われることもあります。場合と対象によって、適度な敬語を使うのも大事ですね。 |
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No.628 |
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出身: ベトナム 居住: 柏 |
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ログイン名: キュウチャン タイトル:笑笑 |
私もこの場合は良く合ってます。日本に来たばかり時にショックになってるし話しも良く聞こえないしめっちゃ困ってしまいました。^_^ |
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No.629 |
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出身: ベトナム 居住: 柏 |
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ログイン名: キュウチャン タイトル:笑笑 |
私もこの場合は良く合ってます。日本に来たばかり時にショックになってるし話しも良く聞こえないしめっちゃ困ってしまいました。^_^ |
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No.644 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: babygosling タイトル:言葉遣い |
Kinnさんの作文を読ませていただきました。Kinnさんの作文作文を読んで確かにその通りだと思います。私もベトナム出身ですから、Kinnさんの言葉遣いの悩みにすごく共感を持ってます。 敬語について、私は一番怖い時は会社での電話対応です。その時に相手はお客さん、または会社のパートなーですから必ず敬語で話しせなければなりません。実際は、私は基本的に敬語で話せませが相手が敬語で話すことが分からないのは困ります。相手のことが分からないと返事できません。その時に相手の顔を見なくてもとても恥ずかしくて何も考えなくて言えませんでした。それで、聴解スキルをもっと練習した方がいいと思います。 ベトナム語で男女区別の言葉がないので、日本語の男女言葉がわかりにくいですね。ですが、日本に長い間住んで日本人の友達を作って日本語でよくしゃべてぜひそのようなことが理解できるようになる。 |
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No.646 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: Kinnn タイトル:コメントのコメント |
コメントを頂き、誠にありがとうございます
やっぱり日本語が難しいですね。しかし、日本語を選んだので頑張ります。 |
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No.647 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: Kinnn タイトル:コメントのコメント |
コメントを頂き、誠にありがとうございます
これからも頑張ります |
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No.648 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: Kinnn タイトル:コメントのコメント |
コメントを頂き、誠にありがとうございます
そうですね。文法的に対して中国とベトナムと同じですね 日本語が難しいですけど、日本語を選んだので一緒頑張りましょう! |
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No.451 |
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出身: 日本 居住: 静岡県 |
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ログイン名: マグメル タイトル:日本語が難しい |
作文を読ませていただきました。普段何気なく使っている日本語ですが改めて考えると一人称だけでも男性が使う言葉、女性が使う言葉と分けられていることを思い出し。なんて面倒な言語なのだろうと感じました。それに加え友人の方のように特別意味のないような言葉を付けて話を面白くする方もいて、ますます会話が困難になります。私も話し始める際に、全く関係ないけどと前置きを置いて話し始める時があるのですが、特に意味はなかったりするのです。日本人の特に男の人は話をするときに面白くしようと余計なものをつけたがるのです。だいたい余計なものは無視し大事なものだけを聞くといいかもしれません。私の持論なので参考までに。 |
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No.487 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: Michael タイトル:言葉は難しい |
この作文を読み、私は日本語と外国語とでは表現の仕方が少し違うと感じました。
私が考えるに、外国語には言葉の表現の仕方としてハッキリしている事が多いと思います。 それに対して日本語は若者の言葉など、あらゆる言葉の表現があり、日本人でも上手く言葉では説明できないことが多々あるということを改めて考え、感じました。 自分もよくある事なのですがLINEで会話をしている時に相手が怒っているのか、それとも少し元気がなく、落ち込んでいるのか分からなくなることがあります。このように相手の表情を見ずに会話をすることで相手の感情がこれ程変わるのだということも感じました。 本気の思いを相手に伝えたいのならば直接会って目を見て話すのが1番気持ちが伝わると思いました。 |
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No.599 |
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出身: 韓国 居住: 韓国 |
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ログイン名: sophia タイトル:経験 |
すべての言語に男女トーンの区別があると思いますが、日本語では特にその区別がはっきりしていると思います。口調だけではなく、単語が性別によって違うことが面白いです。私は女性ですが、「ウマイ」という言葉を好んで使っていました。自分の作文をあるとき、私の日記に<何々がうまかった>と書いましたが、これを先生に直されました。先生によると、これは男性が多く使う言葉言語として、今は使わずにいます。 |
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No.619 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: シュン タイトル:作文を読ませていただきました。 |
shuさんの作文を読ませていただきました。確かに、男性用語と女性用語の使い分けが難しいですね。私も男性用語を使ってしまったことがあります。韓国人の友人に「コミケ行かない」と誘われた時のことでした。コミケに行くなら、朝早く行って行列しなければならないので、「やっぱりやめとこう」と思って、「勘弁して」と答えました。友人が少し戸惑った顔をしました。「まさか先の話し何が変なのかな」とついに思ってしまいました。後で調べると、「勘弁する」は男性的用語ということがわかりました。
ただし、今、よく男性用語を使っている女性もいるようです。単なる辞書やインターネットで調べるだけではなく、日常生活で心掛けて、男性用語と女性用語の使い分けを身につけることも大事だと思います。 |
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No.634 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: shu タイトル:コメントのコメント |
マグメルさん、コメントを頂き、ありがとうございます。確かに日常生活の場合、特別意味のないような言葉を付けて話す方が多いですね。私は外国人として、日常会話より、授業や職場などに使われる丁寧な日本語の方が分かりやすいと時々思います。マグメルさんのアドバイスを受け入れ、余計な言葉を無視し、大事な部分に集中し、会話がより順調に進めることを望みます。 |
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No.635 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: shu タイトル:コメントのコメント |
Michaelさん、コメントを頂き、ありがとうございます。私も日本人の友達に細かい言葉遣いを聞くとき、日本人でも上手く言葉を説明できないことが多々あると感じました。多分母国語ですから、気が付かなく使い、あまり深く考えることがないかもしれません。それは多分言語学研究者ではないと、どの国の方でもそうだと思います。
そして、確かにLINEでの会話のような互いに相手の顔や動作など言語以外のものを見えない場合、本気の思いを相手に伝えるのは難しいですね。直接会うのが一番よく、LINE で話すと言葉遣いに気を付けらなければなりませんね。 |
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No.636 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: shu タイトル:コメントのコメント |
Sophiaさん、コメントを頂き、ありがとうございます。確かに日本語では男女別の言葉遣いが特にはっきりしていて、単語から区別していますね。私も女性で、「あざーす」や「おっす」など普段男性が使う表現を使いたかったです。しかし、使うと変な目線を感じるので、今は使いません。やはり日本語の性別による言葉遣いの区別ははっきりし、少し厳しいかもしれません。 |
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No.637 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: shu タイトル:コメントのコメント |
シュンさん、コメントを頂き、ありがとうございます。シュンさんが言及した「勘弁する」が男性的用語ということは今更わかりました。確かに男性用語と女性用語の使い分けが多くて難しいですね。言語の勉強は大量な練習が大事で、エラーを繰り返し、日常生活で心掛け、男性用語と女性用語の使い分けを身につけると日本語の能力を上達できると思います。 |
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No.378 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:作文へのコメント |
とても興味深く作文を読ませてもらいました。ヒナさんが言われているように、日本人は普通語を会話ではよく使います。しかし、外国人の方が日本語を学ぶ時は、丁寧語(〜です、〜ます)から学び始めます。私も日本語を教えるまではこの事を知りませんでした。そこに日本人と日本語を勉強している人のギャップがあるのだと思います。
私たち日本人は、普通語から覚えます。お母さんは赤ちゃんへ「飲む」「食べる」と動詞の原形や「飲んで」「飲もう」「飲まない」と動詞を活用して話しかけます。「飲みます」を覚えるのはもっと大きくなってからです。簡単な日本語とは、小さいころから使っている普通語の話し方だと私も思っていました。しかし、外国の方からすると、「ます形」と呼ばれる、「飲みます」「飲みません」から文法の基礎が始まります。そこへ普通語で話しかけられると、活用が違うため、意味が通じません。もしかすると、多くの日本人がこのことを知らないのかもしれません。ヒナさんの作文から、私たち日本人は外国人の方にとってのやさしい日本語について理解することが大切だと考えさせられました。 ヒナさんの高校の先生は丁寧語を使うように怒ったと書いてありました。確かに、目上の人に話す時は丁寧語を使うことは常識です。その先生はそのことを教えたかったのかもしれませんね。ただ、私はそうは思いません。怒られると人は緊張します。緊張のなかで、外国語を話すことはもっと難しいと思います。その人が慣れている話し方で話す方が私は良いと思います。一番大切なことは、お互いが伝えたことを理解し合うことです。私が思う授業とは、言葉を練習する場です。そこには、上と下の関係ではなく、お互いを尊敬し合う関係が必要ではないでしょうか。ヒナさんが私から何かを学ぶのと同じく、私はヒナさんから何かを学んでいます。お互いに成長しています。 言葉遣いの違いをとても良く理解されていると思いました。あとは、ヒナさんが言われているよう、沢山練習して日本語のスキルアップを目指してください。 |
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No.382 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: アリシア タイトル:コメントのコメント |
ご回答ありがとうございます。
日本人が先に「ます」の前に「中立形」を覚えるとは知らなかった。でも、中性形が日本語で一番シンプルに見える形なので、論理的なように思えます。で、なんで外国人は中立形ではなく、まず枡形を教えられるんだろう? また、他人のメッセージを理解することが一番大切だと思っています。また、高校時代は日本語を話すのがとても大変でした。だから、すでに苦労しているのに、ミスをした時にも取られてしまうので、もう二度と自分を表現したくないと思っていたのだと思います。同級生との間にこのような問題があったので、私だけが日本語が好きだったのだと思います。でも残念です。 日本語に興味のある人が増えるように変えていくことが大事だと思います。なぜなら、それが原因で、日本語の習得や理解が非常に難しく、他の人が怖がってコミットしないという伝説を作り出しているからです。 |
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No.421 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: トロッコ タイトル:日本語難しいですよね。 |
アリシアさんの文章を読ませていただきました。
私は外国の言葉づかいについては、全く知識が無いのですが日本では家族や友達、会社の人との言葉づかいなど話す相手の立場によって話し方を変えなければなりません。私は日本人ですが日本語の言葉づかいを完璧に使いこなせたことは一度もありません。周りの日本人ですら使いこなせてませんから日本語の言葉づかいは難しいものです。 私も相手と話すとき言葉づかいで悩むことがあります。例えば、同い年の人で何回もあっているのに敬語で話してしまったり、逆に親しい年上の人には敬語を使わないこともあります。 日本語は難しいです。練習と経験をつんで少しでも日本語が上手くなれるようにがんばってください。 |
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No.494 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: minagk タイトル:作文を読んで |
コメントを書かせていただく理由として、私も普通語や丁寧語の使い分け、話す相手によって敬語を使ったりといった、言葉遣いの難しさを大学生になった今も痛感することがたまにあるからです。初対面の同世代の人と話すとき、仲良くなりたいがためにいきなりなれなれしい口調で話しかけてしまうことがあります。初対面の相手にいきなりこの態度をとったので、驚かさせてしまいました。言葉はこんなにも相手の気持ちを簡単に変化させてしまうものなのかと思いました。
この作文を読みながら疑問に感じたことがあります。この作文のように、外国の方が日本に来られてこのような言葉の難しさに直面する話をたまに聞くことがあります。私は海外に住んでみたことや話してみたことがないのでわからないのですが、英語などの言葉にも丁寧語や尊敬語などを状況に応じて使わなくてはならないのかということです。この作文を通して今まで以上に積極的に外国語を学んでいきたいと思いました |
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No.626 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: shu タイトル:言葉遣いの難しさ |
私も相手によって言葉づかいを変えることの難しさがよくわかります。友達と普通語で喋ることが多いので、先生に普通語を使ってしまったことがあります。そして、明確に相手との関係を定義できない時、言葉づかいの選択も難しいですね。アルバイト先で出会った同僚と仲良くなりたくて、一緒にレストランで食事したこともありますが、普通の同僚より親しいけれども友達だとまだいえない時に普通語を使うか丁寧語を使うか迷いました。距離感を作りたくないが、失礼になってしまったらといろいろ考えました。確かに相手との関係を考えるうえで適当な話し方を選ぶのが難しくて、その前提である相手との関係を判断することも難しくて、関係を変えたい時にもっと難しくなるかもしれないと思います。一緒に日本語を上達してこの悩みを解消しましょう。 |
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No.373 |
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出身: 埼玉 居住: 日本 |
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ログイン名: ゆで卵 タイトル:誤解を生まない |
作文を読ませていただきました。文を読んだ感想としては、私自身も断るときに「大丈夫です」という言葉を使っているのですが、日常生活で何となく使ってしまう言葉が普段こういった意味で使わない人に使用した場合に言葉の意味のすれ違いを起こしてしまう可能性や困らせてしまうことがあるのだなと感じ、私自身もそのような経験が確かにあるなと感じ共感を持ちながら読むことができてとても分かりやすくて読みやすかったです。場面設定も具体的でとても良いなと思いました。この文を読んで二つ以上の意味を持つ言葉の使い方や使うタイミングに気を付けていきたいと感じました、言葉の使い方や意味のとらえ方の違いがあることもあると言う事を常に頭の中に入れて生活をしていきたいです。曖昧な言葉で話さずに意味がはっきり相手にも伝わる言葉を選び、相手の人を思いやる言葉選びと使い方をしっかりしていきたい、と文を読んで思うことができ自分のためにもなりとてもいい文だと思いました。 |
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No.405 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: wasao タイトル:はっきり言うべき |
私は、「大丈夫です。」という言葉を、その言葉が適当な場合しか使いません。例えば、学校から帰る途中、道端でこけたとき、その道を通る人たちに「大丈夫ですか。」と聞かれて、私は恥ずかしながらも「大丈夫です。」と答えます。逆に、道端ではなく、深い溝にこけてしまって、足を怪我して、動けなくなった場合、「大丈夫ではないです。」と答えるか、言い換えると「助けてください。」と答えます。このように、この言葉を適当に使用する場合、大丈夫なとき、大丈夫でないときで肯定と否定の意味で使い分けます。作文で述べている、コンビニ店員の「レジ袋ご利用ですか。」の問いに対して「大丈夫です。」は捉え方によって二つの意味を持つことになり、そのような曖昧な表現は適当でないと言えると思います。仮に、この問いに対して、「大丈夫でないです。」と答えたとすると、意味がわかりません。全く別のことを話しているようです。作文で述べているように、言葉を曖昧にするのは良くないです。いらないものは、「入りません。」とはっきり伝えましょう。敬語が習慣付いていることは、とても立派なことだと思います。 |
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No.355 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: ハルク タイトル:正しい言葉遣い |
私も正しい言葉遣いは、人とコミュニケーションを取る上で大切だと思います。高校生の時に使っていた敬語を大学生になってアルバイトを初めて、自分の敬語は正しい敬語じゃないと気づいた瞬間が私にもありました。このような経験は誰にでもあることだと思います。お互いにそのような経験を無駄にせずこれからなおしていきましょう。私も今後社会に出て間違った言葉使いをしないように、この学生の間に正しい言葉遣いを学んでいきたいと思います。 |
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No.420 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: wasao タイトル:日本語は難しい |
学生のうちに多くの人間とかかわりを持ち、言葉遣いを学んでいくことはとても大事なことだと私も思います。作文で述べている、正しい言葉遣いというのは、正しい敬語という意味だと思います。私は、正しい言葉遣いと言われると、状況によって正しい言葉遣いが変わります。例えば、小さい子供と話をするとき、敬語では話しませんが、偉そうに話すわけでもありません。日本語は、難しいので、敬語とタメ口の間にいろいろなニュアンスの言葉が存在しているのではないでしょうか。しかし、その間の言葉を使い分けることで、あらゆる関係の人とのコミュニケーションの円滑にできているのではないでしょうか。私はそう思います。そして、これから私たちが身につけていかなければならない言葉遣いの種類は、ビジネスマナーにおける言葉遣いだと思います。バイトや、大学の人とのコミュニケーションの中でも少しずつ学んでいけると思います。お互いに、社会に出たとき、恥ずかしくないような言葉遣いを身につけていけるといいですね。 |
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No.360 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: ハタ タイトル:敬語とタメ口の使い分け |
私も相手との関係性や状況においてタメ口と敬語を使い分けることが大切だと思っています。しかし、仲が良くなったりすると不意にタメ口が出てしまうことがあります。したがって、日頃から様々な人たちとコミュニケーションをとる際、その都度その時の状況で適切な言葉遣いをできるように努力したいと思います。 |
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No.389 |
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出身: 日本 居住: 大阪 |
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ログイン名: ゆうしま タイトル:敬語 |
私も部活をしていた時、先輩に最初は敬語を使っていましたがだんだん慣れてきて
いつの間にかたまに、ため口で話すようになっていました。先輩にも気を遣わんし それでよいといわれていたのでため口で話したりしていました。 しかし、cherryさんと同じくバイトを始めたころ、接客業という事もあり言葉には厳しく言われました。もちろんため口を使うようなことはなかったのですが、正しい敬語を意識して使うようになりました。しかし、バイトが終わると同じバイトの人らとは楽な感じで話していました。 Cherryさんのおっしゃる通り、敬語とため口は、年齢も相手との関係性が一番重要になってくると思います。同じ年だからといって、初対面でいきなりため口を言われると 平気な人もいると思いますが、え?ってなる人もいると思います。人それぞれのとらえ方だと思います。その人との関係性をきちんと見極めて言葉を使ってコミュニケーションをとることがとても大切なのではないかと思います。 |
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No.364 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: らすかる タイトル:文化の違いを知る |
敬語を使って話しかけると失礼だと思われる、というのは日本の文化には全くない考えなので文章を読んでいて不思議な気持ちになりました。確かに日本語は敬語の種類もいくつかあってその中での使い分けなど、大学生になった今でも難しいなと思う場面は多々あります。しかし歳や仕事をしている歴など、わかりやすい基準で敬語を使う相手なのかどうかを判断するので、人相や性格によって使い分けなければいけないほうが大変だなと感じました。それも丁寧に敬語で話したら相手に心を開いていない、距離を縮まらせるつもりはないと思われてしまうのはとてもショックだなと思います。でも逆に考えると、バイト先などで常連のお客さんに対してタメ口で話しかけると、お客さんは自分のことを覚えてくれていると感じ、うれしい気持ちになってくれることもあるのではないかなと思いました。
国によって敬語を使う場面、相手は違い、日本のように目上の人に使うという役割だけではないということを知ることができました。 |
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No.498 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ますい タイトル:ミンミンさんの作文を読んで |
ミンミンさんの作文を読んで、ドイツ語での敬語の仕組みについて初めて知ることができました。私は、ドイツ語の基礎会話を学習する授業を大学で受講していて、ドイツ語やドイツ人の人たちの敬語という文化を知ることができて、とても勉強になりました。
ドイツ語では敬語を使うと失礼だと感じる人がいることに驚きを感じています。 日本の場合とりあえず、どんな人にも敬語を使用して会話をすれば大きな問題はないので、ドイツ語で会話をすることができるようになった時は状況をよく理解し、適切に使い分けられるようになりたいです。 ドイツ語の敬語はシンプルなのに非常に奥深いものだと感じました。 また、日本語の敬語の誰にでも使うことができますが、種類が多いので相手によって使い分けることが重要です。敬語の使い分けは、日本人の大学生でも、できない人が多いです。 日本語を使用するすべての若者は、焦らず正しい知識を正確に覚えていくことが重要です。 |
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No.340 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: cherry タイトル:初対面の難しさ |
私もテントウムシさんと同じように、大学入学当初、ぱっと見で学年を判断しづらくてとても戸惑ったことを思い出しました。
私は普段、同級生と初めから分かっている場合は、初対面でも無意識にタメ口で話しかけてしまうことが多かったのですが、大学ではたとえ同級生でも同い年ではないことがあるということに気づいてから、いくら同級生でも初対面の時からタメ口を使うのは少し失礼なのかなと思うようになりました。そのため、自分も敬語で話そうとはしたけど、自分が敬語を使うのが苦手だからというのもあるし、敬語で話すと相手と距離を感じて話しづらいと感じてしまいました。でも実際、自分の周りには、同い年でも初めて話すときは敬語を使ってくる人も多いし、逆に、私と同じように初めからタメ口の人もいます。初対面でタメ口を使うことに対して失礼と思うか特に何も思わないかどうかは人それぞれだけど、だからこそ、初対面の時の言葉遣いの難しさがあるのだと改めて感じました。 |
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No.344 |
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出身: 日本 居住: 山口 |
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ログイン名: ちゑ タイトル:自分の知識不足を実感しました |
私も日常的にはあまり敬語を使う機会がなく、尊敬語や謙譲語などの細かい部分でわからないことが多いです。
実際に筆者さんの使っていた「ご記帳お願いいたします」という表現も知りませんでした。 確かにそれらを知らずに生きていると恥ずかしい思いもするときもありますが、筆者さんのように指摘してくれる人がいる環境は羨ましいなと思いました。 これから就職するにあたって今まで以上に意識して敬語を話す場面が増えると思うので私ももっと敬語についての知識を増やさないならないことを実感しました。 |
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No.464 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: まる タイトル:作文読ませていただきました。 |
Reiさんの作文読ませていただきました。
日本人でも敬語というのは難しいものですよね。小学生、中学生の時などに丁寧語・尊敬語・謙譲語を学校でちょっとは習ったものの、実際に言葉で話すとなったらなにが正解でなにが不正解なのか分かりません。アルバイトを通して言葉遣いを学ぶということはとても良い事だなと感じました。私も初めてアルバイトをやった時、お客様にどのような対応で、どのような言葉遣いで接客をやればいいのか分かりませんでした。そこのアルバイト先は、接客のマニュアルなどは無く自分のやりたいように、好きなように接客をするところだったので尚更難しかったです。ですが、そういう場でお客様とコミュニケーションをとれるのは楽しかったです。 Reiさんの作文とても共感しました。それととても読みやすかったです。ご自身での体験談などがあると作文は読みやすいなと感じました。これから作文を書く時は自分の体験したことなどを踏まえて書きたいと思います。ありがとうございました。 |
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No.331 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Namiki18 タイトル:大学の役割 |
人によって大学というところは勉強や部活動といったいわゆる社会人になるための通過点だと思っている人もいると思います。ですが私はそうは思いません。大学で部活動を頑張るろうとすること、将来のために専門的な分野を学ぶことはもちろん大切なことです。社会というのはいかに早く順応できるか、馴染めるかがとても大事なことだと思います。それを大学生活4年間の中で身に着けられるのかがやるべきまず大学でやるべきことだと私は思います。その中で最も苦戦をするであろうものが「言葉遣い」である。実際に言葉遣いが原因で上司の方とうまくいかず就職したはいいもののすぐに辞めてしまう社会人は山ほどいます。大学という場所は学生生活の中で最も社会に近い教育現場です。ojiさんが言うように「大学は同級生であっても年齢が同じであるとは限らない」という状況も言葉遣いに関して学ぶには最適な環境だと思います。人によって言葉を使い分け生活をすることで少しでも早く社会に順応したい。 |
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No.424 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Shinji タイトル:自分をアピール! |
ojiさんの作文読ませていただきました。
テーマ「同級生と話すときの言葉遣いに悩みました」の明記から始まり、続いてテーマを支える理由、理由の説明、ojiさん自身の体験談からくる別の悩み、まとめ。 うまく構成されてて読みやすかったですし、ojiさんの作文だからこその悩みを聞くことができて勉強になりました。 私が大学に入学したときはちょうど二十歳で同級生から敬語を使われる立場でした。これは人にもよりますが、私は年下の同級生に敬語を使われるのはすごく嫌です。距離感を感じるだけでなく、ojiさんのおっしゃる通り、タメ口で話すことを失礼に感じさせてしまい気を遣って話をさせてしまうことに、こちらとしては申し訳なく思うからです。タメ口で話してもらえれば、こちらも距離を詰めやすいです そして方言ですが、今後社会でお仕事をされる場合標準語で話すことに慣れておくべきだと私も同様思います。しかし、友達と人間関係を築いていく上では方言はあなた自身の個性であり長所だと思ってもらっていいです。標準語しか話せない私からしたら方言がうらやましいくらいです。標準語を話すojiさんと方言で話すojiさんの二人を作ることができれば、社会人としても人間関係としても充実を得られるのではないでしょうか。 |
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No.335 |
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出身: 日本 広島県 居住: 山口県 |
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ログイン名: よし タイトル:敬語でなくても相手を敬う |
私もこの経験と似たような経験をしたことがあったので、この話には大変共感しました。そして、年上の相手がどういうつもりでタメ口でいいよ、と言ってくれているのかということを正確に理解することは難しいのではないか、と思いました。タメ口でも全然気にならないと言いながらも、内心ではふいにそういう言葉遣いをされると、引っかかり、腹を立たせてしまうことがあるかもしれません。だから私は、もし自分よりも年上の人にタメ口で話しかけてくれていいよ、と言われたとしても、そんなにすぐに敬語をやめることはせずに、徐々に変えていくようにしています。また、友達を相手にするような簡単な言葉遣いになった後でも、常に相手のことを敬う気持ちを忘れないようにしています。それは年上の人に対してだけではなく、同い年や年下の人に対しても言えることです。そうすれば、言葉遣いについてのことでトラブルが起きることもなくなるのではないかと思いました。 |
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No.411 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: わたぽん タイトル:タメ口と敬語の使い分け |
アルバイト先や部活、社会人になれば会社の先輩などの様々な場面でこのような状況に直面することでしょう。私がタメ口と敬語の使い分けで悩んだのは、職場で働く仲間としては同僚という立場でありながら年は相手の方が上であるときです。同僚だし、タメ口で話しても大丈夫だと思い話しかけた相手が非常に繊細でプライドが高いと、舐められていると勘違いする人も多いみたいです。この問題は現代社会を生きていく我々にはずっと関わっていかなければいかない悩みです。
まずしばらくは敬語で話していれば間違いないと私は思います。 |
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No.469 |
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出身: YOKOHAMA 居住: 日本 |
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ログイン名: Mina.10 タイトル:感想 |
こんにちは。
Singiさんの文章を読ませていただきました。確かに敬語からタメ口のタイミングとかは本当に困りますよね。わたしは先輩にそう言われたときは先輩に対してはわたしは崩した感じの言葉を使ってました。例えば、「〜ですね」とかではなく「〜っすよねー」みたいに堅いと感じられない程度の言葉をつかってました。こんな感じなら距離感は少しでも近くになると思ったので。案の定前よりも友好的に接することができました。ちなみにわたし自身敬語を使われるのが嫌いで「タメ口でいいよ」のでした。まぁ私の場合はお願いに近い感じでしたが,,,わたしとしては先輩に「タメ口でいいよ」といわれたのなら今の使っているのを崩して話すところから始めていくのがいいのかなと思いますし、それが原因でトラブルが起きるようなリスクがあったりするなら本人に聞くのも一つの手だと思います。多分学校の先輩後輩はそこまで気にしたり深く考えたりはしてないと思いますが。 |
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No.414 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: わたぽん タイトル:正しい言葉使いの大切さ |
明瞭な文章作成やプレゼンができるよう適切な言葉の使い分けを行うためには普段から意識していないといざという時にできなくなってしまいます。今回作者さんの作文を読ませていただき、改めて正しい言葉の大切さを知りました。言われてみれば「約」をおおよそと話すときには読みます。この作文を読む前に公の場で話す機会があり「約」が出てこなくてよかったなと安心しました。社会にでて、ただしく言葉が使えていないとあの人はいい大人してまだ常識が分かってないと思われてしまったらそこまでです。日本語は非常に繊細で素晴らしい言語でもありますが、同時に一歩間違えると違うニュアンスで取られてしまう難しい言語です。せっかく日本人に生まれたのですから、これから正しい日本語が使える人になれるように心がけていきたいと思いました。素晴らしい作文ありがとうございました。 |
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No.443 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Shinji タイトル:良い視点をいただけました。 |
ちゑさんの作文読ませていただきました。
話し言葉で書くことや、読んで伝えることの難しさなど、書き言葉と話し言葉の意識すらあまりしたことのない私にはとても新鮮な内容でした。ほとんどの人が話し言葉で書くことも読んで伝えることも経験しないことなので、高校時代からそれを経験し新たな視点を持てていることがうらやましいと思ったのと同時に、「約」と「およそ」や「去年」と「昨年」など、言葉を正しい場面で使えるよう私も学生のうちに直さなければいけないと強い焦りを感じました。 社会に出たとき恥ずかしい思いをしないためにも大学生活を通し、より成長したご自身で再びアナウンスの経験を掘り下げれば、新しい発見ができるのではないでしょうか。 |
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No.397 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: おき タイトル:言葉って難しい |
私も、バイトをやっていて同じような経験があって共感ができます。初めての時はなおさらで、『確か、他の店員さんがこんなこと言ってたな〜』ってな感じで私は最初、対応をしていました。レジ業務の時は、常にお客さんと対面するので失礼の無いように注意をしてやっていてもたまに、お客さんから指摘をもらったり、店長に注意されることがありました。どんな場面で何が最適な言葉なのかなんて今でも、理解する事は難しいですよね。バイトも社会勉強なので色んな事を学べる機会なので必要だと思います。そこで、沢山の事を吸収していけたら最善だと思います。そのおかげで将来的に役に立ったと思えることや言葉使いに慣れることはこの大学生活で学べた方が良く、社会人になってからだと遅いですよね。これからたくさん困る事があり、それに柔軟に対応出来ることはいい事だと思います。でもやっぱり日本語自体が難しい。 |
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No.408 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: まるちーず タイトル:言葉の変化 |
pureさんの作文読ませていただきました。私はコンビニなどで働いた経験はないのですが、たしかにコンビニなどでよく「お預かりします」や「〜になります」などの言葉を聞き流していますが、意味をよく考えたことはありませんでした。客としては別に店員さんが少し間違った言葉遣いをしていても全く気になりませんが、やはり接客する側の立場だと意識しざるを得ないのでしょうね。
しかし、今現在は現代に適した言葉遣いをしており私たちもそういった言葉を正しいと教わっていますが、それも変わっていくかもしれません。例えば「お預かりします」もよく意味を考えたら間違いとも取れるかもしれませんが、様式美としてお客様のお金を「お預かりします」と言いましょうね、というのが普通になるかもしれません。実際にそう言われて違和感を覚える人はかなり少ないと思います。少し話は変わりますが「ジンクス」という言葉は昔は悪い意味で縁起が悪いという意味で使われていたそうです。もちろん今の使い方が間違って浸透してしまっているのだと思いますが、別に何の問題もなく誰にでも通じるのでそういう意味もあるよってことでいいと思います。ら抜き言葉などもそうですね。 つまり雑に言ってしまえばジェネレーションギャップなのかもしれません。しかしジェネレーションギャップだとするとすごく年配のおじいちゃんとかに言葉を教わるとややこしくなりそうですね。店長がめっちゃおじいちゃんだと大変かもしれませんね。でも国語の先生って全員おじいちゃんですよね、大丈夫ですかね。 |
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No.371 |
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出身: 日本 居住: 静岡県 |
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ログイン名: マグメル タイトル:年齢不詳 敬語? |
作文を読ませていただきました。私も似たようなことがありすごく共感しました。親戚のの女子と久しぶりに会ったのですが、年齢がわからず大人びている印象だったので敬語で話しているとまさかの年下ということが分かったのですが、敬語からため口に変えるタイミングを失い帰るまで敬語でした。最初からため口で話すのは後から衝撃の事実を知ると怖いので年齢がわかるまでは敬語で話すのがいいかもしれませんね。私はまだバイトの経験がないのでこの話を忘れず言葉遣いに気を付けていきたいと思いました。 |
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No.426 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: ht タイトル:敬語の使い分け |
自分も敬語を使っていて同年代だとわかっても、なかなかため口で話そうとは思いません
。基本的に初対面では年下か同年代だと知っていない限りは敬語で話します。理由として、年上に敬語を使うのが当たり前というのもありますが、敬語でないと相手に馴れ馴れしくするようなやつと思われるのが嫌だからです。それが年上ならば、常識もなっていない人になってしまいます。そのため自分も「敬語でなくていい」と言われても敬語で話すべきだと思います。もしその人が年下か同年代なら大丈夫かもしれません。逆に考えれば、敬語なしでため口でも話せる間柄になるので、話せる仲になったら年齢を聴くのもいいかもしれません。ですが、年上ならば自分なら「失礼なことをした」と思ってしまいます。なので、敬語は初対面では必ず敬語にするべきだと思います。 |
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No.401 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ゆで卵 タイトル:思い込み |
作文を読ませていただきました。「〜でよろしかったでしょうか」と「〜でよろしいでしょうか」のように同じに感じていた言葉使いも、少し言葉が変わるだけで全く違う言葉の使い方になってしまっていると言う事がわかりやすく伝わってきました。私自身も言葉使いに気を付けて話したり書いたりして自分の中では、この状況ならこうだろう、言葉の使い方はあっているだろうと自分の勝手な決めつけで話してしまったりする時があり、この言葉使い間違っているよと教えてもらったことがあります。同じような言葉の使い方でも少し変わるだけで敬語になっていない時があり正しい言葉の使い方は難しいと私自身感じたことがありとても分かりやすく、共感を持ちながら読むことができました。具体的な状況や実際の言葉使いまではっきりと書かれておりとても読みやすくてよかったです。私自身もこれからの言葉の使い方が正しく、しっかりとできるようにしていきたいと思いました。 |
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No.418 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: rikuo タイトル:私も難しいと感じます |
私も似たような経験があるのですごい共感できます、私も目上の人と会話をするときに敬語をよく使用するのですがある時親から「目上の人と話すときにちゃんと正しい敬語をつかえているか?」といわれ今までの会話の中で使用した敬語で正しかった敬語はいくつあったのかを考えたときに、今までの敬語は正しい敬語ではなかったということがわかりました。
また私は家庭教師の先生に来てもらっているのですが、その先生からも「今の敬語はちょっとおかしいよ」と何度か注意されたことがあります。その際はしっかりと先生にどこがいけなかったのかと聞くようにして、誤った敬語の使い方を正しくするように意識しています。作文中にもあるように言葉を使うのは便利なものですが言葉を使いこなすのはとても難しいことだと感じました。 |
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No.336 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ヨーヨー タイトル:コメント |
ちーさんの迷うことと似ていることを経験したから、すごく同感します。私は中国出身なので、初対面の人と会話する時いつも距離感を感じるのでどのように話すか本当に悩みます。9歳の時メルボルンに来て、文化の違いさを経験して、もっと混乱になってしまいました。中国でみんなは初対面の人と、年齢に関係なくいつも敬語を使っていながら、メルボルンの人は誰とでも最初から友達と話すような口調でしゃべって、しかも敬語を使うと変な人だなと思わせるそうです。
大変でしたが、私はだんだん出身国に応じて初対面の人と話す方法を学ぶことができました。例えば、アジア人の友達の家を訪ねる時、失礼に当たらないため必ず敬語を使って、メルボルンの友達の方と真逆です。普通にメルボルン地元の人がその距離感を消すため自分の両親とか仲がいい友達の両親を名前で呼んで、親子は友達みたいな付き合いますから、メルボルンの友達の方がそんなに敬語を心配しなくてもいいと気づきました。 そう言っても、どの国の方でも初対面の人ならやはり敬語を使って、時間と共に距離が近くなった時に友達と話すような口調でしゃべる方がいいと思います。もちろん、出身国や場所や話す相手の年齢や立ち位置などによって言葉遣いを使い分けるべきことにも賛成します。 |
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No.434 |
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出身: 横浜 居住: 日本 |
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ログイン名: まっすー タイトル:ちーさんの作文を読んで |
ちーさんの作文を読んで私もとても共感しました。私も同じように相手に対して急に友達口調で話したら驚かれるのではないか、失礼に当たるのではないか、話しやすいように敬語で話すと堅い感じになってしまうのではないかと長年悩んでいました。しかし私は同い年の学校の友達に対しては最初から友達口調で話すようにしています。その理由が2つあります。1つ目は同い年だからです。確かに目上の人と話すときは敬語を使います。しかし、学校はほとんど毎日通いますし、最初から友達口調で話したほうが堅い感じがなくなると思ったからです。2つ目は仲良くなりたいからです。初めて話しかける学校の友達に敬語を使うと心を全く開いてもらえてないと錯覚してしまう事が私自身よくありました。失礼に当たるのではないかという気持ちから敬語を使っているということは承知していましたが、少し距離を感じてしまう事がありました。これからも敬語を使う場面で悩む時がたくさんありますが、同い年や学校の友達には最初から敬語の方が親しくなりやすいと思います。ありがとうございました。 |
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No.666 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: やよい タイトル:敬語とため口 |
私はこの作文を読んでとても共感しました。なぜなら、私も大学入りたてで、授業中に話す時に、敬語をため口のどちらで話そうか迷ったからです。結局当時は相手に合わせて話していました。しかし、そんなことが続くうちに気付いたことがあります。それは、毎回毎回どっちで話そうかと考えるのは疲れるということです。だから、その時私は、これからため口で話そうと決めました。なぜため口かというと、敬語で話している時よりも会話が弾み、仲良くなりやすく感じたためです。また、授業などで話す人は同級生であるため、敬語で話してしまうと距離を感じてしまうからです。そのため、ため口で話そうと決めました。それからは、どちらで話すのか考えることがなくなり、話すこともうまくいくようになりました。だから、ちーさんも相手に合わせるのではなく、自分で決めて話すことをおすすめします。 |
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No.415 |
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出身: 日本 居住: 栃木 |
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ログイン名: kai10 タイトル:言葉遣いの変化 |
コミュニケーションの取り方によって、言葉遣いを変えるということにとても共感しました。私の場合、敬語とタメ語の使い分けなのですが、普段部活の先輩方と直接会話するときにはタメ語を使っていましたが、その先輩方とSNSで会話をするときには自然と敬語を使っていました。改めて考えてみるとSNSだと距離感が難しかったり、普段使っている言葉の使い方では誤解が生じるかもしれないと思って変化していたのだと思います(また、尊敬していた先輩方だったので、一定のラインを超えないように使い分けていたというのもあるかもしれませんが)。同じ相手でも場面によって、言葉遣いが変化する。それに加え、相手との会話をスムーズにするために無意識のうちに言葉遣いの変化が起こっていたのだと思うとこれが日本語の難しさであり面白さなのではないかとこの作文を読んで考えさせられました。 |
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No.329 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ユーヤ タイトル:年上の言葉使い |
私も小学生のときは兄の友達と遊ぶことが多くて、年上の人たちは私のことを優しく接してくれていたので言葉使いなど気にしたことはありませんでした。でも友達のお兄さんだとよく注意をされたことを覚えています。でも小学生だった頃の私は「なんでダメなの?」としか考えられませんでした。でもそれを気付かされたのは投稿者の方と一緒で中学生になり、部活動がはじまり、敬語をあまり使ってこなかった私が先輩に敬語を使わずに話しかけてしまい、その先輩が「俺にはいいけど他の人には敬語が礼儀だよ。」と言われました。そこで私も部活の時は敬語でプライベートのときはタメ口にしようと決めました。
投稿者さんは「働き始めたりしたい時にも同じようなことが起こる可能性もある」とありますが、これに対して私は勿論使い分けも大事だとは思いますが、基本は敬語で生活すると楽だと思います。最後に私と投稿者は同じような状況な生活をしていて、意見が全く違うものが生まれるのがとても面白く、学べることができました。ば |
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No.341 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ユーヤ タイトル:年上の言葉使い |
私も小学生のときは兄の友達と遊ぶことが多くて、年上の人たちは私のことを優しく接してくれていたので言葉使いなど気にしたことはありませんでした。でも友達のお兄さんだとよく注意をされたことを覚えています。でも小学生だった頃の私は「なんでダメなの?」としか考えられませんでした。でもそれを気付かされたのは投稿者の方と一緒で中学生になり、部活動がはじまり、敬語をあまり使ってこなかった私が先輩に敬語を使わずに話しかけてしまい、その先輩が「俺にはいいけど他の人には敬語が礼儀だよ。」と言われました。そこで私も部活の時は敬語でプライベートのときはタメ口にしようと決めました。
投稿者さんは「働き始めたりしたい時にも同じようなことが起こる可能性もある」とありますが、これに対して私は勿論使い分けも大事だとは思いますが、基本は敬語で生活すると楽だと思います。最後に私と投稿者は同じような状況な生活をしていて、意見が全く違うものが生まれるのがとても面白く、学べることができました。ば |
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No.404 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sakubun タイトル:同感できます |
私も中学の部活動に所属した際に、幼稚園の頃から仲が良く、小学校の頃もよく遊んでいた一つ上の先輩がいました。最初は自分もどう接していいかわからないのと、なんて名前を呼べばいいかわかりませんでした。最初は苗字で呼んでたんですが、自分の中で呼びづらかったので、下の名前で呼びました。言葉遣いに関しては、もちろん最初は敬語を使ってましたが、だんだん慣れてきたら普通に丁寧語くらいで話してました。自分の中では、そこまで気を遣わなくても関わっていけて仲良く過ごせるんだなと思いました。 |
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No.321 |
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出身: 日本 居住: 山口 |
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ログイン名: ちー タイトル:とても分かります |
私も同じく去年、大学進学で山口県に引っ越してきました。地元の方言以外を聞くことがあまりなかったので当初は、他の地方の方言はとても新鮮でした。私もこれは標準語だと思って話をしてた言葉がいくつかあります。例えば、私の住んでいた地域では家屋の壁などにはりついているヤモリのことを『かべちょろ』と呼んでいました。しかし、大学の友達と話しているときに何気なくかべちょろという言葉を使ったら、みんなには通じてなく、なにそれ?と言われたことがありました。しかし、私も方言はとても面白いものだと思います。方言が伝わらず苦戦することもありますが、これは日本の伝統的な文化であり、他の地方のことがよく知れるので方言はいいものだと思いました。 |
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No.497 |
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出身: 日本 居住: 東京都 |
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ログイン名: mee タイトル:方言 |
作文読ませていただき、とても共感しました。私も広島から東京に引っ越しをしたときにKanoさんと同じような思いをしたことを覚えています。私の場合、広島という方言がある地域から標準語である東京に来たので違いをすごく感じました。私自身がこれが標準語かなどと思うことはあまりなくて、周りの人たちから私の言葉を指摘されることが多かったです。当時の私は内容が伝わっているなら指摘しなくていいのになと思っていました。
昔からなのかはよくわからないのですが、最近ではテレビなどで方言がかわいいなどと取り上げられることもあるので前向きにとらえようとも思えるようになりました。 今ではほとんど標準語なので、少し方言が恋しいです。 |
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No.398 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: りんご タイトル:間違い |
私もよく、「正しい言葉づかいをしなさい。」と言われてきました。でもどれが正しい言葉遣いなのかはっきりとは分からず、身近の人たちが使う言葉遣いでなんとなく覚えていました。私は、バイトでの接客経験がなく、また買い物などの会計の時もどちらの場面でも、言葉遣いを気にする機会がありませんでした。自分が使っている言葉が合っていると思っていても違う言葉遣いで使われていることは、私自身も指摘されないだけであるだろうなと思います。実際、「何円になります」が間違いなのはきゅーぴーさんの作文を見て初めて知りました。まだまだこのような言葉遣いの違いが生きていく中で出てくると思います。でも、間違いを指摘してもらうことで治すことが出来るので、間違いを恐れずにこれから生活していこうと思います。私はこれからバイトで接客をしようと考えています。バイトを始める前に自分の間違いに気づくことが出来て良かったです。ありがとうございます。 |
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No.489 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: t.t タイトル:感想 |
私はこの作文を読んで考え方にとても共感した。
私自身も今まで言葉遣いに心掛けることがあまりなかった。そのため、ちょっとしたことでトラブルになってしまうことが何度かあった。自分では普通に話していても相手は嫌な受け取り方をしたり、不快に思ってしまうことがある。それは指摘されるまで気づかないことがほとんどである。アルバイトでのお客さんの対応や部活で先輩と会話することによって気をつけようと意識が変わった。その経験をしたことにより同い年の友人や後輩にも言葉遣いの意識が変わり、相手のことを考えるようになった。SNS等でも言い方一つ間違えるだけで相手に不快な思いをさせてしまう。SNSでは顔が見えなかったり、感情が伝わらないため、誤解されることが多い。そのため特にSNSでは言葉遣いや伝え方には気をつけている。 改めて言葉遣いは難しいと感じた。伝わり方によってその相手に傷をつけてしまうからだ。したがって、これからも直接会話する時やSNSでも言葉の使い方には気をつけたい。 |
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No.337 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: テントウムシ タイトル:方言の会話のおもしろさ |
私は生まれも育ちも同じ地域なので、私の言葉遣いも周りの言葉遣いもずっと同じでした。そのためか、私がつかっている言葉が方言という意識があまりなかったのですが、大学に入ってから普通に話していても伝わらないことが多々あり、私が話していた言葉の多くに方言をつかっていたことに気づきました。方言は伝わりにくいというデメリットはありますが、ぱくさんの言う通り、方言で相手の地域の文化を知れるということや、同じ方言だと話しやすいというメリットもあります。また、私もぱくさんと同じように方言が好きです。全員が標準語だと会話の面白さも半減すると思います。なぜなら、方言をつかうことによって起こる笑いもあると思うからです。なので、日々の会話を面白くするためにも、方言をつかってもいい場面ではどんどん方言をつかうべきだと私は考えます。 |
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No.501 |
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出身: 関西地方 居住: 中国地方 |
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ログイン名: bea タイトル:共感 |
私も関西出身者で地方の大学に進学したため、とても共感できる投稿内容でした。
しまうの意味で使う直すは私の地元でも普通に使われているため、その点は異なっていましたが、アルバイトをしているときにお客さんからかけられた言葉の意味が分からずとても困った覚えがあります。 また大学の友人と話していて、「〜やったっけ?」と言われ、上から言われたように聞こえるため「あげる」を使う方がよいのではないかと伝えると、友人からは反対に「あげる」と言われる方が上から言われるように感じると言われ、同じ言葉をほとんど同じ意味で使っていたとしても受け取り方が微妙に異なっておりコミュニケーションの難しさを感じたことがありました。 |
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No.351 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: sergio ramos タイトル:方言は難しい |
この作文にはとても同感できます。
私も独特な方言を持つ福井県に在住しています。私の高校では県外生がとても多く集まっていて、丁寧に話しているつもりでも、県外の子達には怒らせたり、不快にさせたりするといった経験がありました。特に日本語を勉強している外国人の方たちには、もっと複雑だと思います。これも日本語が難しいと言われている理由の1つだと思います。それと同時に英語の便利さにも気づくことも出来ました。 初対面の人と話す時もとても難しいと思います。私はバイトを始めた時に、私が入る前から所属していた年下の子に敬語で話したていました。初めは敬語なのか、タメ口で話そうか悩んでいましたが、いろいろ教わる側だったので敬語を使うという選択にしました。そのままずっと敬語で話すことになりました。私も、日本語の敬語の難しさを痛感しました。 |
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No.356 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: ハルク タイトル:親戚との会話 |
私も親しい目上の人には敬語で喋るかタメ口で喋るかとても迷います。私の場合は親戚の人と話す時です。その親戚の人はいとこの母で一年に数回しか会いませんでした。私はその人と話す時は敬語で話していました。しかし、私の兄弟は、いつもタメ口で話していました。親戚なのでタメ口で話すのは、当たり前?なのかもしれませんが一応目上の人なので敬語を使わないといけないと思ってしまって敬語で話してしまいます。その人からも敬語を使わなくても良いと言われたけれどやっぱりタメ口は使えませんでした。親戚なのでタメ口で話すべきなんでしょうか。結局自分の中で結論はでず、ずっと敬語で話しています。 |
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No.396 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: 森鴎外 タイトル:この文を読んで僕が思ったこと |
私にも似たような経験があります。
それは、私の友人が家に遊びに来た時に、私の母に対して最初から敬語とタメ口が混じった喋り方で会話していました。対して私は、その友人の家に遊びに行っても友人の母にタメ口は喋れなく敬語で終始会話していました。 なので、少しは敬語を混ぜて話すとよりいい印象を持ってもらえると思います。 また、敬語をすごく気にする人もいます。なので、最初は敬語で話していき、徐々にタメ口を使っていき嫌な反応をされたら止め、何ともないなら徐々にタメ口でもいいと思います。 ですが、orangeさんのような場合は、もう気にすることなくタメ口でもいいと思います。 個人的な見解ですが、敬語を使われるのがあまり好きではない人だと思ったからです。 実際、私の母は敬語で話されるのを嫌う人で、私の友人によく敬語を使わなくていいよとよく言っていたからです。 急に敬語を使ってよそよそしくなるくらいなら、今まで通りの感じで行くべきだとおもいますよ。 |
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No.328 |
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出身: 日本 居住: 山口 |
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ログイン名: うち タイトル:敬語と方言 |
1つ目のアルバイトの話では、自分は逆の立場で、アルバイト先に年上の後輩がいる状況になったことがあります。その人の初出勤の日にアルバイト先の事務所内で話したときはお互いに敬語で話しました。でも年上の人に敬語で話してもらうことに抵抗があったので今は自分のほうだけ敬語で会話をしています。
2つ目の方言の話では、自分も小学3年生の時に広島県に引っ越してきて、今までは標準語を使って生活をしていたため広島の方言に最初は戸惑うこともありました。特に「たう、たわん」や「たいぎい」などは広島で初めて聞いた言葉でした。また、体調が悪い時などに使われる「しんどい」という言葉も広島弁ではないものの西日本に来てから知りました。今では少し広島弁が自然と出るくらいになりました。方言に関しては他の地域の人に伝わらなかったり「何それ?」などと言われることもあると思いますが、他県出身の人との交流の際に話題にできたりするのは羨ましいなと思います。 |
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No.432 |
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出身: 横浜 居住: 日本 |
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ログイン名: まっすー タイトル:よしさんの作文を読んで |
よしさんも作文を読んで私もアルバイトで同じような経験をしました。アルバイトを始めると学年は自分より下でもバイト先では自分より先輩という状況や、その逆もありました。私の場合は年齢が下でもアルバイト中は先輩なので最初は必ず敬語を使っていました。そして終わった後などはタメ口で話してみたりしました。そうすることでもっとその年下の先輩とも距離を縮める事ができるし、違和感なく接する事ができるのではないかと思いました。私自身、逆の立場になったこともあるのですがアルバイト中でも敬語じゃなくて良いと思ってしまいますし、勤務外だったら尚更タメ口で話してもらいたいと思っていました。なのでアルバイト中の敬語も慣れていない最初だけで良いと私は思います。方言に関しては私は神奈川出身なのであまり深く考えたことはありませんが、友達などの前では方言を無理やり直す必要はないと思います。たまに伝わりづらい言葉もあると思いますが、それは会話を盛り上げる良いチャンスだと思います。私自身も友達から方言で話されても全然気にしないですし、むしろ言葉の違いについて学んでいきたいと思っています。ありがとうございました。 |
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No.365 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ユーヤ タイトル:共感します |
私も小学生の頃は特に敬語を気にして生活をした事がなかったので共感しました。やはり小学校でクラブなどの活動をしていると上下関係という意識がないまま、実力がある人には上の人と見てしまい、実力が劣っている人を下に見てしまっていた頃のことを思い出します。
投稿者さんは大学での出来事でしたが、私は中学校のときに同じだった先輩が高校でも同じになり、勿論先輩後輩の関係となったが、その先輩は「敬語じゃなくていいよ?」と言われ私も高校生だから大人にならなきゃと意識して敬語で話してしまいました。 最後の結論の仲の良い先輩や微妙な距離の方の接し方がとても共感しました。また気づいたことがあり、よくドラマで恋人や家族に大事な話をするとき必ずと言っていいほど敬語を使うと思います。私はその区別を間違えてしまうと人を不快にさせてしまう可能性があるので、どんなに仲のいい人でも状況をしっかりと把握した上で、まず「これは言っていいのか?」と頭の中で考え、言葉遣いに気をつけていきたいと学べることが出来ました。 |
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No.471 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: やきょー タイトル:共感しました。 |
僕自身も小学校や中学校でいろんな人たちとスポーツをしてました。その中にもちろん先輩もいてその時にどう話そうか迷っていました。先輩は「敬語じゃなくてタメ口でいいよ」と言っていたので言われたとおりにしていましたが大学に上がって知っている先輩がいてその人に対して敬語にすべきかタメ口で話すべきなのかわかりませんでした。その先輩は兄の友達なので歳も離れていました。小さい頃はよく家に遊びに行ってましたが、今では遊びに行くこともなくたまに見かける程度でした。まだ大学には行けてないのでその先輩とは話せていませんがいざあったときにどう接すればいいのだろうかと思っています。
親戚や先輩という近いようで近くない人たちの接し方はとても難しいものだと思います。この作文を読んで接し方に違和感を覚える人はほかにもいるんだなと思いました。臨機応変に対応することは大切だなと思いました。 |
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No.311 |
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出身: 日本 居住: 関西 |
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ログイン名: orange タイトル:賛成です |
私も、初対面の人に敬語を使うべきか迷うことがあります。高校や大学では、相手が話している話し方に合わせている気がします。自分から話しかける時は、敬語で話すことが多いようにも感じますが、時と場合によって敬語を使わないほうがよかったかなと後で感じることもあります。
例を挙げると、私が高校生の時、部活で試合が終わった時に学校関係なく近くにいる人同士で「お疲れ。」「お疲れ様です。」と声を掛け合ったりすることがよくありました。ある時、別の学校の人に「お疲れー。」と声をかけられたので「お疲れー。」と返しました。しかし、後でその人が先輩だったことを知りました。今思うと私が「お疲れ。」と返した時、少し怪訝な顔をしていたような気がします。 こういうように、相手の年齢が分からない状態では、相手の話し方に合わせるほうが絶対良いとは言えません。だから、初対面の人と会話するとき、敬語を使うべきかどうか迷うという意見に賛成します。 |
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No.470 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: 匿名 タイトル:感想 |
作文、拝見しました。初対面の人への言葉遣いは、とても悩むことですよね。私も以前、同じような経験をしたことがあります。
中学校に入ったとき、私は同じ小学校の友人が三人ほどしかいなかったので、一年生のクラスには友人はいませんでした。ゆえに私は、ゆうさんの高校時代のように敬語でクラスの人と接するようにしていました。もちろん敬語で接すること自体は悪いことではないのですが、やはり自分自身何か距離感は感じていました。このように考えていた時に次のような言葉をかけてくれた人がいました。 「同学年なのに、なんで敬語で話すの?」と。 この言葉をかけてくれた人は、何気なく、しかし私の心を読んで聞いてくれたのだと思います。私はこの言葉がきっかけで、クラスが変わったときや高校に入学したときに一歩前に踏み出すことができました。 ゆうさんの仰る通り、初対面からタメ口で接するのは、馴れ馴れしいと思われるかもしれません。しかし、それは相手側も同じことを思っていると私は考えます。ゆえに初対面の同級生には自分からタメ口で話すことで、相手の心の壁を壊してあげることができるのではないかと思いました。 |
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No.301 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ゆう タイトル:方言の難しさ |
自分も、九州出身なので全く同じ経験をしました。特に、意見文を書いてある方の『なおす』という表現が伝わらなかった時はびっくりしました。バイト先で、『これなおしといてください』と言った時に、どこなおせばいいの?と言われたので、元あった場所ですと伝えると、???みたいな顔をされて通じてないんだなと感じました。九州に住んでいる人からしたら当たり前に使う言葉も、通じない人からすれば、なにを言ってるんだろうとなるのは当然だなと思います。私は、このような伝わらない言葉以外にも、語尾に『ばい』や『〜と?』などがつくため、方言を出させないために敬語を使う羽目に…などよくあります。自分も似たような悩みがあったために、とても共感できました。
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No.460 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: ゆゆか タイトル:使い分けって難しい |
私も福岡県で育ったため、とても共感しました。
私自身の育ちは福岡県ですが、両親が二人とも関東出身・育ちのため、二人とも標準語で話します。そのため私は標準語でも普通に話せるのですが、逆にそのおかげで方言と標準語の区別がしにくくなってしまいました。「なおす」や「はわく」などは比較的分かりやすい方言ですが、「濃ゆい」や靴や服のイントネーションがおかしいと関東の友達に指摘された時は「え、どこが?」と本気で戸惑いました。自分的には関東の友達と話している際、方言は全く使っていないつもりだったので、とても驚きました。それと同時に、方言ってこんなにも違和感なく馴染んでしまうものなのか、と思いました。方言だと思っていなかったものを方言だと指摘された時に軽くショックを受けてしまいます。なんで通じないんだ、ととてももどかしくもなります。 使い分けってとても難しいですよね。私も標準語を話す相手には方言を使わないように、と努力しています。 |
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No.669 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: kodakku タイトル:方言 |
私は関東出身なので、りでくんさんのように福岡出身の方が使う方言が分からず、戸惑うよいう経験をしたことがあります。私は進学で関東地方を出たため、様々な方言に出会う機会が多く、新鮮な気持ちで生活しています。方言と標準語に違いがあり、全くわからないこともたまにありますが、方言があることで新しい発見をすることができるので、方言を使い続けてほしいと思いました。 |
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No.333 |
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出身: 日本 居住: 山口 |
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ログイン名: apple タイトル:正しい日本語の身に付け方 |
私も大学に進学しアルバイトを始めるようになってから、敬語の難しさを感じることがある。高校生までは、部活動の先輩や学校の先生にしか敬語を使う機会がなく、私自身もただ語尾に「です」、「ます」を付けて話すぐらいしか意識していなっかった。しかし、アルバイトでは色々な年齢の人と関わり、また、店員と話すとき、お客様と話すときなど場面に応じた言葉の使い分けが必要であり、日本語はとても難しいなと感じた。高校生までに国語の授業で敬語について習ったが、アルバイトのような実際に敬語を使う場面を経験しないと中々上達しないと思う。しかし、私たちの中にはアルバイトをしていない人や部活動をやってこなかった人達もいるのに、社会に出た時点でみんなが正しい敬語を話せるかは疑問に思うことがある。私も投稿者さんのように社会に出るまでに、正しい日本語を身につけた方が良いと思うが、経験を通してじゃないと習得が大変な敬語を、どうやったら効率よく習得できるかが気になった。 |
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No.330 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Namiki18 タイトル:日本にとっての言葉遣い |
目上の人に対しての敬語や初めて会った人への敬語にはとことん悩まされてきた。私もバイト先や部活で出会って最初のころは丁寧な言葉を意識して過ごしてきたが最近バイトや部活への慣れとともに敬語がおろそかになっていることを実感している。そもそもちゃんとした敬語というものを使えているのでしょうか?私はそうは思わない。自分自身で言葉遣いを使いこなせていると回答した社会人は27%しかいない。これは、実際にアンケートで出た結果である。言葉遣いというものは日本人の多くの人が悩んでいる問題なのです。その問題の中で私は慣れというところにも着目していく必要があると思う。最初はあれだけ敬語に関して敏感になり悩まされてきたのに慣れというものは一瞬でその積み上げてきたものを崩してしまう恐ろしいものだ。らすかるさんが言うように「今は学生だから、」という考えがあることで、その言葉遣いに慣れてしまい、社会人になってから治すのは至難のことだろう。この講義を通して言葉遣いというものに関してもっと関心を向け、自然に「言葉」をうまく使い分けられるようにしていきたい。 |
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No.594 |
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出身: 日本 居住: 九州 |
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ログイン名: HANABI タイトル:慣れと敬語 |
私も、大学生になりバイトをしていく中で敬語に悩むことが多くあります。その中でも特に、慣れていく中で敬語が疎かになっているというのはかなり共感できます。相手の方が、不快に思っているかもしれないっと考えてしまうのにも大変共感できました。私たちが社会人になると、敬語は絶対に必要なものだと思います。上司に慣れたからといて、敬語を疎かにしないようにもっと日ごろから敬語を使って、敬語の慣れていくことが大事だと思います。 |
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No.342 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: きゅーぴー タイトル:正しい敬語 |
私もアルバイトを始めてから敬語の使い方について以前より気を遣うようになりました。敬語を使って話す中で、話している自分自身でもおかしい敬語になっているなと感じることが多くあります。目上の人と接する中で正しくない敬語を使うことは失礼なのではないかと考え、敬語で話すことの難しさを痛感します。これからもっと目上の人と接することが増えると思います。そうなると敬語を使う機会も増え、より敬語が重要になるだろうと感じます。
敬語は素晴らしい文化だと私も思います。日本人の謙虚さを理解しやすいし、相手を敬う心が最も分かりやすい方法だと思います。これから多く出会う目上の人と接する中で正しい敬語を使って相手への尊敬が謙虚に現れるよう日々の生活の中で正しい敬語を使うように心掛けたいとこの文を読んでより一層感じました。 |
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No.419 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: rikuo タイトル:私も共感できます |
私も中学生になり部活に入ったときに目上の人には敬語で話さなければならないと知って少し混乱しました、今までは習い事の先輩や小学校の先輩にはタメ口で話していましたが中学からは先輩に敬語を用いなければならないと知ってとても不安になりました、今まで敬語を使わなかったので初めて先輩に話しかける際にどのように話しかけていいのかわからずとても変な言葉遣いをしてしまったことを今でも覚えています。私はそこから「子らからは目上の人と話すことが多くなるから正しい敬語が使えなきゃだめだ」と思いその日以降は家族や学校の先生に聞き正しい敬語を使うために様々なことを聞いて回りました。そのかいもあって今ではそれなりに敬語は使えていますが、それでもまだ使いこなしているというにはほど遠く、今でも時々変な敬語を使ってしまうことがあります。私もこれからもっと勉強を重ねて正しい敬語を使って会話ができるようになりたいです。 |
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No.325 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ニックネーム タイトル:敬語の意識 |
自分も小学生のころから野球をやってきたので、言葉遣いを厳しく指摘され敬語で会話することが、特に目上の方との会話では当たり前でした。また、大学に入ってから完全にため口とはいかないまでも、かなりフランクな会話が年上の方とも多くなりました。ただその変化が敬語に対する意識の薄れに直結しているかといわれると少し違うように思います。確かに、敬語でないと下の学年から見れば余り偉くなく、なめれるような人と思われるかもしれませんが、仮にフランクな会話であったとしても相手方の行動がしっかりしていれば尊敬もされますし、単に仲の良い二人として見られるのではないでしょうか。それに、たとえ同級生であっても初対面や関係の薄い間柄であれば少し距離ができるのも当然だと思います。人間関係は徐々に構築されるものであると思うのでそこまで気にしなくてもいいのではないでしょうか。ただ、もしも敬語で話し続けることが相手からの印象が悪いと感じるのであれば、相槌や会話の中のちょっとしたリアクションを変えるだけでも印象に変化がもたらせることができると思います。 |
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No.438 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Takuma タイトル:作文へのコメント |
私も今までずっと野球をやってきて先輩に対して敬意をもって接していかなければならないと教えられてきました。先輩に対してなので当たり前なのですが仲良くなってきたりすると敬語じゃなくても大丈夫なのじゃないかと思うこともありますが、悩むところだと思います。私が思うには、自分と年齢が近い人先輩にはため口になってしまうこともあると思います。ため口を使って怒られてしまうような関係ならため口を使わないことがベストであると思います。私は先輩と話すときには、ほとんど敬語になってしまうのであまり意識をしたことはないです。でもパラユーさんもため口でいいか迷っていて、良くないという気持ちが半分半分なら相手によって変えていけば良いと思います。敬語でないと尊敬してないと思われることが多いので改善しようと思っているなら改善すべきだと思います。同級生でも関係が薄かったりすると敬語で話す癖があると印象が良くないという点は悪いと私も思いました。言葉遣いは永遠の課題であると思います。 |
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No.445 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: たけゆう タイトル:感想 |
この作文を読んでみて共感しました。
私は標準語を使う地域に生まれましたが敬意を持って話しているが相手を怒らせてしまうことが多くあります。 例として私がアルバイトしているところでお客様に電話することが多くあります。 その中で相手に対して敬意を持って話しているのだが敬語や相手のことを思った言葉 が思いつかず相手を怒らせてしまいます。 この経験から敬語のむずかしさや、語彙力の大切さを感じました。 この作文を読んで私と同じ敬語の難しさを感じている人が多くいるのだと思いました。 |
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No.467 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sakubun タイトル:難しいですよね |
私も19年生きていますが、まだ敬語の使い方で不安な部分があります。自分がこの使い方が正しいと思って使っても、本当にこの言葉遣いでよかったのかなと思ったり、まだ不安です。自分も体育会系の部活に入っていたので自信はそこそこありますが、完全な自信はまだありません。私自身は方言がないのでまだなんとか大丈夫だと思いますが、方言となると地域によっては敬語に当たる方言だったのが、敬語じゃないように聞こえてしまう部分が出てしまうのは、仕方ないことかもしれませんが、聞いてる側もしっかり理解をしていくことも必要なんではないかと思います。 |
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No.284 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: レンノスケ タイトル:敬語の大切さ |
私も同感です。小さい頃から習うという現場を設けられ、ある程度の知識を覚えます。しかし、実際には小さい頃教わったものだけではいけないし、大人になるにつれてもっとレベルの高いコミュニケーションを求められます。作者さんが言っていたように大人になると言動がすべて自己責任になってしまうというのがとても印象的でした。私は接客業でアルバイトをしています。そこでも常に言葉づかいについて気を遣いながら接客していますが、私も実際にはたくさん間違い、おかしな敬語になってしまったりします。そこで、私もミスをそのままにはせず、改善しようとする行動をとるべきだと思いました。具体的にはまず知識をつけること。そして失敗を恐れずチャレンジすることだと考えます。
あとこの作文はデータを論じており、説得力が増していると感じました。なので、私も今後の作文づくりにはデータなど実際の資料を用いたいと思いました。 |
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No.515 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ぱく タイトル:敬語の大切さ、難しさ |
敬語を使うことは、「相手への思いやり」でもあるし、相手のことを尊敬する気持ちを表現する手段であると思います。また、敬語を使うことは相手のためだけでなく自分のためにもなると考えます。正しい敬語を使い、目上に思っている、尊敬してからという気持ちを伝えることで、持っている知識、経験をつかって指導をしてもらえるのではと考えます。以上のことより、敬語を使うということは非常に大切なことだと思います。しかし、わたぽんさんが述べているように、敬語を正しく使えている自信のある人はそれほどいません。また、私も自分の敬語に自信がない人の1人です。以前、飲食店のアルバイトをしていた時、レジでお会計をする時にお客様に「お会計○○円になります」と伝えていました。しかし、「○○円になります」という敬語はおかしい、「○○円です」が正しい、と指導をもらったこともあります。社会人になれば、敬語が必要な場面がより出てくると思います。なので、大学生のいま、正しい敬語を学ぶことが必要だと考えます。正しい敬語を学ぶ機会があれば積極的に参加していきたいです。
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No.590 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: わたぽん タイトル:敬語の大切さ |
レンノスケサンこんにちは。コメントご丁寧にありがとうございます。レンノスケサンも仰ってくださった通り、「社会に出たら言動はすべて自己責任」という言葉は常に忘れてはならないことだと思います。我々若手はこれからの日本を担う貴重な存在となってくるでしょう。近年、少子化が深刻化しており若者一人一人が社会において求められる存在価値は従来よりも大きくなっている気がします。そんな我々若者の中には頑張っているロールモデルのような人もいるが、、良くない言動が目立つ場合も増えてきている。年上の人に対する態度や言葉遣いに尊敬の意を感じられない人もいる。また、私の祖母は街を歩いているときに「どこまで歩いてんだよばばー」などという言葉を言われ、非常に傷ついていました。我々はそのような同世代や年下の手本にならなくてはなりません。そうなるために、敬意のこもった日本語の言葉遣いをできる人を目指して今日からより一層お互い頑張りましょう!私の作文を読んでくださりありがとうございました。 |
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No.591 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: わたぽん タイトル:敬語の大切さ |
ぱくさんこんにちは。ご自身の経験も含めながらご丁寧なコメント誠にありがとうごさいます。日本語という言葉は非常に繊細で、少しした言葉の使い方の違いによって相手を不快にしてしまったり、誤解が生じたりすることにつながってしまうこともあります。私もアルバイトを始めたばかりのころ、同じシチュエーションになったことがあります。「お会計〜になります」と言っている日本人の店員さんもよく見かけますよね^ ^ しかし、正式には「お会計〜です」だと私も店長さんから教えていただきました。この時の店長さんがとても親切だったこともあり、接客上で必要となる言葉遣いを丁寧に教えてくださいました。私たちは大学を卒業した後、立派な社会人としてこれからの日本をリードしていかなければならない存在です。正しい敬語を使えていない未来の自分を想像すると正しい日本語、そして敬語の使い方を今しっかりと学習しておくべきなのだと改めて感じます。努力を継続することは大変むずかしいことではありますが、努力すればきっと素晴らしい日本語を使える素敵な社会人を目指すことができるでしょう。是非この機会に敬語パーフェクトマスターを目指しましょう! |
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No.602 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: わたぽん タイトル:敬語の大切さ |
ぱくさんこんにちは。ご自身の経験も含めながらご丁寧なコメント誠にありがとうごさいます。日本語という言葉は非常に繊細で、少しした言葉の使い方の違いによって相手を不快にしてしまったり、誤解が生じたりすることにつながってしまうこともあります。私もアルバイトを始めたばかりのころ、同じシチュエーションになったことがあります。「お会計〜になります」と言っている日本人の店員さんもよく見かけますよね^ ^ しかし、正式には「お会計〜です」だと私も店長さんから教えていただきました。この時の店長さんがとても親切だったこともあり、接客上で必要となる言葉遣いを丁寧に教えてくださいました。私たちは大学を卒業した後、立派な社会人としてこれからの日本をリードしていかなければならない存在です。正しい敬語を使えていない未来の自分を想像すると正しい日本語、そして敬語の使い方を今しっかりと学習しておくべきなのだと改めて感じます。努力を継続することは大変むずかしいことではありますが、努力すればきっと素晴らしい日本語を使える素敵な社会人を目指すことができるでしょう。是非この機会に敬語パーフェクトマスターを目指しましょう! |
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No.473 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: House Wren タイトル:上から目線 |
「上から目線」
この言葉は、一見すると冷たく見えますが、そんなことがないような場面もありますよね。例えば歳上の方から何かを教えて貰う時や、問題文などでもよく見かけたり聞いたりしますよね。たしかに「上から目線」で対応されると、気分を害したり、苛立ったりするなど感じ方は人それぞれですが私は気分が少し悪くなります。それが例えば先生であってもです。「〜をやりなさい。」や「〜をしろ。」などと、頭ごなしに言われると少しは気分が悪くなったりするものです。ですが、自分が尊敬している人から「〜した方がいいよ」や「〜すべきだよ」と言われると、普段以上にやる気が湧くものです。日本語というものは時に素敵なものを表すことに最適なものでありますが、距離感によっては、不快になるものです。複雑ですよね。 |
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No.624 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: シュン タイトル:コメントありがとうございます。 |
House Wrenさん、コメントありがとうございます。
確かに、House Wrenさんがおっしゃった通り、会話の仕方は同じでも、受け手よって、全く違う受け止め方をするかもしれません。また、距離感を把握するのも難しいですね。 もともと、私たちが対面でコミュニケーションをする時、トーンが強すぎて、会話の相手が誤解してしまう場合もあります。そして今、私たちはより多くSNSを使用しコミュニケーションを取るようになりました。相手の表情が見えなくて、即時の反応を得られない時、距離感を把握するのがより難しいです。それで、私はSNSで友人とチャットすると時、よくスタンプを使います。自分の気持ちをうまく伝えたいから、これで少しでも役に立つんじゃないかなと思っているからです。しかし、フォーマルな場合はスタンプを使えないので、やはり場面や対象を考えて慎重に言葉を選ばなければならないと思います。 |
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No.332 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: pure タイトル:言葉遣いの使い分け |
女性の言葉遣いに対する意見、とても考えさせられました。
わたしも普段は気をつけるようにしていますが(不快に感じる人もいると思うので)、感情が高ぶったときや親しい友達と話すときは多少雑な言葉遣いをしてしまいます。正直、「〜ですわ」「〜かしら」といった一般的に女性らしいとされる言葉はほとんど使ったことがなく、周囲の女友達の中でも聞いたことがないです。言葉は時代の移り変わりとともに変化するものだと思いますし、「ジェンダーレス」に関する話題も飛び交う現代で、性別を理由に「女性は女性らしい言葉遣いを」といった価値観を押し付けるのは違うのではと感じます。 とはいえ、TPOを考えて発言することが最低限マナーであると思うので「言葉遣いを使い分けることによって表現の幅が増える」という考えにとても共感しました。相手との年齢差や関係、距離感などを十分考慮した上で、言葉を臨機応変に使い分けられたらと思います。 |
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No.346 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: タクミ タイトル:女性だけではなく男性も |
特に女性の方はきゃべつさんがおっしゃる通り、文化的な背景から言葉遣いを注意される事が多いと思います。日本の古くからの文化からか女性は上品な言葉遣いであるべきだということを強く感じられます。やはり言葉遣いが悪いと少し悪い印象を受けてしまうかもしれません。ですが言葉遣いを使い分けることはその場の場所や状況に応じてすべきだと私は考えます。
友達や親には「うまい」や「まじ」の方が強く感情が伝わるし距離が近く感じる気がするので、身近な方に対しては打ち解けた方が良い気がします。しかし目上の方には言葉遣いでその方の人柄や性格などが分かってしまうかもしれないので、きちんとした言葉遣いを使わなければなりません。 私は男性なので言葉遣いに注意を受けたことはあまりありませんが、このような事を考えると女性だけでなく男性も言葉遣いに注意して場所や状況に応じて言葉遣いを使い分ける事が大切であると思いました。 |
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No.348 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: タクミ タイトル:女性だけではなく男性も |
特に女性の方はきゃべつさんがおっしゃる通り、文化的な背景から言葉遣いを注意される事が多いと思います。日本の古くからの文化からか女性は上品な言葉遣いであるべきだということを強く感じられます。やはり言葉遣いが悪いと少し悪い印象を受けてしまうかもしれません。ですが言葉遣いを使い分けることはその場の場所や状況に応じてすべきだと私は考えます。
友達や親には「うまい」や「まじ」の方が強く感情が伝わるし距離が近く感じる気がするので、身近な方に対しては打ち解けた方が良い気がします。しかし目上の方には言葉遣いでその方の人柄や性格などが分かってしまうかもしれないので、きちんとした言葉遣いを使わなければなりません。 私は男性なので言葉遣いに注意を受けたことはあまりありませんが、このような事を考えると女性だけでなく男性も言葉遣いに注意して場所や状況に応じて言葉遣いを使い分ける事が大切であると思いました。 |
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No.578 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: きゃべつ タイトル:コメントありがとうございます。 |
作文へのコメントありがとうございました。私の考えに共感してくださる方がいらっしゃることにとてもうれしく感じました。確かに、「女性は女性らしい言葉遣いを」といった価値観は、時代の移り変わりにより現代にあった価値観ではないですよね。pureさんがおっしゃる通りTPOをわきまえた発言をすることは今までも当然のことではありますが、これから社会に出たらますます大事なことだとおもいます。会社の上司やお客様など、敬意を表する相手に「うまい」や「まじ」などの言葉を使うことは相手に対して失礼にあたります。相手によって言葉の使い分けを考慮することが大事だと思いました。しかし、周囲の女友達と女性言葉に気を遣わずに話すことで心が打ち解けていると感じることもあるため、臨機応変に言葉をい分けることで相手との距離感も変わると思いました。言葉遣いの大切さを再認識し、また、言葉遣いは難しいものであると改めて考えさせられました。 |
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No.579 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: きゃべつ タイトル:コメントありがとうございます。 |
コメントありがとうございました。男性側からの意見、とても参考になりました。タクミさんのおっしゃる通り、身近な人に対しては「うまい」や「まじ」などの話し方のほうが打ち解けやすく距離が近く感じますが、目上の人にそのような言葉を使ったら失礼に当たってしまいますよね。特にこれから社会に出たときに、会社の上司やお客様などに対して女性らしい言葉を使って敬意を表す言葉遣いをしなければ、その人の人格や性格がわかってしまうことは間違いないと強く共感しました。いくら時代が変化しているとはいっても、女性の言葉遣いに至っては汚い言葉遣いであればあるほど懸念されがちであり、相手への印象に大きく影響すると私は思っています。女性だけではなく男性も言葉遣いに注意するとのことですが、確かに男性も相手や状況に応じてTPOををきまえた言葉遣いをすることは大事ですよね。言葉遣いには注意して人との関係をうまく築いていけたらいいなと思います。 |
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No.293 |
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出身: 日本(近畿地方) 居住: 日本(中国地方) |
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ログイン名: みた タイトル:おおむね賛同いたします。 |
接客のアルバイトに従事する身として、考えさせられる内容でした。私も正しい接客用語というものを身につけられているかといえばそうではなく、発言の後に自身の言葉遣いについて後悔することも多いです。最大限の敬意をもってお客様には接しているつもりですが、それが伝わらなければ自分にとってもお客様にとっても損でしかありません。円滑なコミュニケーションの為に正確な敬語を話すことは、私にとっても今後の課題となることかと思います。ただ、同時に言語というものは日々変化していくものであり、現状違和感がある表現もいずれ新しい日本語として定着する可能性を秘めているとも思います。従って、他者の発した日本語を「間違っているから正してあげる」という行為は、もしかすると日本語の進化を止めかねないものでもあることは頭の片隅に置いておくべきかもしれません。長文でのコメント失礼いたしました。 |
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No.452 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: つきみ タイトル:共感しました |
ますいさんの文章を読んでとても勉強になりましたし、共感できました。日本語は、今まで適切な表現と思って使っていた言葉が実は適切ではないといったことがあるように複雑で、後々調べてみて本当の意味を知り、驚くといったことが私にはあります。ますいさんの例で出している「〜ほう」という表現はこの文章を読んで場所などの方角を示す表現であるということを知り、いつも無意識に使ってしまっていた私は今後気を付けなければいけないと思いました。
ますいさんのアルバイトの話で思ったことですが、正しい表現はほかの人から言われて初めて気がつくものでもあると思います。私もそういった体験をしたことがあるのでとても共感しました。自分で気づかず間違った表現を使い続けるよりも、それに気づいた人が正しい表現を教えて、正してあげるというのは教えてもらった者としてはとてもありがたいことだと思います。 注意をされたから今後は気をつけようといった意識を持つことは大切なことだと思うので、上記でも言ったように間違った言葉づかいは、正しい表現を教えて、正してあげるということには賛成です。 |
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No.505 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: きゃべつ タイトル:作文を読んで |
作文を読んで、私も飲食店で接客をしているため文章の中の「よろしかったでしょうか」は誰かが言っているのを聞いたことや自分も出てしまうことがあるなと共感しました。また、レシートを渡すときは「お返し」ではなく「お渡し」が正しいことをバイト先で教えられて初めて気づきました。このように何気なく使ってしまう接客用語が実は間違っていることがたくさんあり、わたしも接客の言葉遣いにはいつも悩まされています。現状、バイト先で接客用語の使い方の研修がバイト先であるところは少ないので、お客さんにご指摘を受ける前にますいさんのように自身で接客用語の研修を受けたり、先輩などに聞きながらなど自ら行動して解決しなければならないなと強く思いました。
今後社会に出て、もし接客の仕事に就いたときは今よりも接客用語の重要性が課題になってくると思われます。そのため間違ったことばの使い方をしないように注意していかなければならないと思いました。 |
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No.584 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: ますい タイトル:みたさん コメントありがとうございます |
みたさん コメントありがとうございました。
アルバイト中に自分が発言した言葉(特に敬語表現)で後悔をしてしまうことはとても良くわかります。意識していても変な文章表現が出てきてしまいますよね。 みたさんから他者の発した日本語を「間違っているから正してあげる」という行為は日本語進化を止めかねないとのご意見をいただきましたが、私は正しい敬語を使わないということはかえって、お客様や会話をする相手に失礼になってしまいかねないというように思っております。そのため私はアルバイト中に「後輩などが正しい敬語」でないときは適時改善をするように伝えています。 みたさん、コメントありがとうございました。 |
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No.273 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ミリー タイトル:言葉遣いに悩む |
確かに、人とのコミュニケーションが難しいことだ。人と変な会話の経験があった私もこのような恥ずかしいと感じたこともありました。日本でコミュニケーションに対して地位が大切なことで話し手と関係によって話し方が変わらないといけないという期待されたことがよくありますね。また、会話のマーカが大切だということで人がそのマーカがわかれば会話が何の場合でも簡単に進めるだと思います。でも、この問題の元が社会的な期待されたノルムのです。どうやって話すのかというプレッシャーが上がってカジュアルの場合でも全体の言葉遣いの流れに影響を与えています。ひとが話し方に自信がだんだん減り、言葉遣いに悩むつつあるようです。なお、特定のコミュニケーションのクラスがもちろんいいことです。でもそれだけではなくて学校の全体を通りにして正確な言葉遣いを勉強するべきではないでしょうか。 |
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No.649 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: thuhang タイトル:言葉使いに悩むとき |
確かに人とのコミュニケーションが難しいことだね。時々相手の話は違う意味があると思っている。結局話を続けなくなったんですね。自分のコンミュニケーションをもう一度考えた方がいいですね。またクラスとコンミュニケーションだけじゃなくて、生活であった人と話したらいろんなことを勉強になりましたね。それは正しいだと思っています。 |
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No.285 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: レンノスケ タイトル:日本語の難しさ |
私もその意見には同感です。確かに私たちは普段生活をしている中でうまいように言葉を選んでいます。立場や状況に応じていくつもある言葉づかいの中から出来るだけ最適な物も選び発言します。そう思うと意外に対応しているのだと感じますが、それは今の若い間だけかも知れません。もしかしたら、若さを理由に敬語のハードルが下がっているかもしれません。しかし、これからの私たちの人生には通用しなくなるはずです。本格的に社会に出ても平気なように今のうちから言葉づかいに関しての知識を付けておかないと間に合わないと考えています。なぜかというと、言葉づかいをマスターするには常日頃からの意識と経験が関係していると思うからです。なので私はまだ大学生なので社会に出るまでの間に知識を身に付け失敗を恐れずにバイトの接客などと利用して練習するなどしていくことで少しずつ正しいコミュニケーションを取ることが出来ると考えました。 |
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No.403 |
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出身: 日本 居住: 栃木 |
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ログイン名: kai10 タイトル:言葉遣いと経験 |
“ バイト敬語”について改めて考えさせられました。私もアルバイトの経験があり、初め自分が正しいと勘違いしていた敬語と本当に正しいの敬語とのギャップにものすごく戸惑いました。私自身、部活や先生方との会話の影響で敬語を使うことに自信があったのですが、実際働いてみるとそんなに甘くはなく、正しい敬語の使い方を学ぶ日々でした。そして正しい敬語を使えるようになるには、経験がとても大切だと強く実感しました。実際に失敗を経験することにより、自身の間違いに気づきそれを修正していくことで正しい敬語が使えるようになると思います。私はまだ大学生で社会に出るまで時間があります。この時間を利用し失敗を経験しながら、社会に出ても恥ずかしくない敬語を使えるよう努力していきたいと思いました。 |
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No.586 |
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出身: 日本 居住: 東京都 |
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ログイン名: mee タイトル:敬語のハードル |
コメントありがとうございます。
私も敬語のハードルは若さとともに下がっているのではないかと思います。私自身、両親から学生の頃の話を聞いたとき先輩の怖さに驚きました。私が思う先輩は、もちろん怖いと思うこともあるけど、優しくて面白い一面を知っているので尊敬の面でも普通に話していました。これもハードルが下がっているのが関係するのかもしれません。私が上の立場になったときも、後輩に距離を置かれるのは悲しかったので普通に話していました。先輩がどういう人として印象に残っているかどうかも関わっているのだと思いました。 ことばというのは、大人になり社会に出たとき急に治るものではないので、学生のうちに今から身につけられるようにお互い頑張りましょう。 |
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No.589 |
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出身: 日本 居住: 東京都 |
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ログイン名: mee タイトル:経験すること |
コメントありがとうございます。
私も経験することで敬語は身につくと思います。失敗したときは落ち込むけど、それが記憶に残って次こそは失敗せずにできるようになると思います。 今、時と場合に応じた敬語がしっかり話せているかはわからないけど、ある程度の敬語が身についたのは部活動やバイト先の先輩のおかげなので感謝しています。私も後輩に、あの時教えてもらってよかったと思ってもらえるようなことができたらいいなと思います。私自身まだまだ未熟なので、学生のうちに社会でも通用する敬語を使い分けることができるように頑張ります。 |
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No.257 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: イヴァ タイトル:コメント |
これは本当に読むのが面白かったと思いました。日本と比べたらあまり厳しくないと思うけど、オーストラリアにも言葉遣いによって強くな印象を残れます。だから、初対面の人と対応する時にも気を付けなければならなりません。例えば、オーストラリアのスラングを良く使えば、ちょっと「不潔な人」のイメージを与えるけど、スラングの使うが少なすぎるなら近づきにくいな感じにもあります。中国人として、仲良くのコーカサス人の友達と一緒にいる時にも、話すことは共感できるながら、線を超えることができません。つまり、中国系オーストラリア人として、「中国人らし過ぎる」はだめながら、「オーストラリア人らし過ぎる」にもだめです。言葉遣いは自分の社会的アイデンティティを遵守しなければならないと気づきました。文脈はちょっと違うけど、それはt.tさんを提起したことと似てるかもしれません。
オーストラリアの言葉遣いを考えて、日本語にある制度は比較的に疲れなくて、便利だと思いませんか。丁寧語や敬語や砕けた語などはっきりなバリエーションの存在のおかげで、場合によって正しいの言葉遣いを選んだら敬意のレベルを表現できるのはすごいと思います。日本の言葉遣いはちょっと難しいかもしれないけど、t.tさんと言ったように、自分に大事な人と正直に対応すればいいと思います。 |
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No.475 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: やきょー タイトル:感想 |
この作文を読んで僕自身も似たようなことがあったなと思いました。僕自身もLINEでいろいろな人とのかかわりを持っています。その中には年上の人は当たり前のようにいます。僕はその人たちと最初にかかわったときは、その人たちに対して敬語で対応していました。でも時間が過ぎて仲良くなってくるとどんどん敬語からため口になっていきました。その人は気にしてなかったから大丈夫だったんですが、普通だったら敬語で接しなきゃいけないのに馴れからのゆるみでタメ口で話してしまったけどこれがもし会社の先輩とかだったら相当失礼な行為だと思いそれから言葉には気を付けるようにしてました。僕自身も敬語が苦手でしたがその事件以降敬語にも慣れてきました。
直接会って話す言葉と文字でのやり取りでは難しいことが多いなと思いました。確かに自分からは何ともない普通の文で送ったつもりでも、相手はそれをどう読み取るかはわからないんだなと思いました。次から文でのやり取りはもう少し相手に失礼にならないように送ろうと思いました。 |
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No.587 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: t.t タイトル:コメントありがとうございました。 |
コメントして頂きありがとうございました。読むのが面白かったと思ってもらえてとても良かったです。
日本と同じくオーストラリアにも言葉遣いによって印象が全然違うことを初めて知った。オーストラリアでは英語や中国語、イタリア語が多く使われているため、場合によっては使い分けなければならないのかもしれない。日本は地方によって方言がある。標準語を話している人で方言を聞くと怒っているなどと変な捉え方をする人もいる。仕方のないことかもしれないが、それは表情や話し方によって改善できるものだと私は考える。話している言葉は同じでも表情や話し方によって相手への言葉の伝わり方が全然違う。したがって、言葉遣いは言葉の使い方だけではなくアイコンタクトや相槌、表情によって全く印象が変わる。 言葉遣いは非常に大事なことだが、自分らしく話すことも大事なことだと私は考える。改めて言葉の使い方は難しいものだと実感した。これから先、外国の方と話すことがあるかもしれない。その際は相手のことを考え、言葉の使い方に気をつけたい。 |
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No.588 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: t.t タイトル:コメントありがとうございました |
コメントして頂きありがとうございました。似たようなことがあり共感して頂けてよかったです。
世の中は年上の人に対して敬語で話すことが当たり前となっているが、敬語で話すことは非常に難しいことだ。会社の先輩にタメ口で話すことは失礼なことかもしれない。しかし、会社の中では先輩かもしれないが、年齢だと年下の可能性もある。年下だった場合、相手がどのように受け応えするかによって話し方を変える必要があるだろう。タメ口の方が話しやすい人もいれば、敬語で話さなければならない人もいる。人によって使い分けが重要である。私は誰に対しても敬意を持って接し、相手との距離感によって言葉の使い分けをしている。普通だったら敬語で話さなければならないことがあっても相手によってタメ口で話すこともあるだろう。したがって、ずっと敬語で話すのも人それぞれだが、臨機応変に対応することで普段敬語で話している相手でも距離を縮めることができる。 これから先、社会に出ていくため、臨機応変に対応をしなければならない。場合によって言葉遣いは変わってくるので、改めて言葉の使い方は難しいと感じた。 |
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No.297 |
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出身: 日本 居住: 関西 |
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ログイン名: chatora タイトル:とてもよくわかります。 |
僕は高校時代ラグビーをしていました。チームプレイのスポーツとなるとやはり指示は出さなければいけないし、それが先輩、同期、後輩であっても勝つという目的のためには、やはり言葉がキツくなってしまうのは仕方がないことだと思います。作文の中で、「指示を聞いてくれない先輩がいた。」と言う経験が書かれていましたが、それを見た時、本当はどうかわかりませんが、なんて器の器の小さい人なんだろうと感じました。チームプレイの中で一番指示力のある人の指示を聞かないと言うのはなかなか大変なことだと思います。しかし、その経験から、人には言葉の受け取り方に違いがあり、それを踏まえた上で先輩または後輩との接し方についてのアドバイスを書かれていて、とても素晴らしい作文だと思いました。
僕自身後輩に、敬語を使われるのは堅苦しくて嫌な方なのですが、確かに周りから見てみれば上下関係が崩れていて礼儀のなっていないチームなんじゃないかと勘違いされることもあると気をつけなければいけないなと思いました。 |
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No.462 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: つきみ タイトル:言葉づかいの大切さがわかりました |
minagkさんの文章を読ませていただきました。部活をやっていた者としてはとても共感できる内容でした。私はバドミントン部で、団体競技ではなかったのですが、ダブルスで先輩や同期、後輩と組むことが多く、とても言葉使いには悩むことが多かったです。私は試合で先輩と組み、指示を出したいときどう言えば失礼にならないかということに悩み、プレーがうまくいかず、後悔してしまうといったことが多かったです。時には上下関係がうっとうしく感じてしまったこともあります。
minagkさんも言うように二年生は先輩、後輩ができます。大きな転換期で自分の意識も、周りの意識も変わります。私はこの時期には先輩と打ち解け、言葉使いも変わっていました。しかし、それが同期、後輩からどのように見えているかは複雑な気持ちもありました。 minagkさんの作文で、話している人以外にも自分の言葉づかいは気にされているという言葉を見て、本当にその通りだと思いました。 自分の言葉づかいは、その相手だけではなく、その周りの人からの自分に対する信頼に影響を及ぼすものだと思います。このことは部活だけでなく、今後の人生でも多くの人が意識していくべきことであるのではないのかとおもいました。 |
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No.564 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: minagk タイトル:感想を読ましていただいて |
作文に対してコメントありがとうございます。とてもうれしかったです。感想を読んでいく中で、自分の作文に共感してくれたんだなと思いました。先輩に対する言葉遣いというのは、今後社会に出て働いていく中で一生ついてくる課題なので、とても難しいことだと思います。だんだん上下関係がうっとうしくなってくると書いてくれましたが、わたしもそこの部分に共感しました。このように感じる人が増えると、自発的にコミュニケーションをとる人が少なくなるのではと思いました。特にダブルスのバドミントンは常にコミュニケーションを必要としているスポーツだと思います。部活をするにおいてかなり悩みの種になっていたはずです。
多くの人が意識すべきことと書いてくれていて私もその通りだと思いました。バイト先や学校、サッカーの社会人チームの活動、様々な場面で言葉遣いが変な人を見かけるので、作文を書いてからより強く言葉の難しさを感じるようになりました |
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No.386 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: 日本太郎 タイトル:共感できました! |
htさんの作文を読ませていただきました。
htさんは文中で剣道部のことについて書いていましたがとても共感できました。 私も小中高と野球をやっていました。野球部の世間一般的イメージといったら礼儀にとても厳しいというイメージかもしれませんが、その通りで、私も高校の時は特に厳しく指導していただきました。文中では剣道部を卒業してから言葉使いに緩みが出てしまったと書いていましたが、私も引退をしてから気の緩みで言葉使いが雑になってしまったことが何回もありました。この原因として私は、部活をやっているときは先生に怒られたくない気持ちなどで意識して丁寧に話していたが、引退した途端意識はしなくなるので言葉使いが雑になってしまうのかなと思います。このことから言葉遣いは、意識の変化によって大きく変わってしまうのだなと感じました。 今回作文を読ませていただき、私も見直していかないところがたくさんあるなと気づかされました。言葉使いはとても難しいものですが、部活で培った経験を活かして立派な社会人になれるようお互い頑張りましょう! |
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No.536 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: ht タイトル:おろそかになってしまいますね |
コメントありがとうございます。野球部の方々がそれほど礼儀に厳しいとは思いませんでした。自分は敬語を使うのは当たり前だという考えが刷り込まれていたと思っていましたが、剣道部を引退してからは少し緩んでいました。やはり環境があるのとないのとでは大きく違いが出てきます。これからも意識をもって言葉使いを丁寧にし、それを続けて行きたいと思います。あと補足として、自分が敬語を使うのがおろそかになったと思った経緯をお話しします。自分が中学3年生の冬ごろに国語の先生に質問をしている時に、おっしゃる通りというところをいうとうりですと言ってしまいました。それから敬語がおろそかになっていると感じました。お互いに言葉使いに気を付けて生活していきましょう。 |
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No.271 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: lina タイトル:社交の基本 |
まるさん、作文ありがとうございます。貴方の作文を拝読して、社交の複雑さをよく感じました。
私も、年を取ってからどんどん言葉遣いの重要さをわかりました。そして、私もよく社交でどんな言葉を使うのを悩みます。また、どうやって適当な言葉を使って適当な距離感を守るのは、私も大事で難しい事だと思います。確かに、日本の学校では、敬語への強制教育はありません。更に、今のネットや、芸能産業では、敬語は普及しません。だから、まるさんみたいな多く若者が敬語を使うのを悩むのは、現代社会の普遍な現象だと思います。特に、社会人になると、色々な階級や年齢や職業の人と交流する為には、言葉遣いが大事です。私は、言葉遣いは深い学問だと思います。その代わりに、最低な社交規則を守るのは誰でもできることです。まるさんが言った通りに、「笑顔」をしたり、「挨拶」や「愛想」をよくしたりするのは、誰でも出来る最低限な社交能力ですが、一番大切な物だと、私は思います。 私も、冷たい敷衍な敬語より、笑顔で挨拶をしてくれる人の方が、交流している実感がある。それは、敬語の重要さを否定しているわけではありません。ただそれより、社交の基本や、心の美しさを守るのはもっと大事だと、私もそう思います。人と人の交流は心に基づく物なので、内在を重視するべきです。 |
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No.274 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ミシェル タイトル:よく理解ができます! |
まるさんの文章を読ませて頂きました。
年上の人に話す時に、まるさんと同じ気持ちを持っています。特に、小学生の時に、私はまるさんのように初対面でも素直に内面を表しましたが、進学すると、だんだんその自由さがなくなってしまったと感じられました。子供の頃にあまり考えなかった言葉遣い、そして、距離感の重さもいきなり背負ってしまい、相手に悪い印象は与えられないように、どうすればいいという悩みに対して、よく理解ができます。 私の経験といえば、自分の言葉を通して、内面の部分、特に、不定や欠点が漏れてしまうのは怖がっています。「自分を示せば良い」といつも聞かれますが、そうすると、まるさんが言った通り、他人に判断され、嫌われてしまうかもしれないですね。特に、まるさんの感想を読むと、「自分」というイメージが外の影響に作られていると改めて感じました。つまり、私たちは他人の意見や批判などの手応えに即してしまい、自分に対する印象を作り出していると思います。その上に、コミュニケーションをする時に、相手が何を期待しているか、相手にとって何が良い印象だとわからないので、何よりも内面を磨くことが重要だとよくわかります。 やはり、日本語を勉強する方法と同じように、わからないことを学びながら、間違えを直せば直すほど、どんどん自分を表すための自信を持てるようになると思います。美しい心を持つと、特に友達を作るタイミングで、一番意味のある関係が作られるかもしれないですね。 |
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No.254 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: メル タイトル:同感です! |
文章を拝読いたしました。
私も、言葉遣いは本当に大切であると思います。ユガさんの言うとおり、言葉遣いを間違えてしまうと人間関係に支障をもたらしてしまったりして、相手を怒らせてしまったりするので言葉遣いを慎重に選んだ方がいいですね。 私は、どんな話でもできる、非常に仲のいい友達がいる。ある日、その友達は両親と先生に黙って、大学の寮で猫を飼い始めました。(中国では大学生は校内の寮で住みますが、ペットが禁止となるのです。)その友達は猫好きで、初めて自分で猫を飼うことができ、とても興奮して、私にその猫の写真とビデオを送りました。それで、私は彼女に猫の名前を聞いて、「海草」だと聞くと、笑ってしまい、「ちょっとダサくない?」と言い返しました。ちょっと彼女をからかおうと思って何気なくそう言ったが、彼女が怒ってしまいました。後の一ヶ月間ほどずっと話していませんでした。その時、いくら親しい友達でも、ちゃんと考えてから、喋るべきだなと思いました。 そして、特にネットが進んだ今、安易に書き込みができるため、簡単に他人を傷つけたりすることもたくさんありますね。だからこそ、言う前に再三考えるべきです。 言葉遣いは、いくつになっても悩んでしまうと思います。いっぱい悩んで自分に合った言葉遣いをして、いろんな人と出会っていくうちに、よりいい言葉遣いができるでしょうかね。笑笑 |
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No.493 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: t.t タイトル:感想 |
私はこの作文を読んで言葉の一つ一つの重みについて教えられた。
相手に言葉を伝える前に考えてから話していない人がほとんどだと思う。それにより、トラブルが起きてからこんなことになると思ってなかったと言う人が多数だ。一つ言葉にするだけで救われる人もいれば、逆に絶望する人もいる。それだけ言葉には重みがある。そのため、一人一人が言葉について考え直し、相手に伝える時は気をつける必要がある。 ニュースを見ているとSNSなどの言葉の暴力により死を選ぶ人が未だに絶えない。相手に対して平気で暴言や嘘を言う人は不思議で仕方ない。暴言を言う人が集団になればその人は生きることさえ諦めることもある。そのくらい人に原動力を与えるものだ。そのため私は普段から相手への言葉の選び方に気をつけている。 人と話す時、一度考えてから相手に言葉を伝えてほしいと感じた。そうすることにより、傷つく人が格段に少なくなるだろう。私自身も今後、誰に対しても一度考えてから言葉を伝えようと思う。 |
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No.243 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: yuanxi タイトル:人間関係によって変わる言葉遣い |
後輩に対して、どのように話せばいいのか、確かに面白い話だと思います。日本の敬語は複雑だが、上下関係で使うことが多いなので、初対面の後輩や年下の人にどのように話すことは誰であろうと困難な課題だと思います。ですが、私は話す相手と自分の関係で敬語を話すべきかどうかを決めると思いますあなたは年上の人に対してタメ口で話す時がありませんか。もしあれば、きっと親しい友人でしょう。だから、年齢の上下ではなく、言葉遣いは人間関係によって変わるべきものだと思います。
やはり、いつも敬語で話すと、距離感ができて、親しい友人のようにはなれにくいのでしょう。ですが、初対面の人に対して、思わず敬語を使うのもまともなことだと思います。ですが、時間が経って、親しくなった後で せんぱいのほうから、「タメ口を話してもいい」と後輩のほうに伝うべきだと思います。そうしないと、後輩のほうがきっと困るのでしょう、自分と先輩の関係が親しいかどうかが分からなくなると思います。誰であろうとも、「馴れ馴れしい」と言われたくないだと思います。 私はあなたと同じ考えを持っています。言葉遣いは人間関係によって変わるもので、簡単な上下関係で決めるものではないだと思います。敬語だけを使うと、変な距離感が感じて 友達になれるかどうかは困る人もいます。ですが、あなたが言ったように、誰でも簡単にタメ口で喋ると、「礼儀がない」「馴れ馴れしい」イメージがあり、決してそうするわけがありません。だから、自分と相手との関係を考えて、人間関係によって使うべき言葉を選んだ方がいいだと思います。 |
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No.261 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ヤシン タイトル:とても面白い経験ですね |
とても興味深い話しですね。匿名さんの経験は僕にも勉強になりました。オーストラリアでは敬語などはないので、後輩でも先輩でも、みんながタメ口で話しています。厳しい上下関係などもないのですが、年上に敬意を持ちながら話すのが当たり前とされています。オーストラリアでは生徒はまるで友達のように先生と話しています。これが素晴らしいことだと思います。堅苦しい言い方をしなくてもいいので、生徒と先生の間でよりいい関係を作ることができます。言葉遣いをいちいち気にしなくてもいいし、上下関係によって生み出される違和感もないので、言葉遣いから生じる気まずい状況は滅多にないです。
私は高校三年生の時に日本語を勉強し始めたが、その前にアニメをたくさん見ていたので、日常会話ぐらいはできました。しかし、敬語は知らなかったし、アニメに出てくる日本語はほぼ全部タメ口なので、私は日本語の先生や日本から来た留学生たちにタメ口で話していました。このように、私の課題は匿名さんと全く逆でした。今は日本語を三年半ぐらい勉強してきたが、敬語はどれだけ重要であるかをはっきりと分かっています。今考えてみると三年前の私は馴れ馴れしすぎて、日本語の礼儀作法をちゃんと分かっていないような印象を与えたのかもしれません。匿名さんの言う通り、初対面は敬語、そしてタメ口に切り替えるやり方が良いのではないかと考えます。もちろん最初は「距離を感じる」と思われてしまうかもしれないが、会話をしていくうちに仲良くなっていき、自然と敬語からタメ口へと変わって、だんだんと距離が近くなっていくのではないでしょうか。 |
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No.610 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: 匿名 タイトル:コメントのコメント |
yuanxiさん、コメントありがとうございます。
「年齢の上下でなく、言葉遣いは人間関係によって変わるもの」 まさにこの通りだと思います。身近なところでいえば、両親や祖父母などに対して当たり前のようにタメ口で話していますよね。確かに学校の先輩と後輩の関係でもタメ口で話し合っていることもまれに見ます。yuanxiさんの仰る通り、ある程度親しくなったら、先輩から後輩へ言葉遣いについて伝えてあげることもとても良いかもしれません。 誰しもが、初対面からタメ口で話しかけられるのは、やはりマイナスなイメージが多いですよね。さらに、敬語だけで話すというのも見えない壁ができてしまいます。相手との関係性を常に考えて話し言葉を選びたいと思います。また、もし私が、これから生きていく中で再度このような状況になったときには、ぜひともyuanxiさんの方法で打ち解けてみたいと思いました。 改めて、この作文を読んでいただきありがとうございました。 |
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No.611 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: 匿名 タイトル:コメントのコメント |
ヤシンさん、コメントありがとうございます。
オーストラリアでは、敬語というものがないのですね。言葉遣いを気にせずにフレンドリーに話すことができることは、目上の人とも壁を作らず会話できてとても楽しそうですね。日本語にはないとても興味深い部分です。 このような言葉の分化の違いゆえに、日本人に対してタメ口で話してしまうのは難しい問題ですね。街中や学校などで見かける外国人の方がタメ口で話している理由がわかりました。特に日本のアニメや漫画などから日本語を勉強してきた外国人の方は、敬語というものを知らないというのも無理はありません。 ヤシンさんと逆の立場にあったがゆえに、私としてもとても興味深いお話を聞かせていただきました。日本の言葉遣いはとても難しいことばかりですが、お互いに起こった経験を生かしてこれからも学んでいきましょう。 改めて、この作文を読んでいただきありがとうございました。 |
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No.263 |
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出身: アメリカ 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ローラ タイトル:初対面と言葉遣い |
カイさんの悩みにすごく共感します。私は距離感が分かりにくく、空気を読んでみても不安です。大体、カイさんのように、初めに敬語を使って、徐々にタメ口に切り替えます。第一印象はかたくて距離を感じる印象を与えても、時間と共に距離が近くなっていきますから、結局は問題ないということに賛成です。
英語について考えてみると、敬語と普通体という事はないです。しかし、比較できることは卑語の使い方かもしれません。英語で、特にオーストラリアでは、卑語は諸刃の剣です。失礼に見える時も親しく見える時もあります。この理由で、英語での卑語と日本語のタメ語は同様だと思います。とは言っても、どうしても卑語が好きじゃない人もいますので、完璧な比較ではないです。 初対面の人を相手に卑語を使えば、乱暴な印象を与えてしまうかもしれませんから、大抵初対面の時に使わないようにします。仲良くなってくると、卑語を使ってもいいです。というわけで、アルバイトでの同僚と楽々と卑語を使うかどうかで、その人と仲が良いかどうかすぐわかります。 もちろん、性格によるものです。実は、私は初のアルバイトで、上司と初めて会った時、彼が卑語を使ってしまいました。それから、私に「十五歳の女性の前に卑語を使ってしまってごめん」と謝りました。時間と共に、彼の性格だからなんだと気づきました。 カイさんの作文のおかげで、色々考えることができました。ありがとうございました。 |
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No.577 |
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出身: 日本 居住: 栃木 |
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ログイン名: kai10 タイトル:コメントありがとうございます。 |
作文にコメントありがとうございます。共感していただけて嬉しいです。外国語との比較はしたことがなかったので、とても興味深いと思いました。また海外の方からの視点で意見をいただけてとても参考になりました。英語では敬語と普通体の区別はないのですね。私も英語を勉強していますが、丁寧か丁寧じゃないかといった区別以外で、日本語のように大きく区別することがないと感じていました。実際に意見をいただいてその感覚が正しかったのだと気づきました。そして日本語が外国語と比較していかに難しく、使いこなすことが大変な言語であると感じました。日本人ですらうまく使いこなせていない人が多いと思いますし。また、海外の方で日本語が流暢な方はものすごく努力されているのだなと改めて感じました。今回の作文交流で様々な発見があり今後に活かしていきたいと思いました。ありがとうございました。 |
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No.249 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ハムザ タイトル:言葉遣いと敬語コメント |
Michaelさんの「私の言葉遣い」という作文は非常に良かったと思います。僕は元々敬語について興味を持っていたので最初の文章からもっと読みたくなりました。僕も丁寧な言葉を使ったことない人はいないという意見を持っています。僕たちは言語が関係なく、気づかなくても人間関係によって言葉遣いが変わります。これが敬語という概念だと思います。
相手との距離によって敬語の程度が変わることについてMichaelさんは何を思っているでしょうか。仲良くしてくれている目上の人々と話す場合には、敬語を緩く使っても平気だという環境で過ごしているんですね。このように信頼関係が生まれた後に緩い敬語を使う事はいいですね。僕の意見でそれは丁寧な敬語を使うより暖かい人間関係に繋がると思います。いずれにしても、Michaelさんと言った通り環境を観察しながら接し方に気を付けた方がいいですね。 Michaelさんは敬語の使い方がわからない、または意識して使わない人は社会に甘いと見られていると思いますか。やっぱり日本の会社に入ると敬語の深さをよくわかるという期待があるのでわからない人は不利かもしれないですね。もちろん、オーストラリアも人によって言葉遣いを変えることが期待されていますが、日本と比べたらオーストラリアの会社の社風は随分違って敬語を使わない方がいい会社もあります。例えば、知っている技師によると土木という職場で働いている人は丁寧な敬語を使ったら変に見られる可能性が大きいと言っていました。 素晴らしい作文を書いてくれてありがとうございます。 |
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No.656 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: bamboo タイトル:敬語の種類 |
とても共感できる内容でした。私もバイト先で「OKです」とか「めっちゃ助かります」とか敬語と言えないような使い方をしています。バイト先の先輩方は皆さんいい方ばかりで、堅苦しい敬語は使わないでと言ってくれるのですが限度というものもあるので、気を付けるようにしています。ある程度のコミュニケーションはもちろん必要だし、堅すぎても仕事中の分担がうまくいかなくなってしまうので、節度ある言葉遣いをしなければと思います。改めて大切なことを学べました。ありがとうございました。 |
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No.270 |
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出身: インドネシア 居住: オーストリア |
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ログイン名: hpl21 タイトル:グローバル化と言葉遣い |
まるちーずさんの作文を読ませていただきました。非常に興味深ったです。ありがとうございました。
現在、テクノロジーなどの発達に伴い、グローバル化が進み、異なる国籍や背景の持っている人々の間の交流が急に増えてきたということは事実ですね。僕のまるちーずさんにこのお返事を書くということもグローバル化のおかげなのでしょう。 まるちーずさんが述べたように、英語のようなすでに広まった言語でも、エスペラント語のような人工言語でも、世界共通言語があれば、我々の世界に大変有益であるに違いません。世界中のすべての情報が我々の手に入りえる上、貿易がよりしやすくなり、全世界の経済が前例のない速さで成長していくでしょう。 とは言っても、世界共通言語があると、世界の多様な言語や文化が徐々に消滅していく可能性があると思います。言語とは、単なる情報を伝えるためのものだけではなく、我々の文化、習慣、価値観などを盛り込むものでもあります。例えば、敬語には、上下関係や丁寧さを重要視する日本の独自の価値観が含まれていると言えると思います。日本語の代わりに、世界共通言語を使うことは、日本の文化や習慣を捨てることと同じなのではないでしょうか。 グローバル化が急速に進んでいる我々の現代社会には、海外を目指すことと、自分の文化を守ることのバランスを取る必要があると思います。日常に我々の言葉遣いにより気を配り、我々の言葉遣いの裏にある社会規範や価値観を理解しようとすれば、このバランスが達成できるのでしょう。 |
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No.582 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: まるちーず タイトル:バランス |
hpl21さん、コメントありがとうございます。インドネシア出身で現在オーストラリアに住んでいらっしゃる方がここまで上手に日本語を使われていると思うと、hpl21さんはグローバル化が進む世界でもきっと活躍できるでしょうね。様々な文化に触れられていることがとても羨ましいです。
私は日本語しか話せないし、日本の文化しか知らないのですが、様々な国や地域の文化のことを理解している方の方が自分の生まれ育った文化に対しても他と比べることができ、理解が深まるのではないかと思いました。そして、その違いの大切さにも気付けるのだと思います。 私たちのいるこの世界では、まず自分たちの国や地域の中で徐々に発展していき、なにかのきっかけで海外の技術や文化を取り入れてさらに発展する、というパターンが多いのだと思いますが、これはまさにhpl21さんがおっしゃるようなバランスが取れているのだと思います。しかし、このまま海外を目指し続け、グローバル化に成功してしまったとすると、次は何を目指せばいいのでしょうか。グローバル化が成功を迎えるとするのならばそれはそれぞれの文化が独自の発展をしなくなった時なのではないのでしょうか。そうなるとこの世界の発展は大幅に遅れます。そうならないためにも自分の文化を大切にすることを忘れてはならないし、自分の文化を再認識するために他の文化に触れることも大切にするべきだと思います。 |
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No.361 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: shuuka タイトル:「言葉の自由」面白い |
sawamuraさんの文章を読ませて頂きました。私も同感です。お気持ちよくわかります。
sawamuraさんがおっしゃった通り、日本だけでなく、中国にも話し手に対する敬意を表す言語的表現の敬語も存在し、例えば、「您好」や、「请问~」、「令尊」などの尊敬語がかなりあります。でも日本に比べると、確かにそんなに言葉遣いに気を配っていないと思います。だから、中国人の私は最初に日本語を勉強し先生に話した時、いつも敬語を正しく使わなく、とても悩んできました。 中国では「おかえり」とか「ただいま」とかという言葉はあまり言わないと思いますが、近所に住んでいるお婆ちゃんに対する挨拶はよくします。確かに小さい頃だったら敬語を使わなくてもよく、sawamuraさんがおっしゃった「言葉の自由」ということは中国語で言えば「童言无忌」だと考えられます。そういう見方はとても面白いと思います。 やはり日本人にとっても敬語は難しいなあ。でも、難しいが難しいですけれども、それは日本語の一つの特徴だと思います。これから敬語をうまく使うように日本語をもっと深く勉強したいと思います。 |
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No.574 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sawamura タイトル:shuukaさんへのコメント |
shuukaさんのコメントを読ませていただきました。コメントありがとうございました。
コメントの文章に丁寧な中国語の言い表し方など実体験を踏まえて例に出していただき、具体的な場面を想像しながら日本語との違いを理解できました。特に私の作文の中で用いた「言葉の自由」という表現に近い「童言无忌」という言葉は意味を調べていくうちに奥が深いと感じました。直訳すると「子供っぽい言葉」などの意味になると思うのですが歳を重ねるごとに使われなくなるのだろうかと考えさせられました。大人になるにつれて中国の言い表し方である「童言无忌」が使われず、丁寧な言葉で会話することは日本と同じで、世界共通であるのか更に興味が湧きました。丁寧な言葉遣いは相手に与える印象を左右しますし、とても重要な役割をしていると考えさせられました。shuukaさんのおっしゃる通り日本語は他言語に比べ、敬語の表現などは難しいかもしれません。相手に対して失礼に思われないように自身でも勉強をしていきたいと考えています。 |
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No.366 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: sergio ramos タイトル:言葉遣いの重要さ |
私も言葉遣いというのは歳を重ねていくに連れたり、経験を積んでいく上で成長していくと思います。
私も高校を卒業後、中学校を訪れることがあった時、中学校の先生達に驚かれました。中学校までの自分は敬語というものを全然気にしていなく、高校の部活動で厳しく指導され、気づくことができました。その為中学校の先生達は私が敬語を使っていることに驚いたのです。その時に思ったのは言葉遣い一つでその人の人間性や印象に大きく影響するんだなと感じました。 けどその言葉遣いや敬語というのは、学校の授業で習うわけでもないので幼い頃には自分自身の言葉遣いを気にすることはないと思います。その為にも様々な経験が大切だと思います。中には敬語や言葉遣いで一度も注意されることなく歳を重ね、自分自身が社会にでて恥をかくといった人もいると思います。社会に出ていくにあたって言葉遣いは絶対に重要だと思うので、歳を重ね経験を積むことが大事だと思います。私自身に子供ができたら言葉遣いの重要さを伝えていきたいと思いました。 |
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No.615 |
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出身: 日本 居住: 静岡 |
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ログイン名: キョウスケイザワ タイトル:コメントのコメント |
私も同じく先輩だけでなく、たまに近所の人と会ったり、中学校を訪問したりすると礼儀正しくなったねなど驚かれる方が多かったです。でも、そのように敬語を使えれるようになったのも礼儀ということを教えてくださった高校の先生やそのような環境を作ってくださった方々の今でも感謝しています。私も言葉使いでその人の第一印象が決まると思っています。これから就職していき、社会に出る私たちには欠かせないとても重要なことだと感じています。先輩や目上の人たちに敬語を使えていなかった自分が今ではすごく恥ずかしく思えるよになりました。自分のように恥ずかしいと思わせたくないので、小さい子たちやもし自分に子供ができたときに言葉の重要さ、敬語を使う大切さを伝えていけたらいいなと思っています。コメントしていただきありがとうございます。 |
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No.233 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: たぬきち タイトル:伝統のある方言 |
ゆゆかさんの作文拝読しました。
方言には独特の表現や言い回しがあり、標準語を普段から使っている人には理解できず苦労する場合が多いと思います。現地の方々とよりいい友好関係を築くために真似でも積極的に方言を学んだということにとても好印象を受けました。 私は方言が強い県出身なのですが、ゆゆかさんとは逆で方言ではなく標準語を必死に覚えました。小学校の頃に東京から来た転校生に方言がおかしいと言われきにするようになったからです。その時から今まで、方言を話すのは祖父母の前だけでそれ以外の人とは標準語を話すように切り替えていました。十年以上標準語を意識していたので、新しくできた友達の前でも自然と標準語が出る様になりました。ですが、たまに方言が出てしまいそれを友達に指摘されると小学校の時のことが思い出されやっぱり恥ずかしいことなんだと思ってしまう自分がどこかにいます。 方言は昔、地理的な条件(山や川)によって地域同士が遮られ交流ができなかったために各地域でそれぞれの方言が発展したとされています。各地域で発展した方言は、コミュニケーションツールという役目をを超え、その地域に住む人々の心と心を通じ合わせるために必要不可欠なものになりました。時は流れ、人々が今日の様に交流できるようになって方言は広まっていきましたが、工業中心の世の中になって若者が都心へ出てしまったり学校教育も標準語で行われる様になったせいで若者が方言に触れる機会が少なくなり、方言は危機に晒されています。最近では共通語が正しい日本語で方言が間違っていると考える人も多いと言われています。 言葉はあまりに日常的なものであるために人々の言葉に対する意識が薄れ、尚更危機を招いてしまっているのかもしれません。そんな中で、若者である私たちが意識して方言を大切にしていこうと行動することは大切なことなのではないでしょうか。ゆゆかさんはエセの方言を使っているのではないかと懸念されていましたが、積極的に学んだその方言の知識はその地域の伝統と方言を守る意味でも重要なことだと私は思います。 これからも是非福岡の方言を大切にしていってください。 |
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No.236 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: こうえん タイトル:繊細さに感激しました |
ゆゆかさんの文章読ませていただきました。
自分も他の方言を真似した経験がありますが、今はゆゆかさんのような繊細さがなかったことに恥ずかしく感じます。実家は四川省ですが、今北京で大学に通っています。実家の友達とも、北京の友達とも同じく標準語を使いますが、アクセントなどの違った"北京風標準語"と"四川風標準語"があります。北京にいるとき、新しい友達に馴染むよう、"北京風標準語"を真似し、徐々に自然に出るものになりました。冬休み実家の友達に会うとき、それを直らずに会話したら、友達に「やっぱり流されたんだね」と言われました。他にも、それを気にしない友達もいますが、今考えれば気にしても口に出さない、私のために考えてくれているかもしれません。 自分は"四川風標準語"に戻るのが難しく思って、それについて友達が「別にいいけど。中身変わってないし」と慰めてくれました。そう甘やかしてくれる友達はありがたい。確かに彼女が言ったように、2、3回会ったら、言葉の風味が違っていても、笑う時も愚痴を言い合う時も、昔の雰囲気に戻った気がします。それで、四川の人なのに"北京風標準語"を話す私は、図々しく"エセ"になりました。しかしゆゆかさんの場合は違って、"エセ"というより、お友達との雰囲気を守るためだけの方言だと感じて、素晴らしいと思います。そのお悩みを一度お友達と話したらいかがでしょうか。ゆゆかさんの大切なお友達も、ゆゆかさんに慣れないことをさせたくないでしょう。 (お悩みに答えていませんし、反省もなっていなくてすみませんTT) |
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No.559 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: ゆゆか タイトル:ありがとうございます! |
たぬきちさん、拙い私の作文を読んでくださってありがとうございます。さらにとても丁寧なコメントまで、ありがとうございました。こんなにも丁寧に私の作文を読んでくださってコメントを残してくださるとは想像していなかったので、とても嬉しいです。
私と境遇は逆とはいえ、方言と標準語を切り替えて使う人を私以外にも発見できたことがとても嬉しいです。身の回りにはいなかったので、今まであまり共感を得られたことがありませんでした。方言を指摘されると恥ずかしいですよね。私も今まで何人もの人に指摘されてきたので、たぬきちさんの気持ちがとてもよく分かります。どれだけ気をつけていてもポロッと出てしまうので、癖をなおすのは本当に難しいことなのだと実感させられます。 方言ができた経緯、詳しくは知りませんでした。とてもタメになりました。方言がその地域に住む人々の心と心を通じ合わせる為に必要不可欠なものとなっていたのは驚きです。私が福岡県の人たちに馴染む為に方言を真似したことは、間違っていなかったのかなと思えました。これからも福岡の友達には方言を使って話そうと思います。ありがとうございました。 |
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No.560 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: ゆゆか タイトル:ありがとうございます! |
こうえんさん、拙い私の作文を読んでくださってありがとうございます。さらにとても丁寧なコメントまで、ありがとうございました。コメントどころか、読んでくれる人すらいないのではないかと正直思っていたので、丁寧なコメントとても嬉しいです。
「北京の方言」や「四川の方言」ではなく「北京風標準語」「四川風標準語」と呼ぶのですね。私はあまり中国の方言事情についての知識はほとんどなかったので、まずそのことにとても驚きました。標準語まで複数あるのは初耳です。 「やっぱり流されたんだ」と感じる人もいるのですね。それに対して「中身変わってないから良い」と言ってくれる人もいて、やはり感じ方は人それぞれで難しいなと改めて感じました。 アドバイスありがとうございます。そうですね、一度友達に話してみるのも良いですね。考えたこともありませんでした。新たな目線からアドバイスをもらえてとてもありがたいです。今度自分の気持ちを話してみようと思います。こうえんさんが使っている北京風標準語はエセではないと思います。とてもよく考えて二つの標準語を使っていて、素晴らしいことだと心から思います。お互い大変ですが、これからも方言や標準語を大切にしていきましょう。 |
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No.248 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ケビン タイトル:トロッコさんへのコメント |
トロッコさん、こんにちは。
トロッコさんの作文を読んで、二つの考えが出てきて、このコメントでできるだけ書いていこうと思います。 まず、アルバイト先の人の中に、16歳から70代までの人もいると言ったと思いますが、敬語を使う相手によって、その敬語の丁寧さもいっしょに変わりますか。例えば、寿司屋の店長と話すときは「魚をお切りします」ですが、同級生に話すときは「魚を切りますね」になりますか。そうしたら、店長さんよりその同級生と仲がいいでしょう。 その区別をしない場合、「〜させていただく」はとても便利な表現だそうです。この表現は、丁寧さを表している同時にカジュアルに言える表現だと思って、親しい友達から、目上の人までにもその表現の使用が受けているようです。 それに、敬語は場面によって使うべきだと思います。仕事の場でプロフェッショナルに見えるため、ちゃんとした言葉遣い、例え敬語を使うべきです。同級生にしても友達にしても、仕事の場で敬語を使うほうがいいと思います。仕事じゃない場面で、同級生に話しかけたら、だんだん仲良くして、そうしたら敬語を使うのはやめるかもしれません。 |
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No.290 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: パラユー タイトル:アルバイト先での言葉遣い |
アルバイト先での後輩に敬語を使ってしまうという意見がありましたが、自分だったとしても敬語を使うと思います。先に入った人の方が仕事をたくさん知っていて、年齢だ見れば後輩だけど、職場では先輩だと思うからです。 |
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No.543 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: トロッコ タイトル:コメントありがとうございます。 |
ケビンさん、丁寧なコメントありがとうございます。
私のアルバイト先の人の中には、16歳から70代の方が働いていますが、敬語の丁寧さは話す相手の年齢に応じて変えています。ケビンさんは職場での関係を区別しない場合「〜させていただく}は丁寧さを表していてよい表現だと思います。しかし、「〜させていただく」などの言葉は敬語表現の謙譲語にあたります。謙譲語とは自分をへりくだるときに使います。例えば、「〜させていただく」であれば相手からの許可や好意により恩恵を受ける行為の場合に使います。主に使う場面は目上の方、取引先、お客様などに対して使います。仕事をするうえでは必要ですが、同年代や後輩と話すときには使う機会がありません。 それでもケビンさんの言う通り同級生であれ下級生であれ職場の先輩であれば敬語を使うべきなのです。けれど、周りの仕事仲間が敬語を使わずに楽しく話しています。それを見ていると羨ましくなります。せっかくケビンさんから貴重なご意見をいただいたのですが。敬語を使わずに話がしたいので、私は少しずつ敬語を抜いて敬語なしで話せるように努力していきます。 |
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No.322 |
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出身: 日本 居住: 九州 |
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ログイン名: いか タイトル:rikuoさんへ |
rikuoさんの文章を読んで自分も共感できるところが多々あります。
私も年上の人と会話をするとき敬語を使うことを心掛けているのですが、会話をしている途中「この敬語の使い方はあっているのだろうか」と考えることがよくあります。また、会話の文章の中で、ついタメ口を混ぜてしまうことやタメ口を抑えようとして変な敬語になったりすることが、今もよくあります。 なので、私もrikuoさん同様、これからも目上の人には絶対に敬語を使うよう心掛け、また、自分の敬語に疑問を持ったり変な敬語が出てきたりしないよう、敬語を勉強して使っていこうと思いました。 |
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No.534 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: rikuo タイトル:共感していただけて嬉しいです |
いかさんへ、コメントを書いていただき大変嬉しい限りです。やっぱり目上の人と話すすときには敬語を用いなければいけないと思って、ついタメ口が出そうになってしまうと変な敬語になってしまうというのは私も今も直せていません、ですが意識して話をするとあまり話しても変な敬語を使ってしまっているのかどうかというのが自分でも理解でき、これを意識し続ければいずれは自分でもしっかりとした敬語を話せるようになっているのがわかると思うので、今後もこのように意識しながら克服できるように頑張っていきたいと思っています。最後に、改めてコメントありがとうございました。 |
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No.268 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: サム913669 タイトル:言語社会化のプロセスだろうか |
示唆に富む作文をいただき、ありがとうございました。とても勉強になりました。敬語と敬語に関する価値観が伝われて身につけて維持し続けているという言語社会化プロセスの例として受け取った。
言語社会化は言語について、又は言語を通じて、社会規範や慣習を身につけるというプロセスに指す。敬語の場合には、立場の重要さと、目上の相手と会話をするときに正しい敬語を使うべきだと、身につけられる。確かに、当たり前になり「常識である」事になったとは、身につけられた、やはり社会化した、を反映している。それでも、敬語に関する価値観や習慣を身につけ、それから維持し続けるための仕組みは何だろうか。作文の通り、特に重要な仕組みとしては自己監視であると思う。人間は本質的に社会的なので他人とポジティブ・フェスを維持し、協力する事への欲求を持つ。したがって、正しくない敬語を使うと失礼する可能性があると理解してから、当然に自分の敬語使用に対してしっかりと気になっていく。それで敬語使用を自己監視習慣するのを採用する。更に、こういう習慣することは何の言語かに関係なく仕組みであると思う。私も母国語の英語では言葉遣いを自己監視するが、敬語の代わりに、例えば、短縮系のないように心がけています。 |
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No.670 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: kodakku タイトル:共感しました。 |
私もrikuoさんと同じように自分の敬語が正しいのか疑問に思うことが何度もあります。幼いころは敬語を話すことが難しかったですが、年齢が上がるに連れて敬語の重要さが分かってきました。現在、大学生になってアルバイトをしていますが仲の良い先輩と話す際、ため口が出てしまいそうなときがあります。咄嗟に敬語を使おうとしますが、その時の敬語が正しいのか不安になります。rikuoさんの意見にとても共感しました。 |
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No.368 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: サンタ タイトル:日本語の難しさ |
私も普段から気を付けていることであり、少しのことで不安になってしまうことなのでとても共感します。直接会って話すと、声のトーンだったり表情から相手の気分を察することができるけど、LINEだとそれが分からないので困ります。冗談で言っていることでも目をみて話していないから伝わらないこともあると思います。だからきつく聞こえてしまうかな?と思う文章にはなるべく絵文字をつけたりして、気持ちが伝わるようにしています。例に挙げられている「何でくるの」という言葉は一見自分が傷つくほうに捉えがちですよね。本当に日本語の難しさだなと実感しました。同時に外国人の方と話す時も気をつけないといけないと思いました。外国人の方でも知らない日本語の使い方はたくさんあると思うので、難しい言語を使う私たちが、丁寧に使いたいと思いました。何気なく話しているけど、ほんの一言で関係を崩してしまうことがあるのかもしれないと、SNSに慣れてきてしまった今、改めて考えることができました。 |
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No.425 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sawamura タイトル:言葉の伝わり方 |
カエルさんの文章を読ませてもらいました。
今一番身近なところにある言葉遣いに悩む点だと思いました。単に会話するのであれば、表情や言葉遣いからも相手の伝えたいことを感じ取ることは安易ですが,(SNS)などで文章を使って会話をする場合は、相手の顔が見えないまま進みます。その中で言葉遣いによって相手に与える印象や、相手の心情を読み取ることは難しいと思います。現に、自分の経験でも文章にした言葉が相手を勘違いさせてしまったことがあります。言葉の伝わり方は自分の言葉遣いによって変化し、それだけ責任が伴うということを忘れずに気を付けて生活しようと思いました。 また、インターネットが普及する中で会話以外に言葉を使ってコミュニケーションを取るツールが増えました。無責任な言葉遣いによって相手に勘違いや誤解を生ませ、問題になってしまう話も聞きます。人間関係を円滑にするためにも私たちは自分たちの言葉遣いによって相手に与える影響性を考え責任ある行動が求められると考えました。 |
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No.601 |
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出身: 日本 居住: 福島 |
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ログイン名: カエル タイトル:コメントありがとうございます。 |
コミュニケーションツールでのトラブルは最近よく聞く話ですよね。文字の組み合わせによって全く意図もしなかったことばが相手に伝わってしまう事は恐ろしいことだと思います。
インターネットが普及している今の時代で、コミュニケーションの在り方についてしっかり考えてみようと思いました。また、実際に相手が目の前に居ないときでも気を使わなければいけない事は大変だと、改めて痛感しています。 |
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No.250 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: hannah.qu タイトル:敬語の使い方 |
まっすーさんの作文を読んで、初対面の日本人にどう接すればいいか少しが理解できた気がしてきました。以前日本に留学した時、日本人の学生と留学生がお互いに交流できることを目的とした友達プログラムがありました。いずれ同じグループの日本人生徒に親しくなっていくだろうと思ったので、タメ口で話そうと誘ってみたが、日本人の学生にさんつけされて、とても丁寧に話してくれました。その時、なんとなく違和感を感じました。敬語を上手く使えば礼儀正しいと好印象と思われますが、ガチガチに敬語を使うと相手と無意識に相手との距離を置いてしまいます。まっすーさんがおっしゃった「英語には敬語とかがそんなにないからタメ口で良いよ」について、私のような日本語学習者にとって、敬語からタメ口に切り替えるタイミングに困っていて、相手の距離を一気に縮めたくて焦ってしまうので、だからこそ「タメ口で良いよ」と頼む心理があるではないでしょうか。
郷に入っては郷に従え。日本では年配の方には敬語を使う文化があります。まっすーさんがおっしゃった通りに、形式的に建前の敬語を使うではなく、まず相手に対する尊重があって、尊敬を忘れないようにすることに通して、敬語の魅力を最大限に発達できると思います。なので日本人に関わらず、日本語学習者にも敬語の勉強を大事に扱うべきだと思いましす。 |
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No.496 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ますい タイトル:まっすーさんの作文を読んで |
敬語の使い方は時に難しく、迷う時も多くあります。
まっすーさんの作文を読んで3種類の敬語の使い分けの重要さがよくわかりました。 また、発音や表現の若干の違いから、ほかの人に、間違って伝わってしまうことが私自身にもあり、とても共感することができました。 さらに、日本語と英語での敬語の概念について知ることができました。 言葉を選ぶときは相手の言語や文化について理解することが大切であり、自分が伝えたいことを的確かつ、相手に失礼の無いように伝える事の重要さ、そしてそのことの難しさを改めて考えさせられる、とても良い機会にすることができました。 ありがとうございました。 |
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No.547 |
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出身: 神奈川 居住: 横浜 |
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ログイン名: まっすー タイトル:コメントありがとうございます |
hannah.quさんコメントありがとうございます。初対面の日本人の方にどう接すれば良いのか参考になれば幸いです。留学生の方にとって日本語と敬語、さらには日本人の特徴を理解するのはとても大変だと思います。タメ口で話そうと誘ってみたのに敬語で返されてしまったのは、日本人は外国の人たちに比べて他人にどう思われるかを気にしてしまい、初対面の人にはある程度の壁を作ってしまいます。そのため、相手との距離を意識的にとっているのだと思います。確かにhannah.quさんがおっしゃったように敬語からタメ口に切り替えるタイミングに困っているのは日本人も同じで、「相手にいつからタメ口で話そう」と常に相手との距離を縮めたいと考えています。しかし、そこで「タメ口で良いよ」と言われたからタメ口で話すのではなくて、自分のベストなタイミングでタメ口で話す、これが『日本人らしさ』なのではないかと思います。私の場合、同い年の人にはタメ口で結構話してしまいますが年上の方には最初に敬語を使う。そこからの信頼関係がタメ口に変わるきっかけなのではないでしょうか。ありがとうございました。 |
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No.548 |
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出身: 神奈川 居住: 横浜 |
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ログイン名: まっすー タイトル:コメントありがとうございます |
ますいさんコメントありがとうございます。私自身も三種類の敬語を使い分けることはまだまだできていませんが、使い分けることの重要さを知る事ができる素晴らしい機会になりました。方言の難しさを通して伝えることの難しさを共有できてよかったです。私は外国語には敬語という概念が存在しないと思っていましたが日本だけではなく、外国にも目上の人に対する尊敬があることを知って感動しました。相手と話す時、特に初対面の人や外国の方と話すときはより一層相手の言語や文化について理解する事と常に相手に思いやりの心を持って接する事が伝えるときに一番大切な事だと再認識させられました。日本人はよく初対面の人に意識的に壁を作ってしまい、相手からどう見られているのかを気にしすぎてしまう傾向があります。なのでこれからは初対面の人でも相手のことを理解しようとする姿勢を前面に出していこうと思いました。ありがとうございました。 |
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No.253 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ライリー タイトル:英語圏の文字での会話 |
作文を読ませていただいて、前略プロフィールさんの視点には十分な根拠があり、賛成します。英語圏でも文字で会話することが多くなっているそうです。ましてや、コロナヴィルスの状況に対しては、ほとんどの会話がインターネットで行っています。それで文字を通じての会話の相違点はかなり強調されます。
文字で会話することで間違った解釈が減ると賛成するけど、文字のやりとりの短所もあります。文字で書くことによって、相手にメッセージを送る前に言った発言の著明と意味が修正できて、口頭語のやりとりほど意味不明ではありません。しかし、対面の相互作用がなくては、相手の気分は忖度し難いです。こうして、上下関係が存在する場合には(ビジネス環境など)文字を使う会話に関連する危険因子があります。でも、若者にとってそう言う問題がありません。なぜなら、若者が友達と文字で会話する場合に感情を表せる絵文字を使うし、英語圏では文の終わりに「lol」を追加するからです。「lol」の意味は「笑いだす」です。「lol」と書くことで会話の気楽さが表せて、曖昧になりません。また、相手と深刻な話題が出る時に、笑っていないのに「lol」を書くのは一般的です。少し変ですが、相手が見えないので、「lol」と言ったら「話題は白熱なのに、相手に怒っていない」と暗示できます。 口頭語を文字での会話に機変するのはきっと難しいです。しかし、若者は創造的な解決を持っていると思います。 |
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No.508 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: BUKE タイトル:文面で伝える言葉 |
文面上での言葉は相手との関係性によって大きく変化するということにとても共感できました。実際にインターネットの普及に伴い「見える会話」をすることが多くなったので、目上の方に対する敬語は「普通の会話」の時よりも丁寧に考えて送らなければならないことはかなり時間の消費量、考える労力ともに差があると思います。しかしながら、正しい漢字と敬語を使い目上の方を敬うことは日本の文化の一つだと思うので日本の良さの一つとしてこれからも付き合っていけるように学び続けることが大切だと考えます。これからのことを考えると私自身さらに「見える会話」を使うことが増えると思うので、正しい言葉を使う意識をしながら言葉を文面にする際は特に気を付けていきたいです。 |
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No.260 |
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出身: バングラデシュ 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Ahmed Farhan Labib タイトル:言葉の親しさ |
奥の深い話ですね。時と立場と共に、周りの人たちの関係に合わせ、言葉遣いが変わっていく − とても不思議な事です。
確かに日本語には言葉の一つ一つに細かい意味があるため、その意味を見極めて完璧に使いこなすのはなかなか難しいことです。忙しい職場で慣れていない敬語を常に利用しなければならないの中、自分が良く耳にして一番初めに思いつく言葉をつい行ってしまうのはよくある事だと思います。こちらもマカロンさんの立場にいたら恐らく同じ風に謝罪してたと思います。 マカロンさんの経験から言葉と他人との親しさの関係が伝わってきます。個人的に思うんですが、日本語は使う言葉によってその話し手の性格と「らしさ」が分かってしまいます。敬語とカジュアルはもちろん、代名詞や終助詞によってもそうです。カジュアルな言い方には気軽さがあり、敬語には真面目さと礼儀正しさの印象が移ります。 人は誰も自分の言葉には気軽く話したい者です。しかし、それは他人にあまり良くないと思われる不安があるため、敬語を使い、良い印象を残すために頑張っています。しかし、一度他人が自分の気軽さを受け入れてくれる程親しくなればカジュアルな言葉を使って自分らしさを表し、さらにその関係を深めていきます。 マカロンさんの場合、常に仲の良い先輩方と関係の遠いお客さんと同じ屋根の下にいるため、両方の言い方は難しいと思います。そこで、敬語を選びセーフなプレイをするのも良い考えで方だと思います。 |
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No.283 |
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出身: 日本 居住: 長野 |
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ログイン名: おさるさん タイトル:私も似たような経験をしたことがあります。 |
私も高校時代バイトではありませんが同じような経験がありました。野球部に所属していて練習試合の際には必ず相手の監督やコーチも来ます。昼食の時間になると事前にコーチが予約していた出前が昼食の時間とともに来ます。その時私は監督室まで出前を持ってこいと頼まれました。出前を持って監督室へ行くと相手の監督やコーチが座って待っています。私は一人ずつ机の上に並べて置いて行きました。並べている途中に器をひっくり返していまいました。その時私はとっさに「すみません」と軽い言い方をしてしまいました。すると相手の監督ではなく自分のチームのコーチに「軽々しく謝るな」と怒られました。その時私は、めんどくさがりながら出前を持って行っていたので、相手を敬うつもりで緊張感を持って目上の人の前で行動しなければいけないと思いました。 |
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No.558 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: マカロン タイトル:感想ありがとうございました。 |
感想ありがとうございます。
失敗から学んだことだったので、共感を得られて安心しました。ただでさえ正しい日本語を使い分けるのにも苦労しているので職場となるとより見極めが難しいです。 確かに日本語は使う言葉によってその人の性格がなんとなくわかりますね。とても納得の意見です。職場では、お客様に真面目さと、礼儀正しさを示すという意味でも徹底したほうが良いと改めて感じました。やはり仲を深めるためには、人柄を表すことのできるタメ口を利用しようと思います。言葉一つで自分の印象が決まってしまうので、どんな時もその意識をする事が大切ですね。 職場での言葉遣い、敬語について自分の考えが正しいのか不安だったので肯定的な意見をいただけてとてもうれしいです。敬語の使い分け、敬語とタメ口の使い分け、言葉遣いについて考えられてとてもよかったです。今後も今回学んだことを意識しつつ日本語の勉強をお互い頑張りましょう。 |
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No.374 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sawamura タイトル:言葉の選択 |
wasaoさんの文章を読ませてもらいました。
文章を読んでいて私は特に「話す相手を、自分で決めた枠組みに分別する」という表現が印象深く、wasaoさんのはっきりした人間性を感じました。自分の成長に必要だと思う人と関りを持ち、自分にとって良い影響を残さない人とは親密にならないようにする。それは良い人間関係を気づいていくための一つの方法だと共感しました。そして、良い人間関係を気づいていくために言葉遣いを変える発想は私にはなく、新鮮に感じると同時に試してみたいと思いました。しかし、同年代で敬語を使う人とそうではない人で自分の中で区別して話すとき、敬語を使われた相手はその丁寧な口調を聞いてどのように感じるのか気になります。年齢を重ねれば敬語で話すのはあまり違和感を感じることなく、苦手な人に対して敬語を使っても「丁寧な人」と思われるだけで済むかもしれませんが、自分たちの年齢で同年代に対して苦手な人に敬語を使うことは、少しあからさますぎるのではないかとも思い、改めて言葉遣いの難しさを感じました。 読んでいてとても考えさせられる文章で面白かったです。ありがとうございました!! |
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No.533 |
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出身: 日本 居住: 高知 |
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ログイン名: wasao タイトル:共感 |
sawamuraさんコメントありがとうございます。私も、コメントを読ませてもらって、18歳くらいまでの年齢で、同年代の人に対してずっと他人行儀の敬語というのは、少しあからさまに距離をおいているように思いました。自分は一方的に相手のことが苦手なだけで、相手は自分と親しみたいと思っているとすると、第三者目線で見るとひどいことをしているようです。だから、まず相手が自分にとってどんな存在か、第一印象だけで区別せず、相手のことを理解した上で区別するべきだと思いました。言葉遣いは、その言葉の本当の意味やその人が受け取る印象を変えてしまえるから、注意して使うべきだと改めて考えさせられました。
言葉遣いを知らないせいで損している人も多くいると思います。例えば、よく漫画などで出てくる登場人物に、とても優しい心を持つが、口の悪い人がいると思います。もし、私がそんな人に初対面であったとしたら、ただ口が悪く怖い印象しか持ちません。いくら優しくても言葉遣いが悪いがために避けたい人認定してしまいます。言葉遣いは、他者との関わりを広げてくれるものだと思うので、大事に使っていきたいと思いました。 |
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No.327 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: oji タイトル:タメ口のメリット |
私もタメ口を使ったほうが深い話ができると思います。たとえ相手が年上であったとしてもお互いが了承のうえでタメ口を使うのであればそのほうが良いと感じます。敬語はどうしても距離を感じてしまうことがあり、親密な関係になりにくいと私は思います。もちろん敬語で話すべき相手もいますが、タメ口で話すことを許してくれる相手に対してはタメ口で話すことも親密な関係を築くためには重要なことだと思いました。 |
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No.551 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: 森鴎外 タイトル:タメ口のメリットに対する共感! |
共感していただいてとても嬉しかったです。とても理解のある方で助かりました。
最近は、タメ口に抵抗がある人が少なくなっていると感じることが多くなりました。 つい最近、コンビニのアルバイトを始めたのですが、年上の方が多く最初は、怒られるのが嫌でずっと敬語でしたが、次第に慣れてきて3回目のシフトの時に、思い切ってタメ口で話してみることにしました。すると、比較的女性の方は好印象でしたが、男性の方はあまりいい気はしていなかったように見えました。 その後も少しづつ敬語の中にタメ口を入れたのですがあまりいい顔をしてくれなく、今では同世代の男性の方以外には基本敬語で女性の方は基本的には笑顔でタメ口を使っています。 今回私は少しショックでした。何故かというと、今までは笑顔で明るく最初は敬語で少しづつタメ口を使ってきて、嫌な顔をされるのを見たことがなかったからです。 私は、学校やプライベートにおいて日常的にあったり、たまに会う人などはタメ口を使う傾向にあり大抵の方は笑顔で返してくれたり、明るく返してくれるので少し今回の件でショックでした。 なので、今回のバイトでのことをいい教訓として、より一層敬語、タメ口を使える人使えない人の境界線を見誤らないよう気をつけようと思いました。 |
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No.299 |
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出身: 日本 居住: 福岡県 |
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ログイン名: りでくん タイトル:先輩と後輩の関連性 |
確かに、自分も仲の良い方とあまり仲良くなってない方で言葉遣いは分けた方が良いと思います。
しかし、一部で例外もあると思います。自分は中学生の時に吹奏楽部に入っており、近所にいる小さい時から遊んでいた2つ上の仲のいいお姉さんが一緒の部活でした。なので自分が1年生でお姉さんは3年生です。当時所属していた部活は上下関係がものすごく厳しかったのですが、部活の時はそのお姉さんに先輩という感じがしなかったのでタメ口で話していました。すると2年生の先輩に呼ばれて「なんで〜先輩には敬語使わないの!?」と怒鳴られてしまいました。今では怒られて当然だなと思っていますが、その時の自分はなんで怒られているのが分かりませんでした。なので、いくら仲が良くても郷に入っては郷に従えと言った感じで敬語を使わないといけない場合もあると思いました。 |
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No.459 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: ゆゆか タイトル:共感しました。 |
ゆうしまさんの作文読ませていただきました。
「敬語を使うにあたって関係性が重要」という意見にとても共感しました。 私はゆうしまさんとは逆で、中学・高校どちらも上下関係が厳しめの部活に所属していました。部活の荷物は先輩に持たせてはいけない、施設に入る際は先輩が最優先、などという規則があり、もちろん先輩に向かってタメ口をきくなど絶対に許されない雰囲気の部活でした。中学・高校どちらも、と先ほど書きましたが、実は中高一貫校に通っており、同じ部活にずっと所属していました。そのため先輩とも必然的に親交が深まります。先輩とは絶対にタメ口をきいたら駄目だ、と思い込んでいましたが、仲良くなった先輩からある時「もうタメ口でいいよ」と言われました。なので、仕事関連は別にして「絶対にこの立ち位置の人には敬語の方が良い」という縛りは無いのだと思いました。 しつこくなりますが、敬語かタメ口かは相手との関係性が重要だと私も強く思います。 |
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No.480 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: チンカキョウ タイトル:同感です |
言葉を使う相手との関係性はほんとに難しいと思います。日本語だけでなく、中国語を使うときもよく悩んでいます。特に先輩と後輩などとの関係はそんなに親しくないですが、遠くないです。彼たちとSNSでのコミュニケーションのはじめはとても難しいと思います。敬語を使うか使わないかずっと困りますね。会う時もちょっと不自然な雰囲気があります。彼たちは親しい友人ではなくて、知らない人でもないです。この距離感をどう把握していますか。 |
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No.583 |
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出身: 日本 居住: 大阪 |
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ログイン名: ゆうしま タイトル:部活 |
ゆゆかさんコメントありがとうございます。
自分とは逆の立場の人もいると思います。上下関係に厳しい部活例えば野球部などは自分は厳しいイメージあります。仲良くなってきたら先輩のほうから、ため口で良いと言ってくれると後輩にしてもやりやすいと思います。なかなか後輩から仲良くなってきたからと言ってため口にするのは難しいと思います。自分の部活は先生の前では先輩にもきちんと敬語を使ってました。先生に先輩にため口を使ってると怒られるからです。先生も社会において上下関係は大切で、そこをルーズにしてしまうとトラブルが起こることがあると思います。そういう面でも部活で学べるのは良いと思います。作文でもいましたが本当に相手との距離感をきちんと理解することが大事だと思います。その距離感を間違えるとトラブルのもとになります。部活は上下関係も学べるしとても良いと思います。相手との距離感を理解しコミュニケーションをとり良い交友関係をしたいと思います。 コメントありがとうございました。 |
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No.409 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: まるちーず タイトル:誰も傷つけない |
語彙力ぴえんさんの作文、読ませていただきました。「自分が同じことを言われた時を想像する」というのは私も意識したいのですが、私はなかなかできません。人に酷いことを言わないということは簡単にできるかもしれませんが、いじりであったりその場のノリで悪気がなかったとしても相手が傷ついたらそれは悪口なのでとても難しいです。面白いいじりを思いついたら言いたくなってしまいます。
誰に言っても不快にさせない言葉というのは確かに難しいかも知れませんが、自虐を交えるのはどうでしょうか。「自分もそういうとこあるんだけどさ、」と前置きすることで不快な思いをさせずに済むかもしれません。陰口が一番よくないと思うので、思ったことは本人に傷つけないように伝えることが一番大切ですが、それが一番難しいことかもしれませんね。 |
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No.410 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: tao タイトル:コメント |
言葉遣いがとても面倒で難しいと私もそう思います。言葉遣いは敬意を示して気持ちを伝える一方で、相手の弱いところに触れて心を傷つけてしまうということもあります。特に、アドバイスをする時(即ち指摘する時)こういう現象がもっと著しいと思います。では、相手を傷つけないために、アドバイスをやめてまたは沈黙を選んだ方がいいですか?
私にとっては、相手は友達なれば勇気を出してアドバイスをするべきだと思います。中国では「良薬は口に苦し、忠言耳に逆らう」という諺があります。それは良い忠告の言葉は聞くのがつらいが、身のためになるというたとえです。つまり、もし本当に相手を友達だと思っているなら、言葉遣いが悪くても、短所を指摘して相手を成長させるべきだと思います。もちろん言いすぎてはいけません。もし相手は目上の人或いは知り合いなれば、選択的に指摘した方がいいと思います。例えば、自分の利益を脅かす時に指摘したほうがいいと思います。 最後に、人に指摘する時に相手に不快な思いをさせない言葉遣いは婉曲表現だと思います。それを使って、相手の欠点も指摘できるし、不快な思いをさせないこともできます。 |
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No.442 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Alex タイトル:指摘 |
語彙力ぴえんさんの文章、読ませていただきました。語彙力ぴえんさんと同じく、私もいつも友達に指摘すれば、嫌われて、友情が崩れるのが怖いです。だから、私だけに不愉快な気持ちを与える事は指摘しません。私だけがなら、何とか我慢しれば大丈夫です。しかし、もしその友人の行為は大勢の人に嫌な気持ちを与えるか、友人自身に凄く悪い影響を与えるとしたら、その時はより大きな被害が出る前に友人のことを指摘の手段を通じて守ってくれるのが友達としてのするべきことではないでしょう。
私はまだ社会経験が無い故、職場の目上の人にどう指摘すればいいのかは正直わかりません。自分勝手な上司だったら、いくら指摘しても、その言葉を聞かないだけでなく、上司に嫌われ、降格やくびなどのこともありうるでしょう。上司への指摘は、他人の言葉を聞ける人に、二人だけのところでする方が成功率も高くなるでしょう。二人だけなら、他の部下の前で恥をかかなくって済みますから、その方が上司も納得しやすいでしょう。 |
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No.592 |
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出身: 居住: |
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ログイン名: 語彙力ぴえん タイトル:相手との関係性 |
コメントありがとうございます。
確かに楽しい雰囲気で会話をしている時こそ無意識のうちに相手を傷つけてしまっているかもしれませんね。いじりと悪口は紙一重です。いじりであるためには相手と自分の関係性がとても大事になるのではないでしょうか。相手の言われたら嫌なことを知っていることが傷つけない方法ではないでしょうか。相手をよく知ろうとする姿勢が会話をもっと楽しくし、良い関係につながると思います。 「自分もそういうとこあるんだけどさ、」と前置きをする。とても良い方法だと思いました。その一言を付け加えると相手は自分だけじゃない。一緒に直そう。と前向きに改善できると思います。陰口ではなく、お互いの関係のためだと思って、言ってみようと思えました。 |
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No.593 |
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出身: 居住: |
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ログイン名: 語彙力ぴえん タイトル:勉強になります |
コメントありがとうございます。
「良薬は口に苦し、忠言耳に逆らう」 初めて聞きました。私は指摘した後の相手との関係しか考えていませんでした。相手を成長させるという考え方に驚かされました。本当の友達ならば少し指摘しただけで関係は崩れたりしないのかもしれませんね。また、相手によって対応を変えることもすごく良い方法だと思います。人との関係性によって自分の行動を変えることを意識してみたいと思います。 婉曲表現はとても良い伝え方だと思います。ただ、自分の知識、語彙力がないと間違った使い方をしかねません。今後いろいろな人と関わっていく上で、婉曲表現を知っておくことは大切かもしれません。 |
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No.595 |
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出身: 居住: |
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ログイン名: 語彙力ぴえん タイトル:周りのことを考える |
コメントありがとうございます。
ある人を指摘するか迷ったとき、周りへの影響によって言うか言わないか判断することはとても良い判断基準だと思います。たしかに自分だけが嫌なら我慢すればよいだけですが、周りの人も嫌な思いをしているのであれば、すぐに解決しないとさらに良くない状況を生み出してしまいますね。周りも嫌な思いをしているのにも関わらず、みんなが指摘せずにいると、それはいずれ陰口となってしまうと思います。相手とその人の周りとの関係まで考えることは簡単なことではないですが、一人できる人がいるだけで、そこのグループは良いグループになると思います。 また、上司や目上の人に対して、話を聞いてくれる人に言ったり、2人になって聞いてもらう方法もとても良いと思いました。こっそり問題を解決することで、上司とその部下との関係は良い方向に向かいます。この方法も相手とその周りのことを考えた方法ですね。自分と相手だけじゃなく、相手とその周りのことも考えられるようになりたいと思いました。 |
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No.230 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Naoki_Nemoto タイトル:とても興味深い内容でした! |
たけゆうさん、作文拝見しました。私は現在就職活動の一環として米系投資銀行にてインターンとして働いており、実際に私の職場でのコミュニケーションのとりかた、そしてたけゆうさんの経験を照らし合わせることで「相手の気持ちを考えて話すこと」の重要さを改めて感じました。
確かに、上下関係という概念が重要視され年功序列精度が多くの企業にて取り込まれている日本社会にて自分の上に自分より若いものが立つ例は極めて珍しく好まれないでしょう。この様な社会規範によって年齢よりキャリアや役職を優先しタメ口を使う人が現れるのかもしれません。年齢と共にある程度の昇格が見込める日本企業に対し、我々外資系企業では個人の能力次第で昇進が決まる人事制度が取り込まれており、社員を評価するのは人事部ではなく直属の上司となるため上司と良好なコミュニケーションをとることが大切になります。ですが、この様な人事制度が成り立つのは上司/先輩と部下/後輩がコミュニケーションを取る際に双方が敬意を表すことで実現されているとも言えるでしょう。 コミュニケーションはすべてのビジネスの基本という点は世界共通です。私は個人の能力次第で昇進が決まる人事制度に賛成しており、その上で相手の気持ちを汲んだコミュニケーションを図ることができる社会人を目指したいと思います。 |
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No.357 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: mai タイトル:読んでいて考えさせられました |
たけゆう様の文章拝見させていただきました。
「年齢とキャリアどちらが優先されるべきなのでしょうか?」は難しい問いだと思いました。私ならキャリアが上でも年上の方には敬語を使うと思います。よって年齢と答えますが、キャリアが優先だと答える人も少なくないと思います。 私はとあるグループにハマっているのですが、そのグループは年齢よりもいつから所属しているかで先輩、後輩の関係となります。どんなに年上でも入った時期が遅ければ年下をさん付けで呼んだり、敬語を使って話していました。したがって、そこではキャリアが優先されているのです。私は初め違和感を覚えたのですが、キャリアを優先するのは、その業界では当たり前のことなのかもしれません。 今回たけゆうさんの文章を読んで改めて考えさせられました。私にとってはこれが正解と思っていることでも相手から見たら違うと思われていることも存在すると実感したからです。正解がないからこそ自分の考え方は合っていると過信せず、相手に対して思いやりをもって接することが大切だと思いました。 |
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No.544 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: たけゆう タイトル:コメントありがとうございます |
コメントを読んでみて、まず最初に初めて自分が書いた作文をあったことない人に読んでもらってコメントをもらって素直にうれしいと思いました。
海外で仕事をされている方の意見を聞き、日本の年功序列の制度の中で仕事を行う場合と海外での個人の能力を優先して昇進を決める制度の違いがありながらも相手に敬意を持って話すことは同じであると言うことはもちろんですが海外の能力で昇進を決める海外では英語の敬意を持った話し方を使うことも昇進に大きく響くと思うので英語が母国語ではない日本人にとってはとても難しいことなのだと思いました。 また私も年功序列の制度ではなく海外の能力主義には賛成です。 日本ではAIの普及やインターネットでの仕事が多くなりインターネットに触れる機会が多い若者が活躍できる社会になってきていると思います。なので日本の年功序列ではなく海外のような能力主義にすることに賛成の意見です。 これからは、相手の気持ちを汲んだ話し方を心がけて生活していきたいと思います。 コメントありがとうございました。 |
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No.545 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: たけゆう タイトル:コメントありがとうございます |
まずはコメントをしてくださりありがとうございます。
maiさんのコメントを読んでみて改めて年齢とキャリアどちらを優先するかという問いの難しさを感じました。 私もキャリアを優先しているアイドルグループをいくつか知っています。 そのことを知ったときはあまり関心は持ちませんでしたがいざどちらを優先すべきかと決断を迫られるときに私は年齢を優先しました。 キャリアを優先するアイドルグループでは最初からキャリアを優先しようという取り決めなどがあるのではないでしょうか。もしあったとしたらそれは誰にもいやな思いをさせずにお互いに敬意を持った言葉で話すことが出来るとおもうのでとてもよいことだと思います。 私も年齢を優先することが当たり前だとは思わず相手に敬意や思いやりをもった話し方をしようと改めて実感しました。 コメントありがとうございました。 |
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No.281 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: TyB タイトル:勉強になりました |
前に『Fate Stay Night』で弓道部の後輩が先輩を尊敬していて、話もおどおどしていて、なぜかよく分かりませんでした。今日はおさるさんの文章を読んで、少し分かりました。日本語を勉強する時、敬語は一番難しいと思っています。変化が複雑で、いつ使いますか、どう使いますのかも難しいと思います。前に日本語の先生から聞いたけど、会話の中で内外の関係を把握することも大切だということです。教室で学生と先生にとっては先生は「外人」です。しかし、隣のクラスの先生が来たら、うちのクラスの先生は「うち」になり、隣のクラスの先生はまた「外人」になりますね。特に会社の場合、他の社長から会社に電話がかかってくる時、相手の前でうちの社長の話をしたら、尊敬語は使えないという話も聞いたことがあります。おさるさんの文章を読んで、実際の状況は私たちの授業より複雑だということがわかりました。勉強になりました。ありがとうございました。 |
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No.557 |
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出身: 日本 居住: 長野 |
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ログイン名: おさるさん タイトル:頑張ってください |
コメントありがとうございます。私たち日本人も敬語と言うのは難しいと思っています。
敬語とは、聞き手(読み手)や話し手(書き手)の敬意(相手を敬う気持ち)を表すために用いる言葉です。敬語には種類があり3つの種類に分けられます。1つ目は尊敬語です。相手の動作などを高めることで、その人物に敬意を表す言葉です。例えば、いらっしゃる、おっしゃる、お名前、ご立派などです。2つ目は謙譲語です。自分の動作を謙ることで相手を高め、その人物に対しての敬意を表す言葉です。例えば、伺う、申し上げる、お目にかかる、差し上げるなどです。3つ目は丁寧語です。丁寧な言葉遣いによって相手への敬意を表す言葉です。例えばです、ます、ございますなどです。 このように、敬語でも様々な種類がありそれも相手やその時の場面などによっても変えていかなければなりません。また、単語などでも「雨とアメ」などと同じ言葉でも違う意味の単語にもなることがあります。色々な言葉の種類や言葉の意味があり、日本人でも難しく思っているのにこうしてTyBさんのように日本語を勉強して頑張っているのはとてもすごいと思います。これからも難しいと思いますがこれからも頑張ってください。 |
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No.349 |
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出身: 日本 居住: 中国地方 |
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ログイン名: A.T タイトル:先輩への言葉遣い |
私も中学・高校と部活動を行なっていました。普段の学校生活は敬語を使っていたが、部活動の中で敬語を使っているとうまく連携などが取れないとういう経験をしたことがあり、その経験に共感できます。そこで思い切って先輩に言葉遣いについて聞いてみると、そこから試合中の連携がうまくいったりするなど、言葉の壁があるのとないのではかなり違うことが分かりました。
「親しき人にも礼儀あり」という言葉があるように、その場所などで臨機応変に言葉を使い分けることでより良い多くのコミュニケーションをとることができるのではないかとこの作文を読んで改めて実感しました。 私も人に合わせつつ自分でも考えて敬語を使うべきだと考えます。確かに交流を深めていく上で「敬語」というものは少し硬いイメージがあるが、やはり全ての人が「タメ口」を好むわけではないので適宜使い分けていく必要があると思いました。 |
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No.394 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ホワイトモカ タイトル:shujiさんへ |
shujiさんの作文読ませていただきました。文中の「日常もため口でいいということにしさらにチームの仲が良くなり試合にも勝てるようになりました。」という一文から、コミュニケーションをとる上で「ため口」がとても大きな影響力を持っていることに気づかされました。
私のアルバイト先では普段から敬語で業務連絡をしています。 しかし、店内が混雑し始めると「これお願い。」「こっち手伝って。」と自然とため口になります。ため口は、敬語で話すよりも伝えたい内容を端的に伝えられるため、年齢関係なく円滑にコミュニケーションが進みます。 また、shujiさんがおっしゃる通り「親睦を深めるため」の手段としても適していると思います。実際に私のアルバイト先では、ため口での業務連絡が始まると「忙しい状況を全員で乗り越えよう」という一体感が生まれます。 したがって、ため口を使う際は使う相手に加えて「その場の状況を読み取る」で、自分も相手も心地よいコミュニケーションをとることができると思います。 |
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No.436 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: ユザジミワ タイトル:コメント |
中国の中学校と大学では部活もありますが、その形式は日本の部活とは少し違います。ですから、そういうような悩みはほとんどありません。そして日本の部活は漫画やアニメの中でよく見えますけど、実際に参加したことがないので、礼儀や雰囲気はやはりわかりません。
確かに、日本語を勉強している私にとって、場合によって正しい言葉遣いを選ぶことも難しいです。複雑なのは敬語だけではなく、もっと複雑なのは人々の間の人間関係なのです。ですから、いろいろ考えるより、他人に嫌な感じを招かないなら、自分の好きにしてもいいのだと思います。 |
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No.539 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: shuji タイトル:ホワイトモカさんへ |
コメントありがとうございます。
コメントを見てバイト中のピークなど忙しい時やいっこくを争うときにため口のほうがいいこともあるという同じ考えでよかったです。 やはり仲良くなりたいときや、一体感を出したいときは使えるものだと感じました。 ただ使いどころが難しいところはあると思うので気を付けて使いたいと思いました。 コメントの最後に書いてある自分にも相手にも心地よいコミュニケーションを意識して生活していきたいと思いました。 コメントありがとうございました。 |
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No.278 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: アイ タイトル:時と場を考えて言葉を使う事は大事なこと |
ゆで卵さん 作文拝見いたしました。確かに言葉遣いは時と場を考えて選ぶ必要がありますね。これはきっと誰でも迷う事と思います。使い方が分かっても、その場の空気を読んで正しい言葉遣いを選ぶことは決して簡単な事ではありません。それは謝る時だけではなく、挨拶や色々の場面でも求められている事です。 私も基本的に家族の人と話す時、言葉遣いをあんまり気にした事がながったです。ですが私の家では、ゆで卵さんの家みたいに、悪いことをした時「ごめんなさい」と言うべきと指摘された事がながったです。それはやはり私の国では日本語みたいに厳しい言葉遣いのルールがないと思います。 でも確かに、ゆで卵さんの言うとおり、例え家族の間でも、時と場を考え言葉をきちんと選んだ方がいいと思います。よく家族同士だからそんな事気にしなくでもいいと言う人もいるけれど、私はやはり、家族同士だからこそ言葉遣いを忘れではいけませんと思っています。大抵の人は家族との関係が近すぎてよく言葉遣いが雑になる場合が多いと思います。だから「家の中でできないことは外でもできない」のも確かに理由の一つかもしれないが、家の中でも時と場によって言葉遣いを注意する事が、家族を尊重しているの証と思います。特に親御さんの前では「ごめん」を言うより、「ごめんなさい」を言えるのは、子供の成長の証とも考えられるのです。 だからゆで卵さんが家族相手でもしっかり時と場を考えて言葉を使う事はとっても大事な事と思います。 |
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No.392 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ホワイトモカ タイトル:ゆで卵さんへ |
ゆで卵さんの作文読ませていただきました。
私も家族と話をするときに言葉遣いをあまり気にしていませんでした。しかし、文中の「家の中でできないことは外でもできない」という言葉にとても共感しました。 私は食前と食後の挨拶にも同じことが言えると思います。 「いただきます」と「ごちそうさま」は食事を作ってくれた両親への感謝、食材への感謝など多くの意味が含まれている言葉です。「家族との食事だから。」と食前と食後の挨拶をせずに食べ始めてしまったら、この行動は習慣になります。したがって、外食時にも食前と食後の挨拶をせずに食べ始めてしまうと考えるのは容易です。 社会に出て様々な人と関わる上で、家族間でのコミュニケーションは基礎であると思います。また、家族間での言葉遣いを意識することでより良い親子関係を築いていけると考えられます。 ゆで卵さんがおっしゃる通り「家族相手でもしっかりと時と場を考えて言葉を使いたい」と考えることに加えて、私は「親しき中にも礼儀あり」の精神を持つことで食事の挨拶が自然と声に出ると思います。 |
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No.447 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: shuji タイトル:こうなりたい |
私は、家族との会話でゆで卵さんのように「ごめん」ではなく「ごめんなさい」ということはなかったけど、作文を読み「家の中でできないことは外でもできない」というのを見て家族に対してそのような言い方をできればどんな人にも言うことができるようになると感じた。何かしてもらったときに、「ありがとう」ということはできるけどなかなか「ありがとうございます。」ということはできない。年上の方にいうことはできても同年代の人に言うことは、できないだろう。こういう些細なことに気をつかえるようになるには、日ごろからの環境が必要だと感じた。これからは、ごめんではなくごめんなさいありがとうではなくありがとうございますと家族にも友人にも当たり前のようにいえる人になりたい |
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No.387 |
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出身: 日本 居住: 大阪 |
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ログイン名: ゆうしま タイトル:言葉のとらえ方 |
その人によってとらえ方も違うし自分もそう思います。
例えば、LINEなどでも誤字をして、本来言いたかった事と違うように捉えられ、いじめられるという事も聞いたことがあります。言葉は簡単に人を傷つけるし、言われた言葉によってはその人が一生消えない傷になることもあります。軽はずみにひどい言葉を使ってはいけないですが難しいと思います。 喧嘩をしたりすると普段そんなこと思っていないのに怒りでひどいことを言ってしまう事はよくあることだと思います。筆者が言う通り、幸せにもできます。ありがとう! このたった五文字が人に元気を与えることだってあります。 言葉を発してコミュニケーションできることが人間の良いところだと思います。 言葉は我々が思っているよりすごい力を持っていると思います。おきさんの言う通り この言葉を良い方向に使うととてもいいと思います。特にまだあまり仲良くない人と接するときは言葉遣いに気を付けたほうが良いと思います。 |
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No.399 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: 森鴎外 タイトル:確かにと感じました!! |
私は、おきさんのこの文を読んですごく共感し、感謝しました。
というのも、私も母に通販サイトでの買い物を頼んでいて、そのサイトのURLを送っていました。そして、その商品は色が指定できたのですが、私は黒がいいと思っていてURLを送っていたのですが選択できていませんでした。しかし、私は黒が好きだと母は知っていたので、自分でやり直さず直してくれるだろうと思っていました。すると、色が違った商品が届きました。 このとき、母に散々当たってしまいましたが、よくよく考えると私が全面的に悪く謝りました。この時、少し言葉を足していると母にあたることもなく、商品も自分の欲しい色が手に入ったのにと思いました。 これから社会に出て、今まで以上に人と関わることが多くなると思います。 そんな時、こんなことが原因で仕事に失敗しないよう、楽しく同僚や上司、後輩と付き合いができるようにしていかなければならないと改めて言葉の重みについて再確認できました。 おきさんありがとうございました。 |
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No.465 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: こうえん タイトル:とても共感しています |
おきさんの文章読ませていただきました。
自分の言いたいことをうまく伝えるのは本当に難しい。人に理解してもらえないことも本当にくやしい。私は元々口数が少ないので、人と接することは地獄だと思います。けれど、慣れないことをやるこそ成長できると散々言われたら、リラックスな気持ちで行こうと決めました。 どこから聞いた話ですが、人に理解してもらえないのは、相手の頭の中には自分の知っていることが入っていないということが存分にわかっていないかららしいです。昔の数学の授業は、先生が2、3回説明しても、また迷っている私たちの顔を見て怒ってしまうことは日常茶飯事です。それだけ説明しても無理な原因は、その時先生の頭の中にはすでに数学の知識が入っているから、どこか言い忘れたとしても、思考回路がつなげられる、一方私たちはそこで「?」になってしまいます。なので説明するとき、なるべく向こうの角度から考えたら、より理解されやすいと思います。勿論そういった先生は少ないですが、私も先生ではないから、人にわかりやすく説明する能力はまだ未熟で、克服するために工夫しないとと思っています。 |
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No.561 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: おき タイトル:ゆうしまさんへ |
ゆうしまさん、コメントありがとうございます。
やっぱり言葉は難しいですよね。ゆうしまさんが大阪在住と書いてあるのを見て、関西弁は少し言い方や、口調が強かったりきつかったりするんじゃないかなと思います。私は、関西弁を使う関西出身の友達がいて、口調が強いなと思います。なので、方言によって言われたときの捉え方とかで困る事とかがあるかもしれないですよね。 言葉は良い方に使ったほうがいいですよね。スポーツをしているときに『ナイス』や『頑張れ』などを言われたほうが、頑張れたり、やる気が出てモチベーションが上がりますよね。そういうのを普段から言えるようになり、気にしていなくても言葉遣いに困ることがなくなって、少し楽に生活ができそうですよね。 ゆうしまさんが言っていた、仲良くない人と接するときの言葉遣いを気をつけた方がいいという意見に一番気をつけた方がいいと思いました。初対面の人には一番気を使わないと、最初に悪い印象をあたえてしまうので私も共感しました。 |
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No.320 |
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出身: 日本 居住: 山口県 |
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ログイン名: くま タイトル:ハタさんへ |
ハタさんの意見を読ませていただき、非常に共感しました。私も同じ大学生で、バイトを始めたときには言葉遣いの難しさにとても困惑しました。私は間違った敬語を使ってしまっており、そのことをバイトの先輩に注意されたときにとても恥ずかしい気持ちになりました。敬語は正しく使うことで相手への敬意が込められると思うので、正しく使えるようになろうと思います。SNSなどが広がり、誰とでも繋がれる便利な世の中だからこそ、相手が不快な思いをしないような言葉遣いを身に着けようと思いました。 |
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No.613 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: ハタ タイトル:くまさんへ |
くまさんのコメントを読ませていただきました。同じ大学生で初めてのバイトで恥ずかしい思いをしたという同じ境遇の人がやはりいるんだと知ることができて、少し安心しました。私たちの場合最初はバイトでのミスでしたが、これから社会に出ていく中で必ずこのようなことはまた起こると思いますし、バイトでのことは今後私たちの将来の糧になるんだと思います。また、敬語は正しく使うことで相手に敬意込められると書かれていましたが、本当にそうだとものすごく共感できました。これからもっと敬語を使うことが多くなるだろうし、これからもっと敬語がうまくなるように意識して使っていくことで自分が敬語がうまくなった。成長したんだと感じることができるし、その成長でさらに敬語への関心が高まっていくと思います。これから私はもっと敬語をうまく扱えるように努力していきたいと思います。 |
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No.227 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: リーロイ タイトル:ホワイトモカさんへ |
ホワイトモカさんがお書きになりました、オンライン上での言葉遣いの悩みは日本でしか感じられない悩みだと思います。今私のオーストラリアの大学は同じく全てオンラインですけど生徒同士は言葉を選ぶのに迷うことはほとんどありません、その理由としてはオーストラリアではその人との関係によって言葉を変えるという文化がないからです。ホワイトモカさんがお書きになりました『人それぞれ敬語の捉え方が違う』とういう意見に賛成です、そして同い年の人との会話が敬語ですと少し違和感がありますよね。敬語で話す方がお互い気持ち良いのか、もし相手が敬語で話していたら相手は自分と距離をおきたいのか?もしかしたら相手も本当は敬語なしで話したいのかといろいろ考えてしまいますよね。私たちはやはり相手の表情、感情、その人の関係が分からない時には自然に一番簡単な解決方法、敬語で話すことがわかりましたね。せっかくのクラスメイトとの時間が言葉遣いにより自分が言いたい事が言えなかったり、相手が伝えたいことを理解してあげれなくなるのはもったいないですよね。相手が敬語で話してるということをマイナスに捉えず、自分は自分らしく相手に会話し、あと相手を理解しようとする気持ちがお互いあればそこまで悩むことではないでしょうか?ホワイトモカさんみたいに皆ながこの悩みを考え、少しでも皆が喋れやすい環境に変わることをオーストラリアから応援しています。
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No.251 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: himayasa タイトル:ホワイトモカさんへ |
とても面白い観点ですね。私はオンライン授業上での言葉遣いの変化に気を配ったことはありませんでしたが、ホワイトモカさんの作文を読み、改めて考えてみました。
英語には、日本語の敬語に相当するものがないと思います。その為言葉遣いの違いにはあまり気付きませんでしたが、一般的に距離を置いた感じの話し方をしている人が多いのは確かです。敬語もまた、相手との距離を置く役割もあるので、同じような意味合いではないでしょうか。また、メッセージなどの書き言葉は話し言葉よりも丁寧であり、より距離を置いたような印象があります。これは、相手の声のトーンや表情を見ながら話す事が出来ない為だと考えられます。 ホワイトモカさんの仰る通り、敬語は日本人の ‘間違いのない’ 言葉遣いであると私も思います。どんな相手や状況であっても、敬語を使っておけば「無難である」という心理が働いているからかもしれませんね。 言葉遣いというものは自分と相手との人間関係を象徴した、奥深く興味深いものです。 私は人と話す時に、相手の言葉遣いだけでなく、表情等も注視します。言葉以外に、相手との関係や自分の立ち位置、そして相手の気持ちを汲み取り、アイコンタクトも通じて私の言葉遣いを変えて行くものだと思います。その為、オンライン授業、特に小さめのグループで他の生徒と話し合いなどするときは、なるべくカメラをつけるように心掛けています。ホワイトモカさんのように、私も相槌やジェスチャーをなるべく使うようにしたいです。実際の教室での話し合いとは異なる為、対面会話の要素をなるべく使い、対面とオンラインコミュニケーションの差を縮めることが大事なのではないでしょうか。 |
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No.516 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ホワイトモカ タイトル:リーロイさんへ |
リーロイさん、コメント有難うございます。リーロイさんの「オーストラリアではその人との関係によって言葉を変えるという文化がない」という一文から、オーストラリアの文化と日本の文化の違いを感じます。しかし、どちらも素敵な文化だと改めて気づかされます。
また「その人の関係が分からない時には自然に一番簡単な解決方法、敬語で話すこと」という表現が、敬語の特徴を的確に捉えていると感じます。実際、日本には「敬語は礼儀の基本」であるという考えがあります。また、こんなことわざもあります。「良い仲には垣をせよ」(よいなかにはかきをせよ)意味は「親しい仲であっても、礼儀を忘れると仲が悪くなってしまうから、礼儀を大切にしなさい」という意味です。 このように、日本は長年にわたり礼儀を大切にしています。したがって、礼儀の基本である敬語も大切にされてきたと考えられます。 リーロイさんのおっしゃる通り「相手を理解しようとする気持ち」があれば、どんな状況でも楽しくコミュニケーションがとれると思います。最後に、この作文を通してリーロイさんとコミュニケーションをとれたこと、とても嬉しく思います。重ねてお礼申し上げます。 |
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No.517 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ホワイトモカ タイトル:himayasaさんへ |
himayasaさん、コメント有難うございます。himayasaさんのコメントを読み、英語でも日本の敬語と同じような意味合いを持つ場合があるということに驚いています。
また、『敬語を使っておけば「無難である」という心理』という一文は、日本人の考え方を的確に捉えていると感じます。実際に、私自身も性別年齢関係なく「とりあえず敬語で話そう。」と考えてしまいます。 加えて、himayasaさんの「アイコンタクトも通じて私の言葉遣いを変えて行く」という一文から気づかされることが多くあります。私は、言葉遣いの補助的な役割で相槌やジェスチャーを使うところまでしか考えていませんでしたが、相槌には会話を弾ませる役割もあるそうです。このことから、相槌やジェスチャーを使うことでより活発な話し合いができると思います。 私は、相槌やジェスチャー、アイコンタクトなどを使い、対面のコミュニケーションと同じ環境をオンライン上で作り上げることで、自然と敬語を使わずに話し合いができると思います。himayasaさんと同様に、これら一連の行動が「対面とオンラインコミュニケーションの差を縮めること」につながると考えています。 最後に、この作文を通してhimayasaさんとコミュニケーションをとれたこと、とても嬉しく思います。重ねてお礼申し上げます。 |
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No.229 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ササリ タイトル:言葉遣いに悩むとき |
文章を読ませていただきました。
確かに日本は言葉遣いに対してとても厳しい国ですね。でもその言葉遣いや強い上下関係があるからこそ、礼儀正し国になっていたと思います。 私は初めて敬語を勉強したとき、こんなにたくさんの形があるなんて知らなかったので、本当に驚きました。私は小さい頃からオーストラリアに住んでいて、言葉遣いがそんなに大事にしていない環境で育っていたから、敬語の使い方もよく悩んでいます。年上の人や目上の人に対して尊敬を表すために、敬語を使うべきのは分かっていますが、実際に話してるとき緊張して自分の言葉遣いに気にしすぎて、変な言葉遣いにたってしまうことがよくあります。 でもいつも丁寧に話すとやはり距離感が感じて、仲良くなりにくいですよね。私は日本に行ったとき、初対面の同じ年の人に丁寧語で話したけど、「タメ口でいいよ」と言われたこともありました。早く親しくなりたいなら、やはりタメ口で話したほうがいいかなと考えていますが、失礼にならないように最初はいつも敬語で話しています。だけど、敬語を使う過ぎると、逆に慇懃無礼に見なされることもあって、本当に悩みますね。これからも言葉遣いについてもっと真剣に勉強しなければならないと思います。 |
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No.556 |
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出身: YOKOHAMA 居住: 日本 |
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ログイン名: Mina.10 タイトル:感謝します。 |
コメントをしていただきありがとうございます。
ササリさんのコメントを見させていただきましたがやはり海外の方にも言葉遣いにおいて日本は厳しいものだと感じるのだと思いました。確かに、ササリさんのおっしゃる通りに言葉遣いや強い上下関係があるからこそ、礼儀正し国になっていたというのはあるのかもしれないですね。敬語を勉強した際に難しいと感じるのは普通かもしれませんね。外国では上下関係があまり強くないイメージですしそもそも敬語そのものが遠い存在ですからね。それに日本語は世界で一番難しい言語でありますし、わたしも難しいと感じます。敬語は使うか使わないかで人との距離感においているものの一つの要素だと思いますが結局その点では相手の気持ち次第で変わるのだろうとおもいますかあら私はそういうところも気を付けていきたいなと思いました。これからも言葉に気を付けながらお互いに頑張っていきましょう。再びなのですが本当にありがとうございました。 |
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No.240 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ゾイ タイトル:言葉の魅力と危険 |
ユーヤさんの作文を読ませていただきました。言葉の可能性について同感です。
近年、技術革新と共に、オンライン社交プラットフォームの使用が上がりました。因りて、多くの人は画面の背後でコミュニケーションして、自分の顔やアイデンティティを出せないから、ネットで激しく攻撃的な言葉を使って個人攻撃の傾向があるになってしまいました。このような現象はサイバーいじめで見られて、様々ないじめ事件を通して、言葉の誤用は人々の生活への影響も見られます。 言葉のイントネーションが違うだけで相手の色々な気持ちと態度がすぐわかるということは言葉の魅力の一部分だと思います。多種なイントネーションを使って、率直に言わなくても自分の意見を発表できると思います。なぜなら、イントネーションは気持ちを表現しながら言語に深みを与えるからです。例えば、祝福をする時、自分の感情とか誠意などのはイントネーション次第です。真心である場合、多種なピッチを使います。一方、不誠実である場合、話すピッチは同じで変わらなくて、つまらない気持ちを出します。 最後に、言葉は多くの可能性があると思います。言葉を通して人々はお互いを理解したり、自分の気持ちや意見を表現したりすることができます。そのため、言葉は私たちだけではなく、他人の生活にもとって重要であり、大きな影響を与えられます。 したがって、言葉を使う前に注意深く考えて、他人に害を及ぼさないように言葉を使う必要があると思います。 |
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No.528 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ユーヤ タイトル:コメントありがとうございます |
ゾイさんのコメントを読まさせて頂きました。
技術革新については、日本では最近プロレスラーの木村 花さんという方がSNSでの中傷により亡くなってしまったということがありました。SNSは世界中の情報交換や連絡をするためのものであり、ゾイさんがコメントしている通り、自分の顔やアイデンティティを出せないからそれを利用して激しい攻撃的な言葉を使って中傷的な言葉を発言していると思うと、その人は人間性が本当にないと思います。 イントネーションに関してはゾイさんの意見の「相手の色々な気持ちと態度がわかる」はとても共感しました。イントネーションはとても便利な利用の仕方ができるが、SNSではそれが通用しないため何やっても自由と言うところがあるので一人一人の意識を変えることが大事だと思います。 ゾイさんの考えのお互い理解したり、気持ちや意見を表現出来ることは共感できますが、SNSでそれはできなくて中傷的なことを発言してしまう問題があるが、私はこの問題を解決できないと思っています。なぜなら過去に何度も何度も同じニュースばかり流れていて何も変わっていないのが現実だからです。でも、できないで終わらせるのではなく私たちが一人一人の意識があれば問題の減少に繋がるのではないかと思いました。 最後にゾイさんの別の目線からの意見を頂いたため言葉の利用について学ぶことができました。 |
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No.354 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: リンカ タイトル:言葉遣いの転換大変ですね |
目上の人と話す場合に「俺」は使ってはいけないことが知っていますが、「僕」さえ禁止、「自分」しか使えないということがyuu6さんの作文で初めて知り、勉強になりました。一年の時お疲れ様でした。この辛かった風習を変えた環境に、対等に取り扱われたいまの一年生たちも、きっとyuu6さんに感謝しているでしょう。
外国人の日本語勉強者にとって、場合によっての「自分」の言い方の転換や、敬語の使い方は実に難しい。確かに学生時代にそんなに気を使わなくても平気そうですけど、社会人になると、やはりしっかり身につけないと大変ですね。後輩たちに平等な環境を使ってくれた一方、必要な言葉遣いの勉強も大事ですね。 |
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No.406 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: 語彙力ぴえん タイトル:難しい言葉 |
たった一文字「お」を付け加えるだけで敬意を示すことができると考えると便利な言葉ですが、実は使いこなすのが難しい一文字だと思います。House Wrenさんが言うように「敬語」と言う文化に囲まれて生きている私たちは、敬語を使うのが当たり前になっていて、たとえ間違った使い方をしていてもそれが浸透しまい、違和感を感じないようになってしまっているのかもしれませんね。使いこなすのが難しい言葉を使いこなせないまま使ったことで人との関係が崩れてしまうのであれば、使う理由ってなんだろう、代わりの言葉はないのだろうかと考えさせられました。 |
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No.431 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: もく タイトル:敬語は外国人にとってさらに難しいです |
House Wrenさんの作文はもう拝見しました。
外国人の日本語学習者の私にとって、敬語は私の心に刺さっている刺です。 よく違ったところがあります。例えば、「〜ていただく」という表現がありますが、つい「ご/お〜ていだだく」のように、「ご」または「お」をつけます。何度も先生に注意されましたが、またついっ… 敬語はコンミューンに大きな役割を果たしています。実感したのは、目上の人に対するときはともかく、たとえ相手は目上の人でなくても、適当な敬語を使えば、会話はもっともスム一ズになていけるということです。たとえば、人に願いことがあるときに、相手に「手伝ってください」と言うより、「手伝ってくださいませんか」のほうがもっと慎重です。しかし、大切なことは、敬語を正しく使うことだと思います。 敬語の重要性はわかるが、難しいのは「正しく使う」ということです。ミスすることは怖いから、ここで敬語を使うべきだと心の中にわかるけど、とても口に出せないです。 まあ、恥をかかないように、やはりもっと練習しなければなりませんね。 |
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No.563 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: House Wren タイトル:コメントありがとうございます |
コメントありがとうございます。
「お」という言葉を、頭につけるだけで丁寧になりますが、これはきっとアメリカでいう「THE」のようなものですが、日本では、アメリカに比べて、「お」を付けるものと「ご」をつけるものと、何もつけないものとですごく悩みますよね。私自身、1度アルバイト中に口を滑らせてしまって、「袋はおつけしますか?」と聞こうとしていたら、「お袋はおつけしますか?」と言ってしまい、恥ずかしい思いをしました。この時に改めて、日本語の難しさに気づきました。敬語自体も、仲良ければ仲良いほど使わなくなり、初めてましての人に対しては使っています。アメリカのように敬語がない文化だったら、色んな人とコミュニケーションを取りやすくなり、仲良くなれる機会なども多くなるのでは?と思ったこともあります。はたしていい文化なのか、それとも廃止すべき文化なのか。この問題は何年経ってもなくなることのない問題だと思っています。私個人の意見としてはなくして、今以上に色んな人と仲良く絡んでいきたいです。 |
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No.585 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: House Wren タイトル:コメントありがとうございます |
コメントありがとうございます。
このようなお話をすると、より敬語の大切さもわかります。 ですが、作文中で述べた通り、敬語というものはそこまで大切なのか、という議題はこれからも尽きることは無いと思っています。私自身、敬語があるがために上手くコミュニケーションを取れたこともありますが、敬語があるがために仲良くなれなかった場面などもあります。そこが難しいところであり、海外では日本に比べてそれほど、この悩みは浸透していないと思います。そして、日本では、漢字や平仮名以外にも、カタカナや英語も日常に溶け込んでおり、ただでさえ生活することが海外に比べ難しいです。それにプラスしての敬語や、「お」を言葉の頭につけたりと、さらに難しくなっています。よく私は世界の言語がひとつになれば良いのにと思いますが、日本語は、難しい言葉づかいなどもあるが故に素敵な文化になっているんだなと再認できています。自分自身もこのような作文をかいて、そしてコメントを頂いて、日本の素晴らしいに気づけました。難しい日本語ですが、これからも楽しんで頂ければ、一日本人として嬉しいです。 |
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No.228 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: クレア タイトル:私も同感です! |
ハルクさんの作文を読ませていただきました。
特に、福井弁の色々な変わった言葉の例は面白かったです。確かに、私はもし「はやくしね」と言われたらかなりのショックを受けると思います。だから、私もハルクさんのおっしゃった「話す側も聞く側もお互いがお互いを思いあって理解し合うことが大切だと思います」に賛成です。知らないやおかしい言葉遣いや方言に出会う時、誤解が起きないように、先に相手から意味を尋ねたり、お互いの言葉遣いを理解し合うのは大事ですね。 英語では方言とは呼べるものはあるかどうかは分かりませんが、国による異なる言葉のバリエーションならかなりあります。例えば、オーストラリアではビルの一階は「ground floor」と呼びますが、アメリアに行くと「first floor」と呼ばれていて、知らない人は混乱してしまうかもしれません。確かに、このような言葉のバリエーションの影響で思わないや無駄な誤解が起きてしまうかもしれません。私は特に、職場に入るとさらに気をつけなければいけないと思います。今職場で色々な地域や国から来た人と出会うし、お互いの話し方に異なる部分があるのもよくあることです。だから、このような場合は確かにハルクさんの言う通り、標準語を使った方が誤解を避けるし、もっと効率的だと思います。やはりどの場合で方言を使ってもいいかを分かるのは大事だと思います。 |
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No.245 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: StephG タイトル:方言の使用の難しさ |
ハルクさんの作文を読ませていただきました。
最初に、ハルクさんの方言について書いたことは面白かったと思いました。なぜなら、オーストラリア人として、日本語の方言についてあまり知識がありませんでした。しかし、日本語と似ているように、英語は方言らしい区別があります。つまり、訛りや語彙等は地域によっても違います。例を挙げると、オーストラリアで「thongs」ということはビーチサンダルですが、アメリカでは「thong」ということは紐パンツです。その場面に、喧嘩ではなくて、誤解したら、恥ずかしくなるかもしれません。ですから、どんな言語でも、バリエーションは当たり前だと思います。 それから、標準語を通して正しい言葉遣いが使える考えと賛成ですが、お互いと通じ合えることは一番大切だと思います。つまり、方言を使っても、相手は自分の伝えたいことが分かられると、話し方を全然変わる必要がないと思います。それで、誤解があったら、すぐ解決できるので、自分の話し方を全く変化しなくてもいいと思います。なぜなら、方言を通して育った環境を反映したり、自分の個性的な言葉遣いを表したりすることができると思うからです。 しかし、職場で、あるいはフォーマルな演説をするとき、標準語を使う期待があるので、方言を自由に使うことができないことが分かれます。この場面に、誤解をさせないように、標準語を使った方がいいです。もちろん、話し方を変更することは難しいので、頑張ります。 |
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No.255 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ジン タイトル:方言 |
ハルクさんが作文で述べたことに私は同感です。二人が異なる方言を話す時は、お互いに誤解や対立を引き起こさないようにすることが大事ですから、相手の方言を理解して、尊重するべきですね。
私は方言が豊富な中国で生まれましたが、一つの方言も話せないのは残念だと思います。私にとって、方言はあなたの個性をよりカラフルにします。 中国には東北という地方があります。そこの方言は他の方言から区別しやすくて、人たちをを笑わせる魔法があるみたいです。なので、東北人は優しくて、楽しいユーモアのセンスがあると感じがあります。 私はしばらく一緒に住んでいた東北出身の友達がいます。彼女が東北弁を話し始めたら、いつでもみんなに喜びと楽しみをもたらします。東北弁を聞くのが本当に好きで、彼女から東北で独特の言葉やフレーズも学びました。東北弁のせいで、東北に行ってそこで暮らしてみたいとずっと思っていました。 ハルクさんが誤解を招くような言葉を使わないようにしているのがわかります。これは正しいことだと思います。しかし、方言を話すことを恥ずかしく感じることではありませんね。さまざまな地域の友達と一緒に時間を過ごす時、方言や方言についての感想を共有するのも素晴らしいことですよね。 |
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No.391 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: わたぽん タイトル:方言による壁 |
私はこの作文を読ませていただき感じた事は地方特有の方言による壁です。私は茨城出身で独特な方言もありますが、近年では地方から上京する人も増えてきたこともあり、方言の衰退も感じます。たしかに標準語でコミュニケーションを取れば誤解はなくなるでしょう。しかし方言は大切な文化遺産だと私は考えています。とっさに方言が出てしまうことってありますよね。方言も標準語もうまく使い分けることが唯一の解決につながる道だと思います。お互い頑張って方言の壁乗り越えてましょう。
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No.518 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: ハルク タイトル:英語のバリエーション |
コメントありがとうございました。
話す側も聞く側もお互いがお互いを思いあって理解し合うことが大切だと思います」に賛成ありがとうございます。やっぱり、誤解が起きないようにお互いの言葉遣いを理解し合うのは大切ですよね。 私は、クレアさんのコメントを読んで英語には、国によって言葉のバリエーションの違いがあるなんて初めて知りました。オーストラリアとアメリカでは、こんなにも違うんですね。学校では習わない国による言葉バリエーションの違いを知れてよかったです。他にもまだまだ国による言葉のバリエーションはたくさんありそうですね。英語を使うどの国に行っても理解できるように、うまく伝えれるように、これからは国による言葉のバリエーションも勉強していこうと思います。 |
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No.519 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: ハルク タイトル:方言と標準語 |
コメントしてくださってありがとうございます。
英語にも日本の方言のような訛りや語彙の違いがあるんですね。コメント中にある「オーストラリアで「thongs」ということはビーチサンダルですが、アメリカでは「thong」ということは紐パンツです。」確かにこれは、とても恥ずかしいですね。 私の意見に、対する別の意見ありがとうございます。確かに誤解があっても、すぐ解決できるなら、自分の話し方を変える必要は全くないですね。やっぱり、時と場合によって使い分けることがとても大切であると私も思いました。流石に職場の大事な場面や演説で聞いている人に誤解させるわけにはいきませんね。そういう時のためにも標準語は覚えておきたいです。お互いがんまりましょう。 |
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No.520 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: ハルク タイトル:方言の個性 |
コメントしてくださってありがとうございます。
中国にも方言はあるんですね。一つも話せないということは、それは標準語だったんでしょうか? 人を笑わせる魔法の方言は、とても素晴らしいですね。私も一度その東北人と話してみたいです。しかし、話す機会があっても中国語がわからないんで話すことはできないので残念です。言葉の壁をも超える魔法の方言だったらとても素晴らしいですね。 ジンさんのいうように方言が個性をカラフルにするのならば、私はその個性の色を減らさないように方言を大事にしたいと思います。さまざまな地域の友達一緒に過ごす時は、方言全開で話したいと思います。 |
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No.190 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: なつき タイトル:SNS上での言葉遣い |
Maiさんの文章読ませていただきました。
「SNS一つとってもそこにはマナーが存在し、正しい敬語があります。」というのにとても共感いたします。SNS上ではつい勢いで送信ボタンを押してしまいがちですが、相手のことは見えなくても、SNSの向こう側には人がいるという事を常に忘れてはいけないなと改めて考えさせられました。 私も十分な確認をしないで、誤字があるまま送ってしまったことが多々あるのですが、とても相手に失礼な事をしていたなと反省しています。 今日本では有名人に対するSNSでの誹謗中傷が大きな問題になっていますが、maiさんが仰るように、SNSにもマナーがあり、そのマナーを今一度考えるべきだと気付かされました。 実際に会話をする時よりも、SNS上での発言では自分の言葉を選べる時間が多いはずなので、より相手の事を考え、丁寧に言葉を選び、送信ボタンを押せるようにならなければいけないと思います。 |
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No.279 |
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出身: 日本 居住: 長野 |
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ログイン名: おさるさん タイトル:maiさんへのコメント |
今の世の中、インターネットが発展しほとんどの人がスマートフォンを持ち、ほとんどの人がSNSをやっていると思います。私も高校時代は野球部に所属していてLINEなどでグループなどを作り連絡を取り合ってました。また、寮生活もしていて寮でのLINEのグループもありました。その中で、先輩から点呼の時間や行事などの連絡が回ってきた時にいつもの癖で友達から連絡が来たのだと勘違いをしてタメ口で「おっけい」や「ありがとう、サンキュウ」などを送ってしまうことがありました。maiさんという通り気をつけようとしていても間違えて送ってしまうことは多くあります。でも中には、送ってしまったり、SNSなどで書き込んでしまう人もいると思います。でも送ったり投稿したりしてしまい取り返しのつかないことになってしまうことも起こります。
今、そういうネットに悪口を書かれて心が傷つき自殺してしまう人も出てきているのが現状です。SNSがどれだけ怖いものなのかを改めて感じられもした。 |
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No.567 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: mai タイトル:なつきさんへ |
コメント誠にありがとうございます。
「SNS一つとってもそこにはマナーが存在し、正しい敬語があります。」は私が特に伝えたかった一文でしたのでそちらに共感していただけたこと嬉しく思います。SNSは顔が見えない分、自分の発した言葉を相手から間違って受け取られてしまうこと、逆に相手の意図してない捉え方を自分がしてしまう可能性が高くなるのが事実です。その場の勢いで送信ボタンを送ることの怖さを改めて感じますよね。また、なつきさんが書いていたように私も誤字があるまま送ってしまうことがよくあります。最近は送信取り消し機能が各SNSについたので間違っても修正できますが、誤字もまた相手に失礼な行為になってしまうので気を付けたいですね。最後にSNSでの誹謗中傷にも触れてくださいました。最近では何かある度芸能人がよく叩かれているのを目にします。SNSは便利な一方凶器にもなりかねません。SNS上に発言するからには一人一人が自覚をもって正しい使い方をしていくことが改めて大切だと思います。 |
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No.568 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: mai タイトル:おさるさんへ |
コメント誠にありがとうございます。
同じ野球部の方からのコメント大変嬉しく思います。今は部活動の連絡もLINEで来ることが多いですよね。とても便利な反面間違って送ってしまったり、LINEに頼りすぎてしまうことがあるなと感じていました。先輩とのやり取りも気を付けないとトラブルの原因になりかねませんね。やはり送信ボタンを押す前に一度立ち止まって確認することが大切だと思いました。また、SNSに書かれた悪口は自分に対して書かれたものでなくても目にするたびに心が痛くなります。当事者の気持ちを考えると私は耐えられません。しかし私たちはその加害者になることも簡単にできてしまう時代です。ですから、この文章を通して、今一度SNSの使い方について真剣に考える機会になれれば幸いです。この便利な道具、機能をこの先もより良い形で使っていきたいと私は思いました。 |
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No.400 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: 日本太郎 タイトル:とても共感できました! |
やきょーさんの作文を読ませていただき、確かにいとこに対する言葉使いは難しいなと感じとても共感しました。
私のいとこは、遠くに住んでいるので何年かに一回しか会うことができません。その数年でお互い心も体も成長し、久しぶりに会うとなんとなく距離感を感じたり、どのようにしゃべればいいのかと私も思うことがあります。そんな時に私は、自分より年齢が上のいとこにはとりあえず最初は敬語で喋ってみるのが良いかなと思います。しかし敬語を使って礼儀正しくしすぎると相手も違和感を感じてしまうと思うので、少しタメ口を混ぜてみたり明るくしゃべったりして、徐々にタメ口で喋れる雰囲気を作っていければ良いかなと思います。逆に自分より年齢が下のいとこには、自分から積極的に話しかけて向こうがタメ口で喋れるような雰囲気を作れば良いかなと考えます。 今回作文を読ませていただき、言葉使いについて深く考えることができました。また、何か意識して取り組んでみるだけでも、言葉使いに変化が生まれるのではないかとも感じることができました。 |
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No.455 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: チョウ ヘキカン タイトル:親戚関係 |
実は私もやきょーさんとちょっと状況が似っています。私も父親の方のいとこと歳が離れています。でもいとこたちは大体同じ年齢です。でも母親の家族の方のいとこたちと歳が離れていません。今考えて見ると、やはり両方との話し方や行動が違っています。
父親の方のいとこたちは私と少なくとも8歳が離れているので、長上のような役割に近いです。趣味が違っていて、考え方もちょっと違います。彼達と話す時、やはり私は自分の趣味や若者の言葉をあんまり言いません。彼達と話す時は意見を伺ったり、相談に乗ったりする場合が多いです。そんな時はダメ口を決して言いません。でもとっても丁寧に話す必要もないと思います。一応親戚だから、そうすると冷たすぎると思います。 でも母親のいとこたちと遊んだり話したりする時私は全然憚っていません。やはり彼らは友たちのような役割に近いです。趣味も話題も大体同じですから、何でも話せます。 一言で言えば、話し方はやはり親しさによって決めると思います。 |
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No.488 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: mai タイトル:いとこへの言葉遣い |
やきょーさんの文章を拝見させていただきました。
とても共感しました。私もいとこと会った際に同じような経験をしているからです。同い年や年下のいとこであれば久しぶりに会っても気まずくなく話せるのに、年上のいとこに対しては、タメ口で話しかけるべきなのか、敬語を使うべきなのか迷ってしまいます。結果として私は敬語で話しかけますが、相手から「タメ口でいいよ〜」と言われてしまいます。親戚なのでタメ口で話しても失礼では無いのですが、自分からため口で話しかけるのは違うと感じてしまいます。また一日を通してせっかく仲良くなっても次に会うまでに時が経ってしまい次会った時も敬語で話しかけてしまいます。いとこという間柄は近くもなく遠くもない存在だからこそ難しいですね。今回の作文を通して同じような悩みを持った方と共有できてよかったです。正解はないけれど親しくなりたければタメ口で話しかけるのがいいのかもしれませんね。 |
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No.570 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: やきょー タイトル:感想ありがとうございました |
感想読みました。確かに年に何回も会う人と数年に一度しか会わない人だと話す回数も必然的に少なくなるから少し敬語口調で話してしまうかもしれませんね。LINEを交換して話してみるというのもいいかもしれませんね。それならいつでも話すことができるから自然に打ち解けるかもしれませんね。
年下のいとこに関しては経験が全くないからよくわかりませんが確かにじぶんからはなしかけてあげるのはいいあんかもしれませんね。 |
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No.571 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: やきょー タイトル:感想ありがとうございます。 |
似たような環境だった人がいて少し親近感がわきました。でも少しうらやましいです。下のいとこがいたことのない私からしたら、下の子の面倒を見るという行為をしたことがないので一度はしてみたいなと思っています。また、同い年のいとこもいないので友達のように遊べる人がいなかったのが少し悲しかったです。
いくら年が離れていても敬語は使わないそれがある意味礼儀になったりもするのかもしれませんねいい意見をもらいました。ありがとうございます。 |
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No.572 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県」 |
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ログイン名: やきょー タイトル:感想ありがとうございます。 |
感想ありがとうございました。この問題に正しい答えがあるかはわかりませんが人によって答えが全然違うんだなと思いました。最初は少し敬語交じりで話す人もいれば敬語で話す人もいる。その場の環境で変わるものなんですね。確かに一度会って話すにつれなれてきたとしても次ぎあうのは一年後またはそれ以上会わないこともあるかもしれません。そういう場合に、また会った時の話し方は会う前に戻ってしまうかもしれませんね。そういう場合はほかのコミュニケーションツールで連絡を取るのがよかったりもしますね。 |
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No.280 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: けんん タイトル:共感できました。 |
日本太郎さんの作文を見てとても共感することができました。敬語を使うことで相手を不快な気持ちにさせてしまうことはそんなにないが相手との距離をかんじてしまう、逆に敬語を使わないことで相手を不快にさせてしまうことがある。これがとても共感でき、日本人らしいことだなと思いました。
また会話の中でのあえて敬語と「タメ口」を一緒に使うという案はとてもいいことだと思います。最初からいきなり混ぜるのではなく最初は敬語から入り時間が経過するとともに仲が深まってきたらだんだんと混ぜたしゃべり方にすると不自然な感じも少しは和らぐと思います。これは今の日本人にとってコミュニケーションをとる中でとてもいい手段だと思いました。 言葉遣いは相手の様子や気持ちがわかることもあり使いこなせることができればとても便利なものです。その一方で相手を不快な気持ちにさせたり悪い方向へと導いてしまう可能性も秘めているということを忘れてはいけない。こういった良い面、悪い面を持ち合わせたものだとこの作文を読み改めて感じることができました。 |
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No.463 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: トロッコ タイトル:共感できます。 |
日本太郎さんの文章を読ませていただきました。
私も日本太郎さんと同じく圭吾とタメ口を使うタイミングで悩んでいます。私の場合は、このことをアルバイト先で悩みました。アルバイトに初めて入って、関わったことはないですが同じ中学の同級生がいました。アルバイト先では先輩ですし、ほぼ初対面なので敬語を使って話していました。次第に共通点である中学校のことを話しているうちに盛り上がり仲が良くなりました。しかし、仲良くなってから3か月が経った今でも敬語を使っています。私もタメ口で話したいのですが、日本太郎さんの例えにもあるように突然敬語からタメ口などを使うとびっくりさせたり、少し不快にさせてしまう可能性があったのでずっと悩んでいたのですが、日本太郎さんが例えに書いてくださっているように、あいづちの「そうですね」を「そうだね」に変えて少しづつ相手とタメ口ではなっしていくという考え方は思いつきませんでした。日本太郎さんのおかげで私の悩みが少し解消された気がします。ありがとうございます。 私も言葉遣いは難しと思います。発言した言葉が自分が思っていた受け取り方と違う時があります。なので私も自分の言葉責任をもって発言したいと思います。 |
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No.511 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: コアラ タイトル:どんな場合に敬語を使ったらいいですか |
外国人として、日本語を勉強している間に、敬語に関する問題がよくあります。
まず、中国人は一般的に敬語という概念を持っていません。中国では、敬語と簡単語の区別がはっきりしません。ただ、「どうぞ」というような尊敬を表す言葉があります。日常会話では、見知らぬ人とでも、日本のように「です/ます」と「です/する」の二種類の言語体系がありません。せいぜい「どうぞ」という言葉をつけます。 次に敬語を使う必要がある人について、両国の判断基準は違っています。日本には先輩や後輩という概念があります。しかし、中国では、年齢が似ている人と話す時には敬語は使いません。一般的には目上の人だけに対して、例えばお母さんと同い年の人、おばあさんと同い年の人、敬語を使います。年が同じなら、相手が先輩だと言ったら、相手は不愉快になります。 ですから、日本語を勉強する時、先生は間違いを避けるために、日本人と交流する時は、敬語を使ったほうがいいと言いました。本当ですか? |
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No.512 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: コアラ タイトル:どんな場合に敬語を使ったらいいですか |
外国人として、日本語を勉強している間に、敬語に関する問題がよくあります。
まず、中国人は一般的に敬語という概念を持っていません。中国では、敬語と簡単語の区別がはっきりしません。ただ、「どうぞ」というような尊敬を表す言葉があります。日常会話では、見知らぬ人とでも、日本のように「です/ます」と「です/する」の二種類の言語体系がありません。せいぜい「どうぞ」という言葉をつけます。 次に敬語を使う必要がある人について、両国の判断基準は違っています。日本には先輩や後輩という概念があります。しかし、中国では、年齢が似ている人と話す時には敬語は使いません。一般的には目上の人だけに対して、例えばお母さんと同い年の人、おばあさんと同い年の人、敬語を使います。年が同じなら、相手が先輩だと言ったら、相手は不愉快になります。 ですから、日本語を勉強する時、先生は間違いを避けるために、日本人と交流する時は、敬語を使ったほうがいいと言いました。本当ですか? |
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No.546 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: 日本太郎 タイトル:ありがとうございます。 |
けんんさん、作文の閲覧とコメント本当にありがとうございました。共感していただいた点があったということでとても嬉しいですし、是非私の案を日常の言葉使いに役に立てていただいたら幸いです。
私は今回の作文を通して初めてこんなにも深く言葉使いについて考えてきました。 そこで感じたことは、言葉使いは自分の考え方や意識の変化によって劇的に変化するのではないかということです。また、今回の「会話の中に敬語とタメ口を一緒に使う」という案よりもさらに良い役立つ案が絶対にあると思います。そのさまざまな案を日常生活の中で実践し、試行錯誤していくことで、自分に一番合った言葉使いを見つけていくことができるのではないかと思います。そして、言葉というのは時に凶器になってしまうことを意識し、 相手のことを第一に考え、自分の一つ一つの発言に責任を持つというということも忘れてはならないと思います。 言葉使いは非常に難しいものですが、今回の考えた経験を生かして言葉使いが向上できるようにお互い頑張りましょう。 |
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No.550 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: 日本太郎 タイトル:ありがとうございます。 |
トロッコさん、作文の閲覧とコメント本当にありがとうございました。
私の案が少しでもトロッコさんのお役に立てたということでとても嬉しいです。 私は今回の作文を通して初めてこんなにも深く言葉使いについて考えてきました。 そこで感じたことは、言葉使いは自分の考え方や意識の変化によって劇的に変化するのではないかということです。また、今回の「会話の中に敬語とタメ口を一緒に使う」という案よりもさらに良い役立つ案が絶対にあると思います。そのさまざまな案を日常生活の中で実践し、試行錯誤していくことで、自分に一番合った言葉使いを見つけていくことができるのではないかと思います。そして、言葉というのは時に凶器になってしまうことを意識し、 相手のことを第一に考え、自分の一つ一つの発言に責任を持つというということも忘れてはならないと思います。 言葉使いは非常に難しいものですが、今回の考えた経験を生かして言葉使いが向上できるようにお互い頑張りましょう。 |
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No.262 |
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出身: ベトナム 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ヌー タイトル:タメ口と敬語の大切さ |
Shinjiさんの作文を読ませていただきました。
私はShinjiさんの感想と賛成です。いつ敬語を使ったほうが良いのか、いつタメ口が良いのか、その違いをわかって、正しい言葉遣いを使うことはとても大事だと思います。 私はShinjiさんと似ている経験があります。私はベトナム出身ですが、2010年からオーストラリアに住んでいて、中学校と高校に入ってから帰国機会があまりありませんでした。なので高校を卒業した後で、今年の1月に7年間に初めてベトナムに帰国しました。 私のベトナム語能力はとても低いので、他人とコミュニケーションすることは難しかったです。オーストラリアでベトナム語を使う機会があまりなかったので、私の語彙はほとんどタメ口と子供の言葉で、ベトナム語の敬語がよく知りません。 ベトナムにも元旦にみんなは祖父母の家に帰って、親族全員は良い一年を祈って、そして祖父母に挨拶します。私はベトナム語で話すことはあまりできなかったから、簡単な言葉で祖母を挨拶しました。しかし、私より年下のいとこたちは祖母に敬語を使って、とても丁寧で素敵な挨拶を祖母に迎えました。その時に私は少し恥ずかしかったが、敬語の大切さをわかりました。 ベトナム語の敬語のルールを全部知りませんが、日本語ほど厳しくないと思います。それでも、Shinjiさんの「違和感」がわかると思います。人を敬うことは大事なので、ちゃんと敬うために正しい言葉遣いを使わなければならないでしょう。例えば、私のように祖父母にタメ口を使うのは少し無礼な印象が与えるかもしれないので、敬語を使ったほうが良いです。私は20代に近づいていて、他人と会話してから言葉遣いの大切さと言葉遣いの印象をもっと詳しくわかるようになっていると思います。ですから、良い人間関係を築くために、敬語とタメ口の使い方、良いところと問題ところを気を付けたほうが良いと思います。 言葉遣いはいろいろな印象を与えるでしょう。社会に入ることを準備するために敬語とタメ口の正しい使い方を習うことは重要だと思います。 |
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No.266 |
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出身: 中国 居住: メルボルン |
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ログイン名: ミキ タイトル:コメント(タメ口と敬語の良いとこ取り) |
文体について、Shinji さんは日記体ではなく、読者の存在を意識して、丁寧語である です、ます体を使いました。
内容について、Shinji さんはまず「ことばづかいに悩むとき」を提示しました。この 悩みの特徴は、Shinji さんの成長に伴い、出ることです。小さい頃に使わなくても大 丈夫であった敬語は、二十代に近づいたら使わなければならない状況になりました。そ れに対して、Shinji さんは違和感を感じています。次に、Shinji さんはその理由を説 明してくれました。敬語の使いにより、Shinji さんは距離感を感じているということ です。解決策として、Shinji さんは親族に対して敬語を使うことにします。 私の感想として、敬語により距離感を感じてしまうことに賛成します。特に学校の場合 では、学生同士で堅苦しい敬語を使われたら、Shinji さんと同じように、この子とた ぶん親しくなれないかなと思ってしまいます。一回、サークルに参加している時、初め て会った後輩に「どこからいらっしゃったんですか?」や「おっしゃった通り」などを 言われ、楽しい話が進めない気がしました。なぜなら、壁を作られたように気楽に話す ことができないからです。 そうとは言え、敬語を使うのは、今の社会でより良い人間関係を築くための一人前の大 人としての責任ではないのかなと思っています。 |
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No.466 |
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出身: YOKOHAMA 居住: 日本 |
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ログイン名: Mina.10 タイトル:感想 |
こんにちは。
Singiさんの文章を読ませていただきました。確かに敬語というのはどこか人との距離感が遠くなってしますし、逆にタメ口は距離感を近づけ人との仲が深めやすいと思いますね。わたしもそれと似たような出来事を体験したことがあります。まぁただただ敬語を使われるのが嫌いなんですがね。その時に親族に対してはわたしは崩した感じの言葉を使ってました。例えば、「〜ですね」とかではなく「〜っすよねー」みたいに堅いと感じられない程度の言葉をつかってました。先輩にはあまり興味なかったのでそのままでしたが、後輩には崩した敬語なら敬語使ってもらってました。重要な時だけで普段は敬語を使ってもらわないようにしてましたけど。確かに敬語はとても大切でこれからの私たちには重要になります。もし練習として使うというのならいいと思いますがそれ以外ならましてや親族は身内ですので敬語を使うときは場面を良く選んで使うほうがいいと思います。なかには敬語を嫌う人だっていますし。だから親族に対してなら少し敬語を崩した感じで使ってみてはいかがでしょうか。 |
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No.552 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Shinji タイトル:コメントありがとうございます |
です・ます体は、文章を書く時も話すときもあまり使ったことがなっかったのですが、変な表現やおかしな文章になっていなったでしょうか。 敬語を使うべきと感じることも、敬語を使うことで距離感を感じることも私自身の成長の証と聞いて安心しました。誰もが抱える悩みはそれこそ祖父母が長年向き合ってきたことだと思いました、なのでこの悩みを直接祖父母に聞いてみてもいいのではないかと思いました。
そして、ミキさんの言う通り「どこからいらっしゃったんですか?」や「おっしゃった通り」など書き言葉や丁寧語を言われると、私もこの人とは仲良くなれないと感じると思い、初めて話す相手への言葉遣いの難しさをより感じました。 具体的には難しいですが、一人前の大人になれるように正しい敬語を意識していこうと思います。 |
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No.553 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Shinji タイトル:コメントありがとうございます |
タメ口や敬語を使い分ける意味を理解し、正しい使い方をすることは社会の一員になるうえで大切なことだと私も思います。
ベトナム語にもタメ口や敬語、元日に親族全員で集まって良い一年を祈る習慣があるんですね!とても良いと思います!英語のように敬語の概念があまりない言語は珍しいのかもしれません。私が祖父母の立場であれば、ヌーさんのように中学校・高校とベトナム語を使う機会がなかったので敬語を使えなくなるのはしょうがないと思います。ただ、きれいな敬語を使えればなおいいと思います。 タメ口と敬語の良いところをうまく使い良い人間関係を築いていくために、今私たちができることは学生のうちに自分から様々な人に話しかけて、たくさん経験を積むことだと思いました。 |
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No.276 |
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出身: 韓国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Jimin タイトル:コメント |
興味深い作文でした。
特にりんごさんが例として挙げて下さった 食堂のおじさんとりんごさんのメンバーの方の「いいです。」に対する解釈の違いについてのお話は身近に起こりうることだと思い、とても共感できました。その状況での「いいです。」は「大丈夫です」の意味の断りの言葉なのか、「もっとください」の意味の受け取りの言葉なのか、本当はどっちが正解か気になりますね。 私も同じようなことを経験したことがあります。英語を話す友達に “So, are you not going to eat this?”(じゃあこれ、食べないんだね?)と聞くと友達は “No” と答えるのです。しかしこの “No”の意味は 私が聞いた質問に賛成し 「うん、食べない。」という意味なんです。英語にあまり慣れていない頃の私は、彼女が私の質問に 「いや、食べる。」 と反対していると思い、いつも友達に 「するの、しないの?」、「食べるの?食べたくないの?」と何回も聞き返していた経験がたくさんあります。「今の文脈で、もし食べないんだったら YESと答えるのか正解でしょ。何でみんなNoって答えるの?」といつも友達に文句を言っていました。しかし、文法的には友達が正解なのです。このような経験も敬語を使う時ではありませんが、りんごさんがおっしゃった日本人でも外国人でもみんな考え方と捉え方が違い、相手は違う意味で解釈してしまう可能性があるということを見せてくれたと思います。 私もりんごさんの意見に賛成です。私たちの人生で言語はとても重要な役割をしていて、生きていく中で欠かせないものです。そんな中、言葉遣いの間違いなどによって、時には私たちが本当に意図したそのままの意味が伝わらず、相手は違った意味で理解し、誤解を招くことが多々あり、結局私たちはあまりよくない方向に導かれてしまうこともよくあるでしょう。でもそれを恐れて逃げてばかりいると、絶対成長することはできません。私たちが言語的な面でもっと成長するために今必要なことは身の回りの人間関係をもっと築いていく必要があると考えられます。そのためには歳、性別、国籍に関わらず、続けてたくさんの人々とコミュニケーションをとり、経験を積み重ねていくことが重点だと思います。 |
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No.395 |
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出身: Australia 居住: Australia |
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ログイン名: ジュリエット タイトル:なるほど…人間は「ハイブマインド」じゃなくても、コミュニケーションができる |
この作文は本当に哲学的なのでした。考えさせられて、楽しみました!
りんごさんが書いてくれた「いいです」の捉え方の話が本当に面白かったです。言って下さったように、年齢、国籍が同じでも、違っても、「みんな考え方が色々あって捉え方が違う」のですね。また、人間は「ハイブマインド」ではなくて、コミュニケーションは自分の考えを相手に伝えることだけでなく、どう相手が自分の考えを理解するかと言うことでもあることを分からせられて、ありがとうございました。 考え方の色々さの経験があります。私の弟は15歳で、私のように、一生で英語を喋っていました。だけど、今年までずっと「approximately」(「およそ」)と「exactly」(「ちょうど」)の意味を頭で混乱していました!弟が話をしたら、家族が「いったいどうやってその語彙を分からず15年に英語を話していたの?!」と質問しました。「正式で習うこともなかった」と弟は説明しました。それだから、弟は読んだり、聞いたりするときに消極的に環境からその言葉を身につけて、自分で意味を割り当て、自分の英語のバリエーションを作ったそうです。もちろん、弟のバリエーションは大流行しないと言ってもよいです。けれど、ある言語を母語としているみんながこんなバリエーションの一つさえもあれば、「共通語」の神話が覆されないでしょうか? もう一つの話があります。英語では「How are you?」(元気ですか?)と言う質問に対して福祉が合うから、形容詞の「good」を若者がよく使っても、むしろ文法的な答えは「well」です。私のボイフレンドのお父さんに初めて会うときには、私に「How are you?」と聞かれて「good」と返事したら、ボイフレンドのお父さんは私が非文法的に答えてと言ってふざけて叱りました。でも、親しくなりつつ楽屋落ちになってきて、今私が「good」と答えてと言って叱ったら、「それは自分の言語には文法的ですよ」と笑って返します。 りんごさんが、言葉遣いに悩むときには恐れず「もっとコミュニケーションをいろんな人ととっていくべき」だと言ってくれました。人間はハイブマインドではなくても、お互いの考え方と言葉を理解してみることにより人と人の中でもっと繋がりを作ることができると私は思います。この大変な現代には、その理解の繋がりは特に不可欠になっていくのだと信じます。 |
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No.540 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: りんご タイトル:コミュニケーション |
回答ありがとうございます。
実際に自分がその場にいたときに質問をされて回答した時と、改めて考え直した時でまた考えが変わることもありますよね。咄嗟にでた言葉だけど本当はなんて伝えるのが正解なのか分からないことがよくあります。Jiminさんの経験では私も同じ疑問を持つと思います。結局どっちなのか曖昧なまま会話が進んでいった事が私もありました。正解は逆でも私たちと同じ捉え方をする方も少なくはないですよね。 相手とのコミュニケーションをとることで、どう対応すればいいのか少しずつ理解できると思います。答えを導こうとしてもどれが答えになるのかはすべての人間が合致することは恐らくないと考えられます。でも相手の話を真剣に聞きコミュニケーションをとることでその言葉の使い方に自信が持てるとも私は思っています。コミュニケーションを積極的にとり、社会にでても対応できるよう、お互い頑張りましょう。 |
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No.541 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: りんご タイトル:国の違い |
回答ありがとうございます。
英語も日本語と同じように伝え方1つで変わってしまうのですね。細かい敬語は習わないから実際どれが正解なのかも分かりませんよね。ジュリエットさんの弟がこの言葉が適していると調べて、言葉として伝えることをしているのはとてもすごい事だなと関心が持てました。 ジュリエットさんの体験談では日本人の私からしたらはっきり言うとどっちでもいいんじゃないのかな。と思ってしまいました。でもジュリエットさんの国では「well」でないと非文法的な回答になってしまうことを聞き、国によって様々な伝え方があるし、日本でこれが大丈夫でも外国ではそうでないことも沢山あるのだろうなと感じました。 間違いを直していきながら生きていくから成長できるのだなと私は考えます。逆に間違いを認めずにそのままにしていくと将来困るのは自分です。私も正しい日本語を使えるように間違えたことはすぐに直せるよう努力していきたいです。 |
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No.185 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: あゆ タイトル:言葉遣いと人間関係 |
Takumaさんの作文を読ませていただきました。Takumaさんは言葉遣いの大切さについて詳しく説明されていると思いました。私もTakumaさんと同じ意見を持っています。人と良い関係を築くと一番重要なのはコミュニケーションでしょう。
特に、言葉遣いを間違えば人間関係にどれくらい影響があるのか深く感じます。初めて言葉遣いの大切さを気付いたときは、最初に日本の友達と知り合った時でした。その友達が私に普通体を使うにもかかわらず、私はいつも敬語で返事しました。だから、その友達と仲良くになるのに長い時間がかかりました。アニメを見て日本語を学んできた私は、普通体より敬語が悩みです。何故ならば、敬語が一つ礼儀の表現で、初めて知り合った人にどんな印象を与えられる言葉だと思うからです。スポーツだけでなく、日本語を学んでいる私にとって、日本語の先生や、今後日本に留学すれば色々な人に正しい言葉遣いを使うのも大切だと思います。もちろん仕事も同じです。 また、Takumaさんを同じ意見だけど、これ程に詳しく考えてないでした。Takumaさんの作文は言葉遣いの大切さをとても深く理解したので、私も読みながらたくさん学んだと感じました。言葉遣いはすべて日本語を勉強している初心者の難点で、私もその一人。悪い印象を残されないように、どんな人に対してどんな言葉遣いを使うのがいつも考えていました。Takumaさんと言った通り、沢山悩んでから自分に合った言葉遣いが見つけられるでしょう。 |
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No.201 |
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出身: 日本 居住: |
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ログイン名: ハタ タイトル:言葉遣いの大切さ |
作文を読まさせてもらいました。
自分も部活をやっていたので時には敬語ではなくなってしまうということに対してすごく共感を持てました。私もいろいろな人とうまくコミュニケーションをこれから積極的にとっていきたいと思います。 |
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No.554 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Takuma タイトル:コメントのコメント |
あゆさん、私の作文を読んでコメントをしていただきありがとうございました。私と同じような意見を持ってくれてうれしいです。コメントをいただいてあらためて人と良い関係を作るにはコミュニケーションが大事だということに気づきました。
コミュニケーションを取ることは大事だけれど実際にはうまく取ることは難しいと思います。なぜなら人はそれぞれ違うのでなかなかうまくいかないと思うからです。私は、あゆさんが友達に普通体ではなく敬語で話してしまうようなことはないので悩むことはないけれど、実際に私も他の国に行ったら敬語を使ってしまうと思いました。たしかに敬語でずっと会話をしたら相手との距離感はずっと遠くなってしまうのでなれてきたら普通に話した方が良いと思いました。そうしたら、相手とすぐに仲良くなれると思います。いろんな場面での言葉遣いというのはとても難しいことだと思います。言葉遣いにはこれからも大切にしていきたいと思いました。 私の書いた作文について少しでも理解をして感じてくれる人がいてくれて良かったです。 お互いにうまく言葉遣いができるようになっていきましょう。 |
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No.555 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Takuma タイトル:コメントのコメント |
はたさん私の作文を読んで下さってありがとうございました。私と同じように敬語ではなくなってしまうことに共感を持ってくれてうれしいです。これからもいろんな人とうまくコミュニケーションがとれるように頑張っていきましょう。 |
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No.206 |
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出身: オーストラリア人 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ジェシカ タイトル:作文へのコメント |
作文を読ませていただいて、敬語とため口で話す時の条件をよく説明くれました。確かに、敬語を使う場合は相手に敬意を表す時で、ため口は相手を友達とか、対等な関係として交流している時に使います。英語は、日本語のようにはっきり敬語と砕けた言い方を区別されていないけど、ある程度までに、丁寧な言葉やカジュアルな言葉の違いが存在していて、どのような言葉遣いを選択することにより、相手との親密さがすぐ目立つと思います。
マグメルさんのように、私も初対面で、相手はもっと高い地位を持っていたら、普通丁寧な話し方を受け取ります。とはいっても、もし相手はすごく気さくで話して、私の性格とよく合わせて、心も繋げることができたら、無意識に私もため口で話すようになります。初対面の人だけど、信頼できると思って、相手といい関係を築けるという気持ちを感じます。 なので、マグメルさんと違って、久しぶりに会う親戚にため口を使ってもいいかという悩むことがありません。子供の時から、両親は必ず親戚と話している時に敬語を使わなければいけないように言いつけたので、これは癖になりました。でも、これのせいで、いつでも親戚と距離感があって、血縁関係なのに、中々心を許さないと思ってしまいます。 最後に、すぐため口で話し合えるような友人を大切にしていくという考えを賛成です。そのような人は、批判なし私が話したい話を親切に聞く本当の友達だからです。 |
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No.598 |
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出身: 日本 居住: 静岡県 |
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ログイン名: マグメル タイトル:コメントありがとうございます |
作文を読んでくれてありがとうございます。コメント読ませていただきました。同意できる部分や違う部分もあってすごくおもしろかったです。初対面でもため口で話せる人とは心のどこかで信頼している証拠ですよね、そのような人との関係性を大事にしていきたいですね。
ジェシカさんと違うところは親戚との会話でしたね。親戚の方とお話をするときに敬語を使えという両親の教育はすばらしいことだと思います。もしかしたら、そのような家庭の方が一般的で私の家庭が特殊なのかもしれませんが...。やはり敬語で話すと話している方との壁を感じてしまいますよね。でも親戚の方との距離感なら少し距離が開いている方がいいのかなと思います。 ため口で話せるような友人を大切にしていきたいですよね。話したいことを話せる友達と巡り合うのは難しいですが、頑張っていきたいです。 |
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No.372 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: シオン タイトル:上下関係ができてから考えること |
私もけんんさんと同じ様にサッカーを15年続けてきたのですが、私の家は礼儀にとても厳しく、中学でサッカー部に入部してからも先輩に対して敬語をしっかり使い、常に気を配っていました。しかしどんなに気を付けようとしてもまれに先輩の話に対して「うん」と返事をしてしまうことがありました。声を発さず頷いているだけでは失礼だと思い、返事をしようとした時に出てしまったのです。しかしながらその先輩はとても優しい先輩だったため、気にせず話を続けてくれました。私は先輩に謝りに行くと、気づいてくれたならいいよと言ってくださり、初めは意味があまりわからなかったけど、自分がした間違いを正そうとする気持ちが大切だと感じました。
けんんさんも自分が先輩に対して使ってしまったタメ口に気づいて、「あ、」と思えることが大事だと思います。そこで気づかなければ、後輩にタメ口を使われても特に気にしないと思うため、けんんさんのおっしゃった両立の立場を経験することは成長するうえで重要な役割を果たすと感じました。 |
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No.535 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: けんん タイトル:共感できました。 |
シオンさんコメントありがとうございます。年上の人との会話は慎重になりがちなところはありますが慎重になりすぎると会話ははずみにくくなります。逆にテンポよく会話していると不意に敬語でなくなってしまいそこで若干の気まずさがうまれてしまう。これが日本語の会話の難しさだと思います。
今思えば中学校に入学し部活動に入り先輩後輩という関係ができたことは社会に出るための大きな一歩だった気がします。この経験をするかしないでは大きな違いになりこれから社会に出ていくうえでの非常に大切な人生の財産になります。また間違いに気づくことでそれだけでも反省になりますしもし逆の立場になり後輩から敬語でないしゃべり方をされたときに自分も気をつけようと思うことができます。 日本の言葉遣いは外国とは違い他人との距離間も生まれやすく、扱うことが難しいものです。しかし逆に正しく扱えば相手に気持ちを伝えやすく良い方向へはたらく可能性も秘めています。言葉遣いはたくさんの可能性を秘めていてうまく使いこなせることができるよう日々の努力が必要だと改めて感じることができました。 |
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No.178 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: クリスティーナ タイトル:コメント |
マロンさんの作文を読むと、同じような悩みをよく聞きます。私はオーストラリア人なので、敬語と方言の悩みが全然ないですけど、日本語を勉強するとき日本人によくある悩みだと気付きました。
初めて会った人には丁寧語で話す方がいいと思います。特に、自分と同じような年齢や、自分より年上の場合では丁寧語を使うのが一番安全だと思います。そこで、相手の年齢を知ってから、それぞれの話し方を使えばいいのではないでしょうか。 私は方言で話す人はかっこいいと思います。日本全国にはいろいろな方言があるので、面白いです。もちろん新しい県に行ったら、その県の方言は分かりにくいです。方言を使うことを恥ずかしがらずに、違いを受け入れた方がいいと思います。オーストラリアには方言がないので、相手に出身県を方言を使って誇れることは素晴らしいと思います。もちろん一番理解がしやすいのは標準語です。ですが、人生はそんなに簡単じゃないです。それに、方言を使えば、友達や先輩が知らなかった、自分の出身のことを教えることができます。そうすれば自分も他の県に訪れた時にその地方の方言を学べることができると思います。 言葉遣いの間違いは皆さんするので、悩む代わりに、間違いを一つずつ直しながら、方言がある生活を楽しめばいいと思います。 |
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No.612 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: マロン タイトル:読んでみて |
クリスティーナさんありがとうございます。やっぱりこの悩みは誰しもが思う悩みですよね。初めて会った人には丁寧語で話そうと思います。丁寧語で話せば安心で安全ですね。話していくうちに相手の年齢を知っていけばこの先初対面の人にどのような話し方をすれば良いのか悩むことはなくなると思いました。相手の年齢を知ってからで話し方を変えていこうと思います。
方言で話す人はかっこいいと言う人はめずらしいとおもいました。周りの人は「何その言葉!」「もう一回その言葉言ってみて」「その言葉どう言う意味?」などと突っ込んでくる人が多々です。クリスティーナさんの言う通り自分の方言を恥ずかしがらずに何も考えなく話していこうと思います。また違いを受け入れることもしていこうと思います。方言というそのものはあまり海外ではないのだと気付かされました。方言を使って相手に伝えることは誇らしいこと、つまり自分は悩むことなんてないのだと思いました。方言というものを誇らしく思い素晴らしいのだと気付かされたのはすごくいいきっかけになりました。 標準語でみんながみんな話せれば良いですが、人生はそんなに簡単ではないですよね。周りの他県の人たちの方言とともに自分がそれを学んでいこうと思います。 これから先の人生方言は無くならないと思うので方言がある人生を存分に楽しみたいと思います。クリスティーナさん本当にありがとうございます。 |
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No.640 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: マロン タイトル:読んでみて |
クリスティーナさんありがとうございます。やっぱりこの悩みは誰しもが思う悩みですよね。初めて会った人には丁寧語で話そうと思います。丁寧語で話せば安心で安全ですね。話していくうちに相手の年齢を知っていけばこの先初対面の人にどのような話し方をすれば良いのか悩むことはなくなると思いました。相手の年齢を知ってからで話し方を変えていこうと思います。
方言で話す人はかっこいいと言う人はめずらしいとおもいました。周りの人は「何その言葉!」「もう一回その言葉言ってみて」「その言葉どう言う意味?」などと突っ込んでくる人が多々です。クリスティーナさんの言う通り自分の方言を恥ずかしがらずに何も考えなく話していこうと思います。また違いを受け入れることもしていこうと思います。方言というそのものはあまり海外ではないのだと気付かされました。方言を使って相手に伝えることは誇らしいこと、つまり自分は悩むことなんてないのだと思いました。方言というものを誇らしく思い素晴らしいのだと気付かされたのはすごくいいきっかけになりました。 標準語でみんながみんな話せれば良いですが、人生はそんなに簡単ではないですよね。周りの他県の人たちの方言とともに自分がそれを学んでいこうと思います。 これから先の人生方言は無くならないと思うので方言がある人生を存分に楽しみたいと思います。クリスティーナさん本当にありがとうございます。 |
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No.174 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: チンカキョウ タイトル:国の文化を勉強して、外国語を上手になる |
はじめて大学に入った時、「え、日本語学科の学生は日本の文化なども勉強するか。日本語だけを勉強すればいいのに」と思った。あの時の私は文化などを全然重視していませんでした。でも、勉強している途中は突然「文化」の重要性を理解しました。例えば、とくに敬語の使い方なのです。どんな人に敬語を使わなければならないかという問題はずっと困りました。しかし、日本の歴史や文化などを勉強して、対象はとてもやすくて覚えました。また、男女の言葉の勉強もそうです。どうしてこの国には男女の言葉がありますか。その原因を明らかにしたら、男女の言葉の違いも覚えやすくなります。
これは日本を理解して、その国の言語の勉強も易くなりましたね。 練習は確かに言語勉強でもっとも重要な部分ですが、その言語の背後の勉強も必要ですね。外国語だけの勉強は難しいですが、もしその国の社会と文化を勉強したら、その外国語の勉強も面白くやすくなります。 |
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No.282 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: けんん タイトル:考えさせられました。 |
この作文は私自身野球部に所属していたということもあり自分と共通する部分が多く似た経験をしていると思いコメントをすることにしました。
運動部に限らず部活動をやっていると他学年と接する機会が増え先輩後輩と関わっていく時に後輩はまだしも先輩は大変です。ましてやチームスポーツだったので余計感じました。先輩とうまく付き合わなければ部活動生活はより大変になります。 先輩と仲良くするために自分は敬語以外で話さないことは徹底していましたが先輩に対して決して不快な思いをさせないように振る舞っていました。いじるということもしたことはありましたがそういった状況の時でだけなど先輩を常に尊敬する気持ちは忘れないようにしていました。 例えば自分が先輩と話すときはついつい同級生などにはしてしまう自分の自慢話はせず聞き手に回って先輩の話をしっかり聞き相づちを打つ。これも立派なコミュニケーションをとることだと思います。これは自分が逆の立場の時にちゃんと聞いているなと思いその後輩には好印象を持ったからです。 これから人とどのように付き合っていくかを考えさせられる作品でした。 |
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No.388 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: Cynthia タイトル:私の見解 |
私は部活に参加した時、先輩と仲良くなる方法について悩みました。以下は私の見解です。
まず、敬語を正しく使うことが重要です。 だいだい先輩は、礼儀がなっている後輩を気に入ります。どんなに仲いい先輩にも許可なしでタメ口やばいです。気にしない先輩もいますが、他の環境になった時には間違いなく通用しません。いつまでもその先輩と一緒だというケースはまれなので、基本的なマナーであり、これができているだけで印象が良くなるお手軽な方法なので注意しましょう。 それから、表情に気をつけることも必要です。先輩に話しかけられたら、とにかく笑顔です。 悲しい時とかでも笑顔で答えないと、先輩に話しかけられて、イヤ顔をしてると思われたら大変です。先輩といる時に他の先輩の話をする時は注意が必要です。他の先輩と比べるなどもっての外です。 最後は先輩と後輩の立場をハッキリさせることです。先輩と親しくなっても、後輩としての立場を絶対に忘れないようにしましょう。慣れてきて段々と無礼になったり、後輩がやるべき雑用等を先輩にやらせたりすると先輩も気分が悪いものです。 |
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No.603 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sakubun タイトル:返信 |
コメントしてくださりありがとうございます。
同じ野球をやってた身として共感できる方がいてくださったのでうれしかったです。 もちろん先輩を自分も尊敬してましたし、気を遣いながら考えてやってました。周りの先輩方もノリがとてもよくやれていたと振り返れば思います。 話すときは話す、聞くときは聞くというメリハリがすごく大切ということですね。 自分は一つ下の後輩が二人しかいなかったので、後輩というよりかは、最低限を除けばほぼ同級生という感覚でやってました。 メリハリを付ける。これが一番大切だと改めて思いました。 |
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No.609 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sakubun タイトル:返信 |
返信コメントありがとうございます。
私はもちろん最低限のマナーと敬語、礼儀は毎日しっかりしてました。ただ先輩から自分たちと距離を感じるからと言われ、自分なりにやってたつもりです。 もちろんマナーや敬語、礼儀がしっかり出来ないのは問題ですが、やるのが当たり前だと思うのでしっかりメリハリを付けることが大切だと思います。 礼儀も最低限あるのを前提として、絡んでくれる後輩は、すごくうれしいですし、関わっていきたいなと思います。 |
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No.226 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: トレイシー タイトル:社会のマナーへのコメント |
シオンさんの作文を読ませていただきました。
「敬語からどのタイミングでタメ口に切り替えるか」という悩みも抱えています。私はオーストラリア育ちで、敬語はないですが、相手と初対面の際に使ったイントネーションや感動詞の使用などは関係の距離感によって常に変化するのが多々あります。シオンさんがおっしゃった「語彙力はない人は言葉遣いに悩む」のに同感しますが、語彙力だけでなく、EIという感情的知性も、他人と上手くコミュニケーションを取るため必要不可欠な条件の一つだと思います。つまり、心遣いも同様に重視するとタメ口に切り替えるタイミングを容易に掴めるようになるのではないかと思います。 シオンさんの経験談を読んで、敬語の使用を決める「先輩」という存在とマナーの定義を改めて考えさせられました。日本では相手が自分より年上であれば先輩と認識され、敬語を通じて相手を持ち上げて尊重するというのは社会のマナーとして扱われているようです。シオンさんの後輩たちはサッカー部のマナーを気づくのが遅くなったのかもしれないですが、敬語に切り替えたきっかけになったのは、先輩の立場になった瞬間、自分たちも年下に当たり前の尊敬を受けて欲しがったからだ思います。私は中高6年間、学校のシンフォニーオーケストラに所属しましたが、学年に関わらず、一番優れたスキルを持つ限り、「先輩」を相当する「リーダー」という役として認められ、年上の人としてもリーダーにタメ口よりもっと丁寧な口調で話しかけた傾向がありました。従って、ご指摘いただいた「自分の今の環境がどういった場所なのか」は正しい言葉遣いを使いこなせるように重要な要素であると気付かされました。 私たちはまだまだ長い道のりがあるので、できる限り自分を多様多種な環境や立場に置いてみると、築いた人間関係の中で社会のマナーを身につけるようになると思います。 |
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No.549 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: シオン タイトル:上下関係ができてから考えること |
トレイシーさん、沢山ある投稿から読んでコメントして頂きありがとうございます。
トレイシーさんがおっしゃった様にサッカー部の後輩はマナーについて理解しておらず、自らが体験したことで相手の気持ちを理解できるようになったのだと思います。当時は何事にも経験が浅く、社会のマナーを意識することはありませんでした。あの時に先輩である私たちが諦めずに言葉遣いを教えてあげれば、場に応じて敬語を使うことができたかもしれません。このようにトレイシーさんがコメントで下さった「環境」というキーワードはとても大切で、周りの環境次第でその人のマナーに対する意識を変えることができます。また失敗してもアドバイスをしてくれる人が近くにいることで間違いのまま終わらせずに成功に繋げられることもできます。 つまり、テーマであった「ことばづかいに悩む時」は言葉遣いを間違えて使ってしまっても周りが正してくれる事で自然と悩む回数も少なると言うことです。しかし社会人になっても言葉遣いが下手だとよくないため、学生であるうちにしっかり言葉遣いについて学ぶ事が大切だということをトレイシーさんにコメントを頂き理解することができました。オーストラリアの部活動の話は日本とは上下関係が少し違いますが先輩でもリーダーに対し、言葉遣いに気を付けている点については読んでいて驚きましたが面白いなと思いました。 |
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No.258 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: tao タイトル:コメント |
確かに日本語の敬語に関する言葉遣いが難しいと私もそう思います。授業で勉強する時はまだ分かりますが、日常会話に使うといろいろな間違いがあります。例えば、この頃日本人の友達とお喋りをした時、元々は敬体で丁寧さを表現しようとしましたけど、彼の顔は気まずくようになりました。そして、たまに食堂で日本人の先生と逢って一緒に食事をした時、常体で距離感を縮めようとしましたけど、先生は敬体で答えてくれてばつが悪いと感じました。今でも私はそれに困っています。
中國では言葉遣いを気にする文化はほとんどないという見方はちょっと認めません。実は中国人も会話中の言葉遣いを気にすると思います。特にこれは会社の中でイーキューの一種とされています。でも、中国人は日本人ほど言葉遣いを重視しておらず、あまり自分の社交関係に影響していないのかもしれません。 とにかく、最後の観点にとても賛成です。正しい言葉遣いをしたいなら、話すことと間違うことの恐れを克服して、よく他の人と会話して練習しなければなりません。 ちなみに、第二段落の「それとも「敬語の使い」なと」の「な」が「か」を改めた方がいいと思います。 |
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No.527 |
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出身: マレーシア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: チャールズ タイトル:本当に面倒くさいですね |
やはり仕事とかアルバイトとかすると、日本語の言葉遣いは間違っていればなりませんから、めんどくさいですね。確かに、日本の社会で数百年の文化のおかげで上下関係が明らかに分けられます。そして、どのような相手にはどのような言葉や話し方を使うか一定の基準が地元の日本人にとってあります。さらに、日本人も小さいから生えている時にこのような基準をよく覚えています。なお、日本人は多分この基準の以外に他の言葉遣い方がほとんど知らないかもしれません。ということで、誰でも言葉遣いを間違うことには、日本人が可笑しいと思っている。それは英語のグラマーや中国語のピンインを間違うと同じです。他人が自分の慣れている言語を間違えば、少し可笑しいと思いべきです。
当然、仕事やアルバイトの時、店長・社長・部長の店員・社員・部員にの要求はできるだけ高いです。その要求は勿論日本語の表現能力も含みます。学ぶ時に間違う大きな空間がありますが、仕事をする時にはこの空間があまりありません。だから、カヨウホウさんが言葉遣いを間違っていたら店長さんに叱られることは酷いと思っても、無理な事でもありません。 |
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No.317 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ろん タイトル:学ばせてもらいました。^^ |
私もつきみさんと同じく、無意識のうちに「〜とか」を使ってしまいます。高校性のころは特に何も考えず先生との会話の中で使っていたと思います。今改めて考えてみると、態度や言葉に敬意を込めているつもりだったけど、実際はきちんと敬意を払えていなかったとうことですね。
「〜とか」を使う際には二つ以上の文を繋げるとありますが、私も例えるものが一つの時にも使ってしまっています。正しい使い方ではないけれど、最近ではこの使い方をする人も多いので、友達や家族などとのラフな会話の中でなら、少し使い方を間違ってしまっていても伝わればいいかなと思っちゃいました。 そしてもう一つ、つきみさんの作文から、アナウンサーの言葉遣いがすべて正しい敬語とは限らないということを学びました。次ニュースを聴く際には言葉遣いに注目してみようと思います。 |
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No.318 |
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出身: 日本 居住: 山口 |
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ログイン名: Kano タイトル:勉強しないといけないと思った |
この作文を読んで私もいつもバイト先でお客さんに敬語では話しているけれどちゃんとした言葉遣いができていないのかもしれないと思った。私は普段から先輩やバイト先の社員さんなどに敬語で話をしている。しかし、ちゃんとした敬語を話せているかはわからない。社員さんや先輩には多少間違っていても大目に見てもらえるが、お客さんに間違った敬語を使うとクレームになるかもしれないから、ちゃんとした敬語を使わないといけないなと思った。今のうちにきちんとした敬語を学んでおくと、卒業して就職したときにすごく役に立つと思うから少しずつ敬語の勉強をしていこうと思った。言葉遣いは今までのその話し方で暮らしてきているのですぐに治るものでもないと思うから間違っている言葉遣いは今から治しておく方がいいと思った。敬語には、尊敬語、謙譲語、丁寧語などがあるから使いこなすのが大変だと思った。いつも自分が普段目上への人と話すのに使っているのは丁寧語だから、尊敬語や謙譲語は全然使えないだろうなと思った。 |
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No.362 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: ユウゲツ タイトル:言葉遣いは本当に難しいですね |
はじめいして、つきみさんの文章読ませていただきました。
つきみさんと似たような経験があります。外国人の私にとって、敬語やネットでよく使われる言葉は本当に分かりにくいと思います。アニメに夢中になって、日本語を学び始めましたが、アニメに敬語より常体を使う場合が多くて、日常生活にも敬語を使う機会が少なくいです。尊敬語などを使わなければならない時はとても緊張します。自分の言葉遣いは正しいかどうか心配になります。「〜とか」という言葉の使い方はつきみさんの文章を読む前にも注意したことはありませんでした。つきみさんの文章から新しい知識を勉強しました、本当にありがとうございました。敬語は本当に難しいですね。今の学校生活にとっても、何年後社会人になるためにも、敬語は非常に重要だと思います。私も日本語の使い方をもっと学ばなければいけないと思います。 |
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No.562 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: つきみ タイトル:コメントありがとうございます |
ろんさんコメントありがとうございます。私も自分では敬意をもって使っていた言葉が実際は敬意が払えていなかったということを後々調べて気づくということはよくあります。私も「〜とか」という言葉は無意識によく使っていました。今でも使ってしまっていることがあると思います。
私もろんさんと同じように友達や家族など仲が親しい人と会話をしているときはあまり気せずに「〜とか」という表現は使ってしまっています。しかし、アナウンサーが使っているときはさすがに気になってしまいました。初めて聞いたとき使い間違いをしてしまったのかと思っていましたが、また別の日に同じニュースを見た時も、べつのアナウンサーが「〜とか」という表現を使っていたので、アナウンサーが必ずしも正しい敬語を使っているとは限らないということにその時気づきました。自分では使っていても気づかないことが、他の人が同じように使っているとふと気がつくということがあります。そのことに気づくと自分にとって良い勉強になることがあります。 ぜひ次にニュースを見るときはアナウンサーの言葉使いを気にしてみてほしいです。 |
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No.565 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: つきみ タイトル:コメントありがとうございます |
Kanoさんコメントありがとうございます。Kanoさんのコメントを見てとても共感しました。社員や先輩に対しては敬語を間違えたら大目には見てもらえますが、相手がお客さんとなると状況はかなり異なりますね。言葉使いは日々の生活の中で身についてきたものなので直すとなると、かなり大変になると思います。それでも直さなければ就職したとき失礼な言葉使いをして、上の人に怒られてしまう可能性もあります。
私がアナウンサーの言葉使いを気にしたように、自分では無意識に使っている言葉が相手からすると失礼であったり、適切な言葉使いでない可能性があります。しかしそういうことに自分で気づけたからこそ自分も間違っていたことに気がつくことができ、いい勉強になることもあります。 日本語の敬語は丁寧語、尊敬語、謙譲語があって大変ですよね。私もそれらを使いこなせている自信はありません。だからこそ今後敬語の勉強は少しずつしていかなければいけないなと思いました。 |
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No.573 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: つきみ タイトル:コメントありがとうございます |
ユウゲツさんコメントありがとうございます。ユウゲツさんのコメントを拝読し、とても共感しました。
私もアニメが好きでよくみるので、アニメには敬語が少なくて常体が多いというのはよくわかります。ニュースや新聞なども常体が多いため日常生活で敬体に触れる機会は少ないですよね。ユウゲツさんの言うように日常生活で敬語を使う機会が少ないため、いざ敬語を使うことになった時は私もかなり緊張してしまいます。私は自分の敬語が正しいのか自信がなくなると声が小さくなってしまい、そこを指摘されてしまうこともありました。 私の文章がユウゲツさんの参考になれたことはとてもうれしいです。私はニュースでアナウンサーが「〜とか」を使っているのを見てから、なるべく上の人には使うのは控えているようにはしているのですが、日々の生活で身についてしまった言葉使いはなかなか直りません。しかし、これから社会に出ていくためには敬語の勉強は欠かせないものだと私も思います。お互いに日本語の使い方の勉強頑張っていきましょう。 |
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No.238 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: サニー タイトル:コメント |
セルジオ・ラモスさん、
作文拝見致しました。とても興味深く読ませて頂きました。 目上の人と話す時に、両親については「父」「母」を使った方が良いとは知っていましたが、「お父さん」「お母さん」を使うべきではないとまでは分かっていませんでした。 日本語の敬語は非常に複雑です。特に、「ご意見」のような尊敬語を使うと、主語を省略しても、自動的に「相手の意見」を意味すると分かるところが好きです。外国人としては、上下関係を理解するのは難しいです。オーストラリアでは、子供たちは大人を尊敬するべきであるという社会的な規範があるけれども、すべての大人は平等であることが分かりました。 私が先輩であっても、相手がです・ます体を使っている場合、私が砕けた話し方を使うのには抵抗感があります。私の母語では初めて最初に会った時には丁寧に話していても、仲が良くなるにつれて、砕けた話し方を使うようになるのが当然だからです。 敬語は特殊で、不必要だと思います。敬語は、外国人にとって日本語の習得や運用を難しくするだけではなく、知的障碍のある日本人にとっても、同様の困難をもたらしています。 知的障碍のある人は、敬語を使いこなせないので社会に出るのが難しくなりますし、これらの人たちにとって社会的な規範の理解は大変です。敬語は社会人になるためには、高すぎる壁だと思います。 |
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No.485 |
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出身: 名古屋 居住: 日本 |
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ログイン名: マロン タイトル:敬語の難しさ |
読ませていただきました。本当に素晴らしい文章ですごく学ばせてもらいました。私も同じく高校時代サッカー部に所属しておりました。敬語に悩まされることが私も同様でした。目上の方に話す時、お父さん、お母さんではなく、父、母と話すことは私は知らなかったです。この文章を読んで知れてすごく得した気分になれました。それだけでも相手からの印象がだいぶ変わると思いますし、これからの人生にすごく生かせられると思います。日本は言葉遣いがとても難しい国で、特に敬語、尊敬語、丁寧語、謙譲語などがあります。これらを使い分けることはとても難しいと思いますし、これらをうまく使いこなせると人として素晴らしい人間に成長できると思います。大学生になった私はこれから日本語に悩まさせることが絶対に多くあると思います。それを乗り越えるためにも少しづつ日本語を学んでいき、人として、社会人になるためにもしっかりと学んでいきたいです。お互い頑張っていきましょう。 |
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No.566 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: sergio ramos タイトル:新たな発見 |
コメントありがとうございます。
知的障害者による敬語の難しさには改めて気づくことが出来ました。確かに知的障害者の方達が社会人になり、目上の人達に敬語を使いたくても使えないですよね。身体傷害者の方や知的障害者の方が働きやすいような社会になるにはまじ言葉遣いによる問題を解決したほうが良いかも知れないですね。 社会に出たとき本当に敬語って本当に大事なのかなって思います。サニーさんの国で大人はみんな平等という意見には憧れます。確かに敬語の素晴らしいとこはあるのはもちろんだけど、全員が平等というのなら敬語はなしでもいいと思います。それことにより、人間の関係性や出会いが起こると思います。この日本も他の国のように、目上の人を敬いつつ、もう少しリラックスして目上の人と話すことができるようになっていくといいです。 |
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No.569 |
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出身: 日本 居住: 福井 |
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ログイン名: sergio ramos タイトル:コメント |
マロンさんコメントありがとうございます。
私の意見に共感してくださって嬉しいです。やはり運動部に所属していると特に敬語という壁はつきものですよね。確かに敬語の中にも様々な種類の敬語があって本当に複雑ですよね。この日本という国でずっと暮らしてきた私たちでも複雑と思うことが、外国人の人たちにはもっと難しいと考えると英語の便利さに気づくことが出来ますね。しかし敬語にも素晴らしいとこはたくさんあります。 私たちはこの日本という国で暮らしていく上で敬語を活用していくことになります。まだ完璧な敬語を使える人はなかなか居ないと思いますが、私も大学生活などを通してもっと学んでいきたいと思います。 |
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No.183 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: リン タイトル:上下関係と人間関係の紛争 |
ナミキさんは日本の社会で人と関われる言葉遣い、特に丁寧な言葉について教えてくれました。会話で使う言葉遣いは人間関係にとって、とても大切な事だと思います。いつも丁寧語を使えば、いつ丁寧語で話すべきか分からない人が失言に悩まなくて相手に敬意をはらえる。
しかし、外国に住む私にとって、会話で使う言葉は丁寧過ぎると、人との距離感が遠くなってしまうと思います。例えば、日本で「お客様は神様」と言う考え方はお客様は最上なサービスが受けるために生まれたそうですが、人間として神様は万能で神秘的な物ですから、お客様と従業員の距離感が遠くなってしまいます。もちろんお客様に敬意をはらうように丁寧語を使うべきですが、ぞの極端な考え方は人間関係に対していいことではないと思います。 言葉の丁寧さは日本の文化に埋め込む礼儀や上下関係と、日本人のアイデンティティーに大切な事なので、丁寧語を廃する必要がありません。ですが、「上手く人と関われるようになる」という問題はとても複雑です。なぜなら、社会で上下関係と人間関係の築く方が競合しています。 確かにこの問題に持っている意見は国々や人々に対して違います。でも、皆が人間関係で繋がっているので、私は丁寧より友好的で優しい話し方の方がいいと思います。ナミキさんはどう思いますか。 |
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No.275 |
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出身: 中国 上海 居住: オーストラリア メルボルン |
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ログイン名: ヤクルトは命 タイトル:言葉遣いは必要なスキル、日本だけではなく。 |
Namiki18さんの文章をとても興味深くて読ませて頂きました。文章の中の『言葉一言で人生を大きく左右される』のは、私も凄く同感しています。そして言葉遣いとその大切さを私も考えています。
【书を用いる时に至って、まさにその少ないことを恨む。】これは中国の孔子の言葉で、意味は“今ちゃんと知識を得ないと、将来その知識を使う時が来たら、決して後悔する”ということです。 この言葉の意味を味わい時は、高校でした。高校生の私はとても怠惰でした。数学の大学進学試験の前の一週間、私は勉強するより、ゲームをばっかりしました。 その結果,勿論低得点でした。成績が届いた日では、自分の勉強不十分のことを後悔しました。 そして、Namiki18さんの文章を読む時は私が思います:『正しい言葉遣い』も同じ事ではないでしょうか。適切な言葉遣い方を習得しないと、それぞれの場合でのふさわしい言葉を使い方が分からないでしょう。たとえば、職場の上司とコミュニケーションをとるとき、大学の先生や教授と話すとき、若しくはデートの相手に良い印象を与えたいときは;場合に応じて、ふさわしい言葉を使うことが絶対に重要だと思います。 その故で、私も『日々の生活から喋る言葉遣いを丁寧にする』というのは、(話し相手にとって)無責任なことだと思います。何故ならば、それは相手の地位や立場などすら考えてなく、自分の都合のため、言葉遣いや社会規範を学ばないの言い訳ではないでしょうか。 相手の気持ちを応じて共感して、そして地位や親しさを合わせてを言葉遣いを調整したら、相手に気持ち良くなるだけでなく、自分にとって良質なスキルではないでしょう。これは日本だけでなく、このグローバル時代で、世界のどこにでも役に立つスキルと思います。人と人の関係が一大事ですから。 |
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No.538 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Namiki18 タイトル:何を学ぶべきか |
コメントありがとうございます。ヤクルトは命さんのコメントの中にもあった【书を用いる时に至って、まさにその少ないことを恨む。】という中国の言葉にとても感銘を受けました。本当にその通りで、大学生活4年間のうちに将来やりたいことのために必死に勉強すりことも大切だと思いますが、社会に出るための最低限のことは必ず学ばなければいけないと思います。
学ばなければいけないことの中で言葉遣いというものが1つの大きなキーワードになると私は思います。なぜなら中学校や高校と違い、大学というところは生徒が多いことや、実際に会社の方などと話す機会が多いこともあり、言葉遣いに今まで以上に気を配っていかなければならない環境にあるからです。在学中に身に着けるまではいかなくても少しでも慣れておくことが重要だ。 言葉遣いというスキルを身につけることは自分にとっても話している相手にとっても気持ちの良いものになります。また、社会に出た時だけでなく友達や先輩などとの人間関係にも関わるとても大きな存在なのではないでしょうか。 |
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No.160 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: チョ ウヘキカン タイトル:皆は同じだそうです。 |
そうですか。つまり私のような日本語勉強者だけでなく、母語話者さえ言葉遣いが難しいと思っているようです。やはり言葉遣いは難しいです!
レンノスケさんが言った、授業の時ちゃんと暗記したのに、実際に使うときは緊張してうまく使えないという状況、私もよくあります。印象が深いのは「敬語」や「授受関係」を勉強した時です。授業をちゃんと聞いて、表現を暗記したが、クラースメートと練習する時は何も口に出せなかったです。生活の中で実際に使う機会がないので、恥をかく経験はまだないです。 レンノスケさんが書いた言葉遣いの能力を高める方法「常に意識する」について、勉強になりました。言葉遣いに慣れたいなら、自身は練習する意識をもつほかないです。抵抗や逃避の気持ちを持つのはダメだと思います。 日本だけでなく、中国も言葉遣いは人のイメージを左右する重要なポイントです。礼儀正しく謙虚な人はいつも好感度が高そうです。日本語の敬語のような形式が定めた言葉遣いがないが、どうな言葉は人を喜ばせるか、ということも考えなければなりません。 |
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No.532 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: レンノスケ タイトル:日本語難しいですよね |
まず、私の作文を読んでくださりありがとうございました。共感していただき嬉しく思いました。
私は日本出身であり、生まれたときから日本語しか話したことがないので、外国出身の方の意見は非常に考えさせられるものでした。ずっと日本語を話してきた我々でさえ、言葉づかいに関しては、分からないことが多いです。この作文でも間違いがないか少し不安です。外国出身の方だと日本語を一から勉強すると思うので大変なことだろうと思います。しかし、言葉づかいはこの先のステージで確実に求められるものであります。勉強をして知識を付けているのであればぜひ実践してみてください。私も日々の生活で状況に応じていろいろチャレンジを試みています。絶対に失敗があります。しかし、いくら言葉づかいの知識を付けても自ら活用しないと身に付きにくいと考えます。 勉強をして知識を付けても活用しないと相手からしたら勉強してないと捉えられる可能性もあるかもしれません。言葉づかいは人の印象を左右するものですので、敬語や尊敬語などの言葉を実践して失敗する人の方が使わない人よりも印象は良いと考えます。 ぜひ、一緒にトライしていきましょう! |
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No.413 |
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出身: 日本 居住: 福島 |
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ログイン名: カエル タイトル:日本語 |
母国語でない言語は、やっぱり難しいですよね。私は大学へ入学してから、第二言語に中国語選び、勉強することにしました。まだ1か月も経っていないので何とも言えない状態です。「ことば」 には微妙なニュアンスがあり、さらに国によってそれも変わってきます。また、言語が同じでも住んでいる地域が違ったり、ことばの訛りによっても変わってきます。
日本語は習得がとても難しい言語だと言われているそうです。同じ言葉でも複数の意味を持ったり、文字でもそれが当てはまります。日本人である私たちも、分からないことがたくさんあります。ことばに慣れるには、やっぱりネイティブの人とたくさん「はなす」事が大切だと思います。たくさん話すことによって語感がなんとなく掴めると思うし、言葉の雰囲気も感じることができると思います。さらには、日本人の使うジョークも分かるようになるのではないでしょうか。 日本語の勉強、頑張ってください。応援しています:) |
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No.530 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: ヘキカン チョウ タイトル:ありがとうございました。 |
自分の経験やアドバイスを教えてくれてありがとうございます。やはり「はなす」ことが大事なことです。これからもできるだけ日本語を使ったり、話したりします。
カエルさんは中国語を勉強していますね。中国語も難しいと思います。中国人の私でさえ「国語」という科目が苦手です。日本人にとって中国語の発音は難しいそうです。でも発音というのは模倣ということです。中国の歌や新聞を聞いて、恐れずに話したり練習したりすれば、絶対効果があります。カエルさんも頑張ってください。私も応援しています。 |
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No.481 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: マカロン タイトル:感想 |
作文読ませていただきました。私は今まで二人称についてあまり深く考えたことがなかったのでとても興味深い内容だと思いました。日本語は、少し間違えると礼儀正しくない、不愉快だととらえられてしまい難しいですよね。二人称について周りがどのような言葉を使っているか考えたとき、あなた、相手の名前、相手の名前に敬称をつけた形が多いと感じました。現実でよりアニメや、ドラマ、漫画のほうが、「お前」、「あんた」などが多く使われているように感じますね。まず「お前」という言葉は、昔は同等、同等以上の相手に使う言葉だったそうです。しかし現在は、主に男性が同等、目下の親しい相手に使う言葉へ意味が変わってしまったそうです。「あんた」はあなたと同じ意味です。地方によっては尊敬語として使われていますが別の地方ではあまり良い印象を持たない人もいると思います。あんたと使うより、あなたと使ったほうが誰からも好印象を持たれそうですね。アニメ、ドラマ、漫画はその世界観を表すためにこのような現在あまり良い印象を持たない二人称を使っているのかもしれませんね。 |
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No.483 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: yuu6 タイトル:コメント |
日本語の人称の使い方はとても迷います。自分が苦手なのも先輩や目上の方などといるときの二人称の使い方です。例えば、名前の知らない初対面の目上の方に対して先輩と呼ぶことくらいしかなく、自分はあの、、、や、すいませんというように二人称としてしっかり使ったことがないです。知っている名前の先輩ならなになにさんとお呼びすることができるんですが、知らない人に対しての呼び方が一番大変だと思います。
また目上の方だけでなく後輩なども二人でいるときおまえやあんたなどと呼ぶのは自分はあまりよくないのではないかと考えています。なぜなら下に見るような呼び方になってしまうと思うからです。なので自分はできるだけ名前で読んだり名前のわからない方にはすいません、、、などを使っています。 アニメや親しい友達、知人に使うときはあなたとかおまえなどを使いあまり面識のない人には違う使い方をしていけるよう自分も勉強していきたいと思います。 |
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No.155 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: りんか タイトル:私も同感です! |
オノマトペの勉強は、ほんとにに大変でしたね!日本に生まれ育たなければ、全部のオノマトペを身につけることは難しいと思います。さらにようもくせんさんが書いてくれた「にこにこ」「にこっと」「にやにや」「にやり」「くすくす」「けらけら」「げらげら」などの、単に笑いを表す表現はもうそんなに多くなんて思いませんでした。とくに「けらけら」と「げらげら」、どこが違うかと興味があるので調べてみました。そして、けらけらは「かん高い声で笑うさま」で、げらげらは「しきりなく大声で笑うさま」ということがわかりました。僅かの違いでも、日本語にはきちんと表現するねと、とても感心しています。
『あめ』という詩も調べてみました。はじめに「あめ」ばかりでびっくりしました。主語もほとんどなく、非母語話者にとっては少し読みにくいですね。でも、これこそ日本語の面白いところだと思います。勉強するほど、理解できる擬声・擬態語も多くなっていく、この言語の美しさもどんどん深くわかってくるでしょう。その日を早く来るように、一緒に頑張りましょう。 |
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No.531 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: 茸 タイトル:コメントしてくれてありがとう |
そんな私の作文をご覧になったなんて、まことにありがとうございました。
もししたらリンカちゃんもオノマトペに苦しんでいるのかしら?もしよかったら、これからも一緒に勉強しましょう!もっと高いレベルへ進もう! 自分の欠けているところを見つけて、そのあなを補うことが大事ですね。言葉遣いの難しさは数え切れないですが、勉強すればするほどきっと上達になるわよ。私はそう信じています!リンカちゃんも信じてくださいね。 |
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No.484 |
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出身: 名古屋 居住: 日本 |
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ログイン名: マロン タイトル:日本語の難しさ |
読ませていただきました。日本語の難しさを改めて感させられました。日本人からしても文法はとても難しいと思います。私は日本人ですが、日本人ですら日本語に悩まされることが多々あります。日本語が難しい理由は、漢字そのものに音読みと訓読みがあるところ。必須語彙数がものすごく多いところ。主語が略されて記述が少し曖昧なところ。オノマトペが多いところ。日本の各地の方言が多いところだと思います。それらを外国人の人が学ぶとなると想像している以上に困難だと思います。それくらい難しいと思います。ですが、今の時代よく見かけるのが、コンビニエンスストアに外国人の人がアルバイトしているところです。何気なくアルバイトしていても日本語が話せないと働けないし、何をすればいいのか、お客さんが何を話しているのかもわからないと思います。なのに外国人がよく働いているのをみて本当にこれは素晴らしいことなんだと思いました。外国人が日本語をスラスラ話せること、日本でまともに働いていることはとても凄いことです。これからも日本語を学んでいき、日本語に悩まされない日が来ることを祈っています。私も日本語悩まさられることが多いので、負けないように頑張ります。お互い頑張りましょう。 |
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No.525 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: こうえん タイトル:何よりも通じ合おうという |
コメントありがとうございます。
改めて日本語の難しさを痛感しました。マロンさんのおっしゃったコンビニで働く中国人のように、私も時々中国語を話す日本人の方を見かけます。中国にはWeiboという、Twitterに似ているアプリがありますが、そこで木村拓哉が最近中国語で投稿しています。文構造は日本語の影響で、とてもなめらかだとは言えませんが、日本語を勉強している私的には割とわかりやすく面白く感じます。ということで、あまり専門的でない場合、自分の思うことを向こうに伝えようとする気持ちがあれば、通じ合うことだけなら、それほど困難ではないと思います。 異国の言葉を勉強するのは難しくて、一生かけることかもしれませんが、何よりもお互いをわかり合えようとする気持ち、それがなければ何も始まりません。特に日本語は、敬語や授受関係が活かされていて、聞き手への意識と尊重に満たされる言語だと感じます。そういった言葉を学ぶとき、聞き手の想像しながら話すことに重きを置くべきだと思い、これから頑張っていきたいと思います。お互い頑張りましょう。 |
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No.526 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: こうえん タイトル:何よりも通じ合おうとする気持ち |
コメントありがとうございます。
改めて日本語の難しさを痛感しました。マロンさんのおっしゃったコンビニで働く中国人のように、私も時々中国語を話す日本人の方を見かけます。中国にはWeiboという、Twitterに似ているアプリがありますが、そこで木村拓哉が最近中国語で投稿しています。文構造は日本語の影響で、とてもなめらかだとは言えませんが、日本語を勉強している私的には割とわかりやすく面白く感じます。ということで、あまり専門的でない場合、自分の思うことを向こうに伝えようとする気持ちがあれば、通じ合うことだけなら、それほど困難ではないと思います。 異国の言葉を勉強するのは難しくて、一生かけることかもしれませんが、何よりもお互いをわかり合えようとする気持ち、それがなければ何も始まりません。特に日本語は、敬語や授受関係が活かされていて、聞き手への意識と尊重に満たされる言語だと感じます。そういった言葉を学ぶとき、聞き手の想像しながら話すことに重きを置くべきだと思い、これから頑張っていきたいと思います。お互い頑張りましょう。 |
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No.639 |
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出身: 名古屋 居住: 日本 |
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ログイン名: マロン タイトル:日本語の難しさ |
読ませていただきました。日本語の難しさを改めて感させられました。日本人からしても文法はとても難しいと思います。私は日本人ですが、日本人ですら日本語に悩まされることが多々あります。日本語が難しい理由は、漢字そのものに音読みと訓読みがあるところ。必須語彙数がものすごく多いところ。主語が略されて記述が少し曖昧なところ。オノマトペが多いところ。日本の各地の方言が多いところだと思います。それらを外国人の人が学ぶとなると想像している以上に困難だと思います。それくらい難しいと思います。ですが、今の時代よく見かけるのが、コンビニエンスストアに外国人の人がアルバイトしているところです。何気なくアルバイトしていても日本語が話せないと働けないし、何をすればいいのか、お客さんが何を話しているのかもわからないと思います。なのに外国人がよく働いているのをみて本当にこれは素晴らしいことなんだと思いました。外国人が日本語をスラスラ話せること、日本でまともに働いていることはとても凄いことです。これからも日本語を学んでいき、日本語に悩まされない日が来ることを祈っています。私も日本語悩まさられることが多いので、負けないように頑張ります。お互い頑張りましょう。 |
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No.486 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: おき タイトル:熟語 |
私は、中国語を勉強した事がなく全然知りません。小学校の時、歴史の授業で中国から漢字が来たことは習いました。何と読むのかわからない文字ばかりで読めませんでした。例で出されていた『過程』か中国語と同じ意味があるのに『丈夫』や『娘』といった熟語が全く異なる意味を持っていて、驚きました。どうした中国から来たのに意味が違うの?ってすぐ思いました。読み方はわからないけど意味が一緒な漢字と全く違う漢字があるのは不思議ですね。日本の和製漢字は日本人が分かりやすいように作られているのかなって思いました。私も、中国語を勉強する時があったら、やはり英語や他の外国語よりも簡単なのか確かめていきたいです。これから生きていく中で、中国人の方との関わりがあるかもしれないので、恥をかかないようにする為にチンカキョウさんが書いていた事を思い出していこうかなと思いました。読んでいてとても興味が湧いたので、今度勉強してみたいと思いました。 |
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No.524 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: Kinn タイトル:熟字 |
私はベトナム人ですが、昔はベトナムで漢字も使ったので日本語の漢字を勉強する時なんかラックの気持ちを感じます。熟字を見たらその感じの意味がだいたいわかります。しかし難しい部分は熟字もあるんですね。形が似ているが、意味が全然違った熟字もたくさんあります。それは気をつかないといかないですね。 |
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No.580 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: チンカキョウ タイトル:形が似ているが、意味が全然違った熟字はほんとに難しいですね |
日本語学科の学生だから、日本語を使う機会はたくさんあります。でも、熟字のいみはよく困ります。中国人の私にとって、中国語と日本語の意味が分かりにくいです。一年生の時、「勉強」という言葉を勉強しました。中国語の「勉強」はある状態をかろうじて保っているさまを指しますが、日本語の「勉強」は学習を指しますね。みんなよく笑って、「やはり学習はかろうじてすることですね。」と言います。このような漢字の数量は多いですから、覚えにくいですね。 |
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No.581 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: チンカキョウ タイトル:和製漢字 |
おきさんのコメントを読んだ後、不思議なことを思い出しました。発音も似ていますよ。例えば、「理由」や「修理」や「優秀」などの漢字の発音も大体同じなのです。日本語を勉強した経験がない中国人はそのような言葉を聞いてすぐわかります。日本語の発音は中国人日本語学習者にとってほんとに簡単ですね。クラスメートのみなさんは誰でも発音が全然難しくないと思っています。「ちんぷんかんぷん」という言葉は中国から伝えたというツイッターを見ました。中国語の単語は「听不懂,看不懂」です。日本語の仮名を表すと、たぶん「ちんぷんどん、かんぽんどん」という感じですよ。中国語に興味があったら、中国語を勉強したらどうですか。日中語言の違いはほんとに面白いですよ。 |
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No.439 |
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出身: Australia 居住: Victoria |
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ログイン名: ドム タイトル:若者の敬語の悩み |
シンシアさんの言う通りで単語と文法を復習したら簡単なことになる。教科書から学ぶと別に問題ない。でも、敬語を多数の相手と練習しなければ、使い方を掴まない気がする。少なくとも、私の場合ではその感じだった。会社で社員が敬語を既に使えると期待されているし、当然悩んでいるでしょう。それでも、シンシアさんは数の挨拶を知っているから、気にすることはないと思う。
「敬語を使うのは現在の若者にとって大きなチャレンジ」という考え方に私も賛成だ。日本に育てた人達は日常で敬語を使えるし、その方に対して大きなチャレンジではないと思う。例えば、学校で先生生徒の関係やコンビニでアルバイトの方に話すときも敬語練習の手段でもある。でも、海外から移動している方に対して、日本の複雑の敬語の経験を知らずに、非常に難しいはずだ。逆の場合では海外から移動しているし、敬語の所で会社が期待していない可能性があるんじゃないか。悩んだら、会社を初めて入る前に、周りの人と話しかけ見よう。私はこのように挨拶を学ぶつもりだ。敬語の勉強、頑張りましょう! |
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No.523 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: Kinn タイトル:敬語についての悩み |
確かに私にとっても3年間日本語を勉強しているけど、敬語の使い方がまだ上手く使えないです。
先生や先輩などと話す時、時々間違ったことがあります。日本に留学つもりですね、もっと敬語を勉強して頑張ってください。 |
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No.638 |
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出身: ベトナム 居住: 日本 |
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ログイン名: Kinn タイトル:敬語についての悩み |
確かに私にとっても3年間日本語を勉強しているけど、敬語の使い方がまだ上手く使えないです。
先生や先輩などと話す時、時々間違ったことがあります。日本に留学つもりですね、もっと敬語を勉強して頑張ってください。 |
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No.444 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: たけゆう タイトル:感想 |
この作文を読んでみて、私も小さい頃アニメの影響で「俺」という一人称を使っていたことを思い出しました。
使っていてもおかしいことじゃないと思っており、むしろ私や僕を使うよりかっこいいと思っていました。 しかし、初めて読書感想文を書いたときに先生に「私」を使った方がいいよと言われたときに「私」のほうがいいのだとおもいました。 このときから話すとき、書くときすべてに私を使うことにしました。 日本人で日本語に生まれたときから触れている私も「私」、「おれ」、「僕」などの一人称を区別するのは難しかったです。 なので日本語を学びはじめるひとにはとても難しいところだと思いました。 |
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No.468 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: 匿名 タイトル:感想 |
唐钺波さん、
作文、拝見しました。一人称については、日本人でもほとんどの人が悩むところです。実際、私自身も中学生の頃は、一人称を「オレ」にしていました。しかし、高校、大学入試の面接やこのような作文を書くとき、目上の人と話すときなどに一人称が「オレ」なのはおかしいと思い、高校入学あたりから「わたし」を使うようになりました。 少し気になってインターネットで調べてみたところ、一人称が「オレ」、「わたし」、「ぼく」、「うち」、「自分」…などたくさんの種類があるのは日本だけらしいです。他の国では基本的に一種類か、あっても二種類しかないことは意外でした。日本のアニメや映画をきっかけに日本語を学び始めた人には難しそうだと思いました。 最後に、唐钺波さんの述べていた「言葉はインフォメーションを伝えるだけでなく、同時に感情や曖昧さをも伝える」という言葉は、まさにその通りだと思いました。日本人である私も、これから社会で生活していくときに常に心にとどめておきたい言葉だと思いました。 |
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No.616 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: 唐钺波 タイトル:中国にも多くの一人称があります |
ありがとうございました。
勉強になりました。 実は、中国にも多くの一人称があります。 たとえば 「俺」、「洒家」は豪快な感じです。 「孤」は普通王様の自称で、「朕」は秦の始皇帝から使い始めたもので、全部皇帝の自称です。 「奴家」は古代の女性の謙称です 「余」は私で、「吾」も私です 役職に関する自称もあります。 「臣」「末将」「哀家」「咱家」など でも、現代の中国人は主に「私」を使っています。手紙には他の自称が出てくるかもしれないが、日常会話ではこれらを使うことはありません。 |
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No.617 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: 唐钺波 タイトル:一人称について |
ありがとうございました。
勉強になりました。 実は、中国にも多くの一人称があります。 たとえば 「俺」、「洒家」は豪快な感じです。 「孤」は普通王様の自称で、「朕」は秦の始皇帝から使い始めたもので、全部皇帝の自称です。 「奴家」は古代の女性の謙称です 「余」は私で、「吾」も私です 役職に関する自称もあります。 「臣」「末将」「哀家」「咱家」など でも、現代の中国人は主に「私」を使っています。手紙には他の自称が出てくるかもしれないが、日常会話ではこれらを使うことはありません。 |
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No.289 |
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出身: 日本 居住: 日本 九州地方 |
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ログイン名: Rei タイトル:会話のコツ |
私は日本人ですが、メルさんと同じようなことはよくあります。
別に間違いはないとおもいます。 メルさんの作文を読んで、思ったのは日本人は穏やかな性格の人が多く、激しい言葉をいうことをためらう傾向があるということです。 アドバイスをするとすれば、大人数で話すとき、周りの日本人がどのように話しているのか聞いてから答えるのはどうでしょうか? 他の人がどのように言っているのかを聞き、日本人特有の空気を読むという会話のコツをつかめば、もっと話しやすくなるのではないでしょうか。 私自身、喋るのが苦手なので、よく聞き役にまわっています。 聞くことでその人の事をより深く知り、もっといい返事ができるのではないかと私は思います。 |
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No.350 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: メル タイトル:Reiさんへ |
Reiさん、ご貴重なアドバイスを頂き、どうもありがとうございます。
やはり、言葉に独特な魅力をより一層感じたと思います。言葉遣いとは、その言語自身だけでなく、その国の文化や会話の空気を理解できることも大事ですね。 これからも、周りの友達のことを深く聞き、Reiさんが言ってくれましたコツを用いて、日本語の言葉遣いを向上させるといいと思います。 |
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No.476 |
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出身: 日本 居住: 山口 |
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ログイン名: 渡良瀬 タイトル:作文を読んで |
作文を読み、とても共感しました。
日本語はいろいろな場面によって敬体か常体か、敬体のなかでも尊敬語や謙譲語を使う場合と丁寧語のみでよい場合があり、日本人で日本語話者の私でも悩んでしまう時があります。少しおかしいかもしれませんが、日本人で日本語話者の私にとっても難しいのです。 また、私は中国語を学んでいるのですが、中国語で目上の方に話をする際、変えるのはほとんど人称のみ。というのに少し違和感があります。この違和感は、私が日本語話者だから感じるものなのだと思います。日本語であれば文全体を敬体に変換することがほとんどだからです。 もともと話す言語が違えば、相手への話し方のニュアンスが異なってくるのは当然です。ですから、あまり心配する必要はないと思います。 |
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No.542 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: tao タイトル:コメントのコメント |
コメントしてくれてありがとうございました。
日本人でさえ日本語の文体に困っていますが、外国語学習者としての私はもっと戸惑っています。やはりよく練習してこそ、敬体や常体をどのように場面に応じて正しく使うかが分かりますね。 そして、一言付け加えたいのは、中国語では丁寧を表す方法が人称の変化だけでなく、動詞或いは名詞の変化もあります。それは日本語の尊敬語と謙譲語に似ていますけど、実は日常会話ではあまり使われません。 最後にこの問題について心配する必要があるかどうか私にとっては必要があります。確かに日常会話の中ではニュアンスによって気持ちが分かられて間違っても許されますが、会社では言葉遣いの間違いをしたら首になるかもしれませんね。 |
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No.152 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: コアラ タイトル:敬語を気にしすぎていませんか |
私も中国人ですから、これらの問題に悩んでいるときもあります。漢字の意味を間違えて理解したので、公共の場で失礼なことを言ったこともあります。しかし、このような中日の意味の違いが大きい漢字はほんの一部です。ほとんどの漢字は日本語の意味と中国語の意味が似ています。文の中で言及した観点について、私は大部分がすべて同意したのです。私も敬語は難しいと思います。しかし、日本人留学生との交流が進むにつれて、日本人より日本語を勉強している外国人のほうが敬語が好きなことを発見しました。また、日本人留学生と交流する時、文法や表現が間違っていても、相手は特に気にしていないようです。私たちの高級日本語の教科書の中では、私たちのような年頃の女の子が「めっちゃ」という単語を言うのはとても失礼な行為だと書きました。この文章を読んだ翌日の会話の授業では、日本人留学生が話しているうちに、彼らは自然に「めっちゃ」という単語を言いました。その時私たちは皆びっくりしました。彼女たちは日本で「めっちゃ」という単語を言わないでという話を聞いたことがないと言いました。私たちが勉強している教科書の出版年が早いかもしれません。でも、今の日本の若者はこのことに対してあまり気にしていません。私たちは外国人として敬語を気にしすぎていませんか。 |
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No.482 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: yuu6 タイトル:コメント |
私は、日本語は中国語の変化してきたものだと思っているので、中国の方々は少し勉強すれば日本語ができるようになると思っていましたし、逆に日本の方も少し勉強をすれば中国語を話せるようになると思っていました。
しかしこの方が言うように漢字では、同じ漢字を使っていても意味が少しだけ異なるということは知らなかったです。そして意味が大きく違ってくるのであれば、まだ日本語と中国語を別のものとして考えることができ、切り替えることができると思うのですが、大きな意味が異なるのでなく、少しだけ異なることも厄介なのだろうなと思います。 次に文法では、語尾を変えるだけで全く違う意味になる日本語は私も扱いきれません。しかし意味が分かれば、主語を省略できるので便利な部分でもあると思います。 最後に書いてある相手によって話し方を変えることで、私も目上の方との話し方を気を付けていないとできなくて、特に敬語は日本語を話すうえで大切な部分だと思いますし、特に難しいところだと思います。私も日本語を、しっかり話せるように頑張ります。 |
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No.166 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: ようもくせん タイトル:同感!困ってる! |
確かに、日本人の「いい」、「結構」という表現は外国人に困らせる。私も日本人に「また今度」といわれることもあった。
中国語にもそういう表現もあるが、やはり日本語のほうがもっと分かりにくいね。省略もよくあるし...日本人日常挨拶や相手に対する感謝や謝罪の意味を表す場合、また相手への祝いや悼みの意を表す場合などでは、文末表現はよく「どうも」で終わるそうです。そういうときよく「どうも」って「どうも」何?と困っている。それにもまして、一番困ったのは「…ないことはない」という表現だ。例えば、日本人に何か頼んで、「まあ、できないことはないけど…」 といわれたら、いったい「やってくれる」かくれないか迷ってくる。また、日本文化に詳しくない外国人は「やってくれる」と思ってしまうかもしれない。 まあ、間違いなく日本人らしく話すのは不可能でしょう。その国の文化をもっと理解しなっきゃ… |
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No.352 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: リンカ タイトル:コメントありがとうございます! |
ようもくせんさんも私も、日本語の曖昧さに悩んでいますね。確かに、ある国の文化にしっとり浸透しないと、その文化や国のことを完全に把握できたとは言えないです。「どうも」も、いろいろ意味があるあるとはいえ、この国の人々にとって、すべては言わずに心でわかること、つまり、以心伝心です。外国人の私たちは、日本語のこの曖昧な部分をもっと理解するため、頑張らなければなりませんね。 |
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No.446 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: shuji タイトル:いわれてみれば |
今回リンカさんの作文を読み、日本人はあいまいな表現を日常的に使っていることをしりました。
普通に使っている表現でも、日本語を学び始めた人や留学生には、伝わらない可能性があると思いました。そのためそのような方には、わかりやすく簡潔に話そうとおもいました。 相手の気持ちを考えるあいまいな表現も時には必要になってくると思いますが、日常的に使うと伝わらない可能性もあるので時と場合によって使い分けたいです。 日本人は、親切な人が多いといわれているので、思いやりを持った言動をしていきたいです。 この作文を読んで日常的に使われていた言葉について考え直せたので良かったです。 |
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No.597 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: ジゼル タイトル:同感します |
リンカさんの作文を読みました。私も中国出身で、初めて日本に来た時にリンカさんと全く同じことを経験しまして、この作文はものすごく面白いと思います。日本語を話す時に主語がつけないということで、いった誰のことを話しているのかについて困ったこともありました。
日本語の先生から聞いた話しですが、昔の日本社会では敬語の使い方で、ある話の主語を判明するという説があります。例えば、友たちと話す時に、「XXを読ませていただきました」をいうと、決して友たちが読ませたという意味ではなくて、その代わり、友たちより目上の人(先生、上司など)が読ませてくれたということ表したいのではないでしょうか。 |
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No.154 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: リョウイクサン タイトル:感想 |
言語の勉強には、やはり興味が重要ですね。日本のアニメや歌を楽しみながら、日本語の勉強に興味を持ち、さらに日本語の勉強が楽しくなり始めたならしめたものだと思います。もし教科書で日本語を勉強しているときつらいと感じるなら、好きなアニメやドラマなどを利用しするにはたしかに良い方法ですね。この楽しい方法を通じて、日本人が日常生活の中でよく使われている単語や表現が身につくことができると思います。(でも文法ならこういう娯楽の方法は一定の効果がありますが、やはり教科書で勉強しなければならないと思います)
敬語はたしかに、どんな国の日本語学習者にとって一番難しいかもしれません。私は大学一年生の学期末から敬語を勉強し始め、今もうすぐ四年生になりますが、流暢に敬語を使うはともかく、動詞の変形の見分けもつかないです。日本語学科の専攻生としてたしかに恥ずかしいことですね。そして敬語を正しく使えるため、ただ教科書で独学するのは効果的な方法ではないと思います。日本語の敬語はやはり、日本の社会や文化と深く関わりますね。敬語の勉強に対する有効な方法は、日本ドラマや番組をたくさん見ることだと思います。その敬語を使う雰囲気を感じて、日本の社会や文化を深く理解する以上、敬語は上達できると思います。 |
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No.363 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: ユウゲツ タイトル:コメントありがとう |
リョウイクサンと同じ問題に悩まされていますね。人との付き合いが苦手で、日本人と会話することが少ないです。目上の人に対して尊敬語を使う機会も少なくて、これから会社の上司に対して敬語を使わなければならないことを考えたら、緊張してしまいます。しかし、ある言語を習得するには、やはり練習が最も必要だと思います。これからも一緒に、日本語を勉強しましょう。上手になれると思います。
最後にもう一度、コメントありがとうございました。 |
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No.490 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: マカロン タイトル:感想 |
作文読ませていただきました。まず、初めて会った人への言葉遣いですが、第一印象はとても大切ですし気になりますよね。私は同年代の人でしたら、敬語ではなくてもあまり気になりません。しかし、同年代であっても、人によっては初めてあった人が敬語を使わないことに違和感がある人もいると思います。なので、私は、まずは敬語を使い、途中で敬語を使わなくても良いか確認を入れコミュニケーションをとっています。最初に敬語を使っていやな思いをする人はいないと思うので私はそれを心掛けています。
受動関係については、中国語では使わないということに驚きました。中国語では、使わないとなると難しいですね。意識しなくても伝わると思います。しかし、目上の人と話すときに得に注意が必要ですね。相手が何かしてくれた時には「れる・られる・られた」を使うと意識するとよいかもしれません。日本人の私も敬語の使い分けには、とても困っています。お互い正しい日本語を使えるように頑張りましょう。 |
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No.492 |
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出身: 日本 居住: 神奈川 |
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ログイン名: Michael タイトル:コメント |
私はこの作文を読み、日本は他の国の言語と比べて大きな違いを感じました。それは、敬語です。日本人の場合初対面の方と話す時にはほとんどの人に対し敬語を使うと思います。しかし、外国の方の場合敬語というものがあまりないように感じます。なので外国の方からしたら日本語を勉強する上でものすごく難しいのではないのかと思いました。また、日本には敬語があるということで気づいた事があります。日本人が外国の方と比べてフレンドリーな方が少ない理由が敬語にあると思いました。敬語があることによって上下関係や失礼のないようにしなければならないという考えが勝手にできあがってしまうのだと思いました。外国の方の場合は初対面にも関わらず、相手のことを気にせずジョークを言ってくるというのが私の印象です。それは上下関係や礼儀などをあまり気にしていないからだと思いました。それが外国の良いところだと思いますし、敬語が外国の方からみた日本の良さになっているのだと思いました。 |
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No.503 |
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出身: 日本 居住: 横浜 |
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ログイン名: キョウスケイザワ タイトル:言葉使いの変化 |
作文を読ませていただきました。私も初めて出会った留学生の人に言葉を使うのに悩む時があります。本当にこの英語で伝わっているのが正しい敬語が使えているのか、相手に悪い印象を与えていないかなど不安になるときがあります。自分ももっと言葉について勉強しなければならないことがたくさんあります。この作文を読んで敬語の使い方について強い興味や関心が湧きました。学ばなければいけないことがたくさんあります。ただ言葉を使うだけでは通じません。文法もしっかり成り立った上で初めて通じると思っています。 |
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No.510 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: shuuka タイトル:コメントありがとうございます! |
コメントありがとうございます!
確かに、マカロンさんがおっしゃった通り、初めて会った人への言葉遣いですが第一印象はとても大切です。やはり人にいやな思いをさせないように、最初には敬語を使ったほうがいいです。マカロンさんのしかたはいいですね。今回マカロンさんの方法にしたがって、初めて会う日本人にまず敬語を使い、途中で敬語を使わなくても良いか確認を入れコミュニケーションをとってみてみます。そうしたら、日本人の場合は違和感がないだけでなく、私も距離感を把握することができるかもしれません。ウィンウィンです〜 日本人にとって意識しなくても伝わる授受関係をもっと注意しなければならないな。特に、マカロンさんがおっしゃった目上の人と話す時です。授受関係を使う意識を培うのが必要ですよね。日本語を正しく使えるように一緒に頑張りましょう〜 最後にもう一度ありがとうございます。 |
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No.158 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: shuuka タイトル:つい「私は…」と言ってしまう |
同感です。お気持ちよくわかります。私も時々同じことで悩みます。
中国語には自己意識の差が明らかに感じられなく、kiwiさんがおっしゃった通り中国語の中で、よく“我觉得…”などの「私は…と思う」の意味のある表現で主張を話します。でも、会話する時、主語としての「私」は使わないほうが自然な日本語だと先生に教えられて、中国人の私にとってやはり慣れにくいです。最初に日本語を勉強したとき、いつも「私は…」、「私は…と思う」と言ってしまいました。でも、日本語と日本の文化を理解するにつれて、その自己意識の差が分かるようになりました。実は、言語表現の裏に文化的な要因が潜んでいると言えますから、その要因が分かれば言葉遣いの悩みがなくなるかもしれないと思います。 「思う」と「思っている」二つの言葉の使い分けについての感想も面白いです。確かに中国語には「思考動詞」を使う時に話し手と他人の区分がないですよね。その点からみれば、日本語は中国語より難しいなと思います。 |
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No.256 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: kiwi タイトル:調べの重要性 |
確かにそうですよね。でも、shuukaちゃんがおっしゃったとおり、言語表現は文化と深く関わっているから、日本語の文法などを勉強するだけでは十分ではないです。なんでこんな表現が生じたのかという興味をもって、もっと日本の歴史や社会について調べたり日本人の先生や友達に聞いたりすれば、答えが見つかるし、勉強そのものも楽しいことになれるだろうと思います。
ところで、授業で習ったことは正しくないというわけではないが、ただ信じたまま自分でやったことないと、それはただ「知識」です。今回の問題も、自分が間違った経験があるからこそ、なぜを思って記憶で探したら、実はこれについて授業や生活体験などでもうぶつかったものだといよいよ意識しました。 今回の作文大会を通じて、そのことがわかってよかったなあ!今後とも問題意識をもって自分の実践で答えを探したいという態度で日本語の勉強に〜パワー〜注入したいと思います。一緒に頑張りましょう。 |
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No.529 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: kiwi タイトル:調べの重要性 |
確かにそうですよね。でも、shuukaちゃんがおっしゃったとおり、言語表現は文化と深く関わっているから、日本語の文法などを勉強するだけでは十分ではないです。なんでこんな表現が生じたのかという興味をもって、もっと日本の歴史や社会について調べたり日本人の先生や友達に聞いたりすれば、答えが見つかるし、勉強そのものも楽しいことになれるだろうと思います。
ところで、授業で習ったことは正しくないというわけではないが、ただ信じたまま自分でやったことないと、それはただ「知識」です。今回の問題も、自分が間違った経験があるからこそ、なぜを思って記憶で探したら、実はこれについて授業や生活体験などでもうぶつかったものだといよいよ意識しました。 今回の作文大会を通じて、そのことがわかってよかったなあ!今後とも問題意識をもって自分の実践で答えを探したいという態度で日本語の勉強に〜パワー〜注入したいと思います。一緒に頑張りましょう。 |
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No.390 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: シオン タイトル:人間関係の難しさ |
人と仲良くなる時に、初めから馴れ馴れしく敬語を使わずに接してきた場合よりも、ドムさんのようにしっかり謙譲語を使ってくれた方が好印象だと思います。日本語は英語や他の言語とは違い、相手によって言葉遣いを尊敬語や謙譲語などと変えなくてはなりません。基本的にはどれだけ仲が良くなった人でも敬語で話されると、自分は仲良いつもりでいるが、仲良くなれていないのでは、と心配になってしまいます。ですから私の場合は、相手の性格をみて判断をしています。例えばみんなと集まった時にも無口な人には、敬語で接するなど対応して、言葉遣いを分けています。
日本人の私でも日本語はとても難しいと思うし、敬語の使い方を間違えて注意されたこともたくさんありました。しかしその間違えを正してくれたり、友達の話を聞いて教えてもらったり色々なところで学ぶことができます。ドムさんの硬い日本語は友達間ではあまり好まれませんが、社会に出たときにマナーとしてとても役立つと思います。ですから今度日本に来た時は敬語の使い分けにチャレンジしてみてください! |
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No.449 |
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出身: Australia 居住: Victoria |
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ログイン名: ドム タイトル:無口な人を対応する行動 |
お返事してくれてありがとうございます。
シオンさんは「無口な人には敬語で接するなど対応して、言葉遣いを分けています。」の言うことに気になっています。相手によって言葉遣いを変えなくてはなりませんという考えに賛成です。そして、グループの中で言葉遣いを分ける必要も理解していますが、このように対処したら、無口な人は仲良くなる隙間が消えてしまいませんか。例えば、友達を作るつもりで人と集まったが、緊張しすぎて何も言えない時に相手は突然丁寧の言葉遣いを話しかけて来たら、「仲良い機会を失った」と諦める人は少ないと思います。なぜなら、どうやって相手に初めて挨拶するか、お互いの立場を既に決めてしまいます。 相手の性格を見て判断するには見損なう可能性が付いていると思います。しかしながら、相手を見て性格を完璧に分かる手段がないということも理解しています。だから、シオンさんの行動を否定しているわけではない、場合によって私も試してみたいですが、無作為な効果を注意しています。 シオンさんの日本語経験から分かりました。敬語を間違えたとしても、大切なものは何か学んだらいいということです。だから、別に恥ずかしくても、敬語を練習しなければいけません。硬い日本語だとしてもはずれの時、友達を相談したら、成長することができると思います。 シオンさんのアドバイスをありがたくいただいて次日本に戻る時、敬語の使い分けをチャレンジしてみます。改めてありがとうございます! |
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No.153 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: ユウゲツ タイトル:漢字の意味は間違えやすいですね |
確かによく「中国人なら、日本語を学びやすいですよね」と言われました。動画サイトで、日本関連の動画を見るとき、漢字が出るシーンがあったら、「日本語が読みできた」というような弾幕がよく見えます。日本語がわからない中国の人たちにとって、あまり知らない国の環境の中で、突然自分の熟知している漢字が現れたら、興奮してもおかしくないでしょう。でもこのような気持ちは誤解を招きやすいだと思います。コアラさんがおっしゃったとおり、中国語の漢字と日本語の漢字の間には、同じとこらがたくさんあると同時に、すれ違うところもたくさんあります。大学に入ったばかりのこでですが、大学一年生のとき、基礎日本語の先生が授業の時、日本に行ったら高速道路によく「油断一秒、怪我一生」という道路標識が見えますと教えてもらいました。日本語がわからない中国人から見ると、これは「一秒でもアクセルを踏まないと、一生私を責める」というような感じになります。コアラさんが会ったことのような、全然違う意味ですね。これも油断したら、大変になることですが、そういう違う点は結構面白いではないかと思います。
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No.513 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: コアラ タイトル:一生懸命単語を勉強しましょう |
確かにこのようなことがありますよね。中国人にとってはこのような問題があるかもしれません。他に方法がないようですね。これからもっと頑張って単語を覚えましょう。 |
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No.440 |
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出身: 日本 居住: 福島 |
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ログイン名: カエル タイトル:人によって変化する言葉遣い |
セイカさんの作文を読ませて頂きました。
「ことば」というものは、時に私たちを混乱させてしまうことがあると思います。自分よりも目上の人、先輩、後輩、友達、それは様々だと思います。例えば今回、読ませていただいた敬語での話になりますが、日本人でも言葉選び、言葉遣いに気を遣う場面はたくさんあります。会話には「ルール」というものが存在しないので、何が正しくて、何が正しくないのかは分かりませんが、場面や状況で言葉遣いを変えていく事が大切だと思います。自分は外国語を深く勉強したことがないので、一概にそうだとは言えませんが、ことばの一語一句にも気を付けなければならないのは日本語の難しさであり、悪いところでもあると思います。ことばは日々変化しています。その国に住んでいる人も、違う国に住んでいてその言語を勉強しているひとでも、ことばの時代に付いていけるように、日々勉強しなければいけないと改めて思いました。 |
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No.642 |
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出身: 中国 居住: 日本 |
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ログイン名: セイカ タイトル:カエルさんへのコメント |
カエルさん
コメントを頂き、ありがとうございます。 確かカエルさんが言った通り、会話には決まったルールがなく、その場の状況や相手の好みにより自分で判断することが多いと思います。それは、日本語表現のデリカシーと言えるのでしょうか。どんな社会でも、正しい表現で人と正しくコミュニケーションを取ることが大事なので、日々勉強し続けないといけないと、私も共感しています。 作文orgで皆さんの作文を色々拝見し、色々な勉強になりました。ありがとうございました。 |
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No.99 |
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出身: 日本 居住: 神奈川県 |
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ログイン名: グリーン タイトル:社会をうつしている言葉 |
Ahmed Farhan Labibさんは、5年も日本にいらっしゃったのですね。
それで、日本社会の色々な場面での言葉遣いをご存じなのですね。「男性の場合、社会的な自己主張の和らげの原則が期待されず」とありました。おっしゃるとおり特に中高年の男性は偉そうな話し方をする人が多いかもしれません。 Ahmed Farhan Labibさんは、日本にいらっしゃるときはどのような一人称を使いましたか。ずっと「私」でしたか。それとも時と場合によって「俺」などを使っていましたか。外国の方が、「俺」などのくだけた言葉を使うと、日本語が上手だなと思うと同時に、人間関係がぐっと縮まるような気がします。 「お前」という言葉は、女性である私はほかの人に使われたことはありません。では、どんな時に使うのだろうか、と考えてみると、男子学生が仲のいい同姓(男子)の学生に向かって親しみを込めて「お前」というような場面が目に浮かびました。カジュアルな言葉は使い方が難しいので、仲がいい、同年代の間でよく使われるのかもしれません。 Ahmed Farhan Labibさんの国の言葉には、男らしい言葉や女らしい言葉はありますか。社会的に男女のおかれている立場はいかがですか。言葉は社会の様子が移されていると思います。オーストラリアやバングラディシュの様子をぜひ教えてください。 |
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No.131 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sakura2 タイトル:実際を肌で感じることは大切ですね |
男らしさ、女らしさ…日本語はたしかに文末の終助詞で分かりますね。セリフも男とも女ともはっきり書いていなくても、この文末をみればだいたいどんな人が言ったセリフかが想像できるのも便利です。
ところが、このごろはこの男らしいことばや女らしいことばを、現実社会ではあまり使わなくなっている傾向があります。最近のことかと思われるかもしれませんが、実は私が学生の頃、私と同学年の友人の女友達は女同志の会話で、「あ〜、腹減った。飯食う?」など日常的に使っていたそうです。でも、それはすべての人にそういう表現を使うのではなく、同じ寮に住んでいる心を許した友人にだけだったと話しています。つまり、同じ人でも、使う相手、使う場所によって表現を使い分けているのです。 Ahmed Farhan Labibさんは日本に5年住んでいたとき、以上のような体験をしたことがありますか。つまり、話す相手によって話し方を意図的に変えることはあったでしょうか。それはどうしてなのでしょうか。 知識として本から学ぶことはたくさんありますが、実体験から肌で感じることはとても印象に残ります。今の時代を反映したぴったりなことばになるのはいつになるのでしょうか。 |
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No.76 |
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出身: 日本 居住: 東京 |
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ログイン名: さとみ タイトル:同感です |
日本はまだまだ男女平等ではないと私もよく思います。 世界の中でも男女差の無い国ランキングで120位くらいと低く、がっかりしています。 私が所属する書道団体でも理事長、常務理事、など役職は全て男性です。 女性の方が多いにも関わらず。 言葉遣いや態度にも男女不平等は表れていますね。 同感です。 男性側にも問題はあると思いますが、女性側にも問題があると思います。 上に立つのは男性の方が良い、という女性はまだまだ日本に多くいます。 自信を持って社会で生きている女性は煙たがられるという雰囲気も残っています。 女性は可愛くて男性に黙って従っていればいいという風潮がなくなればよいと思います。 日本に外国人が多くなれば少しは変わっていくのかなと期待していますが、やはり日本政府がクオータ性を導入するなど積極的な政策を取ることが大事ではないかと考えています。 |
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No.458 |
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出身: 中国 居住: Australia |
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ログイン名: lina タイトル:同じ考えです |
さとみさん、私の作文を読んで、コメントくれてありがとうございます。私も、日本の「性別平等」が叶えるまでは、これからまだまだ長い道を歩けないといけないと思います。さとみさんが言った通り、たとえ女性の人数が男性より多くても、男女不平等の問題はまだあります。これはやはり女性自身も固有印象がある事です。
同じく、私も政府が「性別平等」について積極的な政策を取るのが大事だと思います。それは、強制的に具体な政策をするより、日常生活からの人の固有印象を変える政策の方が積極的な政策だと思います。例えば、芸能や文化の伝播で、「男女平等」の概念を出力する、そしたら、民衆の受け入れ度も高くなると思います。でも、今の日本芸能界では、女性は「可愛い」「攻撃力がない」なイメージに限られています。それで、社会の女性もそんな文化に影響されて、自分もそんな固有印象があるになりました。でも逆に、アメリカ、イギリスなどの欧米国の芸能界は、女権の文化出力は強くて、相対的成功なので、社会はある程男女平等です。 しかも、男女平等は全人類に利があります。男女平等な社会なら、もっと効率があるし、民衆の幸福度も高くなると思います。ですので、男女不平等問題を解決する為、女性自身の固有印象を変わるのが第一歩だと思います。何よりも、男女不平等問題は日本だけの問題ではなく、全世界にとっても問題ですので、今から重視するべきです。 |
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No.100 |
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出身: 日本 神奈川県 居住: 日本 神奈川県 |
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ログイン名: グリーン タイトル:私の言葉の使い方と似ていると思いました。 |
作文を読ませていただいて、イワさんの言葉の選び方が、私と(もしかしたら日本語と)ほとんど同じであることに驚きました。私はニューカレドニアにはいったことがありませんが、ニューカレドニア人は日本と似た考え方を持っているのでしょうか
。子どもと話すときは、子どものような言葉遣いをして、大人と話すときは、仕事などの状況に応じて丁寧な言葉を使わなければならなかったり、お年寄りには丁寧な言葉でゆっくりと応対したりする、という点は日本と同じだと思いました。 ちょっと面白かったのは「友人や家族のなかで 気に入らない人がいる場合は、その人と話さなければいいだけの ことだが」というところです。気に入らない友達と話さないというのは分かるのですが、ご家族とも話さないことがあるんですね。この点は私は経験がありません。でも、そういえば、私の娘は12歳なんですけれども、腹をたてると、ぷいっと無言になり、自分の部屋の布団にもぐって隠れてしまうんです。私は怒って話さないという経験はないのですが、人は怒ると言葉が出にくくなってしまうのかもしれませんね。 ところでイワさんの母語は何語ですか。そして母語のほかにどんな言葉を話せますか。私は、日本語が母語で、中国語と英語が少し分かります。 話は変わりますが、私の明治時代生まれの祖母の名前が「イワ」といいます。イワさんと同じカタカナです。昔の女性はカタカナの名前が多かったのですよ。 |
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No.381 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: イワ タイトル:話し方を変える時に |
グリーンさん、私の 作文を読む ことが ありがとうございました。とても嬉しかったです。
私は 日本に 行ったことがありませんが、日本人が かいそう と ていねいさをじゅうようし していることを知っています。でも、いろんな人と話すときに 話し方を 変えること は すべての言語に当てはまると思います。 「友人や家族のなかで 気に入らない人がいる場合」について、誰もがこの状況に対処するための どくじの 方法を持っていると思います。この作文には 私の独自の 方法です。しかし、時々 家族の問題が とても たいへんですから、この方法がきのうしません。それで、「友人や家族のなかで 気に入らない人」と話しません。 母語の ついて、私の 母語は フランス語 です。フランス人です。英語も 話せます。そして、ビスラマ語が 少し分かります。でも、私は ビスラマ語で 祖母と話しているだけです。日常の生活には ビスラマ語で 話しません。 「イワ」の 書き方について、とても びっくりしました。面白かったです。 |
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No.109 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: よっしー タイトル:話し方から伝わること |
文章を読ませていただいて、私自身の話し方にも注意が向きました。確かに、話し方は、相手によって変えている感じがしています。
おっしゃるように、「同年齢の 若者、大人、お年寄りの 大きく3つに 分けて 話し方を変えている。」ようにも感じます。この3タイプの分け方は、私にも同様にあるような感じがしました。 そして、家族や親しい友人と慣れ親しんだ話し方で話すのも、その通りだと思います。 丁寧に話すのは、状況には関係ないとの話しもわかる感じがします。 話し方によって、いろんなことが、相手にも伝わっていくのだと思います。 そのためにも、話し方に注意するのは、とても大事なことだと思います。 そのうえで、どう互いの関係性をよくしていくのか。また、お互いの主張を大事に表現しながら、歩み寄れるのかが、私のテーマであると感じています。 |
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No.383 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: イワ タイトル:各世代のコミュニケーション |
よっしーさん、私の 作文を読む ことが ありがとうございました。とても嬉しかったです。
話し方は人によって異なるのは 事実だ と思いますが、私たちが何を意味するのかを会話相手に伝えさえすれば、それは良いことだと 思います。 この人の タイプの 3の 分け方については みんな 同じだ と思います。人々は世代に分かれています。毎世代には、各世代に固有の文化と話し方があります。大人と異なり、若者は話し方についてそれほど厳格ではありませんとおもいます。お年寄りの話し方については、若者よりに厳格と思います。でも お年寄りの話し方は大人よりに厳格少ないと思います。 互いの関係性をよくしていくについて、個人的には、各世代のさまざまな人々とできるだけ話をする必要があると思います。コミュニケーションがとてもたいせつです。各世代の違う話し方が 希望する人と話したい時にのコミュニケーションが妨げられてはなりません。 将来、これは 私たちを役立つかもしれません。 |
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No.77 |
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出身: 日本 居住: 東京 |
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ログイン名: さとみ タイトル:私も時々悩みます |
お気持ちよくわかります。 私も時々同じことで悩みます。 相手がずっと敬語を使っていると、自分と距離を取りたいのかな、と考えてしまいます。 同年代ならやはり敬語を使わずに話せた方が距離が縮まると思います。 ただ、敬語からため口になるタイミングが難しいですよね。 相手が少しでも年が上だと、敬語を使って欲しい人もいるかもしれないと、気を使って疲れることもよくあります。 ただ、人に対する尊敬の気持ちがあれば、大丈夫だとも思います。 あとはやはり人と人ですから、対話を続けていくうちにわかり合えて、自然に敬語が必要じゃなくなるというのが一番かなと考えています。 |
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No.80 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: kano タイトル:そのままで大丈夫! |
私は間もなく70歳を迎えようという日本人女性です。ManuManu26さんの作文を読んで、私も同じことを考えていると思いました。
基本的に、私の場合は敬語はあまり使いません。勿論、尊敬すべき特に目上の方に使ったり仕事ではビジネスの相手には使います。敬語は相手に敬意を表すための表現ですが、その一方で相手との距離を取るための言葉にもなります。この人とは親しい関係にはなりたくないという場合にも使ったりします。私にとっては出来れば使いたくない表現方法なのです。私は、老若男女すべての人と対等という感覚をいつも持っているからです。 敬語よりも気を使っているのは、「〜です、〜ます」を使うか、[くだけた言い方]を使うかの使い分けです。初対面では「〜です、〜ます」を使います。その後は、相手との関係で、親しくなれそうとか親しくなりたいと思う時は、徐々に「くだけた言い方」に変えるというか自然と変わっていくという感じです。そのあたりの匙加減はなんとも決まったパターンがあるわけではないので、私の感覚が決めてくれる感じです。 ManuManu26さんのやり方はそのままでいいと思いますよ。日本でも同じで大丈夫です。きっと日本でも沢山の友達が出来るでしょう。 |
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No.384 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: ManuManu26 タイトル:ありがとうございます |
コメントを書いて頂き、ありがとうございました。初めて家族なしで、あるいは友達なしで旅行しますから、私はとても社交的だと思います。そして、日本に滞在したことがありません。少し日本語と日本文化を知っています。しかし、多くのことを分からないと考えます。だから私は人の気を悪くさせたくありません。しかし、さとみさんが正しいです。あとはやはり人と人ですね。お互いが理解し合えるとおもいます。
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No.385 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: ManuManu26 タイトル:ありがとうございます |
コメントを書いて頂き、ありがとうございました。実を言えば日本で同じ方法を使えるとは知りませんでした。でも、かのさんのアドバイスどりにおこなおうと思います。初対面では「〜です〜ます」を使います。そして、相手との関係で、親しくなれそうとか親しくなりたいと思う時は、徐々に「くだけた言い方」に変えるというか自然と変わっていくという感じですね。同じ方法を使ってみます。かのさんのやり方はいいと思います。私は心配性なので、かのさんのアドバイスで私は安心しました。
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No.119 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: よっしー タイトル:言葉の使われ方に込められたおもい |
SGXさんの文章を楽しく拝見しました。
ニューカレドニアと日本では、さまざまな言葉の違いがあるのですね。 「従兄」の使い方や「従兄のお母さん」を名前で呼ぶエピソードには、お話を聞いていて、その使われ方の意味に納得できる部分がありました。親しみや個性を大事にする文化が、ニューカレドニアにはあるのかもしれません。そんなことを思いました。 ポライトネスや丁寧語等の使われ方は、確かに日本語はむずかしいのだと思います。 「すみません」や「よろしくお願いします」の使い方についても、日本語では場合によって使い分けるというのもおっしゃる通りでしょう。 私たち日本人は、あまりその理由も確かめずにそのことを日常で使っています。留学生にとってはとても大変なことだなと考えます。 そして、きっと、その日本語の使われ方にも、ニューカレドニアのように何かを大切にしているおもいが込められているのではないか、そんなふうに思いました。 私も考えてみますね。SGXさんも、その日本語の使われ方の大切なおもいについて気づくことがあるかもしれません。文化や歴史によって、いろいろな違いがあることを見つけることは、けっこう面白い体験になるのかもしれません。 |
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No.85 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sophia タイトル:「可愛い」はいい意味だと思います |
この作文を読んでとても面白いと思いました。「可愛い」という言葉が、そんな悩みを引き起こすなんて、きっと日本の高校生は考えていかなったと思います。だから先生に注意されて静かになってしまったんでしょうねえ。ちょっと残念です。「可愛い」には確かにいろんな意味があると思いますが、少なくとも悪い意味ではないでしょう。もしかするとあまり意味がないかもしれないです。受け入れたいとか親しくなりたいという程度の意味かもしれません。だから、あまり気にせずに、とりあえずその言葉を受け取っておけばいいんじゃないでしょうか。私は「可愛い」と言われたことがないので正直うらやましいです。レポートのことはよくわからないですが、日本語の勉強、がんばってください。 |
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No.604 |
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出身: フランス 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: レティシア タイトル:「可愛い」はいい意味だと思います |
ソフィアさん、お返事ありがとうございます!
ソフィアさんと間違えたと思います。もちろん、「可愛い」の意味は悪くないと思います。実は私と他に2人短期留学をしました。私と他に2人、日本に行きました。同じの状況がありました。 2人は私より「可愛い」と「カッコイイ」と言われること がたくさんあったと思います。町のなかで歩きながら他の別の人は私について気にしませんでした。2人はとても大きく(やく1m80) 珍しいので、もっと注目されたと思います( / !\悪い気持ちはないです)。 本当に留学先の高校生だけに「可愛い」と言われることが続きました。 たくさんの人は注目の的でいたくないと思います。私もその考えと同じです。場の中心になるのが好きですか? |
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No.92 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: 五月 タイトル:残念な経験を乗り越えて! |
オドレ―さん、日本語を勉強して、積極的に使ってみようと行動したことが「誤解」を生んでしまったようで残念です。
誤解の原因は「言い間違い」のほかにも色々あったのでしょうが、オドレ―さんは「敬語の使い方」が上手にできなかったから、日本人に期待されるようには出来なかったからだと感じておられるように私は思いました。 私は家庭の中で、親や近所の人が話す言葉を聞いて、自然に敬語の使い方をおぼえました。けれども、現代の日本人、特に若い人には、敬語は難しい言葉になりました。 社会が急速に変化して、敬語を使う環境が家庭の中でとても少なくなったからです。そんな中で育つ子供達は、親や大人が自然な形で敬語に触れる、敬語を聞く機会が減ってしまったのです。 ですから、外国語として日本語を学ぶ場合、「敬語の使い方」は学習したことを場面や人間関係を考えて頭の中で選んで使わなければならないので、もっと大変なことだと思います。私は敬語が使えなくても、丁寧なことばづかいであれば、コミュニケーションにあまり問題があるとは思いません。考えていることや言いたいことや事実が正しく、誤解のないように伝わることが大切ですよね。 最近、留学や仕事、観光目的で外国人が多く来日しています。家族で来日する場合は、その子供たちが日本の学校に通うことになり、日本人と外国人の接点が市民の間でも増えてきました。多様な外国人とコミュニケーションの場面が増え、お互いに「誤解」のない「理解」をするために「やさしい日本語」(人に優しい、学ぶのに易しい)を日本人も学ぶ必要があると、大学の先生が研究され、提案しています。その本には「敬語」はなるべく使わないと書かれていました。 日本語を学習した外国人が、思っていること伝えたいこと誤を解なく伝えられるようにするためには、受け取る日本人も「理解」しようとする努力が必要ですね。オドレ―さんの個人的な体験は残念でしたが、わかろうとする日本人も増えていますから、もっともっと日本語を磨いて、話してくださいね。 |
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No.605 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: オドレー タイトル:五月さんお返事ありがとうございます。 |
同級生や先生と話したことがあるので、状況に応じた敬語の形を理解するのに役立っています。私も日本語の議論を聞く練習をして、尊敬語をよりよく理解するようにしています。
私の考えでは、語学を学ぶには、その国に行くのが一番だと思います。だから、日本語を上達させて、第二の経験をするために日本に行こうと思っています。 私の過去の嫌な経験も、若くて質問が足りなかったことが原因です。今ほど日本語に興味がなかったので、また違った充実したものになると思います。 |
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No.84 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sophia タイトル:親しさとタメ口は別? |
デイジーさんは、日本人ばかりの店で働いていたんですね。「仲良くなればため口になるか、それとも出会った時の言葉遣いをそのまま続けるのか、どれが正しいかがわからない」とおっしゃっていますが、正解はないと思います。それに、丁寧な言葉づかいだから親しくないということもないと思います。私にも尊敬する年上の方がいます。困ったことがあれば相談するし、なんでも話せる親しい関係です。でも、タメ口で話したいと思ったことはないです。親しさとタメ口かどうかは、別ではないかと思います。昔、働いていた店の人と交流が続いているなんて、素敵ですね!ことばづかいに悩まないで、気持ちを伝えていればいいんじゃないですか。外国語で親しく話ができるなんて、ほんとにうらやましいです。 |
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No.101 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:敬語から見た日本人分析 |
じみんさんが日本語の敬語と韓国語の敬語の違いを説明してくれて、なるほどと理解できました。韓国人の場合は、同年代の初対面の人と話す時には、まず相手の年齢を確認しまね。
日本に留学している韓国人の学生同士の会話で、よくそんな場面に遭遇しました。そして、相手が年上の女性だとわかると、すぐに「オン二」と呼び方が変わるのでびっくりしたことがあります。ですから、同じ敬語を持つ日本語とはそれほど差がないと思っていました。 ですが、謙譲語という自分をへりくだる表現にこそ、日本語の敬語の特徴があり、日本人の「自分を謙遜して相手をうやまい感謝する」性格が表れているという分析に感心しました。 「日本語は上品で素敵な言語だと思う」と言われると、日本人として嬉しいです。それと同時に、その美しい部分がすたれないようにしなければと思いました。 |
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No.433 |
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出身: 韓国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: じみん タイトル:うっちいさん。ありがとうどざいます。 |
うっちいさん。素敵なコメントを書いてくださってどうもありがとうどざいます。
そうです。韓国でも、日本でも、年齢や地位によって、尊敬と感謝の気持ちを丁寧に敬語で会話することによって表すことは常識です。韓国での敬語は相手を自分より立てる尊敬語がメインです。日本でも尊敬語はもちろん使いますが、韓国と違って、相手を立てると同時に自分をへりくだって尊敬心を表す謙譲語も同時に使います。韓国語でも謙譲語を全く使わないというのは難しいですが、「謙譲語」という観念がないという点からみると、日本語の「謙譲語」は独特なものだと思いました。 腰を低くして、自分を謙った態度をとることで、さらに丁寧さを足す習性は日本人の他人や目上の人に対するの尊敬と感謝の気持ちの伝え方がどれほど丁寧なのかわかります。また、自分を謙ってまで丁寧に話すことが当たり前のように使われているところをみると日本人には礼儀というものが本当にしっかり執着しているなと思います。これが本当に日本人の性格や国民性を表すものだと断念づけるには無理があるかもしれませんが、日本語の敬語には独特な「上品さ」があると感じました。 うっちいさんがおっしゃった「日本語の美しい部分がすたれないようにしなければいけないと思った」という意見にとても共感しています。近年の世代の人々はちゃんとした敬語と触れ合う機会が少ないこともありますし、中年の方々に比べて敬語に慣れていない若者が多くなり、ちゃんとした形式的な敬語を話せる人が段々少なくなっているような気がします。また、時間が経ち、時代が変わるに連れて敬語の形もだんだん変化してきています。今の美しい日本の敬語の形や敬語に対する考え方がだんだん変わっていくことは本当にもったいないことだと思いました。 言語がその国の人々の性格を反映したり、印象を作ることができるということはとても興味深いことだと思います。日本人だけでなく、他の国々の「言語」からみたその国の人々や文化を分析してみるのも面白そうですね。 |
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No.122 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:受け入れることができるって大事な才能 |
ジョアンさんが最後のところで「性別によって言葉が決まるのは外国人には不平等に思える」というのを読んで、なるほどそう見えるんだとびっくりしました。日本人には当たり前に思えることが、文化の違う国の人から見ると違う受け止め方をするという代表的な例の気がしました。
私にとっては、男女による言葉の違いは、日本語ならではの大切な要素であり、なくしてはならないものの一つです。特別に「女らしさ」を強調する気はさらさらありませんが、自分らしく話す上でなくてはならない習慣のようなものです。外国人にとっては、ジョアンさんがおっしゃる通り、慣れるしかないということかもしれません。話す言葉には、その国特有の習慣が染み込んでいて、感じ方も自然な形で身についているんですね。 ですから、日本語を学ぶ時に、感じ方や考え方が違うとしても、日本人の感覚や習慣を受け入れようとするのは、外国語を学ぶ大事な才能になると思います。 これからも、違和感やその原因を言葉にして表現していってください。 |
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No.606 |
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出身: フランス 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: ジョアン タイトル:ありがとうございます。 |
うっちいさん、コメントをありがとうございました。
外国語を学んでいると、その国の習慣を身につけるのが大事な才能だと僕も思っています。しかし、うっちいさんが「女らしく」話すのは自分らしくいる習慣によるとおっしゃっていたそうですが、いつでもそういうわけではないと思います。 男でいて少し女らしく話している人や逆に、女で男らしく話している日本人もいるのではないかと思います。そういう人は子供の時からこういう男言葉と女言葉の文化に慣れていて、トランスジェンダーになるわけではないのに、自分らしさを表現するには同性の人の言葉を真似するよりも、異性の言葉を真似するのが気に入るそうです。というのは、「男」だから、「女」だからと言って同性の言葉がぴったり合うわけではないと思います。 また、同性の人の話し方が自分らしくなく、異性の人のようにも完全に話したくないという人はどうすればいいでしょうか?よく目にする例えなのですが、異性のファッションやマナーが気に入る外国人女性も多いと思います。 そういう人の多くは日本語で話すと、女性らしく話したくなるわけもないでしょう。しかし、男言葉にすれば、批判される恐れが入るので、迷っているという人もいると思います。 |
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No.78 |
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出身: 日本 居住: 東京 |
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ログイン名: さとみ タイトル:わかります! |
私は英語で話す時、同じ気持ちになります。 日本語には敬語があるので、場面や相手によって言い方を変えるけど、英語ではこれでいいのかな?と不安になります。 そうやって形式を気にしてばかりいると、今度は自分らしさが失われ、本当に言いたいことが分からなくなってしまうというのは共感できます。 語学学習で難しいのは、テキストや辞書に載っていないことですよね。 だから、話す、というのは読み書きよりも難しいと思います。 私もよく英語が母語の友人に英語を直されますが、その度に、そうか、そう言うのか、と一つずつ覚えるようにしています。 でも、完璧じゃなくて良いと思っています。 言いたいことが伝えられたら良しとしています。 間違えるのを怖がって話さないより余程いいと思って、これからも頑張って欲しいなと思いました。 |
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No.448 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ミシェル タイトル:コメントありがとうございます! |
さとみさん、コメントありがとうございます。
さとみさんのコメントを読んで、私はさとみさんの思いをよく理解できます。言語習得で一番効果的な方法はやはりさとみさんがおっしゃった通り、話すことですね。特に、間違った時に、母語話者の友人に直されば、一つずつ覚えるようにするのは、テキストや辞書を使うより役立つだと私もそう思います。 もう一つな方法といえば、やはり文化に触れることも大切ですね。特に文化を通して、言語の流れに対する理解も深められるかもしれない。例えば、私は敬語を勉強し始めた時に、日本の歴史や縦社会の原因などを勉強したおかげで、敬語の心得を理解するのも少し楽になったと思います。そして、日本のテレビ番組を見たり、音楽を聴いたりすることに通じて、テキストを読むより、日本語の会話力に有益だったと思います。しかし、今でも英語と日本語の構造の違いに対して、不安になります。だから、さとみさんは英語で話している時に、「これでいいかな?」の気持ちもよくわかります。実は、英語も敬語という概念があると思うけど、日本語のような決まったルールがほぼないですね。例えば、英語も日本語と同じように状況や相手によって、言い方を変えるけど、言葉だけで上下関係や立場がわからないんです。英語でそれはトーンや相手の表情に基づいて、わかります。だから、母語と学習している言語のニュアンスや構造的な違いをきちんと理解できれば、自分の言いたいことをさらに明確に表されると思いますね。私たちは言語学習者として、これからも頑張りましょう! |
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No.608 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: オードレー タイトル:とても面白いです。 |
ミシェルさんの作文がとても面白いです。特に好きなのは、言葉の面でも、まだ男女差が大きいのが残念だと思っているからです。2020年に向けて、男女間の不平等は解消しなければならないと思います。劣等感を持つことなく、対談相手に対してある程度の敬意を払わなければならないと思います。男であれ女であれ、同じように表現の自由があるべきだと思います。平等主義社会では、男女の関係がより豊かになるのは、人々がお互いを尊重し合うからだと思います。無意識のうちに、性別によってコミュニケーションが違うと、人と人との間に分断が生まれてしまうのではないかと思います。また、そのうちに状況が変わっていくことを願っています。男性の言葉、女性の言葉が少しずつ消えていくことを願っています。
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No.102 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:女言葉と女性の強さ |
日本語には、女言葉と男言葉がありますね。そして、女言葉は控えめで優しい印象を与えるため、日本の社会で女性が発言しても弱いと思われてしまうのでしょう。だからといって、日本人女性が男言葉を使って主張すれば、それが強い印象を与えるから正しいことになると言えるでしょうか。確かに日本は男社会です。政治でも経済でもリーダーになっているのは男性ばかりです。それに対抗するために、リーダーとなった女性が男言葉を使えば主張が通りとは言えないと思うのです。
私は年代のせいもかもしれませんが、女性が男言葉を使うと、その人の品性や教養を疑ってしまうというのが正直な気持ちです。もちろん、必要以上に女言葉を使う必要はないと思います。 |
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No.103 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: フナエ タイトル:自分らしさとは |
これを読んで、自分らしさというのは、相手によって変わったり、変えたりするものなのだと思いました。そして、「自分らしさ」も、いろいろあるのだと思いました。お書きになったとおり、日本語には敬語がありますから、相手との関係(社会的な立場や、親しさの度合いなど)を表すのも自分らしさだと言えると思います。敬語を使うのがふさわしい場面でも敬語を使わない(使えない?)人もいます。そういう人は、常識とされていることに異義があるか、必要な知識を持っていないのだと思われますが、それもその人らしさだと言えるでしょう。
また、それほど親しい人でなくても、話題によっては、自分の好みなどが自然に表れることもあります。それは、上に述べた社会的・言語の知識やポリシーに関わらない自分らしさだと思います。相手と親しくなろうと思って意識的に自分らしさを出すこともあれば、自然に出てきた自分らしさにほかの人が親しみを感じるということもあると思います。 この作文を読んで、「自分らしさ」にもいろいろあるのだと気づきました。 |
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No.453 |
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出身: オーストリア 居住: オーストリア |
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ログイン名: コウジ・リディカット タイトル:自分らしさ |
このコメントを読んで、敬語を使ってないことで自分らしさを表現してる人もいると気づいた。それで、相手との関係を通して自分らしさが表れることがあることが面白いと思った。例えばかっこよく見えるように女性の前に声を低くする男性もいる。この例で人の性格が少し表すと思う。
コメントを書いてくれた人の言った通り、わざと自己表現をしようとしてない時にも自分の性格がまだ現れる。例えば、僕の言った例に対して砕けた話し方を通して人と親しくなるためにしている。だが僕はそういう時、意識的に「親しくなるように砕けた話し方で話そう」と思ってない。親しくなりたいと言う事は考えてるから自然に砕けた話し方で話す。 このコメントを読んでもう一つの考えた事は人間関係が苦手の人の場合、自己表現を良くできないこともある。友達を作りたいけど緊張しすぎて変な表現で話すとか、親しくなろうとしてなれなれしい感じがするとかもある。そういう場合、人の性格は自然にでてこない。つなわち、性格は人の言葉遣いだけで分かるか他の事で分かるかと言う問題が表す。僕の個人的の意見は社会技能はとても大切だから皆は習ったほうがいいと思う。もちろん、社会技能を習うのは難しすぎてできない人もいるが、この時代には簡単にゲームとかテレビをして友達をつくらなくてもいいと思う人「ひきこもり」はたくさんいる。 |
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No.129 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: Yuhoh タイトル:言葉遣いと社会関係 |
言葉遣いと社会規範の関係ですね。とても興味深い内容です。勉強になりました。
日本語の人称代名詞は、性別によって使い分けられていますね。「ぼく」、「おれ」は男性が自称するもので、「あたし」は女性が自称するものです。私の母国語の中国語では、自称する時には、男性と女性の使い分けがありませんが、第三人称を指す場合は、男性と女性の区別があります。英語の「he」と「she」のような区別です。サムさんの母語はどうでしょうか。英語ですか。 それから、サムさんの作文には「私は社会規範に対する態度が大抵悲観的から大抵積極的ようになったと気づいた」と書かれていますが、具体的にはどんなことでしょうか。お教えいただけますか。 |
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No.450 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: サム913669 タイトル:コメントのコメント |
コメントをいただき、ありがとうございました。私は母国語が英語です。中国語と英語はジェンダーと人情代名詞に関して似ているそうです。
私の作文の主張をよりはっかりと書き直したいと思います。社会規範と言語規範の関係についてです。確かに言語が社会を反映するけれども、言語も社会規範を強化するでしょうか。例えば、言語には性に固有の人称代名詞がすみずみまで広がっているという状態が、社会はジェンダーを強調するのを反映するでしょう。つまり、社会がジェンダーを強調するから、言語に性に固有の人称代名詞があります。けれども、逆に、言語には性に固有の人称代名詞があるから、ジェンダーを強調することが高まるでしょうか。つまり、社会規範と言語規範の関係は双方向でしょうか。私はあるほど双方向だと思います。実は作文を書いてから、こういうことは「言語的相対論」の一部だと習いました。 「私は社会規範に対する態度が大抵悲観的から大抵積極的ようになったと気づいた」とは自分が言葉遣いで社会規範を影響できることに指します。具体的に、例えば、「he」「she」の代わりに「they」を使ったら少しでも相手のジェンダー意識を下げさせます。自分が言葉遣いを少しでも変わるのを通じて社会規範を少しでも影響できることはやはり良いことだから、社会規範に対する態度が良くなりました。 |
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No.88 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: たかこ タイトル:自分らしさ・言葉遣いと人間関係 |
とても日本人の言葉に対する考え方に似ていると思いました。日本にもまだまだ儒教の考えが残っていますから。
特に敬語は、今の若い日本人も学校を卒業して社会に出る時、困ってしまうことの一つになっています。パーフェクトな敬語も大切でしょうが、ヨーヨーさんのおっしゃるように、お互い相手の立ち位置に立って考える心があれば、たとえ間違ったとしても理解しあえるのではないでしょうか。 また女言葉は室町時代(1300年代)の貴族の生活の中から生まれた言葉と言われています。女性差別用語と言われますが、あまりにも長い間使われてきていますので急に失くすことは難しそうですが、公の場ではかなり使われなくなったように思います。 |
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No.269 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ヨーヨー タイトル:コメントのコメント |
返事をしてくれてありがとうございます。言ったことにとても賛成しています。
敬語にパーフェクトになることは当然に難しいですが、日本語学習者が学ぶべき日本語の大切な一部分だと思っています。日本語には「継続は力なり」と言う諺があると聞きました。この諺通り、失敗や間違いを恐れずできるほど頑張って学習していたら、社会に入る時まで敬語を完璧にする時間がまだあると思います その上、個人的に私は人が敬語をどれだけ上手に使用できることはその人の資質を反映すると思います。例えば、カジュアルな言葉とか最小限の敬語だけ使える人は自分の成長に関心したり、敬語が上手になるため多くの努力を払ったり、責任感を持ったりするのように見えないと思います。反対に、敬語が流暢に使えれば、「適切に教育された」と言うイメージを付けて、他の人から高く評価されるではないでしょうか。 女性語について教えてくれたことはとても面白く考えましたから、もっと調べることができました。確かに、長い間使われたから急に失くすことは難しいですが、公の場ではかなり使われなくなったと言う事実は日本人のジェンダー不平等に対する考え方に変化が起こっていることの証ではないでしょうか。そう考えいたら、この不平等を完全に失くすことは時間がかかりますが、不可能なことだと思いません。 |
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No.125 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:丁寧さと親しさ |
外国語を勉強する時、日本人の私は丁寧さを大切にしているなと、改めて感じました。それは、きっと母語である日本語を使う時にそうしている影響なんだと気づきました。
ところで、私は丁寧な日本語を使うと相手との距離が遠くなるという考えには賛成できないです。親しいほど相手との距離が近くなるという感覚は正しいと思いますが、親しければ丁寧な表現を使わなくてもいいとは思えないからです。 それから、日本では、個性を発揮する場所をまちがえると「顰蹙をかう」というのは正しいです。日本人の感覚としては、個性を発揮するために馴れ馴れしい言葉づかいをするのは、ちょっと違う気がします。 rileyさんはマレーシア人の彼女との付き合いの中で、異なる言語文化を学んでいるのですね。丁寧さの比較というのは、とてもおもしろい視点だと思いました。私も、これから、それをポイントに言語を調べてみたいです。 |
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No.614 |
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出身: 濠太剌利 居住: 濠太剌利 |
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ログイン名: riley タイトル:コメントのコメント |
そうですね。個性の発揮についてのオーストラリア人と日本人の考え方の違いは面白いですね。オーストラリア人の私は、丁寧な状況(面接など)個性を発揮できないと、面接者が人格や気質を注目できなくて問題だと思います。例えば、押しの強くて気が荒い求職者がそのような気立てを発揮しないと将来に問題が発生することを心配します。やっぱり、馴れ馴れしすぎる言葉遣いしなくて個性を発揮し方もあると思います。日本人としてなぜそのように感じているのか気になっていると思いますが。
マレーシア人の彼女の家族の場合は残念ですがオストラルアとマレー文化の違いは面白いと思います。私の見た限りでは、洋東文化の最大違いは丁寧さや社会的階級における位置だそうです。マレー語の初心者ですが、マレー文化でも特に年齢に重視していて、年上と話したら話し方が全部違うそうです。マレーシアのマレー人はたいていイスラム人で、アラビア文化からの影響もあって、その文化もこのように位置に重視しているそうです。初心者の私が丁寧に話せませんので年上と話すのを避けています。 |
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No.111 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: よっしー タイトル:おたがいの文化を感じることの大切さ |
文章を読ませていただいて、「日本の文化は、礼儀正しさを大いに重視している。私たちは尊敬、謙譲、丁寧さなどの感情を普通な言葉で表せないので、これらの感情を補うための敬語が必要である。」との表現に、惹かれました。
私は、現在も日本に在住する日本人ですが、世界的にはそのようなこともいえるのかもしれないと思いました。 言語は、ことばは、その地域、文化、歴史、そしてコミュニュティによって発達するのだろうと思います。 ジンさんの言語、言葉使いには、どんな歴史や、文化が込められているのでしょう。そんなことにも興味がわきました。 きっと、独特の個性的な習慣や社会規範によって成り立った、豊かな表現もあるのだろうと思います。それはきっと、私にとって学びになるのかもしれない。そんなところに思いを馳せました。 「敬語を勉強している時、そういう複雑な敬語が世界になかったらいいなと思っていた。しかし今、敬語がなければ人間の言語情報伝達の効率を向上させるが、代償は言語芸術の一部を失うことがわかった。それは価値があるだろうか。」との表現に目が留まりました。 そうなのでしょうね。日本語にとって、敬語は、言語芸術を担っている部分があるのだと思います。 互いの違いを感じながら、それでも、似ているところも探しながら、交流が出来ていけるといいな、などと感じました。 |
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No.171 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: B タイトル:ニューカレドニアの礼儀正しさ、そして日本の礼儀正しさについての意見 |
日本にも礼儀正しさが重要だと気づきます。私の国では礼儀正しさはそれほど重要ではないと思います。ニューカレドニアでフランス語は公用語です。ニューカレドニアでは、同じまたは若い年齢の人々とその家族と親しく話すことができます。時々、年上の人と親しく話すことはありすますが、人によって異なります。私にとっては 知らない大人と話す時はもっと丁寧に話すように気をつけていますが、フランス語では日本に比べて敬語はあまりありません。また、上司へのメールでは常に丁寧な方法で書きます。
敬称と敬意の表現は日本文化の不可欠な部分であり、日本語を面白くしていると思います。ただし、他の人とコミュニケーションする時敬意を示すために同形式の丁寧さを使用する義務がありますので、礼儀正しすぎると個性が少し失われると思います。外国人として、敬語は日本人に近づきがたく感じさせると思います。 最後に、敬語を使うと他人との距離感があります。幸いに、状況にもよりますが、敬語をいつも使っているわけではありません。そして、日本人は敬語は外国人にとって簡単ではないことを知っています。 |
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No.370 |
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出身: Nouvelle-Calédonie 居住: Nouvelle-Calédonie |
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ログイン名: ManuManu26 タイトル:面白いです |
ジンさんの観点は面白いとおもいました。ジンさんと同じタイプの状況に私は慣れています。しかし、私の国の状況はちょっと異質です。確かに、二ユーカレドニアでは学校で子供たちは教師と話す時に尊敬語を使うように教えられました。ここでも親しい関係にある人がカジュアルな言葉を使うことができます。でも、通りで歩く時、人はあなたに微笑みかけること、あるいはうなずくだけです。私が小さい頃時、フランスとニューカレドニアのちがいを見つけました。フランスで通りを歩く時、私のおじさんは人に挨拶をしました。でも、相手の人はお互いを知っているか尋ねました。私のおじさんは「ニューカレドニアではこれを行うのは礼儀正しい」ということを説明しました。それは言葉の文化的な局面です。「異なる環境での異なる言語習慣に気づいた」と言ったようにです。言葉が違いますが、それは言語がその価値を失うことを意味しません。
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No.429 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ジン タイトル:私も同感 |
よっしーさんのコメントを読ませていただきました。
私が話している中国語は体系的な敬語表現がありません。そして、地方によって敬語の習慣が違います。たとえば、ほとんどの中国人は日常生活で普通な「你(あなた)」を使って相手を呼ぶ言って、北京人は尊敬語の「您(あなた)」を使うのに慣れています。また、北京人が他の人よりも礼儀正しいとは思いません。方言と習慣の違さだからです。 中国語では敬語と普通の言葉の間に鋭い切り分けはありません。なので、初めて日本のドラマを見て日本の文化に触れ始めた時、会社では、先輩が新入社員が彼らに話す時に敬語を使わなかったのに気づくことに驚きました。 よっしーさんは「互いの違いを感じながら、それでも、似ているところも探しながら、交流が出来ていけるといいな、などと感じました。」と言いましたね。私も同感です。 私は国々の言語を比較して、それらの類似点や共通点を見つけるのに本当に興味深いと思います。 例えば、私は日本語の敬語表現を学んでいた時、これらの表現は英語に正しく翻訳できないことに気付きました。「よろしくお願いします」は英語に「please take care of me(お世話ください)」と訳されています。しかし、英語でこれを言うのはとても変なことでしょう。 ただし、中国語の「初次见面请多关照」という表現は、日本語の「よろしくお願いします」とまったく同じ意味です。中国語と英語の両方に日本語のように体系的な敬語はありませんが、中国語と日本語は共通点を共有しているため、これは非常に興味深いものでした。 |
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No.126 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: mamomamo タイトル:立場による言葉遣い |
Humzaさんが日本に留学した時の学生寮での観察がおもしろいと思いました。
日本人学生が、留学生のHumzaさんには敬語を使わず、タメ口を使って話していたのは、外国人がカジュアルな言葉遣いを好きだと思っているのだろうという分析でした。そして、日本人学生同士だと、すぐに敬語を使って丁寧に話していたというのは、鋭い発見です。 日本人同士だと、学生寮の先輩か後輩という立場で使い分けているのでしょう。さらに、もう一つ、知り合ってからの時間やお互いの知り合い度によっても使い分けているのです。 いずれにしても、相手が外国人なら敬語を使わないでカジュアルな方がいいと思ってしまうというのは、大きな勘違いですよね。Humzaさんくらいの日本語理解力だと、失礼に感じたのではないでしょうか。私も気をつけようと思いました。 |
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No.97 |
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出身: 日本 居住: 山口県 |
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ログイン名: ゆり タイトル:若者言葉 |
とても面白く読みました。ヌーさんは、若者言葉を使って自分らしさを感じたり、相手に伝えたりしたいんですね。私も若者言葉が好きだしよく使います。ヌーさんに質問があります。もし、あなたが若者ではない年になったらどうしますか?.漫爾気鵑稜代の人が使う言葉を使う。▲漫爾気鵑茲蠅眷下の「若者」の言葉を使う。私なら、‘韻固代の人が使う言葉を使います。なので、私が「若者」のうちは、若者言葉を使いますが、もう「若者」ではなくなったら、私より年下の人の言葉を使わないと思います。つまり、私は、若者言葉を使って同じコミュニティの人と親しくなりたいと思うのです。なので、私が使う目的は、自分らしさを表すのとは少し違います。ヌーさんと私の、若者言葉を使う考えは違っていて、面白いです。
言葉はその人の知性や教養や、考えを表すし、外国語を話す時も、そんなことを考えて勉強したいなと思っています。 |
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No.369 |
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出身: Nouvelle-Calédonie 居住: Nouvelle-Calédonie |
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ログイン名: ManuManu26 タイトル:すごい! |
ターさんの作文は面白いとおもいました。「若者言葉」について意見を述べるています。この課題を全ての局面から検討していると思います。「若者言葉」は若者たちに大切なアイデンティティを形成するものですね。例えば日本ですごくおもろい時は「草」や「草原」や「森」という単語を使うと聞きました。フランスでも同じです。「lol」や「mdr」や「ptdr」や「xptdr」という略語を使います。しかも、「Meme」やユーチューブも多く影響されています。「Black Eyed Peas」や「50 cent」を聞きました。おじさんは「ナルト」のファンでした。カカシ先生が大好きでした。だから世界中の若者はお互いを理解します。デジタルとグローバリゼーションのおかげです。さらに、あなたの意見と同意見です。バランスは大切です。自己を表現することが大切で、他者を尊敬することも大切です。私はあなたのようにこの言葉遣いの影響や大切さを無視することはいけないと思います。
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No.417 |
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出身: ベトナム 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ヌー タイトル:ゆりさんへ |
ゆりさんのコメントを読ませていただきました。面白い質問をくれて、ありがとうございます。
もし私は若者ではなかったら、若者言葉をあまり使わないと思います。全然使わないと思わないが、現代の私ほど使わないと思います。将来の私は現在の私と違うのは事実です。私はこれから人として変わって、私の言葉遣いも多く変わるでしょう。なので、大人になっていて、私はだんだん若者言葉を使わなくなると思います。 現在、私の若者言葉を使う理由は歳だ。私はまだ10代ですし、インターネットやSNSで多くの時間を過ごしているので、毎日若者言葉と触れ合って、使います。ゆりさんと似ていて、私も同じコミュニティの人と仲良くなったり、友達を作ったりするために若者言葉を使っています。 それに、私はインターネットの開発と共に育って、若い頃からこのユニークな言語に触れていてから、この言葉遣いはますます自分の言葉遣いに入って、私の言葉遣いを変えました。その変化は一夜でなく、若い頃から起こっていました。なので、これからも私の人格の変わりとともに、私の言葉遣いはそのように変わって、若者ではない時に若者言葉を使わなくなると思います。 しかし、若者言葉を完全に放棄しないと思います。若者言葉は私にとって大切なことで、私のアイデンティティ自身に多く影響されたから、将来にもこの影響は消えないでしょう。例えば、気に入る言葉や表現などをまだ使うと思います。若者ではなかったら、若者の習慣をしなかったり、若者言葉を使わなかったりしますが、放棄できません。若者言葉の影響はまだあると思います。 今でも私は若者言葉は大事な言葉遣いだと思っています。若者ではなくても、若者言葉は多くの人々に影響されて、社会全体に大切なものです。 |
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No.621 |
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出身: フランス 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: レティシア タイトル:コメント |
ヌーさんの作文はとても面白くて論理的だと思います。「なので私はインターネットで時間を過ごし、SNSで友達を連絡するようになったから、「若者言葉」に多く影響された」と言ったことは非常に関連性のあると思います。また、私は若者言葉について時々「え?何を言うの?」「何がそれ」「バカみたい」ということがあります。若者がアイデンティティを見つけてみることを分かります。しかし、世界はインターネットで変わりすぎますね。危ないでしょうね。それから、次のジェネレーションのためにもっと気を付けます。 |
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No.81 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: kano タイトル:教えてください |
中国語、韓国語、日本語を使えるAlexさんがオーストラリア英語の敬語が難しいとは、なんだか興味があります。よく、日本語の敬語は難しいと聞きますが、「平等な意識の産物として、英語の敬語はアジアの敬語と比べ、比較的曖昧で、区別し難い。」とは、私にとっては新しい見方で、そのことを詳しく聞きたいと思いました。
例えば、「オーストラリアで登校する初日、最初に私を困らせたのが先生に対すれ敬語だった。初対面の校長先生と交流する時、敬語で返事したつもりだが、アジアの敬語に馴染んだせいか、どうしても自分の英語から敬意が感じられなかった。 」とありますが、具体的にはどういう対話だったか覚えていますか?もしくは、別の体験でもいいですが、なにか例をあげてくれると嬉しいです。 |
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No.437 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Alex タイトル:敬語の違い |
kanoさん、ご返事ありがとうございます。
一番分かりやすい例は人称かと思います。日本語で他人と話すときは「君、貴方、お前、xx先生、xx様」と、色々な呼び方があります、それは韓国語でも中国語でも一緒です。しかし、英語での人称はほとんど「you」と「Mr./Mrs. xxx」しかないです。なので、「もし私の発言のほかの部分の敬意が足りなかったら私のyouは「お前」と理解されてしまうんだろう」のようなことを、目上の人と話すときにいつも心配していました。 けれど、学校でオーストラリアの生徒と先生がどのように接するところを見て、私は心配しすぎだとすぐに分かりました。私の認識で、先生とは尊敬し、距離を取って接するべき存在。しかし、オーストラリアの生徒と先生は常に友達のように接しています。生徒たちは生成相手に何でも話せます、生活で困っている事、面白い冗談。先生側もそれを全て受け入れ、生徒のことを平等な人間として扱っています。それに比べ、いつもわざと堅苦しい敬語を使おうとしている私と話すときに、先生方も私とどう話せばいいのか悩むときもあったみたいです。 その後、もっと気軽い気持ちで話してみたら意外と楽でした。そういう平等な環境ですから、英語の敬語も比較的曖昧なのでしょう。 |
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No.91 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: たかこ タイトル:関西弁についてよくご存じですね。 |
「ヤシンくんに関西弁で話しかけたんやけど微妙な反応だったから、何を言ってるのかわかってへんのかなって」
→ヤシンさんの書く的確な関西弁に驚いてしまいました。外国の方にとって、話すことはできても、なかなか文字化するのは難しい、と思うからです。この関西弁をマスターするのにどのくらいかかりましたか。また関西のお笑いの人達が得意そうに使っているボケとツッコミなんて、ヤシンさんは本当に関西のお笑いを理解していらっしゃるんですね。 日本はとても狭いのに、一つの県の中にも場所によって方言があって、同じ県人なのに、時々分からないこともあります。昔から日本人はあまり人々が移動せずに長く一か所に 住み続けてきたから、その土地特有の言葉が生まれたのかな、と思う時があります。(江戸時代、スパイを見分けるために各地方で特有の言葉を作りだしたという説もあります。) 「方言は人それぞれのアイデンティティと文化的背景を表すものだと思います。言語に個性を与え、日本語を豊かにするものでもあります。」 →本当にそうですね。が最近方言は、メディアの発達と共にかなり消えていっているようです。残念でちょっと寂しいです。でも関西弁は残ると思いますのでご安心ください。 |
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No.353 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ヤシン タイトル:お返事ありがとうございます |
たかこさん、お返事ありがとうございます。ほぼ毎日彼女の関西弁を聞いていますので、気がつくといつのまにか自分は関西弁を喋れるようになっていました。関西弁では分からない単語はまだたくさんありますが、標準語との相違点はだいたい分かっています。たしかに、日本は方言が多くあり、一つの県の中にも方言いくつかがあるのはとても素晴らしいことだと思います。各地方には特有の言葉があるなんて、日本の文化と歴史は本当に深いですね。方言の多様性の元にスパイの歴史があるのはとても面白いですね。私は子供の頃からナルトやドラゴンボールが好きで、もちろん忍者とスパイにもすごく興味があります。ナルトに出てくる言葉と全然違かもしれませんが、江戸時代のスパイの言葉がどのようか気になります。
たかこさんの言う通り、メディアの発達と共に方言が消えつつ、標準語を話す人が増えるでしょ。しかし、別の方向から考えると、テレビや映画などで方言を話す人がいれば、視聴者たちはその方言に紹介され、勉強にもなります。このように、私は漫才を見ることで関西弁の聞き取り練習もできました。しかし、関西弁は多く話されているからこそメディアに出るかもしれないし、他の方言もテレビに出るのか分かりません。日本は様々な地方を紹介する面白いテレビ番組がたくさんあるので、その地方の方言も紹介するいい機会ではないでしょうか。たかこさんのお返事はとてもいい勉強になり、方言について深く考えさせていただきました。ありがとうございます。 |
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No.113 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: 五月 タイトル:日本語にも同じような変化が |
「英語圏で若者のfiller words が変化している」そうですね。これを聞いて日本語でも同じようなことが起きていると思いました。
テレビで10代の若い人がインタビューを受けているとき、「えーっと」とか「っていうか」など、自分が言いたい言葉を探すときによく耳にします。 十分年を取って「お年寄り」になった私は、それを聞いて「ちょっと子供っぽいな」と思いますが、あまり気にしません。時がたって、社会でいろいろな経験をすれば、言葉は少しずつ変わってくるはずだから、それを待とうと思っています。 最近、高校生のプロの将棋棋士が勝ち進んで、新記録を打ち立てたときのインタビューを聞いて驚きました。映像を見ないで声だけを聴いていると、(当時はまだ中学生だった)10代の若者が話しているとは思えないほどの大人の言葉づかいだったのです。もちろんfiller words はありません。映像の顔はまだ子どもの感じが残っているのですが、話す言葉は大人と同じです。きっと将棋の世界で年上の先輩方の中にいたからでしょうね。 言葉づかいは所属しているグループの中で変わりますから、時と場所と場面が変われば、それに応じて言葉づかいも変わります。私も家の中で同じ人に話すときでも、リラックスしたとき、お願いするときなど話し方が変わります。相手が見えない「電話」に出るときも変わります。 話し手と聞き手、両方にとって気持ちのいい言葉づかいができるといいですね。 |
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No.172 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: B タイトル:「filler word」の使用に関するの意見 |
面白いテーマだと思います。「well」がより洗練されて学があるというイメージを与えることができるとは思いませんでした。確かに、真面目な会話時に「Umm」や「aah」に比べて、 より適切です。私は若い人が洗練された言葉を使わなくなった理由について、ライリー さんと同じ見方をしています。一般的に若い世代は洗練されているように見えることにあまり関心がないと思います。そして、他の言葉のように「filler words」は時間と共に進化します。
私にとっては母国語はフランス語です。フランス語では、言うことを考えていることを示す「filler word」があります。"Euh"はフランス語で "Umm"に相当します。インタビューでよく耳にしますが、昔の世代と若い世代に使われています。ただし、使いすぎると煩わしくなり、自信がないという印象を対談者に与えます。そして、よりずっと年上の人との会話時に尊敬しない印象を与えるので、まだ避けている「filler words」があります。他の若者と話す場合、自分の言語レベルにはを注意しません。しかし、私の友達は知っている人と話しているのか、知らない人と話しているのかは関係はない、自分の「filler words」に頓着しません。要するに、それは人と教育にかかっていると思います。 |
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No.199 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: Izu タイトル:新しい目線が見えて面白かったです。 |
ライリーさんの作文を読ませていただきました。
とてもよく書けていたと思います。私が読んだほとんどの作文はどう女性や男性、先輩や後輩、違う文化の間に現れる言葉遣いの違いがよく出てきました。けれどこの作文は世代の間に生まれる言葉遣いの違いについて「遊び言葉」の例を使って面白く説明してくれているのでとても興味深かってです。確かに遊び言葉はあまり印象がよくないと言われます。フランス語では「euhh」とよく言います、先生方によく注意されます。 そして私もライリーさんのように今の世代は前の世代より自分のために生きていると思います。昔より自由が多いと思います。特に女性は昔より自由に話せるようになったと思います。社会規範にそってものを言うのではなく自分が本当に思っていることを言うのが普通になってきています。 自由に意見を出し自由に自分でいられる社会になってほしいです。心の底から信じているものを恥じなく言える場所になってほしいと思います。 |
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No.402 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ライリー タイトル:言葉遣いの認識 |
コメントを読ませていただいて、五月さんの意見に賛成しました。私も「言葉遣いは所属しているグループの中で変わる」と思います。
五月さんの将棋棋士についての話は面白いです。その話の核心は「人々は使う言葉遣いで判断される」と言うことだそうです。Filler wordsを使わない高校生がお年寄りと間違えられるのは少し可笑しい例なのに、英語圏では言葉遣いに因るステレオタイプと人種差別が多いです。例えば、アフリカ系アメリカ人はAfrican American Vernacular English (AAVE)でよく話します(黒人英語と言うことです)。アフリカ人奴隷が奴隷商人との英語から学習した際にAAVEを発展したという説と、違う言語で話す奴隷同士がコミュニケーションを図るために英語をもとに発展させたという説があります。人種差別のせいで、AAVEを使う黒人が文盲だと思われるスティグマがあるので、黒人が不学という思い違いがあります。かなり悲しいです。 「時と場所と場面が変われば、それに応じて言葉づかいも変わる」と言うことも要点です。言葉遣いは流動的です。自分らしい言葉遣いを変えることによって、他人との相互作用も変わります。失礼に話すと、葛藤が起こります。カッコよくなりたい学生が人気の学生が言ったことを繰り返すると、自己同一性を失います。 どのように自分が認識されることは自分の言葉遣いの使用に基づいています。 |
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No.105 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: フナエ タイトル:自分らしさも変わる |
使う言語によってアイデンティティが変わるというのは、面白いと思いました。それも、第一言語ではない中国語のほうがより自分らしさを表すというのは、様々なことを考えるきっかけになりました。関わる人が増えたことにより、それまで自分でも知らなかった自分らしさがあることを知り、それを表現し続けることにより、アイデンティティが変わっていくの言うのは、自分らしさとは固定された物でなく、ダイナミックなものなのだなあと感じることができました。
たくさんの話し方があるというのは、悪いことではないというのは、私も同感です。日本語は、敬語もあれば、丁寧語も砕けた表現もありますし、男ことば、女ことばと言われるものもあります。敬語などは、相対的なアイデンティティだと言えると思いますが、親しい相手にもわざと使ってよそよそしさを表すこともあります。自分らしさとは、核となる自分から、何をどんなふうに表すかによって、状況により変わる(変えられる)ものなのだと思いました。 |
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No.161 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: kiwi タイトル:言葉で自分らしさを確立する |
賛成です。中国で生まれ育った人にとって、本当にその通りです。まず、敬語の面を見ると、中国語には日本語や朝鮮語のような厳しい、あるいは体系的な敬語システムがありませんから、敬語についての意識も自然に弱いです。結局、上司などの目上の人に話すときだけで敬語を使うという意識があります。場面によって、言葉遣いも違います。いいかよくないかわかりません。が、たぶん場面によって、言葉遣いの違いから、自分らしさを確立することができます。単一の環境でその違いを見つけにくいですから、そのことを意識してきたのは本当に生活をよく観察しましたね。
そして、ただ若者言葉を見れば、近年の流行傾向はもっと思わない方向へ行ったと思います。以前はたぶん便利さを考えて、流行語には略語が多くありました。けれども、今、逆に音声などの面から、普通の言葉に新しい意味をつけたり、新しい言葉を創造したりしています。なんというか、同じ意味なのに、違う表現を使うと、相手の態度がすぐ伝えられます。社交に苦手な人(私を代表として)にとって、深く理解しました。 最近、友達と絵文字や顔文字をよく使います。OKは🆗、👌、!(^^)!などで意味も分かりやすいし、ただ見てかわいいですね。何言ったのかわかりませんが、言語の勉強のために一緒に頑張りましょう〜 |
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No.430 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: イヴァ タイトル:コメントのコメント |
kiwiさん、コメントありがとございます!
場面によって自分が好きなように言葉を使うようのは祝福であると同時に呪いだと思います!中国語と英語(特に中国語)には日本語のような言葉制度があれば良いなあと良く考えるけど、その制度は自身の問題点があるのは忘れません。私はバイリンガルの環境で育ったのは感謝するけど、言葉遣いの違いため、どっちの言語世界に属しているについてのは困ります。なんていうか、中国語とか英語とも、体系的な敬語がないのに、縦社会の中国は横社会のオーストラリアと比べて、相手とどう言う言葉遣いを使うのはもっと厳しくて、微妙なニュアンスがあると思います。その顧慮は英語で反映したら、近づきにくいの感じを発して、逆に、英語の言葉遣いは中国語に含めたら、ちょっと単調なイメージを与えると思います。でも、そういうことは言語の面白さですね! kiwiさんを説明した流行語を聞いて本当にビックリしました!英語にはそのことが全然ないと思いますよ。中国の若者言葉はかなり完全に新しい言語になっているみたいですね。そういう若者言葉の存在により、普通の公用語はだんだん日本の敬語と似てる物になる可能性がありますか。早く知りたいです! また、コメントありがとございます!中国の言葉遣いについて良く学びました!kiwiさんと言ったように、言語の勉強のために一緒に頑張りましょう! |
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No.128 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: フナエ タイトル:日本語と社会規範 |
言語と、その文化は切り離すことができず、お互いに影響し合っているとの実感があります。私は日本語と英語を話します。それから、日本の手話が少しできます。どれを使うときも、私という人間は変わりませんが、表現や、考え方にはそれぞれ別の影響を与えられると思います。
例えば、日本語ではあまり「私」「あなた/あなた方」「彼/彼女、彼ら」など、ほかの言語で主語とされる代名詞を使いません。使わなくても、理解し合えることがほとんどなので、あえて使うときは、強調や、特別な意味を持たせたいという場合のことが多いです。これが、英語や手話で表現するときは、「誰」ということをはっきりと示さなければなりません。さらに、手話では動作の大きさや緩急、顔の使い方(目を大きく開く、細める/眉を上げる/頬を膨らませる)は、大きさや程度を表すのに必須です。この違いだけでも、私自身の心の動きに少し影響があると感じています。 日本語の男ことば、女ことばについては、個人個人で違いはありますが、昔に比べて今はそれほど使われなくなってきていると思います。使われるのは、カジュアルな場面で、相手との関係によっては、冗談でわざと乱暴な男ことばをつかったりすることもあります。敬語や丁寧語では、男女の言葉の違いは考えなくてもいいと思います。「社会規範」について考えてみると、日本語・日本文化においては、カジュアルな場面と敬語が必要な場面の判断とモードの切り替えが不可欠で、重要とされると言えると思います。 |
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No.198 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: Izu タイトル:作文を読ませていただきました |
ゾイさんの作文を読ませていただきました。二つのテーマに分けてあってとても分かりやすかったです。面白い例がいくつかあって読むのが楽しかったです。文化の違いがどう言葉遣いに影響しているかが上手に説明されていました。私も3カ国語ができるのでどう自分らしさを他の言語で出せばいいのかよく悩みます。言いたいことが分かっていても言語力が足りなかったり文化に慣れていない場合どの言葉遣いを選べばいいのか分からない時があります。
フランス語で話すときは気楽に年上の方にも話しかけます例えば大学の先輩には普通に喋りかけます。もちろん目上のかたにはもう少しかしこまった言葉遣いをつかいますが日本語で目上の人に話しかける時よりは緊張せず話しかけます。外国語を話すときに自分らしさを出すのはとても難しいと思います、略語など学校では学ばない単語などを知らないと話しにくいと思います。 そして女性と男性の間にある言葉遣いの違いの例もすごく興味深いと思いました。私も小さい頃から親に「女の子だから言うことには気をつけなきゃいけないよ」と言われてきました。個人的には女も男も同様に好きな言葉遣いが選べるはずだと思います。 |
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No.359 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ゾイ タイトル:筆者コメント |
国の言語と文化は相互に間接的、直接的な影響し合っていることに賛成します。言語は国の文化を表したり、文化は言語を形作ったりすることができます。
中国語には敬語があるけど、日本の敬語のように三つの分類にしなくて、社会には敬語の使用を強調していないという現象が見られます。敬語は礼儀正しい文化をある程度反映されておりますが、敬語を閑却しているのはお互いの尊敬について中国人の態度を反映すると思います。社会の場合に考えてみると、自分が反対している時、相手は上司や目上の人でも、率直に自分の意見を発表します。一方、日本の文化は外国人にとって、恭しいと知られているらしいです。このカルチャーは文末に曖昧すること、迷惑ならないように、様々なジェスチャーをすることに反映されています。 日本にある女性の言葉と男性の言葉の個人差は今、少なくなっていることについて驚きました。なぜなら、日本のビジネスマナーを学んだ時、オフィスでの女性の身だしなみについてのルールは厳しいということが分かったからです。職場で化粧をしなくてもいけないし、服装や髪型は清潔感があることもはずです。これらのルールは少し厳しいと思うけど、この現象は日本だけでなく世界各地で発生しています。私の学校はゲストスピーカーを招いた時、オーストラリアにある職場の規範をおしえてくれました。日本のように、仕事を問わず、化粧をしなければいけません。ラジオ番組で働き場合、画面の後ろで作業しても化粧をしたり、フォーマルな服を着たりすることは大切だと言いました。 このような女性の身だしなみについての社会的規準は今でも存在するのに、日本には無性語をもっと使うこと、ジェンダーの不平等を最小限に抑えるように意識的な行動に移ることは素晴らしいと思います。 |
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No.112 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: yossi- タイトル:「少し幸せな困った経験」という表現 |
「少し幸せな困った経験」という表現に、とても惹かれました。
文章には、リーロイさんの祖父への言葉遣いについて、尊敬の念とあわせて思いやり、そして愛情を感じました。 そして、「みんながフォローするような正しい正解は無いと思っている。」と言われているように、完全な答えのようなものはないのでしょうね。 いつも、少し悩みながら、少し気遣いながら、「少し幸せな困った経験」をしているリーロイさんの姿が思い浮かびます。その姿は、祖父の方にも、心で伝わっていくのでしょう。 敬語と言っても、そこに基本的な型やパターンがあったとしても、最後は、伝える側の姿勢やこころのようなものなのだろうと考えました。 これからも「少し幸せな困った経験」をしているリーロイさんを応援したい、そんな気持ちになりました。 |
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No.181 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: リーロイ タイトル:コメントのコメント |
Yossiさんへ
大変忙しい中、そしてコロナウイルスにより大変の時期にも関わらず自分が書きました『言葉遣いにより困った経験』の作文をご覧になり、そしてコメントしていだだき誠にありがとうございます。Yossiさんがお書きになりました『最後は、伝える側の姿勢や心』によって言葉ではなく心でも自分が表したい事が伝わる事に気づきました。心がつながる事によって人間関係は素晴らしくなることをYossiさんのコメントにより気づきました。『言葉の壁』があるために自分を表せない時が合っても、心がつながっていれば相手は自分が言いたいことそして伝えたいことを理解してくれる時はあります。しかし、相手と心が一つになるには愛、友情がないと難しいと思います。心が繋がってない時はやはり言葉遣いは大切ですよね。個人的の意見としたら心がつながってなくても、相手とどんな関係であっても、お互いの心を理解しようとする姿勢があれば相手の言葉遣いだけでは分からないことがいろいろ見え始めると思います。相手の言葉だけでは伝わらないことを理解する事により、より良いコミニケーションができると思います。これからは自分が言いたい事だけを集中するのではなく、相手が自分に何を伝えたいかも分かるような大人になりたいと思いました。Yossiさんのおかげで自分が足りないところを気づきました。 Yossiさんもコロナウイルスに負けず、くれぐれもお体に気をつけてくださいませ。 リーロイ |
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No.124 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:俺の使い方 |
Hannah.qさんの作文を読むまで、「俺」の使い方について深く考えたことはありませんでした。女性の私からすると、詳細に説明ができませんが、70歳の父の発言を思い出すと、家族や親せきとの食事会では「僕」を使っていました。もっと改まった場では「私」を使っています。確かにここ最近父が自分のことを「俺」と言っていた記憶がありません。もう少し若い時に自分の両親や私の母との会話で「俺」と使っていました。そう考えるととてもおもしろいですね。どこで使い分けているのでしょうか。
「私」>「僕」>「俺」の順でより親しい人には「俺」を使うのではないかと思いますが、どうでしょうか。 タメ口でいいよと言われた相手への返事の仕方についてですが、作文を読むと、その相手の方は自分の子どもより年下のHannah.qさんががんばって敬語を使っているのが、健気というかかわいく思われたのではないでしょうか。Hannah.qさんとの距離を縮めたいというメッセージかもしれませんね。私だったら、「ありがとうございます」と気持ちを伝えて、敬語ではなくです・ます調で話します。一緒に働いている内の人間関係ということで、もっと気楽に話そうという気持ちの表れだと思います。その際には、素直に受け入れて良いのではと私は思います。 |
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No.127 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: mamomamo タイトル:俺の使い方 |
作文の中で、「自分のことを俺という60代の年配者が年下に丁寧な敬語を使っている一方で、いつも僕を使う人がタメ口話している」というところが、とてもおもしろい気づきだと印象に残りました。Hannah.qから見ると、自分に対して乱暴な「俺」を使う人が丁寧な言葉遣いをしていて、自分のことを丁寧な「僕」と言っている人がタメ口を使うのがおかしいということですね。確かに「俺」の方が「僕」よりも乱暴に聞こえますが、「俺」の使い方は話す場所と相手によって変化するのです。例えば、私の父は70歳ですが、妻である母や親せきの人と話す時は「俺」で、会社の人と話す時は「僕」で、会社以外の人とは「私」です。相手が年上か年下かというよりは、話す場所と相手との関係によって使い分けている気がします。もちろん、無意識にやっているのでしょう。
ところで、「俺」は「男前」「モテる」の自己アピールというのは、ちょっと違うと思います。外国人が日本語を使う時に、アニメやゲームの影響でそう思って使っている人はいるかもしれません。 |
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No.187 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Hannah.qu タイトル:Rindaさんへ |
Rindaさんのコメントを読ませていただきました。男性の一人称の使い分けについて、私はRindaさんの意見に賛成です。相手が自分より目下であって、あるいは、親しい人に対して「俺」を使う男性が少なくないでしょうね。「俺」に対して、「男らしい」、「カッコイイ」などのイメージを持っているから、フライベートの場面では多く使われているそうです。一方、夏目漱石の時代に知識人の間で俺より謙虚で抑えめな印象を与える「僕」が流行して今に至ります。年輪を重ねると、段々落ち着くなったたり、言葉遣いや言行がおとなしくなるようになったりするではないでしょうか。なので、rindaさんのお父さんは男らしいと思われたいより優しくて良い夫とお父さんと思われたいこそ知らず知らずうちに「僕」を使い始めたじゃないかなと思います。 年上に返事の仕方のご意見ありがとうございます。素直に相手の気持ちを受け入れて、年上の方に尊敬の念を持って接するように丁寧語で話してみたほうがいいかもしれないですね。相手の気持ちをよく理解できるのは一つの友好な人間関係を築く手掛りですよね。 |
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No.82 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: kano タイトル:新しい気づきをありがとう! |
hpl21さんの意見を読んで気がついたこと。
年長者の一人として、私は、若者言葉を否定的にとらえているわけではないが、若者言葉の意味を理解していなかったかもしれないということでした。 若者言葉は、年上の世代を部外者と見なし、若者である自分らと区別する役割を果たし、年長世代を無視する表現。ここまでは日本の若者言葉にも共通すると思いますが、オーストラリアの若者言葉は、日本のそれよりも積極的抵抗の意味が強いと想像します。何故かというと、“例えば、「YOLO」という若者言葉が流行り、ニュースに頻繁に言及された時、オンライン上で「年長者は若者言葉を使わないで」という若者の声が多く寄せられた。”という文を読んだ時、日本の若者は、そんな場合、同じ行動をするとは思えないからです。オーストラリアの若者は確固たる主張を持って若者言葉を使っているんだな〜と思いました。新しく気づかせてくれてありがとうございました。 |
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No.454 |
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出身: オーストリア 居住: オーストリア |
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ログイン名: コウジ・リディカット タイトル:若者の言葉と敬語 |
Hpl21の作文を読んで若者言葉のいいところを考えてみた。英語と比べると日本語の丁寧語とかため口言葉などを通して日本語の法はもっとそしきてきな感じがする。従って若者はなぜ自分の意見を敬語で表せない時もあるのかはシステムがありすぎて間違えたくないからだと思う。日本に人はインタビューをしてる時にはたいてい丁寧語で考えを伝えないと失礼だと思われる。しかし英語の場合はそういう制限はあまりない。もちろん、オーストリアにも色んな社会規範がある。だが、日本語見たいな言語に関する規範はあまりない。「日本の言語は制限過ぎて若者は敬語を習わなくちゃいけないではなく、システムを変えないといけないことである」と言う人もきっといるが、僕は日本語の特徴を守った法がいいと思う。教育制度に敬語をもっと教えたら若者は敬語を使う時にもっと自信があることになる。
なぜ日本の言語のシステムを変えなくていいかと言うと特徴を守るためだけではなく、敬語を通して若者は大人を尊敬するように促す。Hp121は「若者の言葉遣いは彼らの政治的な現実を反映するのではないだろうか」と書いたので僕も言葉遣いはその人の政治的な現実を反映すると思う。先週、僕の70歳のお父さんはお買い物に行って車から出てる時、ドアが風で急に開けてとなりの車に当たった。その車を持ってる人が自分の車のダメージを見るとものすごく怒ってお父さんに色んな悪口を使った。車の所有者は多分、30歳ぐらいの女性だったので僕はこの話を聞くと怒った。若者はこの頃お年寄りを尊敬しないということはこの事件が反映した。オーストリアの若者は自分のことだけを考えて他の人の事を考えない漢字がする。 |
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No.456 |
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出身: インドネシア 居住: オーストリア |
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ログイン名: hpl21 タイトル:日本の若者は積極的な抵抗をしない、それはなぜか? |
お返事どうもありがとうございます。
オーストラリアの若者の年配世代への抵抗が積極的だったが、日本の若者は同じような抵抗をしないだろうというkanoさんの意見は非常に興味深いと思います。このオーストラリアの若者と日本の若者の抵抗の違いは、結局、各国の文化や価値観の違いのためだと思います。 最近、オーストラリアの若者は、年長世代に対して尊敬感をあまり持っていないらしいです。なぜなら、オーストラリアの若者は、気候変動や格差社会の深刻化を年長世代の無行動のせいにしているからです。「年長世代はわがままで、将来世代のことを屁とも思わない」という意識が若い層の中にかなり広く普及されているような気がします。この世代間の紛争が激しくなったあまり、若者の言葉遣いにより生じる抵抗がより積極になったのではないかと思います。 日本にも、ある程度、世代間の関係が悪化してきました。少子高齢化に伴い、高齢者を支援するための若い世代の納めなければならない税金が増え、それにより、若い世代は年長世代のために多く犠牲しなければならないという意識が徐々に上がっているそうです。そのような意識や感情があるとは言っても、年上の人への尊重を大切にする儒教の影響が日本社会において未だに強いため、日本の若者は積極的に抵抗せずに、自分らの感情を押さえているのではないでしょうか。 オーストラリアの若者と日本の若者の直面している状況が似ているが、それぞれの年長世代への態度が違います。こうしてみると、言葉遣いはいかに文化や社会規範によって左右されているかが分かるのでしょう。 |
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No.478 |
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出身: フランス 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: ジョアン タイトル:共感できる内容でした。 |
「英語における若者と言葉遣い」というテーマの作文を興味深く拝見しました。Hpl21さんは英語での若者言葉や若者言葉を使う年上の人に対する批判について述べていて、おもしろいと私は思った理由は、フランス語でもほぼ同じで、ニューカレドニアの若者は英語にたくさん影響を受けていますから共感できる内容だと思ったからです。僕も、両親や親戚の大人と話しているときと親友としゃべったりチャットしたりするときのタメ口が異なります。大人と話しているときは一般的なフランス語を話している一方で、友達とは「ウェーシ」(「おーい」)、「ゴ 〇〇」(英語の「Go」から、「今○○に行く」、「Rip」(英語の「Rest in peace」から、「残念だ」という意味で使われている)などのような、大人に理解できない言葉を使って話しています。また、オンラインでチャットするときの言葉遣いもまた変わります。英語からの「Btw」(By the way:「ちなみに」)や「frr」(兄弟の意味を持つ「フレル」からだが、「…だぞ」、「…だよ」という意味で使われている)などを使っています。こういう単語を使う大人を目にすれば、若者は確かに驚き、自分の「若者文化」を真似しようとしている侵入者に思うでしょう。また、Hpl21さんが述べた「Okay Boomer」から、年長の人は笑われることがあるとわかります。この表現は、若者のモラルや行動を非難する年上の人のコメントに返事するときに使い、「老人、あなたの意見を気にしない」というようなフレーズですね。年長の人はよく意見や言葉遣いが若者と違い、馬鹿にされることがあると思います。 |
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No.120 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:気をつけて |
StephGさんの作文を読んで、私はびっくり仰天してしまいました。
「やばい」はそれほど悪い言葉だとは思いません。私も使っています。でも、「くそ」「てめえ」は心臓に悪い言葉なので使わないようにお願いします。 とても親しい友達どうしで友情の維持のために、このような言葉を使うというのは、その人達の自由ですが、StephGさんの女友達が批判したのは、先入観や世間体を気にしているからではないと思います。そんな言葉で親しや友情を確認する一部の人もいるでしょうが、女だから使ってはいけないというのではなく、人として使うべきではない言葉です。アニメや映画のけんかや戦いのシーンで使われているかもしれませんが、とても危険なので気をつけてください。 言葉を自由に使うのはいいですが、その言葉を言われた相手がどんなふうに感じるかということは考える必要があります。罵りの言葉は、男・女らしさや世間の期待の問題以前に人としてどうあるべきかの問題ではないでしょうか。 |
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No.407 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: StephG タイトル:文化違い? |
うっちいさんのコメントを読ませていただきました。ありがとうございました。最初に、人として使わなかった方がいい言葉があるという考えに賛成します。しかし、作文に書いた体験に、人を罵ることを全然しませんでした。つまり、罵り等の言葉の不快な思いをさせる力を認められますので、互いに認識を持っている凄く親しい友達との以外に、使うべきではないことを知ります。だから、作文にも、意識的に訳しませんでした。
それから、アニメや漫画等の影響の代わりに、文化の影響のもとに「悪い」言葉遣いを学びましたと思います。つまり、オーストラリア人ですが、両親は移民ので、子供のころ英語を話す時友達の話し方を考慮しながら、自分の育った環境と文化を反映する話し方を発展しました。もちろん、オーストラリア人ではなかったら、「関係は親しいが下品な言葉を通して友情を表す」という言動を誤解しやすいだと思います。ですが、オーストラリア人として、 特に男の子にとって、共通な現象そうです。 確かに、ある人は「人として、するべきではない」という考えがあります。そして、「男は下品な言葉を使う時、批判しなくてもいい」もあります。その一方、普通に女の子は同じ言動があったら、他の人が批判した。だから、私は「どうして女は自由に会話できませんか」と質問して、作文を書きました。しかし、うっちいさんのコメントのおかげ他の目線をきちんと考慮できました。 |
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No.123 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:すばらしいです |
あゆさんは、男性と女性の言葉遣いの違いについてとても上手に説明されていると思いました。日本人の私より、上手に表現されており、「そうそう」と思いながら作文を読ませてもらいました。私もあゆさんと同じ意見です。日本人の私からすると、両親の話し方の違いやアニメの主人公の話し方の違いを見て育ったので、男性と女性で話し方が違うことは当たり前だと思っていました。あゆさんの言われているように、無理をして、話し方を変えると違和感を覚えます。例えば、女の私がドランゴンボールの孫悟空のような話し方をしだしたら、周囲も困惑するかと思います。感覚で受け止めて、理解してることを、外国語として日本語を勉強している方が理解するのは、確かに難しいですよね。女だから女らしい話し方をしなさいと上から押し付けられたら、嫌になりますし、女性差別と言われてもしょうがない気がしますが、私の場合は、慣れや習慣から今のような話し方をしています。無理に女らしい言葉遣いをしている気はありません。初めて、自分の話し方を意識したのは、自分の息子の話し方が女の子っぽいと気づいた時でした。
また、敬語を使う場面や使う理由についてもとても良く理解されておられ、すばらしいと思いました。これからも沢山の日本人の友達をつくって、楽しみながらあゆさんが日本語の勉強を続けて頂けたらと思います。 |
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No.188 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: あゆ タイトル:rindaさんへのコメント |
コメントありがとうございます。rindaさんは言葉遣いについて自分の経験を教えてくれたたことが楽しみながら読みまして、沢山学んだと思いました。確かに、女だから女らしい話さないといけないことはしょうがない感じでありますが、無理にする気もありません。何故かというと、親しい人はともかく、社会で正しい、それとも自分の性別や地位に似合う言葉遣いをすることが一つ礼儀の表現でしょう。私は日本の社会から日本語を学ぶより、アニメを見って日本語を勉強することは多いです。だから、日本語を話すより聞く場合が多いから、rindaさんが言われたように、自分が日本語を喋るとき人にどんな感じを与えるのかいつもわからないになっています。昔の私も一度「僕」に自称と思いました。rindaさんのコメントを読んだ後、私は「自分らしさ」を求める前に、やはり自分に似合う話し方の方向を決めることはもとも大事だと思いました。
友達からだけでなく、rindaさんからもらってきたコメントもたくさん日本語の知識を学びました。そして、アニメ、特にドラゴンボールが好きな私に楽しみながらコメントを読みました。同時に、rindaさんの経験や話し方も私にとっていい勉強の機会になれると思いました。言葉遣いは難しいけど、難しいから掌握したいという気持ちがもっと強くになりました。だから、今後も日本語をもっと頑張って勉強します。私の答えにこんないい評価をするのがありがとうございます、このコメントを大切にします。 |
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No.115 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: よっしー タイトル:「言葉遣い」とうツール |
なつきさんの文章を読ませて頂きました。特に、「私は、女性はこうであるべきだ、というよりも、こういう女性でありたいという意志から丁寧な日本語を使おうと心がけている。」との表現に、なつきさんの凛とした強さと向かっていく姿を感じることが出来て、すがすがしい気持ちになりました。なつきさんは、帰国子女ということなのでしょうか。多文化の中で成長された軌跡をうかがいます。
言葉遣いや丁寧な日本語には、もちろんある一定のルールはあるのでしょう。そのうえで、そのことを自分の生活や個性に引き寄せ、「自分の好みを表すツール」として使用したいというところは、とても共鳴出来ました。私もそのことに賛成したい思いです。言葉遣いがそのような発想のもと、活かされ、コミュニュケーションの大切な手段として発揮されることは、人生を切り開き、また社会を新しく切り開く重要なきっかけを与えるものになるのではと思います。そして、それは、自分自身への理解だけでなく、他者への理解にも役立っていくことを想像いたします。 |
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No.116 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: よっしー タイトル:「言葉遣い」とうツール |
なつきさんの文章を読ませて頂きました。特に、「私は、女性はこうであるべきだ、というよりも、こういう女性でありたいという意志から丁寧な日本語を使おうと心がけている。」との表現に、なつきさんの凛とした強さと向かっていく姿を感じることが出来て、すがすがしい気持ちになりました。なつきさんは、帰国子女ということなのでしょうか。多文化の中で成長された軌跡をうかがいます。
言葉遣いや丁寧な日本語には、もちろんある一定のルールはあるのでしょう。そのうえで、そのことを自分の生活や個性に引き寄せ、「自分の好みを表すツール」として使用したいというところは、とても共鳴出来ました。私もそのことに賛成したい思いです。言葉遣いがそのような発想のもと、活かされ、コミュニュケーションの大切な手段として発揮されることは、人生を切り開き、また社会を新しく切り開く重要なきっかけを与えるものになるのではと思います。そして、それは、自分自身への理解だけでなく、他者への理解にも役立っていくことを想像いたします。 |
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No.211 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: なつき タイトル:言葉遣いと新しい社会 |
よっしーさん。丁寧なコメントありがとうございます。
私の意見に賛成いていただけたこと、とても嬉しいです。 言葉遣いは自分の好みを表すツールであるべきだという私の意見に対し、よっしーさんの「言葉遣いがそのような発想のもと、活かされ、コミュニュケーションの大切な手段として発揮されることは、人生を切り開き、また社会を新しく切り開く重要なきっかけを与えるものになるのでは」という考えに、私もとても共感いたします。 私は中学生の頃からアメリカと日本を往き来して育ったのですが、このような考え方は、日本の“型”にはまることが苦手な、多文化の中で育ったいわゆる帰国子女だけでなく、LGBTQの方達など、個性が理解されにくい社会の少数派の方たちにとって、よっしーさんが「自分自身への理解だけでなく、他者への理解にも役立っていく」とおっしゃる通り、大きな救いになると考えます。 敬語など日本語のルールは文化の一部として受け継がれていくべきだと思いますが、“言葉遣いから生じる人のイメージ”という社会のしがらみは必要ないのでは改めてと感じます。 |
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No.107 |
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出身: 日本 居住: 兵庫県 |
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ログイン名: リーア タイトル:自分らしさは言葉遣いでなく経験だ |
Peterくんは本当に優秀な人だ。目的がはっきりと見える人だと考える。だから、普通ならうやむやになる「どのように外国語を自分らしくするか」が、自分をどう見せて、相手をどう動かすか、にはっきりと対応していることがわかっていた。ジュリエットさんは、「問題は、何が壁で何が間違いである?」と問いかけている。それは、外国語を使うときの壁のことと、外国語でコミュニケーションを取るための間違いのことだと思う。それならば、外国語を使うときの壁は、コミュニケーションを怖がることだと思った。間違いは、フォーマルやインフォーマルな言葉の使い分けのことではなくて、自分らしく話すことをうやむやにすることだと思った。ジュリエットさんの作文を読めたのか分からない。けれど、Peterくんのような、特殊な人に会った経験のあるジュリエットさんは、「自分らしく」ということに豊かさがあることがわかった。 |
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No.427 |
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出身: Australia 居住: Australia |
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ログイン名: ジュリエット タイトル:ごめんね!で、勇気を出して自分らしい外国語を探す |
リーアさんのコメントを書いて下さってどうもありがとう!
すみません、私の作文の結びの文が意味不明で、本当にごめんね!私の頭には、「壁」と言うのは、「Peterさんの社会規範から逸れる習慣と生徒同士私たちが期待された習慣との違いで、お互いの習慣を誤解することから生じた壁」ですけど、あまり上手く伝わらなかったと思います!リーアさんは、私の「作文を読めたのか分からない」と言いましたが、実は、私の意味不明な表現のせいで作文が分かりにくくて、ごめんね!私の勘違いに対してリーアさんの静聴、ありがとうございます。(実は、それは私の自分らしさではなく、本当に間違いでした〜はは〜) その全部でも、リーアさんが書いてくれましたように、Peterさんは「本当に優秀な人」です。けれど、ほとんどの言語学習者は外国語を使うときに「コミュニケーションを怖がる」と言う壁が多分あるでしょう。私はリーアさんの言うことに賛成です。 私の弟は、「コミュニケーションを怖がる」言語学習者として私を励ましてくれる人です。15歳で、高校でイタリア語を勉強しています。授業のときに話す機会が少なかったため、自分でオンラインのペンパルを作ってみようと思いました。それから、一週間も経たなかったうちに、イタリア人の友達を作りました! Peterさんは中国と自分の母語、文化を分かっている人から離れてオーストラリアに来ることを決めなかったで、大変な変化を立ち直って生きるために、恐れずに人間関係を通して(あるいは、リーアさんの言葉では、「自分をどう見せて、相手をどう動かすか」ということを分かって)自分らしい外国語を探さなくてはならなかったと言ってもいいと思います。しかし、その体験がなくても、外国語学習者は自分らしさを人間関係を通して探すことができると思います。ただ時々弟のように勇気を出して身をさらさなくてはいけないだけと私は思います。おそらく怖いかもしれないのに、やりがいがあると信じるからです。 |
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No.90 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sophia タイトル:確かにむずかしそうです |
日本語に、数カ国語と思えるくらい違う種類の言い方があるとは、思ったことがありませんでした。日本人からすると、そんなに違う言語のようには感じられないのですが、英語が母国語の方からはそのように見えるのだと勉強になりました。日本人でも、方言の場合はそういうことがあるかもしれないと思います。私も地方から東京に来たばかりのとき、話されている日本語がかなり違うので、最初は戸惑いました。まるで違う言語のようだと思いました。それから、チャールズさんが、中国のことを書いていて、文化的には上下関係や性別上の区別があるのに、言語上は区別がないと書いていて、面白いと思いました。文化と言語は関係が深いと思っていたので、意外でした。その場合、例えば、どんなふうに目上の人に言葉で敬意を表すのか知りたいと思いました。 |
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No.180 |
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出身: マレーシア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: チャールズ タイトル:他の言語もそうでしょうか |
本当にそうですね。Sophiaさんの東京に来たばかりの経験はすごく面白いと思いますよ。私も日本の様々な方言にとても興味があります。
Sophiaさんが言った日本人が日本語に違う言語みたい感じがないということは一つの点を表しました。もしある方の勉強している言語は彼の第一母語でなかったら、その方は絶対に第一母語についての知識と経験を通してその言語を理解しようとします。例えば、私は日本語を勉強する時、しばしば英語と中国語の角度から日本語を理解してみます。だから違う言語のような感じをします。日本人は日本語が母語であるので、この感覚もありません。そいうことは、日本語だけではなくて、他の言語の勉強にもあるのだと思います。 |
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No.620 |
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出身: フランス 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: レティシア タイトル:コメント |
チャールズさんは日本語のプロセスを分かったそうと思います。私も敬語についてそんな「たくさんの言語を勉強している」の感じがあります。しかし、日本語はフランス語のように、詳細な言語と思います。日本語では表現のジェンダーの違いがあります。フランス語も「ma, mon, ta, ton, son, sa... 」のジェンダーの言葉があります。また、敬語のように、「langage soutenue」があります。それから、そんな違いを分かります。英語人にとって大変なことも分かります |
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No.104 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: フナエ タイトル:日本人も迷うことがあります |
私は日本人ですが、相手をどう呼ぶか探り探りということも、結構あります。フォーマルな場面で、あまり親しくない時は、「〈苗字〉さん」「〈苗字〉先生」「〈苗字〉課長」などと言えば、ほぼ間違いはないのですが、初対面ではなくてもまだ親しくなく、社会的な上下関係も同等ぐらいで、仕事などの付き合いでない場合は迷います。そういう時、私は「〇〇さんと呼んでいいですか」と聞いてしまうことにしています。本人が呼ばれたい呼び方があるときは教えてくれますし、それでいいということであれば、それ以上気にしなくていいからです。その後、その人と親しくなったら、呼び方も自然に変わるかもしれませんし、相手が私を呼ぶときも、変わってくるかもしれません(ニックネームなど)。
ホストファミリーの「パパ」「ママ」の件についても、トレイシーさんが礼儀正しさを心がけたのは、いいことだと思います。「お父さん」「お母さん」と呼んでほしい人もたくさんいると思います。トレイシーさんのホストファミリーの人たちが、自分たちが好きな呼ばれ方を教えてくれたのは、お互いに遠慮しすぎずに思ったことを言うことができる関係だということを、はじめに教えてくれたのだと思います。 相手をどう呼ぶかは、日本人も迷うこともありますが、直接聞くことも含めて、相手との関係の中で見つけます。 |
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No.315 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: トレイシー タイトル:コメントありがとうございます! |
フナエさん、コメントをいただいて、ありがとうございます。
日本人も初対面の呼びかけに迷うことがあるのを聞いて、これが日本語学習者だけの悩みではないのが分かりました。純粋な子供の時、配慮せずどんな呼びかけをしていても良かったが、成長に連れて、築いた人間関係と気持ちを配慮しなければいけないようになって、いつの間にか社会的な地位が呼びかけに反映され、理論的に簡単なのに実践は非常に複雑になったのが肌で感じます。フナエさんが、迷う時に「〇〇さんと呼んでいいですか」を聞くのアドバイスをいただいて、将来ぜひ生かしたいと思います。しかし、私は内気なところもあって、直接に人にアプローチして聞く勇気があまりないので、積極的にこういう言動を取るのが私にとってとても難しいです。私は、たくさんの人に出会ったり話しかけたり、ネットワーク作りなどにまだ経験不足なのかもしれないでしょうね。 ホストファミリーの件について、フナエさんがおっしゃったように、確かにそうではないかと私も思いました。実は高校卒業の一年後、一度再会したことがありますが、その時双方の関係は結構変わったので、微妙な関係性に対して、呼びかけにまた困惑してしまいました。今度お会いする時、この件について直接聞いてみようと思います。 呼びかけは「相手との関係の中で見つける」という意見に共感いたします。これからも、呼びかけに迷わず、自信を持って一歩を踏み出したいと思います。コメントをいただいて、本当にありがとうございました。 |
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No.117 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: よっしー タイトル:言葉遣いを自分のものにするということ |
クレアさんの文章を読ませて頂きました。
特に、ホストファミリーとの交流のエピソード。「やはり最初からタメ口を使うと馴れ馴れしすぎに聞こえてしまうかもしれないから、どっちを使っても短所と長所があると思う。」との話しには、クレアさんの経験から感じたことであり、具体的に使用してみて感じることの知恵を感じました。そういうことはあるのだと思います。日本人の私にとっても同様の経験があります。馴れ馴れしい言葉遣いと敬語の使い分けは、すごく大事なテーマになるのだと感じます。クレアさんが、いかに、日本語を使用することを、自分自身の生活の中に取り入れているかを感じることが出来ました。 英語と日本語の敬語の違いについての感想も面白いです。そういう意味では、日本語の敬語には、英語よりもバリエーションがあるのかもしれないと思いました。 いずれにしても、クレアさんが、日本語の言葉遣いを、自分のものにしようという熱意をとても感じることが出来ました。 |
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No.222 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: クレア タイトル:よっしーさんへのコメント |
よっしーさんコメントありがとうございます。
よっしーさんが私の悩みに通じ合えたと読んだ時とても安心したし、よっしーさんのおしゃった「馴れ馴れしい言葉遣いと敬語の使い分け」というテーマもとても大切だと思います。そして、このテーマに関するエピソードをもう一つ思い出しました。私が中学生で日本語を勉強し始めた頃、まだ敬語とタメ口の使い分けが出来なかったので、先生にうっかりタメ口で話して、馴れ馴れしすぎると言われたことがあります。今は思い出すと「フッ」と笑いますが、これは多分私が日本語にはバリエーションがあると初めて気づいた時かもしれない。そして、このような経験から見ると、言葉の使い分けはただ勉強から習えるものではなく、言葉のバリエーションを上手く理解したいなら経験の積み重ねも必要だと思います。例えば、ビジネス敬語のような言葉遣いを習うために経験は必要不可欠でしょう。例えば、目上の人へのあいさつの仕方やどうやって意見を語り合って、反対するのは全て経験があればあるほど仕方がドンドン明確になるでしょう。私も日常会話を通して日本語への理解が深めた気がします。とは言え、私はまだ謙譲語や尊敬語のような言葉を上手く使えないし、相手や場面に応じた正しい言葉遣いもまだきちんと把握していません。だから、よっしーさんの「日本語の言葉遣いを、自分のものにしようという熱意をとても感じることが出来ました」を読んでとても心強かったです。ありがとうございます。 |
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No.106 |
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出身: 日本 居住: 兵庫県 |
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ログイン名: リーア タイトル:共感は他者でなく自分に向けることでもできるかもしれない |
リンさんは、男性と女性と中性があると教えてくれました。それから、区別することの問題も感じているようでした。意見はいろいろあって、一つだけの解決がないということです。そういう問題は、世の中にいっぱいあるように思います。けれども、言語の問題ならば、人称代名詞の問題として克服するのならば、言語を使うときの性を使い手が決めるしかないと思いました。そう考えたあとに、リンさんのいう、柔軟で共感的な考えが私にないからそう考えるのかもしれないと思いました。だから、柔軟で共感的な考えは、何度も何度も考えてみることが必要かもしれないと思いました。その共感とは、トランスジェンダーの人に向けるのでなく、自分の内に向けて問いを繰り返すことでもできる、そう感じました。 |
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No.343 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: リン タイトル:共感は簡単ではない |
リーアさんに思考を刺激することが出来てよかった。私も最初にリーアさんと同じ意見があったので、このトピックは私にとってとても大切な事だ。
実は柔軟で共感的な考え方を持つことは簡単ではない。なぜなら、人が共感によくある思い違いがある、例えば、相手の意見を賛成しなければならないとか、共感がある事は弱点など。しかし、ソクラテスが言った「自分自身の無知を認めることが賢くなるための第一歩である」を考慮したら、自分は共感的な考えを持たないことが認められるのはとてもいいことだ。だが、特にインターネットで自分の行動が有害だと分かって何もしない人が多いそうだ。だから、本当に柔軟で共感的な人は自分の欠点を認められるだけではなく、その欠点も一生懸命修正するべきだと思います。 さらに、私はリーアさんのコメントで書いた、共感は自分の内に向けて問いを繰り返すことでも出来ることについてを考えて、共感は人間関係のためにある事だけではなくて、自分の精神衛生にもいい影響だと思った。確かに他人の気持を共感するのは苦しいかもしれないけど、思いやりがある人の方が幸せではないかと感じました。そして、この世界と世界の人々は予測不能な物なので、柔軟で共感的な考えは人間関係だけではなくて、自分の健康や生活にも役に立って必要な事だと思う。 |
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No.477 |
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出身: フランス 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: ジョアン タイトル:面白かったです |
「人称代名詞の問題」という作文を興味深く拝見しました。最近、ジェンダーというのは男性と女性の2つだけではないというアイデアを西洋人がだんだん受け入れるようになっていますが、西洋の言語の多くでは男性代名詞と女性代名詞しかないので、新しい中性の代名詞を作る必要があると考えられていますね。リンさんの書いたように、英語ではすでにいろいろ考えられているそうですが、実際に使っている人は少ないですね。僕も時々人が女か男かわからないことがあります。そんな時はどの代名詞を使うか悩みますから、中性の代名詞があれば便利だと思います。しかし、言葉を敢えて作るのは言語を「アーティフィシャル」にさせてしまう恐れがあります。言語はいつも変わっているものですが、普段は昔の言葉や言い方が変化したから変わるので、こんな風に新しい言葉を創作すると、不自然に変わってしまうと思います。また、日本語について述べられていなかったのが少し残念に思いました。日本でもこういう問題が起きはじめたら、どうすればいいだろうとリンさんから聞きたかったのです。日本語や韓国語では元々、「かれ」・「ク」という代名詞が男女を指して使われていたそうですが、19世紀末から西洋の言語を真似して「彼女」・「ク女 (クニョ)」が創作されたといわれます。つまり、昔は中性の三人称代名詞がありましたが、西洋の言語を真似しようとしたせいで、なくなってしまいました。また、日本語の代名詞は何百個もあるそうで、中性の一人称代名詞は大体すでに存在していますが、大部分は古代や方言による言葉です。それでも、新しい代名詞を作るよりも既存の代名詞を一般的にさせたらいいと思います。どうでしょうか? |
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No.121 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:若者言葉 |
ケビンさんが言われているように、日本でも若者言葉、ギャル語があります。ギャルとは見た目の派手な若い女の子のことです。彼女達、ギャルが使っている言葉をギャル語と言っています。ネットで検索すると、「りょ」「かまちょ」などがギャル語として出てきます。日本人の私からしても、意味がわかりません。因みに「りょ」は了解の略で、「かまちょ」はかまってちょうだいの略だそうです。作文で言われていた、若者言葉を使う目的は「言いやすいから」「伝わりやすいから」でしょうし、一番の目的は若者であることを社会に知らせたいことですね。ケビンさんの意見に賛成です。どの国でも同じ目的で若者言葉ができていくのだと思いました。年齢が上がるごとに、それらの造語を使うことも減っていくと思います。
若者言葉を使うことで、グループ内の結束力が強まるのでしょうか。私も高校、大学生の時は、親しい友達と自分たちにしか分からない造語を作って、盛り上がっていました。その時は、ただ楽しいだけで使っていましたが、今思うとグループや友達との繋がりを強めたいという気持ちがあったのかなとも思います。 |
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No.176 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ケビン タイトル:rindaさんへのコメント |
コメントしてありがとうございます。
Rindaさんが作文で言われていた、「グループ内の約束力が強まる」という点に特に賛成です。ぼくは友達としゃべっているとき、あまり文法的に正しくない表現と語彙を選んで言います。そして、友達も同じように返事します。例えば、What up?(ただの挨拶・何してんの)や、一語の質問 のwater? (水飲む?)などの省略はよく使われています。 なぜなら、みんな友達だからコンテクストがなくても理解してくれるということです。それに友達だから、みんなは同等です。だから非常に長い言葉と表現や、「グループ内で造語でしゃべる」などという規範に合わないと目立つんです。そうするといやだ、グループ内の約束、友達との絆を破るという気持ちが持っている子が多いかもしれないので、若者はそういう言葉遣いをするんだと思っています。 それに、考えてみれば、その点の逆、それは、まるで「ぼくたちに近づくな」と言われている感じもあるはずだと思います。グループ内でしか使われていない言葉を使うと、外部の人が聞くと全くわからないのでしょう。だから、特別な、グループの「メンバー」という立場がなければ、言っている意味がわからなくて、除外するんです。若者である、○○語が話せる人である、自分のグループが決めた話し方で話すと、外部の人、わからない相手が除外できるんです。 |
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No.422 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ht タイトル:便利な言葉 |
自分は言葉を選ぶ際に他の人でも選ぶような言葉を選んで、話していくことがよくあります。理由としては、自分は他の人とは違うものを好む傾向があり、感性が変わっていると思うことがあります。それはそれで自分らしさが出ていると考えています。しかしあまりにも違いすぎると、変な目で見られることがあるため、多くの人が使う言葉や選択をします。英語でのスラングで若者だけでなく、自分らしさも出ると思うと、英語を使える人が少し羨ましいと思いました。また、後半では便利さが出てきましたが、この便利な言葉は自分も使いますが、あまり多く使ってしまうと、自分は主語が抜けてしまうことがあります。特に自分は話をするときに話したいことだけ言ってしまい、肝心な何のことかが伝わらないことがあります。そのため、自分は若者言葉を使うときだけでなく、何を言うべきかをはっきりさせていくように心がけていくべきだと思います。 |
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No.114 |
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出身: 日本 居住: 北九州 |
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ログイン名: バード タイトル:郷に入っては郷に従え |
たぬきちさんの作文を読んで、「郷に入っては郷に従え」ということわざを思い出しました。また、年上の日本人に「馴れ馴れしい」」と注意されて、言葉遣いに注意しようと思えるあたり、たぬきちさんは素直な人だと好感を持ちました。なぜなら、私ならきっと、「なんだ、この人はオーストラリアの文化になじんでないのかな」と不信感を抱いてしまうからです。なので、たぬきちさんの学ぼうという考えはとても素敵ですね。
言葉遣いは、30代の私でも難しく感じます。一番成長したなと思ったのは、卒業後社会人となり、大人の人の中で働き、言葉を交わした経験でしょうか。それまでは、同年代の若者の中で暮らしていたので、自分の言葉遣いに何の疑問ももちませんでした。ですが、学生時代の自分の振る舞いのままでは、いつまでも大人の女性に見られないだろうと思うようになりました。それからは、意図的に社会人としての言葉遣いを身に付けてきました。仕事ができるようになりたくて、ビジネスマナーでよく使われる語彙も勉強しました。そうするうちに、言葉はその人の教養や知性や、生き方を表すのだなと思うようになりました。自分はどのような人に見られたいか、相手にどんな人だと思ってほしいかによって言葉を使い分けるのだと考えています。 たぬきちさんは、若者の間での語彙の心配をしていますが、私からすると、若者らしくて新鮮だと思っています。若い感性っていいですよね。その方々もいずれは、社会人となり、必要に迫られれば、社会の中で働く言葉を身に付けるのでしょう。 |
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No.294 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: たぬきち タイトル:将来の自分のために |
バードさん、コメントありがとうございます。
褒めていただけるなんて恐縮です。 私は今、同年代の学生たちに囲まれながら勉強しており、今回学校で改めて言葉遣いについて勉強しなければ周りの友人が言葉遣いなど気に留めていないから、と同様に自分の言葉遣いについて疑念を抱くこともなかったと思います。 バードさんの「自分はどのような人に見られたいか、相手にどんな人だと思ってほしいかによって言葉を使い分ける」という考え方にとても感銘いたしました。確かに言葉遣いによってその人の印象は大きく左右されますし、自分が相手にどういう人だと思って欲しいかで自分の言葉遣いをかえるのは重要なことだと思いました。言葉遣いは相手に自分の良い印象を持ってもらうため、また、自分の相手への敬意や感謝の気持ちを込めて使い分けるべきだなと感じました。学生が社会に出て働くことを経験する機会の1つとしてバイトがあります。しかし、最近の若者の敬語の知識が薄く敬語を正しく使える自信がない為に間違った敬語表現である「バイト敬語」というのも誕生しました。バイトは若者が社会経験できる好機だと思うので、いざ社会に出た時に人間関係を円滑に保つためにも、良い印象を持ってもらうためにも、正しい敬語表現を学び意識して使うことが私たち若者にとって大切なことなのではないかと思います。私は社会に出て働くまでに、周りの人に教養のある大人の女性だと思ってもらいたいので、今のうちから言葉遣いについて正しい知識を身につけ実際に利用する力を積極的に身につけていきたいです。 |
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No.89 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:作文へのコメント |
ミキさんの意見に私も賛成です。
言葉づかいで気を付けることとは、自分が発する 言葉のパワーを意識し、言葉を選ぶことですね。 何も考えないで発した一言で人を傷つけるという 経験は私もしてきました。その都度、もっと考えて から言えばよかったと後悔しました。 また私の場合は、相手からの何気ない一言に 傷つき、その意味について考えこんでいました。 その時に友人からこのようなアドバイスを貰いました。 「人から発せられた言葉はその人の問題であり、あなたには 何の問題もない」確かにそうだと思います。心無い一言は 言った相手の心に問題があり、私自身が傷ついたり、考え込む 必要はないんだと解釈しました。 ミキさんがおっしゃるように、みんなが自分の言葉のパワーを 意識することで、このような問題も減っていくだろうと思います。 |
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No.358 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ミキ タイトル:言葉のパワー(筆者コメント) |
作文の内容の中で、rinda さんに話し言葉について、コメントしていただいました。特 に言葉のパワーによって、人を傷つける危険を詳しく述べました。rinda さんの経験に よると、言葉遣いに油断すると、自分にも他人にも迷惑をかけてしまいます。自分が言 葉で他人を傷つけたら、後で後悔します。他人に慎重でない言葉にされたら、自分が傷 つきます。この場合、rinda さんの対策は、あまり思い込まないようにすることです。
元の作文は、自分の体験に基づいて書きました。rinda さんも同じ経験を持っていま す。そう思えば、言葉を戦争の武器のように使われ、傷つけたり、傷つけられたりする 例はこの世に少なくないと思います。それは残念なことを言えざるを得ないです。言葉 の発明は、人と人を離すわけではなく、人と人を繋ぐためではないでしょうか。 子貢に「一生守ることができる徳目はないでしょうか」と聞かれた時、孔子は教えました:「其れ恕か。己の欲せざる所は人に施す勿れ」。それは、他人の気持ちを考えられる思いやりというものです。言葉を使う時もその思いやりを持つべきです。自分がされたくない言葉を相手にも言わないことです。そのため、常に自分の言葉のパワーを意識するには、思いやりの心が欠かせないです。一見普通な日常の会話の中で、人生の修行も含まれていますね。 |
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No.96 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:すごいですね |
フランス語と英語ができる上に、日本語も書いたり読んだり話したりできるんですね。
すごいです。 頭の中に三か国語が入っているのは、どんな感じなのでしょうか。 ひょっとしたら、四か国語かもしれません。 その中でも、日本語は性格が違いますから、勉強するのは大変でしょう。 そして、日本語は書き言葉と話し言葉で全然違う表現になりますから、使う時に難しいと感じます。 作文に、日本語の「すみません」には、謝るだけでなくありがとうの意味もあると書いてありましたが、とてもいい指摘だと思います。日本人にとっては、この「すみません」は万能の言葉です。何か話しかける時にも、「すみません」と言えば、すぐに相手は「何ですか」と耳を傾けて聞いてくれます。「すみません」には、「すいません」「すまん」「すんません」などのバリエーションもあります。日本のドラマやバラエティー番組、映画を見る時に気をつけて聞いてみてください。もっとおもしろい発見があるかもしれません。 |
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No.380 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: B タイトル:コメントのコメント |
うっちいさん、 私の作文を読んでくれて、ありがとうございました。「頭の中に三か国語が入っているのは、どんな感じなのでしょうか。」という質問に答えるために、時々、言葉を探すときにフランス語の言葉を考える前に、英語または日本語の言葉が最初に思い浮かびます。フランス語の語彙を失うような気がします。また、いつもやっているわけではありませんが、時々、話す時にフランス語と英語を混ぜます。私はまだ日本語があまり上手ではないので、これは特に英語で起こります。そして、「すみません」のいろいろなバリエーションは知りませんでした。日本は面白い表現がたくさんあると思います。私は英語でたくさんのビデオを見たり、たくさんの記事を読んだりしています。簡単なことではありませんが、私は日本の新しい表現を発見するために、日本語も同じようにすることが必要だと思います。もっと日本のドラマを見たいと思います。最善を尽くします。 |
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No.98 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:作文へのコメント |
英語も日本語と同じで、相手の年によって話し方を変えるのですね。とても興味深く作文を読ませてもらいました。私の場合は、初対面だと若い方でも丁寧な話し方をしてしまいます。少し時間が経ち、相手の事が分かってから、言葉遣いを変えていきます。なので、ジェシカさんのようにすぐに相手と打ち解けたり、自分を表現することできません。できないというよりは、時間がかかります。そこが、私たちの違いなのかなと思いながら作文を読んでいました。私からするとジェシカさんのように言葉づかいで自分を表現できることはうらやましいです。
また、敬語を使わなくても姿勢や行動で丁寧な態度が示せるというのは同感です。その人を尊敬するという気持ちが大切なのでしょうね。それが行動にもでてくると思います。 |
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No.179 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ジェシカ タイトル:作文へのコメントのコメント |
リンダさんの作文を読ませていただきました。リンダさんの場合では、初対面だと若い方でも、丁寧な話し方をしていることに対して、日本人の特徴じゃないかと思います。まだストレンジャーですから、すぐ友達のように砕けた言い方を使うのは結構不適切で、失礼しないように、丁寧な話し方の方が安全ですね。
とはいっても、私の場合では、相手の方が若かったら、必ずしも丁寧な話し方を使いません。これは文化の異同によって浮かべることだけでなく、言語の違いから生じる理由だと思います。英語は日本語と比べて、謙譲語や尊敬語や丁寧語や砕けた言い方などはっきり区別されている話し方が存在していません。ですから、違い場合でどのような言葉遣いは正しいかだということは曖昧で、個人的な選択です。例を挙げると、初対面だったら、相手はもっと低い社会地位を持っていたら、日本語では丁寧語を使うべきでしょう。でも、英語はその「丁寧語」がないから、私はこの場合で、丁寧な口調で話して、砕けた言い方を選択します。リンダさんが書いてあるように、行動にも人を尊敬するという気持ちが表せるから、私は若者言葉や、カジュアルな言葉遣いを使用しても無礼ではないと思います。 最後に、レンダさんは相手とすぐ打ち解けないことに対して、私は理解することができます。人それぞれの交流の方式は不一致で、関係を築く速度も違います。 |
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No.377 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: イワ タイトル:話し方を変える時に |
ジェシカさんは 英語で、会話者と状況に 応じて話し方を変えると述べていました。会話者によって、私も言葉のせんたくに注意をはらっていると 思います。普段使わない 表現も使っており、性格もある 変わります。国や言語はほとんど関係ありません。私たちに対して何らかのけんげんを持っている人と話す時に、常に丁寧に話ていします。たとえば、上司や先生と話すときです。
逆に、友だちや家族と話すときには、自分の言葉に あまり注意を払いません。 友だちと話すときに スラングや他の同様の言葉を使用します。友達と話し合う とくていの主題も ありますが、両親と 話すときに そのしゅだいをさけます。たとえば、特定の趣味が好きですが、両親は それについて 何も知りません。 「普段使わない 表現も使っており、性格も 変わります。」だから、会話者によって、話し方と性格が変わります。 |
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No.94 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:ほんとうに悩みますよね |
日本語の敬語は、よく難しいと言われます。
そして、日本人だからといって、敬語が正しく使えているとは限りません。 敬語を使いすぎて、逆に失礼になることもあります。 友だちどうしの間では、敬語を使いすぎると、相手との距離ができて親しくない感じになるからと、タメ口を使いたがる人もいるようです。 ですが、外国人が外国語として日本語を話す場合は、やはり、ていねいな言い方の方が感じがいいと思います。上級になると、日本人のように話したいからと、周囲の日本人学生と同じように流行している言葉づかいを積極的にまねする外国人も多いようです。でも、日本人から見ると、違和感を持ちます。話す相手と使う場所によっては注意が必要だと思います。 ホームステイ先のお母さんには、「です、ます」の言い方で十分よかったと思います。「はい」と「ありがとう」が使えるのは、とても大事なことですから、気持ちは通じているはずです。 確かに、日本語のバリエーションが増えた方が自分の気持ちを正確に伝えることができるようになるはずなので、いろいろな言葉や表現を吸収することは必要です。でも、「です、ます」形で話せば、ほとんどの場合はOKではないでしょうか。 |
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No.286 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ササリ タイトル:コメントありがとうございます! |
コメントありがとうございます!本当に勉強になりました。
確かに、言葉遣いは場面によって変わったほうがいいですね。言葉は自分の気持ちを伝えるものなので、友達といつも丁寧な言葉遣いで話すと、距離感が感じてしまいますが、初対面の人ならやはり丁寧に話したら、もっと適応ですね。 ただ、私は小学校の時オーストラリアに移民して、すでにそこの多文化に慣れていて、英語が母国語ではないバックグラウンドを持つ人々の言葉遣いにはそれほど「違和感」という気持ちを感じていないと思います。みんなは異なる背景を持っており、英語での単語の使い方も異なる場合があります。でもなるべく早く地元の人たちと仲良くするため、流行っている単語を取り入れようとしています。ですから、日本にいる外国人の場合、自分が上級になったと思っているからではなく、周りの日本人と同じように扱われることを望んでいるので、若者言葉をよく使うようになっていたのではないでしょうか。 しかし、そうは言っても、日本の文化には礼儀作法がとても大事なことなので、もし話す相手が目上の人なら、丁寧に敬語を使うことに通じて、尊重を表すことがとても重要なことであるも十分理解できます。だから、自分が使っている言葉の意味や使う方をよく理解できた後、場面や話す相手によって使ったほうがいいですね。 |
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No.108 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: フナエ タイトル:確かに難しいですね |
敬語が大変だと思うということは、それだけ誰に対してどのような言葉遣いをするかについて、真剣に考えているということだと思います。日本人の中にも、あまり深く考えず、敬語や言い回しを間違って使っている人も少なくありません。私がいつも行っているスーパーのセルフレジの自動音声の敬語も間違えています。でも、どこに言ったらいいのかわかりません。
(間違いは、「レジ袋をご利用されますか」です。正しくは、「ご利用になりますか」または「利用されますか」でなければなりません。) レジの係の人に言ったところで、その人には直すことはできないでしょうし、いつも行くスーパーで「面倒な客だ」と思われるのもいやなので、言わずにいます(日本人らしい?)。そういう私も、自分では気づかない間違いをしていることがあるかもしれないと、少し不安です。 敬語の選択は難しい場合もあるかもしれませんが、悩みすぎないでくださいね。初対面で困ったら、より丁寧な方を選べばいいと、私は考えます。同じ間違えるなら、丁寧すぎるほうが、ぞんざいで失礼になるよりいいと思うからです。何度かやり取りをするうちに、丁寧すぎると相手が感じたら、知らせてくれるかもしれません。相手からそのように言ってくれる時には、どういう言い方がいいのか、聞いてみることも失礼ではないのではないかと思います。 |
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No.132 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sakura2 タイトル:敬語を使わなくちゃって思わなくていいと思います |
Izuさんはすごく日本語が上手で、よく使っているんだろうなと作文を読んで感じました。だからこそ、敬語の難しさを認識しているんだと思います。
まず、敬語ですが、そんなに使わなくても大丈夫です。見知らぬ人や目上に人には最低限「です・ます体」が使えたら十分です。現在の日本社会では、相手に対して失礼のないようにと、敬語をとにかく取り入れます。その結果、一文に2つ以上の敬語を使う、二重敬語という間違った表現を話す人が増えてきました。(「お帰りになられました」「ご覧になられます」などは×です。「お帰りになりました」「ご覧になります」が正しい)このようなへんてこな敬語を日本人が平気で使っているのですから、問題です。 それから関西弁ですが、私は自国のことばがあるのは大変いいことだと思います。関西弁も立派な日本語です。もちろん共通語はありますが、学校でも職場でも関西弁を使ってもいいじゃないですか。ただ、共通語との違いを理解しておくことは大切ですね。 日本語をたくさん話す機会を作って、ブラッシュアップしてくださいね。敬語、共通語も肩の力を抜いて、たくさん使って楽しみながら自分のものにしていってくださいね。 |
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No.196 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: Izu タイトル:コメントありがとうございます |
コメントありがとうございます。確かに誰に対してどのような言葉遣いを選べばいいのか考
えすぎてしまう時もあります。そのせいで変な日本語を話してしまう時もあると思います。 失礼に思われたくないがためにいつも異常な敬語を使ってしまいます。 昨年、半年間日本で留学をしていましたがその時によく丁寧すぎる言い回しを聞きました。私 は気づきませんでしたが母に「それは間違っているから使ってはいけないよ」と言われまし た。 セルフレジの話がとても面白かったです。誰に声をかけたら良いのでしょう。私も「面倒な 人」と思われたくないのでよく何も言わずそのままにしておきます。 アドバイスありがとうございました。今後からはあまり悩まずに普通に敬語で初対面の人に声 をかけたいと思います。 でもやはりどのタイミングで敬語を使うのをやめればいいのかの問題がまだ残ります。でもあ まり考えずに楽しく日本語が話せるようになりたいと思います。 |
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No.197 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: Izu タイトル:ありがとうございます |
優しいコメントありがとうございます。
日本の家族とは日本語でしか話さないので、日本語は毎日のように使っています。 私も悩みすぎて変な言い回しを使ってしまいます。失礼だと思われたくないがために丁寧すぎ る日本語を使おうとして変な話し方になってしまうこともよくあります。 昨年、半年間日本にいました。その時先生方や他の学生さんに失礼がないよう話すのにはどう すればいいのか分かりませんでした。そのせいであまり誰とも話しませんでした。 しかし今後からはあまり悩まず「です.ます」を使いたいと思います。悩みすぎて言いたいこと を言えず諦める時も多いので楽しく会話ができなくなります。なので簡単な日本語でも言いた いことが言えるようになりたいと思います。 そして日本語と関西弁をたくさん使ってニューカレドニアで広めていきたいと思います。 恥ずかしがらずに関西弁を話したいです。 |
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No.83 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sophia タイトル:確かにむずかしそう |
クリスティーナさんの作文を読み、日本語には丁寧体とくだけた言い方があるので、外国語として学ぶ人には難しいということが、よくわかりました。学校で丁寧体を最初に教わる理由は、たぶん、文法の規則がはっきりしているからだと思います。規則があるほうが覚えやすいでしょう。テストも作りやすそう。そして、クリスティーナさんが書いているように、くだけた話し方では終助詞が大切ですよね。「よ」とか「ね」とか「なあ」とか「な」とか、いろいろ。その場に合わせて使うので、文法で説明するのは難しいけれど、マンガとかアニメとかにはたくさんでてきますよね。気持ちをあらわすためにはそういう言葉が必要です。英語にそういうのがないのは逆にどうやって気持ちを表すのかなって思ってしまいましたが、自分はそんなに英語ができないので、気持ちをあらわすところまでいってないからかなって思いました。よかったら日本語のマンガとか読んでください。 |
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No.323 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: クリスティーナ タイトル:コメントのコメント |
お返事に対してありがとうございます。お返事を読むと、日本語の教える側のことについてよく分かりました。他の言語を初めて勉強するときには、日常会話で使えるくだけた話し方の方がいいと思いました。実は、敬語を初めて勉強したときびっくりして、敬語はです・ます体だけだと思いました。でも今は、です・ます体は一番分かりやすいフォームだと気付きました。文法などを教えるとき、文章の残りがはっきり分かるので、正しい文法が学べます。終助詞の説明は大変ですね。英語でも気持ちを表すのは大変です。大抵、気持ちの表現は声の調子で聞き取れると思います。英語のマンガでは調子が聞こえないので、気持ちを表すために大文字や字体のスタイルを変えたりします。日本のマンガでもキャラクターの気持ちを伝えたいときは、字体のスタイルを変えますね。その他に特定言葉を使います。例えば、「ね」の英語翻訳は「isn’t it」とか、「よ」の英語同等は「I’m telling you」だと思います。
日本マンガを読むことによって、日本語をもっとよくわかるようになり、より理解を深めることができろと思います。 |
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No.607 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: オードレー タイトル:とても面白いです。 |
クリスティーナさんの作文がとても面白いです。特に好きなのは、自分も同じような経験をしたことがあるので、とても気に入っています。私は中学で日本語を習っていたので、もう10年になりますが、その10年のうち最後の6年でようやく文法や使い方を覚えました。私の書く日本語はとてもアカデミックで、話す日本語はとても限られていました。そして、4年前の高校で、日本語の知識を深め始めました。尊敬語や敬語の存在は知っていましたが、それ以前に、このような礼儀作法の存在については全く知りませんでした。一人一人の文化と信念は尊重しますが、階級や性別で差別化されるのは好きではありません。誰もが平等にコミュニケーションをとるべきだと思います。状況に応じて特定の人を尊重すればいいだけだと思います。 |
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No.110 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sophia タイトル:言葉は「自分らしさ」を表現する |
「自然に話すと、完璧じゃなくても、自分らしさを出すことができる」というローラさんの考えに賛成です。そして、外国語の場合、間違えることも自分らしさだと思います。そういう意味では、ローラさんが「単語と文法能力があればあるほど、考えを伝える方法が多くなって、自分らしく話せるようになる」というのは、私とは意見が違うと思います。
母語は人間にとって、特別な言葉ですよね。だから、どんなに外国語を勉強しても、絶対に母語のように自分を表現できるようにはなりません。外国人らしく外国語を話すことを目標にするほうが、気が楽ではないでしょうか。間違いが多すぎると相手に通じないから困りますが、通じる程度の間違いなら、それも「自分らしさ」だと、私は思います。外国語は下手でいいし、外国人っぽくていいと思います。 でも、「正しく話さなくてはいけない」と文法を気にするのも「自分らしさ」ともいえますね。そうすると、結論は、言葉は自然に「自分らしさ」を表現してしまうものだということになります。 ローラさんの作文のおかげで、いろいろ考えることができました。ありがとうございました。 |
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No.118 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: うっちい タイトル:自分らしい言葉づかいを探していくっていいですね |
ローラさんが作文に書いていた「自然に自分に合う言葉が自分の頭の辞書に入る」という表現がとてもおもしろくて新鮮でした。なるほどなあと思いました。
外国語の場合は、学んだ言葉の数や文法の種類によって制限されてしまうというのも、確かにそうだと理解できました。言葉のニュアンスがわかって、自分らしく使いこなせるところまでいくには、相当なレベルアップが必要ですものね。 ところで、相手に悪い印象を与えたくないと安全な言葉を使ってしまうと書いていましたが、それは具体的にどんな言葉なのか教えてほしいです。例えば何なんだろうかと興味が湧きました。 ローラさんは、言葉づかいに敏感だということですが、それは長所です。今は意識しすぎて自分らしさが出せない気がすると感じているかもしれませんが、日本語の勉強が今後も進むにしたがって、だんだん自然に自分らしい言葉づかいが可能になるはずです。いつか直接お会いして話してみたいなと思いました。 |
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No.264 |
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出身: アメリカ 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ローラ タイトル:自分らしさと外国語の勉強:第二 |
ソフィアさん、丁寧なお返事してくださって、ありがとうございました。
「外国人らしく外国語を話すことを目標にするほうが、気が楽ではないでしょうか。」とお書きになりました。私は賛成です。確かに一生懸命外国語を勉強することはいいですが、外国人らしく話すことは恥ずかしいことではないですね。文法や発音が違っても、大丈夫です。上達したい気持ちと 外国人や移住者としての誇りを、両方持つことができます。 そして、「外国人らしく外国語を話すこと... それも「自分らしさ」だと、私は思います。」という発言も大いに賛成です。いい指摘ですよ。オーストラリアでよく目につけることです。時々、英語が第二言語の方々は「正しくない」表現をわざわざと使います。例えば、知り合いは「電気をつけて」の代わりに、「電気を開けて」とよく言いました。なぜなら、中国語では「開ける」という動詞を使うからです。彼は英語が流暢で、実は母語より上手なのに意識的に「電気を開ける」と言いました。それは彼の個人語で、移住者のアイデンティティを表した。 最後に、「言葉は自然に「自分らしさ」を表現してしまうものだということになります。」とお書きになりました。こういう風に自分らしさについて考えたことがありませんでした。それなら、「自分らしさ」はただ「自分」なのでしょうか。難しい質問ですが、面白いですね。 |
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No.265 |
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出身: アメリカ 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ローラ タイトル:自分らしさと外国語の勉強:第二:ウッチさんへ |
ウッチさん、返事を書いてくださってありがとうございました。
ウッチさんは安全な言葉というのは「具体的にどんな言葉なのか教えてほしい」とお書きになりました。安全な言葉は何かというと、よく使われる言葉です。例えば教科書で書いてある表現です。その一方、安全じゃない言葉というのは気持ちが沢山入っていますが、安全な言葉より使われていません。例えば、女性として「僕」を使うこと、「ちゃっす」という挨拶、「いいじゃん」や「ヤバくない」や「ありあり」や「きもい」などの表現を使うことが不安です。したがって、「私」、「こんにちは」、「いいですね」といった表現の方が使います。 「日本語の勉強が今後も進むにしたがって、だんだん自然に自分らしい言葉づかいが可能になるはずです」と書いていただきました。ありがとうございます。これを読んでから、今までの言葉遣いはどう変わってきたのかについて沢山思いました。聞いたことがある言葉はだいたい教師の発言ですから、教育的なトッピクについて先生らしく上手く話せる気がします。ということは、言葉を聞くことが大事です。しかしながら、前に挙げた言葉を聞いたことがあっても、まだ不安です。実際に聞いたことがあまりないからと気づきました。ですから、教育的な場面以外、例えば友達と日本語で会話したりすればするほど自分らしく話せるようになせると思います。 |
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No.95 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:私も同じです |
himayasaさんの経験と同じく、私も失敗から正しい言葉遣いを
学んできました。特に、大学を卒業したばかりで、企業へ就職した時には、 失敗だらけだったことを思い出します。私が入社した企業では、新人研修として、 電話対応や接客対応を学びました。しかし、実際にやってみても、 緊張から上手くはいきません。先輩社員からアドバイスを貰い、また失敗しと 時間をかけながらなんとか一人前になっていきました。 私たちは、失敗から学んでいくのでしょうね。himayasaさんにはお母さまという偉大な 先輩がついています。沢山アドバイスを貰って、言葉遣いをマスターして下さい。 |
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No.252 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: himayasa タイトル:rindaさんへ |
お忙しい中、作文を読んで頂き、また非常に参考になるコメントも頂き有難うございます。
rindaさんも私と同じ様な経験をされた事があると伺い失敗は怖くない事だと、とても勇気付けられました。rindaさんが就職された際、緊張などでうまくいかなかった事もありながら、時間を掛け、諦めずに社会人に必要な言葉遣いを会得された事はとても素晴らしいと思いますし、努力を継続された事に刺激を受けました。私自身も就職した暁には、rindaさんの様に前向きな気持ちで色々な事に挑戦したいと思います。 私のお気に入りのユーチューバーが、言語を効率的に学ぶためには、「入力/ input」と「出力/ output」が必要だと話しています。私の日本語の言葉遣いも、両親や教科書などから得るのだけではなく、実践する事、つまり学んだ事を日頃から使用していく事が大切であると思いました。私は失敗をし、恥をかく事を恐れ、間違えてしまう可能性がある事を極力避けようとしています。しかし、言葉遣いを上達させる為にも、この恐怖心を乗り越える精神力が必要かと思います。 人は日々生活の中で新しい事に遭遇し、学べる機会があると思います。「失敗は成功への糧である」という名言も念頭に置き、これからは何事にも臆する事なく挑戦していきたいと思います。 この度は本当にありがとうございました! |
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No.345 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: himayasa タイトル:rindaさんへ |
お忙しい中、作文を読んで頂き、また非常に参考になるコメントも頂き有難うございます。
rindaさんも私と同じ様な経験をされた事があると伺い失敗は怖くない事だと、とても勇気付けられました。rindaさんが就職された際、緊張などでうまくいかなかった事もありながら、時間を掛け、諦めずに社会人に必要な言葉遣いを会得された事はとても素晴らしいと思いますし、努力を継続された事に刺激を受けました。私自身も就職した暁には、rindaさんの様に前向きな気持ちで色々な事に挑戦したいと思います。 私のお気に入りのユーチューバーが、言語を効率的に学ぶためには、「入力/ input」と「出力/ output」が必要だと話しています。私の日本語の言葉遣いも、両親や教科書などから得るのだけではなく、実践する事、つまり学んだ事を日頃から使用していく事が大切であると思いました。私は失敗をし、恥をかく事を恐れ、間違えてしまう可能性がある事を極力避けようとしています。しかし、言葉遣いを上達させる為にも、この恐怖心を乗り越える精神力が必要かと思います。 人は日々生活の中で新しい事に遭遇し、学べる機会があると思います。「失敗は成功への糧である」という名言も念頭に置き、これからは何事にも臆する事なく挑戦していきたいと思います。 この度は本当にありがとうございました! |
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No.86 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:作文へのコメント |
『自分らしさ』とは、とても良い言葉ですね。
作文を読み、再認識しました。私もヤクルト命さんと 同じ疑問を抱いています。自分は何人として生きていく べきなのか。私は日本で生まれ、ここ10年海外で生活しています。 そうすると、日本人としての考え方や行動が現地では受け入れられない ということに気づきました。ここで生活するには、現地の人と同じ 思考で考えて行動しないといけないんだと私なりに理解し、そうしています。 ただ、日本人としての考え方も捨てられないのです。 しかし、ヤクルト命さんの言う通り、自分は自分で良いのですね。 それが自分らしさなのだと作文を読んで分かりました。 中国で生まれ、オーストラリアで生活し、日本語を勉強されている。 この経験をされたヤクルト命さんだからこを『自分らしさ』という 言葉の大切さに気付かれたのでしょうね。 とても勉強になり、励ましてもらったようにも感じました。 |
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No.130 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: Diario タイトル:自分らしさに向き合うことは、人生を豊かにする |
「自分らしさ」というものに、ヤクルトは命さんが真摯に向き合っていることが伝わってきました。
自分らしさって、自分の影を自分で踏もうとすると逃げてしまうように、 掴めそうで掴めないものですよね。なかなか答えを見つられなくて、もどかしい気持ちになることもあります。 でも、ヤクルトは命さんが“『自分らしさ』は自分の個性や価値観などを大事すること”と書いているように、 自分自身に向き合って大切にしようとする気持があれば、どんなときも「自分らしくある」ことができるのだと思います。そして「自分らしさって一体なんだろう?」と問い続けることが、これからの人生も豊かにするのだと思います。 今のヤクルトは命さんを生み出した、これまでのユニークな人生のことをもっと知りたくなりました。 |
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No.441 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: ヤクルトは命 タイトル:Rindasさんと同感です。 |
この度はご丁宁にご回信いただき、ありがとうございます。私は移民のファーストジェネレーションとして、Rindaさんが書いた経験を読んで、同感を感じることが沢山ありました。
最初メルボルンで生活した何年間、私もいつも自分の考え方や行動を変えるのは難しいと思いました。でも一方で、もう一つ考えた問題は“もしコンフォートゾーンから踏み出さないと、自分にとって本当にいい事でしょうか。”でした。 だけど最近、『自分らしさ』の意味をちゃんと考えたら、私はそう思います:“移民者や留学生にとって、郷にいっては、郷に従わなければなりません。” でもそれは自分の元のアイデンティティを捨てる意味ではありません。何故ならば、この自分だけがある知識や文化、そして差別化がある考え方は、この新しい国で役に立つかもしれませんから。 たとえば、私の19世紀が渡海した中国−広州人リーチェンフぁさんは、メルボルンでほかの中国移民者と共に中華街を作りました。そして今でもメルボルンの人気スポットとして、当地の人やほかの国から来た観光客を愛されています。新しい国の社会の文化を尊敬して、そして母国や自分だけがある考え方や思考で活躍することは、私をしたい事です! |
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No.93 |
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出身: 日本 居住: 北九州 |
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ログイン名: バード タイトル:日本人の私の場合 |
私は女性です。私は、社会でも命令形を使うことがありません。でも、私の周りの男性も社会の中で、命令形を使っているのを見たことがないです。きっとそのように命令しなくても物事が進む仕事だからでしょう。
では、家族ではどうでしょうか。親から子どもに命令形を使うことはあるでしょう。でも、家族にもさまざまな人間関係がありますから、全員カジュアルな言葉ではないと思います。私は、あまり会わない親戚(遠い家族)の場合、目上の人なら敬語を使います。つまり、敬語を使う本人が親しいかそうでないか、心の距離を感じているか感じていないか(ウチとソト)、に使い分けがあるのだと思います。yuanxiさんは、中国の方ですか?中国では敬語をどんな時に使いますか? |
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No.671 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: kodakku タイトル:日本語について改めて考える機会になりました |
日本語にはため口、丁寧語、敬語など場面や人に応じて言葉を変化する必要があります。私たち日本人は何気なく話していますが、外国の方から見ると不思議な感覚になると思います。友達や家族などの人とはラフな口調で話しますが、目上の人や初対面の人などには敬語など丁寧な口調で話します。私の家は厳しいため、言葉遣いは特に注意されます。女性ではよくない言い方が男性ではそうでもない言い方であるものもあります。言葉の種類が無かったらどのような感じなのだろうとふと思うことがあります。もし、日本語に言葉の種類が無かったらどのような社会、人間関係が構築されるのか興味があります。yuanxiさんの意見がとても面白かったです。 |
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No.79 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:作文へのコメント |
サニーさん、
作文拝見致しました。とても興味深く読ませて頂きました。 オーストラリアでは罵り言葉は相手の性別によって使い分けているのですね。 知りませんでした。 私は今ニューカレドニアに住んでいます。こちらでも、罵り言葉を日々聞くことが あります。私が聞いていて思うことは、罵り言葉を発する時は、自分の悔しや感情を 表現したいときにこれらの言葉を使うのかなと思うのですが、 サニーさんはどう思いますか?または、これらの言葉を使うことに慣れてしまい、自然と でてくるのでしょうか。 私は、罵り言葉をめったに使いません。これは自分の性格なのか、日本人だからなのか ははっきりしませんが、何か悔しい事やイライラすることが起こると、自分の中に感情を 押し込めてしまいます。なので、自分の感情をストレートに表現する人を見ると、 自分との違いを感じます。また、罵り言葉は聞こえてきて良い気持ちになりませんよね。 サニーさんのお友達のように、周りにいる人のことを思う気持ちは大切だと思いました。 |
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No.157 |
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出身: オーストラリア 居住: オーストラリア |
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ログイン名: サニー タイトル:コメントのコメント |
リンダさん、
コメントありがとうございます。ご意見を読むのは興味深いですね。 罵り言葉は感情を表現するために使われます。普通の言葉が十分じゃない時、感情が大きい時に罵り言葉が利用されると思います。例をあげると、子供の頃一回だけ父が罵り言葉を言うのを聞いたことがあります。その時、父は友達が死んでしまったという電話を受けたばかりでした。罵り言葉は使い過ぎたら、衝撃がなくなるでしょう。本当に感情が高ぶった時以外は、罵り言葉は使うべきではないと思います。 なお、公共の場での侮辱はオーストラリアでは完全に法に反します。罰金は最大で250ドルです。しかしながら、状況によります。地元の運動会で、子供も居るような場で罵詈雑言を口にしたと訴えられた場合は、罰金を科されます。しかしながら、例えばコメディアンが夜間に同じ言葉を使ったとしてもそのような罰金は科されません。この法律の適用が矛盾してるものではあるが、正しい言葉遣いを重要視していることは確かである。 罵り言葉の利用にいたる背景にはその人の国籍だけでなく、性別や育った環境や親しいパートナーによる影響もあると思います。しかしながら、例えば日本の文化や礼儀作法は人間の言葉遣い自体は丁寧にする影響があります。これは罵り言葉を直接使わず、特に女性は婉曲的な表現を代わりに使います。 |
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No.75 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:作文へのコメント |
アイさん、
作文拝見致しました。敬語は難しいですね。日本人でも使い方を迷う時があります。 年上の親しい人へ日本語でどのような話し方をしたらいいのかわからないと 疑問点が書かれていましたので、それについて私の日常を例にだしてコメントしたい と思います。 私も職場に何でも話せる日本人の年上の方がいます。 いつもは、丁寧語(〜です、〜ます)で話しており、敬語は使っていません。 時々タメ口になっている時があり、気をつけないとと思います。 ただ、その人から敬語を使うようにと指摘されたことはありません。 挨拶等の礼儀には厳しい人ですが、言葉遣いが悪いとは言われたことがないので、 今の話し方で良いのかなと思っています。 私が思う日本人は内と外の境界をはっきり持っており、仲良くなると、 ある程度親しい話し方でも大丈夫です。 アイさんとお友達の関係は親しい間柄なのですよね。 それであれば、丁寧語でいいのではないかと思います。 または、相手の方にも聞いてみては如何でしょうか。 |
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No.162 |
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出身: 中国 居住: オーストラリア |
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ログイン名: アイ タイトル:Rindaさんへのコメント |
Rindaさんへ、
コメントを拝見しました。私の作文を読んでくれて、そして真剣に考えてくれて、ありがとうございました。 日本語のルールは多いですね。前の作文を書いた時にはまだ丁寧語と敬語の違いが分からなかったです、あれから日本語の授業で敬語について勉強したので、今は丁寧語、尊敬語と謙譲語の区別が少し分かりました。 Rindaさんが書いてくれた返答はすごく役に立ちました、親しい相手なら例え年上な人でも、丁寧語さえ使えば大丈夫ですね。今まで日本語を使って話した相手は大学の先生やクラスメイトだけでしたから、正直かなり悩みました。 Rindaさんのコメントを読んた後、その相手に直接聞きました。その相手が笑いながら 「そんなこと気にしなくでも大丈夫だよ」って言われました、そしてRindaさんからのコメントのことを話したら、その人も賛成してくれました。 日本語を勉強していくほど、日本語を難しいと感じます。今まで「敬語」ていう曖昧な概念しかいながったですけど、今は尊敬語、謙譲語と丁寧語の区別が出来る様になりました。やはりこれからはもっと話し相手との距離感を測って、最善の話し方を探さなければならないですね。それはやはりもっと人と会話しつつけなければ身に着けない物でしょう、だから私はこれからも日本語をもっと研究しなければならないです。 |
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No.87 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: sophia タイトル:真の世界市民 |
「変化を乗り越え現地の輪に入れた人こそが真の世界市民」というNemotoさんの考えに賛成します。学生が先生をどう呼ぶかとか、学生と先生の関係がどうかということは(もちろん両者は関係があるわけですが)、文化的慣習だと思います。それは教育現場だけでなくその国のさまざまな文化的慣習の中の一つで、それらも違いに関係があるでしょう。上下関係というと古臭くて、平等な方がいいと考える人が多いかもしれませんが、そのように決めつけるのは一方的です。教育現場の師弟関係も上下関係の一つといえますが、「先生」と呼んで尊敬できる人がいる人生は豊かな人生だと思います。敬意ももっていないのに、「先生」と呼ばされるのは嫌ですが、呼び方と気持ちが一致していれば、嫌ではないと思います。「真の世界市民」とは、さまざまな文化の中で、自分の感じ方や考え方を柔軟に変えられる人だと思います。 |
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No.393 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Naoki_Nemoto タイトル:コメントいただき、ありがとうございます。 |
Sophiaさん、この度はご丁寧にご返信いただき、ありがとうございます。多様な文化的慣習から生じる上下関係に対する価値観や、敬意の表し方の違い、そして真の世界市民に対する「自分の感じ方や考え方を柔軟に変えられる人」という点、とても興味深いと思います。
確かに「先生」と呼べ、根から尊敬できる方がいる方の人生は大変恵まれていると思います。ですが、Sophiaさんのおっしゃる通りに「自分の感じ方や考え方を柔軟に変えられる人」こそが真の世界市民だとしたら、教育者にたいし敬意を表すために必ずしも「先生」という表現を使う必要はあるでしょうか?私にも高校時代より大変お世話になっている恩師がおりますが、その方は博士を習得しておりながら名前で呼ばれることを好まれていました。あくまでも、オーストラリアでの「平等」という概念は上下関係を負に考えるのではなく、双方を尊敬することで更なる人間関係を深めることを重視していると自負しております。 日本では教師を名前で呼ぶことはふさわしくないとされていますが、オーストラリアの様にお互いを名前で呼ぶことによってより学生と教師の距離が縮まり、フレキシブルな教育現場が提供できるならば名前を呼ぶ価値はあるのではないでしょうか。 |
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No.17 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: ミミ子 タイトル:日本語の一人称 |
トミーさんの作文を拝見しました。確かに、日本語は自分を表現する言葉がたくさんありますね。「自分は」と、「自分」を使う人もいます。男性の場合ですが。そう考えると、男性の方が、たくさん言い方がありますね。女性の場合は、「わたし」が多いですが、「うち」というときもあります。友達と話すときは、よく「うち」を使います。「うちら」という複数形もよく使います。日本人にとっては、使い分けはあまり難しくないと思いますが、場面や、相手によって違うので、もしかすると、自分が気づかないうちに、不適切な使い方をしてしまっているかもしれません。トミーさんの作文のおかげで、自分の国の言葉について、いろいろ考えることができました。 |
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No.18 |
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出身: オーストラリア 居住: 日本 |
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ログイン名: トミー タイトル:ミミ子さんへ |
ミミ子さん、私の作文を読んでくれて、ありがとうございました。女性が自分のことを、「うち」ということは、知りませんでした。ネットで調べてみました。関西の方言だと出ていましたが、最近は、他の地方でも若い人が使うそうです。「うち」を使う女性は親しみやすい印象があると書いているサイトもありました。人からどう思われるか、それは重要な問題です。日本語の一人称は、ますます難しいと感じるようになりました。しかし、私は今、日本に住んでいるので、会話をしながら日本語を学ぶことができます。留学している間に、テキストに出ていない表現を学ぶことができます。人々が話す言葉が、ほんものの言葉です。私はもっと日本語を学びたいと思います。 |
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No.277 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: TyB タイトル:私も同じような悩みがあります |
トミーさんの作文を拝見しました。実は、私もトミーさんと同じような悩みがあります。私は日本語を習い始めたのは三年前の時でした。しかし、その前も日本のアニメとか映画とか見たこともあります。最初の授業では、先生から自分の名前の日本語発音を教えられ、自己紹介をやってさせました。アニメの中で、主人公たちは自分のことを言うときいつも「オレ」を使うから、私もそのとき思わずに「俺はXXXです。どうぞよろしくお願いします。」と言った。その「オレ」が口に出された瞬間、先生は仰天しました。
「なぜ、オレを使ったのか。」 だって、アニメの中で、男の子たちはみんなそう言うのだよと、もちろん中国語で解釈しました。先生は聞いて、口もとに笑いを浮かべました。 その後、大学生としての自分は、先生の前で「オレ」を使うのは、ちょっと不行儀の気がしたことがわかりました。 そのことのおかげで、言葉の繊細さがしみじみにわかりました。外国語を習う時、または外国語を話す時、言葉はインフォメーションを伝えるものだけではなく、同時に、感情と曖昧さも伝えるものです。私たち語学科の学生は、言葉の意味より、言葉の曖昧さを注意すべきだと思います。 |
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No.375 |
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出身: ニューカレドニア 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: イワ タイトル:自分の呼び方 |
トミーさんは「わたし」を 使う時の難しさについて話しま す。著者の 同じで、日本語を勉強した時に「わたし」を 使うと 勉強しました。自己紹介を 始める勉強をした時に、日本語の 先生は、「女の子は「私」を使用して、男の子は「僕」を 使用している」と言いました。それで、会話で「僕」を一度も使ったことがありません。トミーさんは 友達と 話してる時に「おれ」を 使うことの問題について話 します。実は「私」と「僕」と「おれ」の違いを 本当に 理解した ことがありません。日 本語の 先生は そんなことを説明しませんでした。フランス語では もっと単純だと思います。 「Je」と「moi」を使用するだけです。女の子 と 男の子の 両方が それらを 使用します。く べつが ありません。しかし、このせいで、読んだ時に、誰が話しているかを 知るのは とても難しいです。 |
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No.1 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: とく先生 タイトル:開始宣言 |
さくぶん.orgの2020年第1セッションを始めます。よろしくお願いします。 |
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No.2 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: とく先生 タイトル:作文へのコメントについて |
すべての作文にコメントがつくように、みなさん協力してください。よろしくお願いします。 |
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No.3 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: とく先生 タイトル:筆者のコメントについて |
筆者(ひっしゃ)とは、作文を書いた人のことです。作文の筆者は、コメントをもらったら、必ず読んで、コメントに対するコメントを書いてください。 |
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No.5 |
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出身: 中国 居住: 中国 |
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ログイン名: yuhoh タイトル:宜しくお願い致します |
中国の北京郵電大学の熊鶯です。どうぞ宜しくお願い致します。 |
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No.6 |
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出身: 日本 居住: オーストラリア |
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ログイン名: Agerukureru タイトル:形になっていないものを日本語に当てはめてみる |
学習者の母国語でない日本語でだからこそ、発見できる気付きや、自分を見つけられればと思っています。今回 Variation in Japanese Language という上級の科目に40人います。皆やる気満々です。よろしくお願いします。 |
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No.7 |
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出身: 日本 居住: ニューカレドニア |
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ログイン名: rinda タイトル:宜しくお願いします |
2020年セッション、宜しくおねがいします。 |
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No.8 |
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出身: 日本 居住: 日本 |
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ログイン名: 清水 タイトル:下関市立大学で参加します |
新たに何がうまれるでしょうか、注目しています。 |
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